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1章
6話:特別な人(9)
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「これ、日中博物館でも見た置物だ」
白い陶器人形を置いている店には猫が多い。踊ってる物や食事をしている物。洗濯、掃除……に失敗した場面。見ていてクスリと笑いたくなるものばかりだ。
「見ていくか」
「いいのか?」
「あぁ」
そういうことなら。ドアを押し開けると若い青年が膝に猫を乗せて店番をしている。視線は向けてもこれといって売り込みはなく、おかげでゆっくりと見て回る事ができた。
陶器人形が多いように思う。けれど一部アクセサリーも手がけていた。
ドレスを着込んでカーテシーをする猫や、楽器を持ったものもある。それらを楽しく見て……ふと、目に入ったものがあって手を止めた。
「これ」
それは勇ましく剣を構え、深紅の軍服を着た猫だった。
「騎士団のか」
「いいなぁ」
剣は銀で出来ていて、服の縁は金で塗られている。勇ましい顔をしていたり、ちょっと眠そうだったり。どれ一つとっても同じ顔をしている奴はいない。
「これ、クリスっぽいな」
「え?」
そう言いながらルークが手に取ったのは、鞘に剣を収めたままキリッとしている猫だった。可愛らしいフォルムなのに目元がキリッとしているのが少しちぐはぐで可愛い。
「これが俺?」
「ちょっとツンとしたところが」
「なんだよそれ。それなら……ルークはこれだな」
そう言ってクリスが手にしたのは眠そうな目の猫騎士だった。心なしか背中も少し丸まっている。
「流石にここまでぐーたらしてない!」
「休日のあんた」
「休日は制服着てないだろ。選び直せ」
「えー」
なんて言っている間にあれだこれだと。笑いながらちょっと茶化して選ぶうちに、結局五体も手元に残ってしまった。
「……いいか」
「いいのかよ」
「旅の思い出だ。折半ならいいだろ?」
一体が銀貨一枚。折半なら……まあ、いいか。
これらを持っていくと店主は眠そうにしながらも一つずつ紙で包んで箱に入れてくれた。
表に出て、空を見上げて。遠く星がきらめいて見える。
「そろそろ帰るか」
「んっ、そうだね」
自然と出された手に手を重ねると、指の間に差し込むようにして繋がれる。触れている面積が多くて、繋がりが強くて……ドキドキと安心が同居した、変な気分のままゆっくりと進む帰路がちょっと、名残惜しいような気がした。
◇◆◇
買った物は後日馬車で丁寧に運んでくれる事になった。単騎で来てるから硝子製品を運ぶにはむかなかった。
「はぁぁ……」
温かな湯に体を浸し、思わず声が漏れる。それくらい温泉が気持ちよかった。
この別荘の内風呂は源泉掛け流しという贅沢なものだ。滑りにくい石の床にツルンとした大理石の洗い場。湯船は円形で中に段差があり、腰掛ければ丁度いい深さになっている。
先に体を流して浸かったクリスは一気に力が抜ける感じがしてダレた。体の芯から温まる感じがたまらないんだ。
「温泉、気に入ったか?」
少し後から入ってきたルークも体を流して隣に座る。それを受け入れつつ、クリスは頷いた。
「気持ちいい」
「そりゃ良かった。また来るか?」
「是非」
これまで温泉は来た事がなかったが、これは通いたくなるのも分かる。普通の風呂と何が違うのか分からないけれど、こっちの方が体に染みる感じがするんだ。
「普通の風呂と変わらないと思ってたのに、これはいい」
「傷にもいいんだ」
「そうなのか?」
ふと気になって見たルークの体は、思ったよりも傷だらけだ。腕や肩、脇腹なんかにも薄く傷がある。
でも、あの時見た胸の魔石は見えない。
「なぁ、あんたの体の中にはあの時の魔石が入ったままなんだよな?」
問うと、彼はこちらに視線を投げかけ自分の左胸をトンと叩いた。
「ここに埋まってる」
「そうか……」
あの時の記憶は強烈に、だが部分的に残っている。その中でもルークに埋まった魔石はもう取れないと感じていた。
「悪さとか、しないんだよな?」
「していないな。神によると、アレはもう魔石ではなく聖石らしい。俺に力を貸してくれるそうだ」
「そうなのか」
それでも、やはり自分の中に異物があるというのは嫌なんじゃないか。そんな思いがあって、気付けば手を伸ばしてルークの左胸に触れていた。
指先じゃ分からない。平気だろうかと思っていると手が重なって、しっかりと触れる事になる。驚いて見ると、ルークは柔らかく微笑んでいた。
「確かめていいぞ。思う存分」
「いや」
「俺は確かめたぞ。お前の体が綺麗に治っているか。そうしないと、狂いそうだったからな」
「え?」
それは……知らなかった。でも、分かる気もする。不安なんだろう、今。あの時の互いの体はそれだけ深い傷を負っていたのだから。
思わず自分の体も見てしまう。木の根が突き抜けた腹も今は跡すらない。あの怪我が本物だという証拠は当時着ていた服の残骸と、それを目撃した人の記憶だけだ。
胸に触れていた手をルークが取って、その甲に口づけをする。まるでお嬢様にするようなもので気恥ずかしくて、フイッと視線を逸らすと彼はニヤリと笑う。腕を取られて引かれ、バランスを崩して倒れると抱き込まれる。とても近い所に、紫色の瞳がある。
「心配ならくまなく確かめてみていいぞ。ここでも、ベッドの上でも」
「うっ」
途端、意識させられて心臓が跳ねた。でも……嫌じゃないし、そのつもりなんだろうとも思ってきた。
恋人になった。この人に触れられるのも、触れるのも嫌じゃない。二人だけの時間を過ごしたいと願ったなら、やっぱり関係を進めたいと思うのも多分普通で。
「嫌ならしない」
低く耳元に囁かれる声は切なげだ。それに、嫌なわけじゃない。緊張はするが。
「……嫌じゃない」
「そうか」
頭の後ろに手が添えられて、撫でられる。それだけで嬉しいんだろうと伝わってくる。
胸元に身を預けて、暫く抱かれていて……ちょっと、熱いな!
「長い! 逆上せる!」
「おっ」
ザバンと立ち上がったクリスはそのまま浴槽から出て少し涼しい所に。温泉は確かに気持ちがいいが、長湯は厳禁だと知った。逆上せる。
そんなクリスを笑い、ルークも上がってくる。そうして向かうのは洗い場だ。
白い陶器人形を置いている店には猫が多い。踊ってる物や食事をしている物。洗濯、掃除……に失敗した場面。見ていてクスリと笑いたくなるものばかりだ。
「見ていくか」
「いいのか?」
「あぁ」
そういうことなら。ドアを押し開けると若い青年が膝に猫を乗せて店番をしている。視線は向けてもこれといって売り込みはなく、おかげでゆっくりと見て回る事ができた。
陶器人形が多いように思う。けれど一部アクセサリーも手がけていた。
ドレスを着込んでカーテシーをする猫や、楽器を持ったものもある。それらを楽しく見て……ふと、目に入ったものがあって手を止めた。
「これ」
それは勇ましく剣を構え、深紅の軍服を着た猫だった。
「騎士団のか」
「いいなぁ」
剣は銀で出来ていて、服の縁は金で塗られている。勇ましい顔をしていたり、ちょっと眠そうだったり。どれ一つとっても同じ顔をしている奴はいない。
「これ、クリスっぽいな」
「え?」
そう言いながらルークが手に取ったのは、鞘に剣を収めたままキリッとしている猫だった。可愛らしいフォルムなのに目元がキリッとしているのが少しちぐはぐで可愛い。
「これが俺?」
「ちょっとツンとしたところが」
「なんだよそれ。それなら……ルークはこれだな」
そう言ってクリスが手にしたのは眠そうな目の猫騎士だった。心なしか背中も少し丸まっている。
「流石にここまでぐーたらしてない!」
「休日のあんた」
「休日は制服着てないだろ。選び直せ」
「えー」
なんて言っている間にあれだこれだと。笑いながらちょっと茶化して選ぶうちに、結局五体も手元に残ってしまった。
「……いいか」
「いいのかよ」
「旅の思い出だ。折半ならいいだろ?」
一体が銀貨一枚。折半なら……まあ、いいか。
これらを持っていくと店主は眠そうにしながらも一つずつ紙で包んで箱に入れてくれた。
表に出て、空を見上げて。遠く星がきらめいて見える。
「そろそろ帰るか」
「んっ、そうだね」
自然と出された手に手を重ねると、指の間に差し込むようにして繋がれる。触れている面積が多くて、繋がりが強くて……ドキドキと安心が同居した、変な気分のままゆっくりと進む帰路がちょっと、名残惜しいような気がした。
◇◆◇
買った物は後日馬車で丁寧に運んでくれる事になった。単騎で来てるから硝子製品を運ぶにはむかなかった。
「はぁぁ……」
温かな湯に体を浸し、思わず声が漏れる。それくらい温泉が気持ちよかった。
この別荘の内風呂は源泉掛け流しという贅沢なものだ。滑りにくい石の床にツルンとした大理石の洗い場。湯船は円形で中に段差があり、腰掛ければ丁度いい深さになっている。
先に体を流して浸かったクリスは一気に力が抜ける感じがしてダレた。体の芯から温まる感じがたまらないんだ。
「温泉、気に入ったか?」
少し後から入ってきたルークも体を流して隣に座る。それを受け入れつつ、クリスは頷いた。
「気持ちいい」
「そりゃ良かった。また来るか?」
「是非」
これまで温泉は来た事がなかったが、これは通いたくなるのも分かる。普通の風呂と何が違うのか分からないけれど、こっちの方が体に染みる感じがするんだ。
「普通の風呂と変わらないと思ってたのに、これはいい」
「傷にもいいんだ」
「そうなのか?」
ふと気になって見たルークの体は、思ったよりも傷だらけだ。腕や肩、脇腹なんかにも薄く傷がある。
でも、あの時見た胸の魔石は見えない。
「なぁ、あんたの体の中にはあの時の魔石が入ったままなんだよな?」
問うと、彼はこちらに視線を投げかけ自分の左胸をトンと叩いた。
「ここに埋まってる」
「そうか……」
あの時の記憶は強烈に、だが部分的に残っている。その中でもルークに埋まった魔石はもう取れないと感じていた。
「悪さとか、しないんだよな?」
「していないな。神によると、アレはもう魔石ではなく聖石らしい。俺に力を貸してくれるそうだ」
「そうなのか」
それでも、やはり自分の中に異物があるというのは嫌なんじゃないか。そんな思いがあって、気付けば手を伸ばしてルークの左胸に触れていた。
指先じゃ分からない。平気だろうかと思っていると手が重なって、しっかりと触れる事になる。驚いて見ると、ルークは柔らかく微笑んでいた。
「確かめていいぞ。思う存分」
「いや」
「俺は確かめたぞ。お前の体が綺麗に治っているか。そうしないと、狂いそうだったからな」
「え?」
それは……知らなかった。でも、分かる気もする。不安なんだろう、今。あの時の互いの体はそれだけ深い傷を負っていたのだから。
思わず自分の体も見てしまう。木の根が突き抜けた腹も今は跡すらない。あの怪我が本物だという証拠は当時着ていた服の残骸と、それを目撃した人の記憶だけだ。
胸に触れていた手をルークが取って、その甲に口づけをする。まるでお嬢様にするようなもので気恥ずかしくて、フイッと視線を逸らすと彼はニヤリと笑う。腕を取られて引かれ、バランスを崩して倒れると抱き込まれる。とても近い所に、紫色の瞳がある。
「心配ならくまなく確かめてみていいぞ。ここでも、ベッドの上でも」
「うっ」
途端、意識させられて心臓が跳ねた。でも……嫌じゃないし、そのつもりなんだろうとも思ってきた。
恋人になった。この人に触れられるのも、触れるのも嫌じゃない。二人だけの時間を過ごしたいと願ったなら、やっぱり関係を進めたいと思うのも多分普通で。
「嫌ならしない」
低く耳元に囁かれる声は切なげだ。それに、嫌なわけじゃない。緊張はするが。
「……嫌じゃない」
「そうか」
頭の後ろに手が添えられて、撫でられる。それだけで嬉しいんだろうと伝わってくる。
胸元に身を預けて、暫く抱かれていて……ちょっと、熱いな!
「長い! 逆上せる!」
「おっ」
ザバンと立ち上がったクリスはそのまま浴槽から出て少し涼しい所に。温泉は確かに気持ちがいいが、長湯は厳禁だと知った。逆上せる。
そんなクリスを笑い、ルークも上がってくる。そうして向かうのは洗い場だ。
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