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1章
6話:特別な人(7)
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◇◆◇
博物館を出るとメイン通りに。出た先は大きな公園で、とても整備されていた。
湯煙が僅かに白く煙り、端の方では屋台が出ていて氷菓や温泉で蒸したパンや卵を売っている。
手の平に乗るようなパンを二つ買って向かったのは石造りの長椅子がある一角。庶民や商人らしい服装の人達が集まり、みな一様に椅子に座って足を湯につけている。
「これが足湯か」
温泉初体験のクリスは目を輝かせ、さっそく靴や靴下を脱いでスラックスを膝上までたくし上げ、軽く洗ってから湯に足をつける。
ジワッと熱が伝わって、最初は熱いと思ったがそれが徐々に心地よくなってくる。全身に血が巡るのか体もポカポカと暖かくなって、思わず声が漏れてしまった。
「気持ちいいのか?」
「最高だ」
隣に座り同じようにしているルークも気持ち良さそうだがキリリとしている。袋に蒸しパンと卵を下げ、その一つをクリスに手渡してくれる。
だらけた気持ちになりそうなクリスも姿勢を戻して袋を受け取り、中を見て蒸しパンを手にし、一口かぶりついた。
「あっ、甘い!」
もっちりとした生地は想像よりも密度があり、中には甘いものが入っている。ちょっとザラついた舌触りに甘すぎない上品な甘みだ。
「アンコだな。これも昔に入ってきたここの名物だ。異国からの移住者が伝えたらしい」
「好きだな」
「お前、甘いの好きだよな」
「そういうルークもだろ?」
普通に返して残っている分をまた半分にして口に放り込む。そしてふと、隣が静かな事に気づいて見るとルークは固まっていた。
「なに?」
「もう一度」
「はぁ?」
「お前、今ルークって名前で呼んだだろ」
「普段も呼んでるだろ」
「ルーク団長じゃなくて、ルークって呼んだだろ」
……言われてみればそうだが、自然に出たというか。何となく今、この場では許される気がしただけなんだけど。
「嫌だったか?」
「違う! 普段からそれでいい!」
「はぁ! 流石に職場とかあんたの家ではちょっと」
立場とかTPOとかあるから。
でもルークは鼻息も荒く手を握り、血走った目でクリスに迫ってくる。「呼べ」と何度も言われると逆に呼びづらくなるんだけど。
「クリス!」
「もぉ、わーたから! なんだよ、そんな拘るのか?」
「お前だから呼ばれたいんだ」
「っ!」
……なんだよ、そういう言い方ずるい。
ジワジワ耳が熱いのはきっと足湯のせいだ。そうに違いない。そっぽを向いて、やりきった感を出す人に背中を向けて、緩む顔を必死に引き締めるクリスだった。
足湯効果はかなりあった。汗をかいてしまったのは仕方が無いが、それを抜きにしても足全体が軽くなった感じがあり、湯から上がって「すご!」と声を上げると他の客に微笑ましい顔をされてしまった。
卵も美味しく食べたが、けっこう喉が渇いた。格好を整えて辺りを見るとまだ明るいが、時計を見るとそこそこの時間。連れだってルークが連れていくのは、屋敷に戻る方向ながら来た時とは別の通りだった。
「足湯の後はこれだな」
そう言って彼が連れて来たのは小さな間口の店だった。
入ればチリンチリンという可愛らしいドアベルが鳴り、小さなテーブル席には人が多い。その皆が木製カップを手にしている。
「いらっしゃいませ。何にいたしますか?」
「え? あっ!」
一瞬でクリスの目が輝く。それほど、目の前のショーケースの中身は美味しそうなもので溢れていたのだ。
「火照ったらジェラートだろ」
「好き!」
思わず飛びつくように中を見てしまう。定番のバニラは欠かせないとして、ダブルはありだろうか。
そんな風に目をキラキラさせていると、少し後ろでルークは可笑しそうに笑っている。それがちょっと恥ずかしいというか……恥ずかしくなってきたというか。
「なんだよ。好きなんだよ」
「あぁ、うん。腹を壊さないなら三つでもいいぞ」
「マジか! ルーク好き」
「ぷはっ! 現金だな」
可笑しそうに笑ってグリグリ頭を撫でられて、子供みたいで恥ずかしいけれどこればかりは本当に好きなんだ。
「バニラと、苺! あと……チョコで!」
「俺は紅茶とレモン」
「はい!」
店員もどこか微笑ましい様子で元気に受けてくれて、更にクリスには少しおまけをしてくれた。
木製のカップを手に店内の空いている席に座って向かい合って食べている。バニラを一口頬張ったクリスは「んぅぅ~」と至福の顔をする。
サッパリとしたミルクにバニラの香り。優しい甘みが口いっぱいに広がっていく。
苺はフレッシュな酸味と果肉の残る部分がシャリッとして美味しいし、チョコは濃厚で少し苦みが強いけれど、これがバニラと一緒や苺と一緒だと丁度いいくらいになる。
「本当に好きなんだな」
やや呆れた様子すら見せるルークに、クリスは苦笑して頷いた。
「誕生日だけの特別なデザートだったんだよ」
「ん?」
「母さんが生きてた時、普段は質素だったけど誕生日にはアイス食べさせてくれてさ。それが……今も嬉しいんだよ」
今の自分なら難なく買えるこれも、あの頃の母は苦労していただろう。仕事をしようにも外に出る事は禁じられ、だからって屋敷内でも働けなくて。食事は本邸からの余り物。服もお下がりを接いでいた。そんな中、出入りの業者にこっそりと内職をさせてもらっていた。
そんな懐かしい事を思っていると、不意に目の前にスプーンが差し出される。見れば目の前の人がほんの少し寂しそうな顔をした。
「美味いぞ」
「あんたのだろ」
「いいから」
そう言われたら食べたい。口を開けてパクリと頬張ると、クリーム系とは違う爽やかな酸味が口の中に広がった。
「美味しい」
「お前、誕生日いつだ?」
「え? 十二月五日」
「さむ! その頃にアイス食ってるのか!」
「美味いのに。溶けないし」
案外野生児のクリスは平気だが、ルークは途端に寒そうな顔をする。それを見て、クリスはニヤリと笑った。
「もしかして、寒いの苦手だったり?」
「好きじゃない」
「ははっ」
素直な反応は嫌いじゃない。笑って……じゃあ、冬はちょっとだけくっついてやろうかな、なんて思うクリスだった。
博物館を出るとメイン通りに。出た先は大きな公園で、とても整備されていた。
湯煙が僅かに白く煙り、端の方では屋台が出ていて氷菓や温泉で蒸したパンや卵を売っている。
手の平に乗るようなパンを二つ買って向かったのは石造りの長椅子がある一角。庶民や商人らしい服装の人達が集まり、みな一様に椅子に座って足を湯につけている。
「これが足湯か」
温泉初体験のクリスは目を輝かせ、さっそく靴や靴下を脱いでスラックスを膝上までたくし上げ、軽く洗ってから湯に足をつける。
ジワッと熱が伝わって、最初は熱いと思ったがそれが徐々に心地よくなってくる。全身に血が巡るのか体もポカポカと暖かくなって、思わず声が漏れてしまった。
「気持ちいいのか?」
「最高だ」
隣に座り同じようにしているルークも気持ち良さそうだがキリリとしている。袋に蒸しパンと卵を下げ、その一つをクリスに手渡してくれる。
だらけた気持ちになりそうなクリスも姿勢を戻して袋を受け取り、中を見て蒸しパンを手にし、一口かぶりついた。
「あっ、甘い!」
もっちりとした生地は想像よりも密度があり、中には甘いものが入っている。ちょっとザラついた舌触りに甘すぎない上品な甘みだ。
「アンコだな。これも昔に入ってきたここの名物だ。異国からの移住者が伝えたらしい」
「好きだな」
「お前、甘いの好きだよな」
「そういうルークもだろ?」
普通に返して残っている分をまた半分にして口に放り込む。そしてふと、隣が静かな事に気づいて見るとルークは固まっていた。
「なに?」
「もう一度」
「はぁ?」
「お前、今ルークって名前で呼んだだろ」
「普段も呼んでるだろ」
「ルーク団長じゃなくて、ルークって呼んだだろ」
……言われてみればそうだが、自然に出たというか。何となく今、この場では許される気がしただけなんだけど。
「嫌だったか?」
「違う! 普段からそれでいい!」
「はぁ! 流石に職場とかあんたの家ではちょっと」
立場とかTPOとかあるから。
でもルークは鼻息も荒く手を握り、血走った目でクリスに迫ってくる。「呼べ」と何度も言われると逆に呼びづらくなるんだけど。
「クリス!」
「もぉ、わーたから! なんだよ、そんな拘るのか?」
「お前だから呼ばれたいんだ」
「っ!」
……なんだよ、そういう言い方ずるい。
ジワジワ耳が熱いのはきっと足湯のせいだ。そうに違いない。そっぽを向いて、やりきった感を出す人に背中を向けて、緩む顔を必死に引き締めるクリスだった。
足湯効果はかなりあった。汗をかいてしまったのは仕方が無いが、それを抜きにしても足全体が軽くなった感じがあり、湯から上がって「すご!」と声を上げると他の客に微笑ましい顔をされてしまった。
卵も美味しく食べたが、けっこう喉が渇いた。格好を整えて辺りを見るとまだ明るいが、時計を見るとそこそこの時間。連れだってルークが連れていくのは、屋敷に戻る方向ながら来た時とは別の通りだった。
「足湯の後はこれだな」
そう言って彼が連れて来たのは小さな間口の店だった。
入ればチリンチリンという可愛らしいドアベルが鳴り、小さなテーブル席には人が多い。その皆が木製カップを手にしている。
「いらっしゃいませ。何にいたしますか?」
「え? あっ!」
一瞬でクリスの目が輝く。それほど、目の前のショーケースの中身は美味しそうなもので溢れていたのだ。
「火照ったらジェラートだろ」
「好き!」
思わず飛びつくように中を見てしまう。定番のバニラは欠かせないとして、ダブルはありだろうか。
そんな風に目をキラキラさせていると、少し後ろでルークは可笑しそうに笑っている。それがちょっと恥ずかしいというか……恥ずかしくなってきたというか。
「なんだよ。好きなんだよ」
「あぁ、うん。腹を壊さないなら三つでもいいぞ」
「マジか! ルーク好き」
「ぷはっ! 現金だな」
可笑しそうに笑ってグリグリ頭を撫でられて、子供みたいで恥ずかしいけれどこればかりは本当に好きなんだ。
「バニラと、苺! あと……チョコで!」
「俺は紅茶とレモン」
「はい!」
店員もどこか微笑ましい様子で元気に受けてくれて、更にクリスには少しおまけをしてくれた。
木製のカップを手に店内の空いている席に座って向かい合って食べている。バニラを一口頬張ったクリスは「んぅぅ~」と至福の顔をする。
サッパリとしたミルクにバニラの香り。優しい甘みが口いっぱいに広がっていく。
苺はフレッシュな酸味と果肉の残る部分がシャリッとして美味しいし、チョコは濃厚で少し苦みが強いけれど、これがバニラと一緒や苺と一緒だと丁度いいくらいになる。
「本当に好きなんだな」
やや呆れた様子すら見せるルークに、クリスは苦笑して頷いた。
「誕生日だけの特別なデザートだったんだよ」
「ん?」
「母さんが生きてた時、普段は質素だったけど誕生日にはアイス食べさせてくれてさ。それが……今も嬉しいんだよ」
今の自分なら難なく買えるこれも、あの頃の母は苦労していただろう。仕事をしようにも外に出る事は禁じられ、だからって屋敷内でも働けなくて。食事は本邸からの余り物。服もお下がりを接いでいた。そんな中、出入りの業者にこっそりと内職をさせてもらっていた。
そんな懐かしい事を思っていると、不意に目の前にスプーンが差し出される。見れば目の前の人がほんの少し寂しそうな顔をした。
「美味いぞ」
「あんたのだろ」
「いいから」
そう言われたら食べたい。口を開けてパクリと頬張ると、クリーム系とは違う爽やかな酸味が口の中に広がった。
「美味しい」
「お前、誕生日いつだ?」
「え? 十二月五日」
「さむ! その頃にアイス食ってるのか!」
「美味いのに。溶けないし」
案外野生児のクリスは平気だが、ルークは途端に寒そうな顔をする。それを見て、クリスはニヤリと笑った。
「もしかして、寒いの苦手だったり?」
「好きじゃない」
「ははっ」
素直な反応は嫌いじゃない。笑って……じゃあ、冬はちょっとだけくっついてやろうかな、なんて思うクリスだった。
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