上 下
69 / 137
8章:ジェームダル潜入

4話:ジェームダル潜入

しおりを挟む
 ガタゴトと車輪を軋ませながら、一台の幌馬車がラン・カレイユとジェームダルの関所へと到着した。

 馬は一頭、その手綱を握る御者は丈夫なのが取り柄という服装だが、顔立ちは端正でもある。薄茶色の短い髪に、薄茶色の瞳で体格もいい。

 その隣りには短いダークブラウンの髪に、同色の瞳をした身なりのいい男が座っている。貴族という華美さはないが、きっちりとスーツを着て髪を撫でつけている。

「そこの馬車、止まれ!」

 ジェームダルの兵士が二人、幌馬車を呼び止める。その指示に従った馬車は大人しく止まった。

「馬車の荷はなんだ。通行証は」
「通行証はこれだ。見れば、まぁ察しろ」

 まだ若いだろうダークブラウンの髪の青年が一枚の証明書を出すと、兵士は途端ににやついた。

「一応荷を確かめさせてもらうが……少し護衛が多くないか?」
「それだけ良い品を運んでるんだ。手を出すなよ、そこらの粗悪品とは違う」

 抑揚のない声で答えた商人が御者台を降りて後ろに回る。

 馬車の後ろ側には三人の護衛がいる。
 一人は大柄で筋骨隆々という逞しい体躯をした、いかにも傭兵のような男。
 残る二人は比較すれば小柄だが、雰囲気の鋭い青年だ。少し長いブラウンの髪に緑色の瞳をした人物と、刈り込んだ黒髪に茶色の瞳の人物だ。

 三人に目配せをした商人の男に従い、大柄な方が幌を開ける。中は薄暗いが、いくつかの箱の側に複数の人間が身を寄せ合っているのがわかった。

 兵士達は息を飲む。
 まだ小柄な少女を抱きしめてこちらを睨む女性の迫力の美しさに、とてもではないが近づく事ができなかったのだ。

 中にはドレスを纏ったいかにも貴族の子女が五人。そして血のついた包帯を巻いたメイドが一人乗っていた。

 一番手前にいた女性は、白とワインレッドの袖口の広いドレスを纏っている。背に流れる美しい金髪と、意志の強い深いブルーの瞳は汚らわしい者を見るように他者を見つめている。とても美しく、そして気高いものを感じた。

 その女性に抱きしめられているのは亜麻色の髪をした少女だった。華奢な体にふわふわのレースをふんだんに使ったピンクのドレスを着ている。顔立ちはとても愛らしく、ライトブラウンの瞳が男達を見て怯えて揺れている。

 その奥には、実に大人っぽい濃紺のドレスを纏う女性が、同じく小柄な少女を手元に寄せている。褐色の肌に黒髪で、紫の瞳をした色香を纏う女性だ。

 その女性の側には若草色の愛らしいドレスを纏った少女がいる。薄い銀髪に大きな青い目にはたっぷりの涙を溜めて、濃紺のドレスの女性の胸元に怯えて抱きついた。

 少し外れて、ブルーグレーのドレスを纏う銀髪の女性もいる。意志の強い緑色の瞳で、凛とした視線を向けている。首元には赤い薔薇を模したチョーカーをつけている。

 そんな女性達の側で威嚇するように見つめるメイドは、片目と片手に血の付いた包帯を巻いている。長い黒髪をツインテールにし、黒いメイド服に白いエプロンをつけている。見れば艶めかしい足にも包帯があり、これにも血がついていた。

「貴族の家から買ってきた上玉だ。手をつければ煩いぞ」
「こりゃ、確かに上玉だ」

 呆けた彼らの前で幌が下ろされる。そして、商人の男は御者台へと戻った。

「ここからなら、タフルか?」
「一応はそのつもりだが、品が品だけに他に振られるかもしれない。そこらの品と一緒にしてもらっちゃ困る」
「確かにな。あれなら大教会の司教あたりが高値で買うかもしれないな」
「だといいんだがな」

 通行証に許可印を押した兵士が馬車を通す。
 先は変わらない道が続き、森がある。そこを進んだ馬車が道を進み、町を抜けてまた道へ。そうして日が落ちる頃ようやく、馬車を森の奥へと入れて止まった。

 幌が開けられる。そして、顔を覗かせた護衛の一人が明るい声で伝えた。

「周辺確認、異常なし! ようやくだよー」

 その声に奥から五人の子女、もとい騎士達が外へと出てくる。ドレスのまま伸びをして、肩やなんかを解している。

「流石に暗い馬車の中に居っぱなしも疲れるね」

 ピンク色のドレスを纏ったラウルが苦笑して、隣のランバートを見ている。深紅のドレスはとても美しく彼を彩り、本物の女性と言われてもぱっと見誰も疑わない。

「それにしても、その胸が作り物ってのが驚くよな。ここで見ても女に見える」

 何とも言えない複雑な表情のドゥーガルドが腕を組む。その側に意地悪な顔をした濃紺ドレス姿のレイバンが近づき、ツツッと脇腹を撫でた。

「うぎゃぁ!」
「そそられるのかな?」
「止めろ、質の悪い!」

 大慌てのドゥーガルドが乙女のように自分を抱きしめるのに、女装姿の全員が大いに笑った。


 混乱の収まったクシュナートで、実はひっそり仁義なき会議が行われていた。この案が一番安全だと言ったチェルルの理由に全員が納得はした。問題は、誰が女装をするかだった。

 最初に有無を言わせず外れたのは体格的に無理のあるドゥーガルドとゼロスだ。骨格的、体格的に無理がありすぎる。
 同じく女装即決だったのがチェルルとランバートだ。チェルルは顔を知られているし、ランバートは男のままでは目立ちすぎる。女装くらいしないと顔を覚えられる可能性がある。

 次にラウルとクリフが女装に選ばれた。小柄な二人では御者や商人、護衛という役に不適格となり、当人達も諦めた。
 そしてハリーが意外と自ら女装に手を上げた。曰く、「コンラッドの反応が見てみたい」そうだ。物好きだが……試しに女装したハリーを見たコンラッドがくずおれたので成功だっただろう。

 コンラッドは商人役に選ばれた。曰く、こういう一見優男風の商人の方がらしいというのだ。身綺麗であり、知的にもみえるコンラッドは外見も強い印象を与えない。適任と言われ、コンラッドは緊張していた。

 残るはレイバンとチェスター、ボリスだが、護衛はあと二人で十分と言われてレイバンが折れた。それというのもボリスが「絶対に嫌だ!」と拒否しまくり、チェスターが真っ青な顔で首振り人形になったからだ。
 そもそも、レイバンも事を楽しむ傾向にある。人生に一度くらいは試してみようかという気になったのだ。

 こうして男ばかりの騎士団、ドレスファッションショーがひっそりと開催されていたのだった。


 焚き火を囲んだ全員が真剣な顔で今後の事を話し合っている。何が異様かと言えば、そのメンバーの半分以上がドレス姿だということだ。

「格好はこのままがいい。途中関所で止められても最初の関所の印は本物だし、品がいいから違う場所に運ぶように言われたと言えば誤魔化せる」
「了解。それにしても、コルセットって結構苦しいんだね。肋骨軋みそう」

 ハリーが上半身を窮屈そうにしている。側ではクリフが「こんなに締め付けたら体に悪い」と、エリオットのような顔で言っている。
 とは言え、これはまだ緩い方だ。いざとなれば戦えるようにギチギチには締め上げていない。何より偽とはいえ胸を作るのにこうした下着は必要不可欠だ。

「それで、この後どこに行くつもりだ?」

 ゼロスの言葉に、ランバートはチラリと顔を上げる。そして、慎重にしていた話を全員に打ち明けた。

「ファランという町に向かう予定だ。ここから馬車で五日くらいかかるらしい、辺境の町だ」
「ファランだって!」

 途端、チェルルが目を丸くしてランバートを見る。その様子から、何か縁のある場所なのだとわかった。

「知ってるのか?」
「知ってるもなにも、俺はその町の出身だよ」
「そうなのか?」

 皆がそれぞれに驚いてチェルルを見ているが、逆にチェルルは何故そこに行くのかを緊張した面持ちで問うように見ている。
 ランバートは息を吐き、ファウストも知らない秘密の話を始めた。

「俺の知り合いの商人が少し非合法な事もしているんだけれど……そいつがジェームダルとのパイプを持ってた」

 これにはゼロスが眉根を寄せたが、この際仕方がない。ランバートだってあれこれ考えたのだ。

「非合法と言っても、ヤバイ物を運んでいるわけじゃない。帝国で余剰になっている物資を集めて船に積んで、ジェームダルの恵まれない子供に配る組織に渡している。相手の組織も非営利だが国の許可を得た取引じゃないので非合法なんだ」
「ほぼ慈善活動なんだね」
「そのかわり、この国で取れる染料を代金に貰っている。繊維業なんかもしているし、普通じゃなかなか入らない綺麗な染料なんだそうだ」
「茜の根かな? 確かにこの辺で採れるし、子供の小遣い稼ぎによく採ってくる」

 チェルルもそうした物を採っていたのだろう、知っている様子だ。

「そこのボスがファランにいる。まずは顔つなぎをして、彼らの手を借りて脱出路を確保したい」
「確かに、脱出が一番厄介だな。目的の人物が動けるかもわからないし、事件後は時間的な余裕もない。だが、信用できるのか?」
「一応事前に連絡を取った時には、帝国への恩義はあっても祖国への恩義はない。協力すると言っていたらしい」
「それを鵜呑みにするのも危険だが……魅力的ではあるか」

 考え込むゼロスは、それでも頭から反対という訳ではないようだ。それで、今は充分だ。

「そのボスの名前は、なんていうんだ?」
「ドゥエインというらしい。商人だと」
「え!」

 今後こそ動揺を露わにして、チェルルがランバートを見る。そして一つ、確信を持って断言をした。

「その人は裏切らない」
「根拠は?」
「ドゥエインさんは、ダンクラート隊長とキフラスの父親だ」

 その言葉に、全員は緊張と安堵を滲ませた。そして一路ファランへと進路を取った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

箱入りの魔法使い

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:213pt お気に入り:10

お兄ちゃんと内緒の時間!

BL / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:59

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:61,398pt お気に入り:3,747

ファラオの寵妃

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

【R18】Hでショタな淫魔くん、人間界へ行く!

BL / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:73

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,113

男子高校生ヒロサダの毎日極楽

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:4

スパイだけが謎解きを知っている

ミステリー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:3

【R18】私の担当は、永遠にリア恋です!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:376

処理中です...