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9章:大河を渡りて

2話:神の家に巣くうモノ

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 早朝のナハルの教会に、二人の女性が転がり込んできた。
 まだ早い時間だが、毎朝の勤めを行っていた神父はその女性達を見て言葉をなくし、直ぐさま駆け寄っていった。

「どうなさったのですか!」
「お……お助けください、神父様」

 長い金髪は汚れ、服は裾が汚れて擦り切れていたが、素材の持つ美しさは隠せない。深い夜空のような青い瞳、はっきりとした顔立ちの美女はその腕に小柄な少女を庇っていた。

「国からわけもわからず連れ出され、酷い扱いを……隙を見て逃げ出してきたのです」
「まさか、この子も」
「誰かはわかりません。ですが、同じ馬車に乗せられていて。一人残せばどんな無体が待っているかわからず、連れ出して」

 震えながら少女を抱きしめる美女を憐れんだ神父はすぐに大きな毛布を美女に着せかけ、そっと立ち上がらせた。

「まずはこちらにいらっしゃい。部屋に湯を用意するから、汚れを落として。大丈夫です、ここは神の家。必ず加護がありますから」
「ありがとう、ございます」

 目に涙を浮かべ、安堵の表情を浮かべた美女はそっと腕の中の少女も立たせ、言われるがままに二階にある一室へと案内された。


 神父は四十代らしいのだが、見た目では五十代にも見えた。痩せて顔色も良くはないが、ニコニコと笑っている。それが少し痛々しかった。

「ふぅ、とりあえず潜入成功かな」

 用意してくれた湯に布を浸し、足や汚れを落としていく。ベッドは一つだが大きさはそれなりにあった。
 美女になったランバートの隣りに座ったラウルがクスクス笑ってランバートを見ている。それが少しいたたまれない。

「ラウル」
「だって、似合い過ぎ。ランバート、本当に綺麗だよ」
「あのな……」
「ファウスト様が見たら、どんな顔するかな?」
「恐ろしいものを刺激するから嫌だ」

 ラウルの足も綺麗にしてやり、足を湯に浸す。程よい湯加減でとても心地よく感じた。

「ランプ、窓際に置いておくよ」
「頼む」

 ラウルが窓際に室内にあるランプを置く。奴等が動くとすれば人目のなくなる夜だろう。窓際に置いたランプの明かりを目印に、滞在している部屋を他のメンバーに知らせる手はずになっている。

「それにしても、あの神父さんは本当に善人そうだったね」
「でも、知ってはいそうだ」

 二人が駆け込んだ時、神父は顔色をなくした。だから感じたのだ、あの神父はこの国で若い女性や子供が奴隷のように扱われているのを知っているのではないか。
 関わっていなくても、詳しい事は何もわからなくても、疑っているのではないかと。

「責める?」

 心配そうに問いかけてくるラウルに、ランバートは息を吐いて首を横に振った。

 知っているからといって何も出来ない人は多い。どうにかしたいと思っていても、どうにもできないレベルのものはある。これは片田舎の教会の神父の手には負えないだろう。

 ラウルも苦笑して頷いた。だがそんな事態が、歯がゆくもあった。

「ラウルは攫われた時のショックで失語症ということで、部屋から出ない」
「うん。ランバートは積極的に動くでしょ? 大丈夫?」
「投げナイフは持ってるよ。それに、表だっては何もできないさ。神父の服を着ていればね」

 穏やかに笑ったランバートにラウルも同意し、少し日が高くなるまで休む事にした。


 一時間ほど互いに休むと、俄に外が賑わいだした。二階の窓から外を見ると町の人々が祈りを捧げにきている。
 この教会は町からは少し離れているにもかかわらずこうして人がくる。おそらく不安が大きいのだろう。

「行ってくる」
「行ってらっしゃい」

 手を振るラウルに背を向けて、ランバートは階下へと下りていった。

 礼拝堂では多くの人が手を合わせて祈りながら、神父の言葉を聞いている。だが二人、先程の神父とは違う若い神父が側に立っているのを見た。
 一人はダークブラウンの髪を撫でつけた男。そしてもう一人はグレーの髪を下ろした男だった。
 どちらも神父というには雰囲気が鋭い。視線も同じだった。

 ランバートは近いベンチに腰を下ろし、壮年神父の話を聞きながら祈りを捧げる。それを確認した三人の神父は、それぞれの表情を浮かべていた。

 やがて礼拝が終わり、町の人々が帰っていく。ランバートが立ち上がると、壮年の神父が気遣わしい様子で近づいてきた。

「ご気分は如何ですか?」
「おかげさまで、すっかり落ち着きました。神父様にはなんとお礼を言えばいいか」
「困っている人に手を差し伸べる事もまた、神に仕える者の勤めです。お気になさらず」

 人のいい笑みを浮かべる神父に対し、背後の若い神父二人は既に値踏みの目だ。ギラギラと目を光らせ、時に唇を舐めている。
 どうやら、問題なくひっかかってくれるようだ。

「もう一人の子は大丈夫ですか?」
「それが……」
「どこか、怪我でも」
「いえ、怪我はないのですが。……よほど辛い思いをしたのでしょう。言葉が出てこないようで、何を問いかけても口は動くのに声が出なくて」
「なんて惨い……」

 心配そうにしていた神父はランバートの言葉を聞いて悲しみに瞳を曇らせる。ランバートも同じように悲しみの目をして俯く。だが、そこからは気丈な笑みを作った。

「大丈夫です、神父様。私、あの子を連れて国へ帰る手立てを考えてみます」
「国へ? ですが、今は国情も悪く思うようには……」
「それでも、諦めてはいけない気がします。私に婚約者がいるように、あの子にも家族があるかもしれない。国へ戻り、傷を癒やせばいつか声を取りもどすかもしれません。ですから、方法を探してみようと思います」

 そう伝えたランバートに、神父は祖父のような心配と慈愛のこもった視線を向けて深く頷いてくれた。これに嘘はない。
 だが背後の二人はニヤリと笑った。実に陰湿な笑みだ。

「ところで神父様。そちらのお二人は?」

 問いかければ神父が背後の二人を見る。そして、少し戸惑うように声を発した。

「本神殿より遣わされた、神父ルジェールと、神父マルコフです」

 一歩前に出て形だけは頭を下げる二人。ダークブラウンのほうがルジェール、グレーのほうがマルコフだ。
 ランバートは二人にも穏やかに微笑み、淑女の礼を尽くす。そして始めて偽名『アイリーン』と名乗った。

 その後、「ここに居る間はお手伝いを」と言ってランバートは教会の仕事を行い、時々ラウルの所に食事を持って上がった。ラウルは部屋のあちこちに必要そうな物を仕込んでいて、上手く引っかかりそうだと伝えれば「楽しみだね」と笑っている。
 まぁ、ランバートとしても早くこの状況からは脱したい。いくら敵地での潜入に適しているからといって、女性のフリばかりしていては気力が萎えそうだ。
 それに、鏡を見る度に何となく凹む。女装した顔があまりに母親に似ていた。否定はしないが……男なのにな、という気がしてしまうのだ。


 その夜、食堂を綺麗にしている時に背後で人の気配がし、ランバートは振り返った。そこにはルジェールが立っていて、ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべていた。

「アイリーンさん、お疲れ様です」
「お疲れさまです、ルジェール様。先にお休みになられたと思いました」

 近づいてくるルジェールに、ランバートは笑みを浮かべながらも警戒をする。いきなり乱暴を働く事はないだろうし、ここに神父が来てしまえばお終いだ。場所は選ぶだろう。そうあってもらいたい。

「あの、私になにか?」
「神父様から聞きました。なんでも、ラン・カレイユへと帰りたいとか」
「え? えぇ、勿論です」
「実は教会には秘密のルートがありましてね。それを使って、国元に帰れないかと」
「え?」

 どこまでが本当かわからない情報だが、案外あってもおかしくはない。教会はラン・カレイユから奴隷を仕入れているのだから。

「ただ、普通の神父などは知らない道なのです。そこで、こっそりお教え致しますのでこれから部屋へ」
「そういうことでしたら、私どもの部屋へお越し下さい。それを聞いたらあの子、とても喜びます」
「あの子?」

 ルジェールは警戒心が強いらしい。僅かに眉を動かして抵抗しそうな様子をみせる。だがここで諦めるには惜しい。こいつを捕まえて、喋らせるのが目的だ。

「成人しているのかも分からないような、幼い子なのです。あまりのショックに声を失ってしまって。でも国に帰れるかもしれないと聞けば、きっと気力を取りもどします」

 声が出ない。つまり、何があっても伝える事ができない。しかも幼い子だと聞けばハードルは下がる。
 実際ルジェールは僅かに口の端を上げた。

「そういうことでしたら、お手伝いさせていただきます」

 善人の顔で胸に手を当てたルジェールを連れ、ランバートは二階の部屋へと上がっていった。

 ドアをノックして、押し開ける。窓際のランプに明かりが灯っているばかりでラウルの姿は見られない。
 ルジェールがドアを閉める音がする。そして後ろから無遠慮にランバートの体を捕まえようとした。
 その腕をランバートは掴み上げ、一気に背負い投げる。強かに床に打ち付けたルジェールが喚く前に忍ばせておいた布で猿ぐつわをし、鳩尾に一発入れれば簡単に気を失った。

「流石ランバート、鮮やかだね」
「ラウル、そっちの首尾はどう?」

 ドアが開いて、ホクホクとした顔のラウルが顔を出す。完全に一仕事終えてきた表情を見ると、上手く行ったのだろう。

「神父様の水に睡眠薬を入れておいたから、目は覚めない。さっき確認したらぐっすり寝てたよ。もう一人のマルコフは外に出てきた所をレイバンとコンラッドが捕まえてた。馬車に積み込み済み」
「それじゃ、こいつも積み込まないとな」

 両手と両足を縛りあげ、更に上から袋を被せる。主に死体用の袋なのだが、丁度良かった。
 二人がかりでルジェールを運ぶと教会の裏手には馬車があり、コンラッドとレイバンが待っていた。荷台には二人分の死体袋が並ぶ。

「んじゃ、お先に。尋問はボリスがやるって言ってたから……酷くなりそうだよ」
「頼む。俺とラウルは明日ここを出る」
「了解。二人とも、最後まで気をつけて」

 女装姿の二人を置いて馬車は暗い森の中へと消えていく。後に残されたランバートとラウルは互いに顔を見合わせ「ボリスだって」と苦笑した。

◆◇◆

「本当に、もう行ってしまうのかい?」

 一晩お世話になった神父に丁寧な礼をして、ランバートとラウルは静かに森へと戻った。
 そして川沿いの小屋についたのだが、そこに人の気配はない。キョロキョロしていると突然床板が跳ね上がり、げっそりとしたゼロスが顔を覗かせた。

「戻ったか」
「大丈夫か?」
「……俺は、あいつと友達やっていく自信を失いかけている」

 それだけ呟いたゼロスに、ランバートもラウルも苦笑した。

 地下室はランタンの明かりがあるばかりで薄暗い。支える柱が数本、そこにベッドが三つほど。
 ほぼ全員がそこにいたのだが、ドゥーガルドは魂が抜けたように壁の方を向いて放心しているし、チェルルとクリフは互いに抱き合ってガタガタ震えている。
 ハリーすらもコンラッドに抱きついてガクブルとしていて、室内には異様な臭いが濃くなっていた。

「ほら、ちゃんと俺の質問に答えて。そうしたら気持ち良くイカせてあげるって言ってるじゃないか」

 ベッドに片足を乗り上げたボリスはとても艶のある声でそう言う。ぼんやりとした明かりの中、ベッドの上に仰向けにされ、手足を拘束され猿ぐつわをかまされたルジェールの昂ぶりは根元を強く戒められて紐が食い込み、異様なほどに血管を浮き上がらせてそそりたっている。

 ボリスはヌチヌチと、その興奮しきった昂ぶりを弄りながら質問をしていた。

「この森の中に神子姫様がいる。これは間違いないね?」

 両目を見開いたままルジェールは激しく頷く。血走った異様な様子は尋常ではなかった。

「いい子だね。じゃあ、少しだけご褒美」
「んぅぅぅぅ! ふぅぅぅぅ!」

 根元から先端までを握り込み、パクパクと口を開ける鈴口に指を潜りこませるボリスの手淫にルジェールは狂ったように体を暴れさせ、尿なのか先走りなのかもわからないものをまき散らしている。
 一瞬目があらぬ方向にひっくり返る様子に、真っ当な人間は「ひぃぃ!」と恐怖の声を上げた。

「じゃあ、森のどのあたり? お喋りしてくれるなら猿ぐつわ取ってあげる。聞いてる、ルジェール?」

 だらしなく弛緩した体はピクピクと痙攣を繰り返し「ヒューヒュー」という呼吸をするばかりで完全に気を失った。

 ボリスは諦めたのかベッドから離れ、今度は柱に近づく。
 柱には後手に縛られ丸太に両足首を固定されて股間を晒すマルコフが既に墜ちた顔をしている。その股座にあるものは堂々と天を向いているが、鈴口からは何か異物が顔を見せていた。

「さて、続きの質問は君にしようねマルコフ。上手にお喋りができたらイカせてあげる。できる?」

 快楽に支配された顔で何度も頷くマルコフににっこり微笑んだボリスが、優しく猿ぐつわを外す。はぁはぁと発情したイヌのようにだらしなく舌を出したマルコフは、顔を赤くしてボリスを見上げた。

「お姫様はどこにいるのかな?」
「禁忌の、森の奥にある……古い教会の中にいます」
「君の仲間はどのくらい?」
「教会の中に、二十人……でも、他にも人を潜ませてる」
「どこに?」
「あひぃぃ! あぁ、わからない。そういうの俺、詳しく知らない」

 ご褒美とばかりに乳首を捻りあげれば媚びた声で快楽を伝えるマルコフ。下肢もトロトロと体液を溢している。

「嘘じゃない?」
「嘘じゃ、ないです。ルジェールが、詳しい」
「教会の中は?」
「地下二階で、各階にレバーがあって、それを鳴らすと仲間に異常を知らせる事になります」
「うん、良くできました。それじゃ、約束通りご褒美ね」

 にっこり笑ったボリスがマルコフの尿道に挿入されている物を丁寧に引き抜く。抜けて行くその度に、マルコフは快楽に震えて背を仰け反らせている。

「抜けるよ」

 あと少しなんだろう。一気に抜けたその瞬間、男臭い臭いが一気に充満し、その後には鼻につく臭いがする。絶頂と失禁を同時に味わったらしいマルコフからは悲鳴の様な嬌声があがり、ガクガク震えながらとんでいる。

「あーぁ、だらしないな。そんなだらしのないちんぽには、やっぱり栓が必要だね」
「はひぃぃぃ! あぁぁぁぁぁ!!」

 随分慣らされたのだろう鈴口が、再びズブズブとプラグを飲み込んでいく。それを上下に抜き差しするたび、よくわからない汁が飛び散って床を汚した。

「……クラウル様の責め苦を思いだした」
「なに!!」

 あまりの惨状に呟いたラウルの言葉を聞き逃せなかったゼロスが、途端に青い顔をする。おそらくこれを昨晩からみせられていたのだろう。みるみる震えだしている。

「何回か、見学したんだけどね……僕には才能ないし。苦痛に負けない相手に使うんだよね、この手……」
「それは、いや、だけどこれは!」
「あぁ、大丈夫だよ! クラウル様、ゼロスの事溺愛してるんだからこんな壊すような事しないよ絶対! 安心して!」
「……安心要素が」

 まぁ、これを受け続けたら人格がおかしくなるだろうな。ボリスもそれでいいと思ってやっているんだから。

「もう、ボリス活き活きしちゃってさ。おかげで寝られなかったよ」
「余裕だな、レイバン」

 伸びをして近づいてくるレイバンはまだ平気そうだ。そして意外にもチェスターがまだ生きていた。

「鞭とか針とか、わりとやったんだけどね。全然効果なくって。そしたらボリスが『案外嬉しそう』とか言って切り替えちゃって。もう、そうしたらこの状態。明け方にはもう人間終わった」
「正直これ見ると友達で居られるかわからなくなるんだよな。俺達にはこんな事しないし、仕事だってわかってるんだけど……本人、楽しそうだしな」
「……うん」

 ランバートから見てもボリスは楽しそうだ。
 今はイキ狂ったマルコフを放置して再びルジェールに取りかかっている。周囲にいる敵の隠れ家はわからないが、数は把握できていた事でご褒美に同じく悦びまくっているルジェールもまた、あっという間に気絶した。

「必要そうな情報揃ったよ」
「お前、その手で俺等に触るな!!」

 何せ男の精液やら尿やらが混ざりに混ざった手だ。これは流石にランバートも同じくだった。


 何はともあれ情報は揃った。哀れな二人は今、猿ぐつわと拘束はされているがベッドに転がされている。様子を見に行った時、意識こそ戻っていたがもっと大事な部分が戻ってきていないようで、目の焦点が合っていなかった。

「敵は総勢六十人ってところ。教会の神子姫の側に二十人。外に四十人。教会の鐘が鳴ると一斉に押し寄せる仕組みになってる」
「アルブレヒトさんがいるのは教会の地下三階。神子姫ラダは長年アルブレヒトさんの世話を献身的にして来た少女らしい」

 そうなれば、神子姫と接触出来れば味方になる可能性がある。牢の場所などもわかるだろう。

「決行は今夜。時間を掛けていられない」
「だね。ところであの二人、どうするの?」

 レイバンが地下の二人を指さす。ボリスは「死体袋に入れて流せば?」なんて非情な事を言っている。だがランバートは首を横に振った。

「帝国に連れて帰る」
「え! 何のために?」
「教会の事くらいは知ってるだろ。アルブレヒトさんを奪われたとなればきっと戦況が急激に動く。情報は少しでもあったほうがいい」
「いいけど……人間やめてるよ?」
「やめさせたのはボリスだろ。責任もって飼え」
「いや」

 あっかんべー状態のボリスに溜息をつきつつ、未だ怯えているフリュウに目配せをした。これで、船に積んでもらえるだろう。

「今夜、動くぞ」

 空には丸い月が、堂々と森を照らし始めていた。
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