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ローゼンハイム邸騒動(2)
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◇◆◇
アーベルはあの後、身につけていたアスコットタイをハインツに貸してくれた。そこからは彼のフェロモンの匂いがして、ちょっと変態っぽいけれど鼻先に持って行くと凄く安心した。
そんな事で個人的には色々あったが、ローゼンハイム邸でのパーティーも近付いてきている。
今日はアーベルと共にお願いしていたドレススーツの試着と受け取りにきた。
「凄く格好いいですよ」
きっちりと着替えて出て行くと、それを見たアーベルが目をキラキラと輝かせている。そんな彼の嬉しそうな顔を見たら、ハインツも何だか照れてしまった。
「本当に素晴らしい体躯でございます。これならば、どのような御衣装も似合いましょう」
「クリストフに任せて良かった。ありがとう」
「アーベル様からそのような言葉を頂けるとは、長く仕事はしてみるものですね」
テイラーの主人であるクリストフが穏やかに笑っている。
がっ、問題は別の所で起こっていた。
「ハインツ様!」
「わぁ!」
後ろから声をかけられて思わず声が出てしまう。こういうの、苦手なんだよ。心臓飛び出るかと思った。
見れば職人さん達が鼻息を荒くして、ハインツの作ったぬいぐるみとその服を持っている。
目が、血走っている……?
「あの……」
「このレースは一体どこで!」
「え?」
彼女が持っているのはブライダルスタイルのテディーベアーだ。女の子らしくふっくらとさせた白い毛の熊がウエディングドレスを着ている。その子のドレスのスカート部分はベースは白のサテン生地で、上から総レースを掛けている。花冠のヴェールも同じものだ。
そしてこの総レースはハインツがせっせと編んだもの。白く細いシルクの糸を丁寧に極細の針で編んだものだ。細かで精緻な花文様が施され、蔓草も綺麗にやった。流石に手作業でこの大きさが限界だったけれど。
クリストフが眼鏡を取り出し、レースを観察する。そんなに近くで見ないでほしい! 実は粗もあるから!
「これは素晴らしい作品ですね。全て手編みですよ」
「そうなんです! この細かさと繊細さで手編みなんて! 気の遠くなる地獄作業でしかない!」
「そんな。確かに手も目も疲れますが、とても楽しく充実した時間でした。人間の体が睡眠を必要としなければまだ頑張れたと思います!」
思わず言ってしまい、注目が集まってしまった。そして次には職人さんがフラフラと近付いて、私の手を握った。
「神の手だぞ!」
「握手してください!」
「マジか、これハインツ様が!」
「拝め!」
オロオロしている間に職人がかわるがわる握手して拝んでいく。この状況なに! 怖い!
「いやはや、驚きました。素晴らしい仕事をなさいますね」
「そんな。趣味です」
「いやいや、趣味だとしてもここまでの腕をお持ちであれば立派です。それにこのテディーベアーだってとても丁寧な仕事をなさっておりますよ。服も、ちゃんとサイズを測って作られている」
「そんな。本職の皆様に見せるには拙くて」
思わず照れてしまう。でも、素直に嬉しい。それが隠しきれないハインツに、テイラーの皆さんは温かな笑みを浮かべてくれた。
「今度他の作品も見せてください!」と言われて快く応じた。今のところハインツは爵位も宙ぶらりんで職にも就けないままでいる。ようは時間を余しているのだ。これはいい気分転換になる。
テイラーを出て馬車に乗り込むと、アーベルが突然手を取って、そこに口づけた。
「あんなに素晴らしい作品を生み出す手は、確かに神の手ですね。俺もあやかりたい」
「ふへぇぇ!」
「ハインツ、本格的にこちらの分野で仕事をしてみないかい? 刺繍もレースも、君の好きなものをやって構わないから」
「ひえぇぇ!」
そんな、だってこんな、厳ついオメガが繊細な手芸をしてるのってどうなの? という気がして。昔祖父様に「熊が芸してるみたいだな」って言われてからちょっとトラウマで。
でも……凄いっていわれるの嬉しかった。
「……機会があれば」
「勿論」
いい、のかな? 思ってしまう。でも嬉しいから少しだけ、夢を見たっていいじゃないか。
◇◆◇
そうして、とうとうパーティー当日。夜のパーティーということでフロックコートを着てアーベルの用意した馬車でローゼンハイム邸を訪れると、玄関先で執事が恭しく出迎えてくれた。
「アーベル様、ハインツ様、ようこそお越し下さいました」
きっちりとした格好で腰を折る白髪の人を見て、ハインツはなんとなく自家に長く仕えてくれていた執事を思い出した。年の頃と背格好が似ていたのだ。
「主人がお待ちです。どうぞ」
「あぁ」
鷹揚に頷くアーベルの後ろについて屋敷の中に入ると、すかさずメイドが来てコートなどを預かっていく。きっちりと教育がされたお屋敷だ。
「爵位の事などが整いましたら、領地の屋敷については早急に使用人を入れねばなりませんね」
「そうだね」
思うけれど、少し気後れもしてしまう。こちらの都合でやむなく切ってしまった人が何人かいた。彼らは今、どんな生活をしているだろうか。
屋敷の中はそれなりに人がいたが、それでも狭いとは感じない。今回はゴブリン討伐の戦勝会なので、それに関わった人が多く集まっているはず。だから招待も少ないのかもしれない。
洗練されたお屋敷だ。窓には重厚なカーテンが掛かり、調度品は品が良く綺麗な花なども飾られている。見せびらかすものではなく、人の目を楽しませる事を第一にしているのだとよく分かった。
人の流れに沿って向かえば広いダンスホールがあり、立食式で料理や酒が振る舞われている。
二人も入口の所でウェルカムドリンクとしてシャンパンを受け取った。
「凄く立派です」
「ローゼンハイム家は長らく王国の高位貴族であり、領地も服飾で潤っていますからね」
「綺麗ですよね、ローゼンハイム領の布。とても精緻な刺繍などもされていて、手触りも良くて」
「リリー種を森の管理領域で飼っていますからね。あれの糸は強くしなやかで染めも綺麗に入ります」
「そうなんですか!」
リリー種というのは蜘蛛の魔物で、それ程高い攻撃性はない。臆病で火が苦手なので、松明でも持って行けば逃げてくれる。定期的に繭玉を作る習性があり、それが上質な糸の原料となるのだ。
「おや? もしかしてハインツ殿ですか?」
「え?」
不意に声をかけられそちらを見ると、知っている人物がゆっくりと近付いてくる。
年の頃は四十代中程で細身だが、鍛えられた体をしている。銀の髪を丁寧に撫でつけた眼鏡の人は丁寧にハインツとアーベルにお辞儀をした。
「この度の討伐では、大変活躍したと伺っております。流石はハインツ殿」
「フランツさん!」
思わずハインツもお辞儀する。何を隠そう、ハインツはこの人にお世話になっているのだ。
「王都冒険者ギルドのギルドマスターが、何故このパーティーに?」
訝しむようなアーベルの問いかけは少し剣がある。おそらくハインツと親しげだったのが気に入らなかったのだ。
アーベルはあの後、身につけていたアスコットタイをハインツに貸してくれた。そこからは彼のフェロモンの匂いがして、ちょっと変態っぽいけれど鼻先に持って行くと凄く安心した。
そんな事で個人的には色々あったが、ローゼンハイム邸でのパーティーも近付いてきている。
今日はアーベルと共にお願いしていたドレススーツの試着と受け取りにきた。
「凄く格好いいですよ」
きっちりと着替えて出て行くと、それを見たアーベルが目をキラキラと輝かせている。そんな彼の嬉しそうな顔を見たら、ハインツも何だか照れてしまった。
「本当に素晴らしい体躯でございます。これならば、どのような御衣装も似合いましょう」
「クリストフに任せて良かった。ありがとう」
「アーベル様からそのような言葉を頂けるとは、長く仕事はしてみるものですね」
テイラーの主人であるクリストフが穏やかに笑っている。
がっ、問題は別の所で起こっていた。
「ハインツ様!」
「わぁ!」
後ろから声をかけられて思わず声が出てしまう。こういうの、苦手なんだよ。心臓飛び出るかと思った。
見れば職人さん達が鼻息を荒くして、ハインツの作ったぬいぐるみとその服を持っている。
目が、血走っている……?
「あの……」
「このレースは一体どこで!」
「え?」
彼女が持っているのはブライダルスタイルのテディーベアーだ。女の子らしくふっくらとさせた白い毛の熊がウエディングドレスを着ている。その子のドレスのスカート部分はベースは白のサテン生地で、上から総レースを掛けている。花冠のヴェールも同じものだ。
そしてこの総レースはハインツがせっせと編んだもの。白く細いシルクの糸を丁寧に極細の針で編んだものだ。細かで精緻な花文様が施され、蔓草も綺麗にやった。流石に手作業でこの大きさが限界だったけれど。
クリストフが眼鏡を取り出し、レースを観察する。そんなに近くで見ないでほしい! 実は粗もあるから!
「これは素晴らしい作品ですね。全て手編みですよ」
「そうなんです! この細かさと繊細さで手編みなんて! 気の遠くなる地獄作業でしかない!」
「そんな。確かに手も目も疲れますが、とても楽しく充実した時間でした。人間の体が睡眠を必要としなければまだ頑張れたと思います!」
思わず言ってしまい、注目が集まってしまった。そして次には職人さんがフラフラと近付いて、私の手を握った。
「神の手だぞ!」
「握手してください!」
「マジか、これハインツ様が!」
「拝め!」
オロオロしている間に職人がかわるがわる握手して拝んでいく。この状況なに! 怖い!
「いやはや、驚きました。素晴らしい仕事をなさいますね」
「そんな。趣味です」
「いやいや、趣味だとしてもここまでの腕をお持ちであれば立派です。それにこのテディーベアーだってとても丁寧な仕事をなさっておりますよ。服も、ちゃんとサイズを測って作られている」
「そんな。本職の皆様に見せるには拙くて」
思わず照れてしまう。でも、素直に嬉しい。それが隠しきれないハインツに、テイラーの皆さんは温かな笑みを浮かべてくれた。
「今度他の作品も見せてください!」と言われて快く応じた。今のところハインツは爵位も宙ぶらりんで職にも就けないままでいる。ようは時間を余しているのだ。これはいい気分転換になる。
テイラーを出て馬車に乗り込むと、アーベルが突然手を取って、そこに口づけた。
「あんなに素晴らしい作品を生み出す手は、確かに神の手ですね。俺もあやかりたい」
「ふへぇぇ!」
「ハインツ、本格的にこちらの分野で仕事をしてみないかい? 刺繍もレースも、君の好きなものをやって構わないから」
「ひえぇぇ!」
そんな、だってこんな、厳ついオメガが繊細な手芸をしてるのってどうなの? という気がして。昔祖父様に「熊が芸してるみたいだな」って言われてからちょっとトラウマで。
でも……凄いっていわれるの嬉しかった。
「……機会があれば」
「勿論」
いい、のかな? 思ってしまう。でも嬉しいから少しだけ、夢を見たっていいじゃないか。
◇◆◇
そうして、とうとうパーティー当日。夜のパーティーということでフロックコートを着てアーベルの用意した馬車でローゼンハイム邸を訪れると、玄関先で執事が恭しく出迎えてくれた。
「アーベル様、ハインツ様、ようこそお越し下さいました」
きっちりとした格好で腰を折る白髪の人を見て、ハインツはなんとなく自家に長く仕えてくれていた執事を思い出した。年の頃と背格好が似ていたのだ。
「主人がお待ちです。どうぞ」
「あぁ」
鷹揚に頷くアーベルの後ろについて屋敷の中に入ると、すかさずメイドが来てコートなどを預かっていく。きっちりと教育がされたお屋敷だ。
「爵位の事などが整いましたら、領地の屋敷については早急に使用人を入れねばなりませんね」
「そうだね」
思うけれど、少し気後れもしてしまう。こちらの都合でやむなく切ってしまった人が何人かいた。彼らは今、どんな生活をしているだろうか。
屋敷の中はそれなりに人がいたが、それでも狭いとは感じない。今回はゴブリン討伐の戦勝会なので、それに関わった人が多く集まっているはず。だから招待も少ないのかもしれない。
洗練されたお屋敷だ。窓には重厚なカーテンが掛かり、調度品は品が良く綺麗な花なども飾られている。見せびらかすものではなく、人の目を楽しませる事を第一にしているのだとよく分かった。
人の流れに沿って向かえば広いダンスホールがあり、立食式で料理や酒が振る舞われている。
二人も入口の所でウェルカムドリンクとしてシャンパンを受け取った。
「凄く立派です」
「ローゼンハイム家は長らく王国の高位貴族であり、領地も服飾で潤っていますからね」
「綺麗ですよね、ローゼンハイム領の布。とても精緻な刺繍などもされていて、手触りも良くて」
「リリー種を森の管理領域で飼っていますからね。あれの糸は強くしなやかで染めも綺麗に入ります」
「そうなんですか!」
リリー種というのは蜘蛛の魔物で、それ程高い攻撃性はない。臆病で火が苦手なので、松明でも持って行けば逃げてくれる。定期的に繭玉を作る習性があり、それが上質な糸の原料となるのだ。
「おや? もしかしてハインツ殿ですか?」
「え?」
不意に声をかけられそちらを見ると、知っている人物がゆっくりと近付いてくる。
年の頃は四十代中程で細身だが、鍛えられた体をしている。銀の髪を丁寧に撫でつけた眼鏡の人は丁寧にハインツとアーベルにお辞儀をした。
「この度の討伐では、大変活躍したと伺っております。流石はハインツ殿」
「フランツさん!」
思わずハインツもお辞儀する。何を隠そう、ハインツはこの人にお世話になっているのだ。
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