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13章:ラン・カレイユ人質救出作戦

11話:囚われの姫君(ユノーラ城)

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 囚われの姫は、そうとは思えない優雅な時間を過ごしている。
 肌の露出を極力少なくした詰め襟、長袖のロングドレスは華やかではないし、彼女に似合っているとは言いがたい。

 波を打つ艶かで強い色合いの金髪、大きくはっきりとしたブルージルコンのような瞳、色が白く、小さな頭にはっきりとした顔立ちの美女にこの服はシンプル過ぎるし、色合いは暗すぎる。
 だが、これは喪服なのだ。彼女なりにこの服を着る意味はあるのだ。

 テラスから見える城の中庭は短い芝が綺麗に整備されているが、華やかな色を添えるものはない。それでも彼女は十分な様子で紅茶を一口飲み込む。
 その彼女の背後で、ドアが小さくノックされ一人の青年が入ってきた。

 見た目にも明るいとは言えない青年だった。
 線が細く、色が白く、顔の半分をグレーの髪で隠している。浮かべる表情も読みづらいもので、どこか虚ろに見えた。

「姫様、王からドレスが届いているよ」

 声も小さく、抑揚に乏しい。
 そんな青年を、彼女は軽く見つめて華やかに笑った。

「相変わらずね、貴方の王様も。いらないわ」
「でも、その色ばかりで飽きない?」
「飽きたからって喪服を脱ぐの?」

 彼女の口調は嘲るとも違う。カラカラと楽しげで、浮かべる表情もどこか幼い側仕えに向けるようなものだ。

「貴方のご主人に言っておきなさい。私を喜ばせたいならアーマーとブーツ、そして手甲がいいわよって」
「それはきっと、許可されない」
「だから男は駄目なのよ。女を自分の型にはめたがる。綺麗な物を贈っておけば喜ぶなんてテンプレで考えるんだから」

 青年は困ってしまって下がり気味の眉を更に下げてしまう。
 そんな表情を見た彼女は小さく苦笑して、そっと言葉を繋げた。

「喪が明けないし、この国の喪が明ける日なんてこないわ。私くらいは、この国の民全員分祈ってあげないと」
「いつ、明けるの?」
「だから、来ないわよそんな日。いっそ修道女にでもなろうかしら」
「それも多分、ダメって言われる」
「我が儘な王様ね」

 キリリとした柳眉を寄せた彼女は、それっきり中庭へ視線を移してしまう。
 それを感じたからこそ、青年も一礼して部屋を出て行った。

 城の中を進む青年は溜息をつく。そしてボソリと「あの服、どうしよう」と呟くのだった。


▼チェルル

 ユノーラ城は想像していたものとは大きく違った。森の中にひっそりと、まるで隠されたように建っている小さな城だ。
 そのくせ、何故か堅牢になっている。扉は鉄製で、側に見張り小屋もある。鉄柵で囲まれた中にあり、その柵も先端が槍のように尖りとても高い。

「これって、城ってよりも豪華な牢獄っぽい」

 思わず溢したチェルルに、側にいたマーロウも頷いた。

「人が意外と少ない。でも、置くべき所にはしっかりとした数を置いている。この規模の城なら、警備に置いても精々数百か。一人十人くらい斬ればまぁ、余裕かな」
「簡単に言うな、マーロウさん」

 そんな簡単にノルマこなせれば楽じゃ無いっての。
 苦笑したチェルルはマーロウを促して一旦その場を離れる。そして、森の中にある野営地に向かった。

 この城の周囲には森しかない。ただ、少し遠ざかれば村があった。牧歌的で、老人ばかりが余生を過ごしているっぽい場所だった。
 年を取ると人間も丸くなるのか、老人達は騎士団の面々を普通に受け入れてくれた。
 脅威も感じない。おそらくジェームダル軍にとってこの村は、警戒すべき場所ではないのだろう。

 この村の周囲に野営を張らせてもらい、いくつかの隊に分けて陣取っている。そこに戻って来たチェルルとマーロウは、グリフィスやチュウェン、各分隊の代表を集めての報告会を行った。

「ユノーラ城をこの人数で、正面から突破するのは愚策」

 開口一番マーロウが伝えたのはこれだった。ただ、できないとは言っていない。愚策という表現が彼のプライドに思えた。

「これがファウスト様なら、『いってこーい』の一言も良いと思うけれど。でもそれは策士のやり方じゃ無い。俺の仕事で判断するなら正面は回避。他の進入路を模索する」
「まっ、確かにな」

 グリフィスもこれには賛成らしい。そこで視線はチュウェンへと向かった。

「この城の事、何か知らないか」

 問われた彼女は実に嫌な顔をする。眉根が寄り、不愉快という様子にマーロウがビクリとする。すっかり彼女に頭が上がらなくなっているらしかった。

「知っている。とても不愉快な話ではあるが」
「それは?」
「この城は王妃の城と言われていた。ここを築城した王妃は、それは気の多い方だったんだ」
「って、事は?」
「この城を愛人との密会場所にしていた。その後、それを知った王が王妃を殺しこの城も払い下げたと聞くが、その後も何かと曰く付きだ」

 うわぁ、なんとも赤裸々でドロドロなお城だ。それこそ幽霊でも出そうな感じだ。

「あの城に、堂々男が入っていったのか?」
「いや、表向きは王妃の避暑地。男子禁制だと聞くわ」
「では、どこかから男をこっそり入れていた。その道があるはずだ」

 活路を見出した。そんな様子でマーロウが笑う。だがそうなると、どこがそのような場所なのか。それを探さなければならない。明日からはそれを見つける為、森の中を彷徨う事になりそうだった。

 その夜、村の老人達が小さなもてなしをしてくれた。野菜と鶏肉のスープに焼いたパンを振る舞ってくれた老人達が、それは楽しそうにチェルル達を囲んでいる。

「こんな小さな村に外から人がくるなんて、どのくらいぶりだろうねぇ」

 ほくほくとした老女がそんな事を言って器を渡してくれる。同じくワインを持った老人が何度も頷いた。

「ワシ等が若い頃は、よく人がきたもんだがなぁ」
「若い男がそれは多くてねぇ、賑やかだったよ」

 その話しように、マーロウは僅かに眉を上げる。そして、老女にそれとなく話を振った。

「ここに、若い男性なんてどうして?」
「この先のお城に御用だったのさ。あそこは昔から若い女性が城主でねぇ。夫なのか愛人なのか、色んな男がそれはもう」
「そこへの案内や振る舞いで、この村は潤っていたんだよ」

 そこまで言われるとビンゴだ。この村の老人達はあの城の秘密を知っている。マーロウも、ニヤリと笑みを作った。

「実は、この先の城に新しい城主が入ったんだ。俺達、そこに招かれてるんだよね」
「あぁ、やっぱりそうなのかい!」

 嬉しそうにポンと手を打った老女が、薄らと頬を染める。
 おそらくこの老女は幸せな男女の密会を想像しているのだろう。そのように大人達も子供に教えているだろう。純粋に、想い合う男女の禁断の愛だと思っている。

 でも、違う気がする。次々変わっていく城主、招かれる男達。そして、ラン・カレイユという国が抱える女性の地位の低さ。

「どうやって、男は城に忍んでいくんだい? なかなかお茶目な城主でさ、『探してご覧』なんて意地悪を言うんだ」
「あらあら、ふふふっ。この森を進むと、小さな洋館があるんだよ。そこの地下が城に通じる隠し通路なのさ。鍵なんて野暮なものはないから、安心をし」
「ちなみに、前の城主様っていうのはどんな女性だったんだ?」

 ちょっと気になった。そういう程度の話だった。チェルルの問いかけに、今度は老人の方が血の気のいい顔で答えてくれた。

「それは綺麗な白髪の親子だったよ」
「白髪の、親子?」

 それを聞いただけで、聞かなければよかったと後悔が走った。白髪。その特徴を持つ人はとある一族のみだ。

「親子と言うと、母親と?」
「年上の女の子と、その妹だね。それは綺麗だったんだが、入城した時以外見た事がないんだよ。何でも人が苦手とかで、招いた男にしか会わなかったみたいなんだ」
「あの時代は凄かったねぇ! 一週間も逗留する貴族の若様から、奥方がいそうな方までそれはもう賑やかで。でもまぁ、それだけ魅力的な女性だったからねぇ」

 マーロウの視線は険しくなる。そしてチェルルは、聞かなければよかったと後悔した。

 老人達の招きを終え、少し多めにお礼をして、マーロウ達は野営場所に戻ってきた。その顔はどれも暗いものだった。

「おそらく前の城主は、奴隷にされたエルの女性だ」

 マーロウの言葉に淀みはない。ほぼ、確信しているようだった。

「エルの悲劇で逃げ惑った者達の一部は、国を超えてラン・カレイユへも行ったと報告書にある。だが、ラン・カレイユという国は不法移民に対して人権など認めない。これが美しい女性であれば需要は多い。下手な人間に捕まれば、行き着く先は性奴隷だろう」
「そんな! いくらなんでも……」

 そんな事はないと、チェルルは言いたかった。いや、想像したくないだけかもしれない。
 だがマーロウはまるで調書を読むように、淀みなくこう伝えた。

「ラン・カレイユから帝国に逃げて来たエルの者が証言している。あの国では見た目のいいエルの女性は地下組織が人身売買で買い上げ、時には非合法な奴隷商によって家畜のように扱われた。男の需要はなく、死ぬまで肉体労働。少年の場合顔が良ければ男色家用に奴隷調教が行われる」

 淡々とした物言いにチェルルは息を飲む。想像するだけでおぞましいことだ。
 だが、これを一方的に責められる状態でもない。自国もまた、そのような状態だ。貧しい民は消耗品のように使い捨てられ、他国から攫った女性を教会が売買している。たった五年で、このような腐った状態になってしまったのだ。

「反吐が出ますわ」
「だね。帝国も黒歴史はあるけれど、ここまでおおっぴらな事はしなかった。昔から女性の発言権の強い国だから、女性蔑視や軽視はそのまま為政者への悪評になるんだ」
「それに、元からけっこうな移民国家だしな。難民を受け入れての開墾や、労働力強化なんてよくやってた。そんな奴等でも給料もらって戸籍作って、普通に家庭を持ってたしな」
「他国からの知識や文化を貪欲に吸収、利用しようという考えだ。教会も異教徒だとか騒がないしな。こういう国のほうが珍しい。普通は自分達の国に異分子が入ると拒絶反応を起こすんだが、国の成り立ちやそもそもの思考が他を受け入れやすい。他国のいいとこ取りをしているんだ」

 やはり、帝国という国が特殊なんだろう。そう、思わざるを得なかった。

「なんか、ずるい……」
「ん?」
「俺達も帝国に産まれていたら、もっと違う人生があったんじゃないかって」

 思わず口にした言葉に、チェルルは言っておきながら止めれば良かったと思う。こんな事を思っても、今や過去が変わる訳ではないのに。
 だがマーロウの答えは意外なもので、「そうでもないさ」と言うのだ。

「努力と才能によって道を開く能力国家だ、違う苦しみがある。差別こそ薄いが、それでも完全じゃない。地方では平然と女性や子供の奴隷化が近年まであったし、エルの悲劇もあった。未だ旧体制の貴族意識は残っている。色々な国が、同じ頃に変革を迎えているんだ」
「ジェームダルも、……の国も、変わると思う?」
「あぁ。少なくとも君の主人は意識的に変革をもたらす王になれる。あの人が王となればジェームダルという国は全く違うものになる。良くも悪くもね」

 そこまで言ったマーロウの視線が、不意にチュウェンへも向けられる。突然の事に驚いた顔をする彼女に対しても、マーロウは口を開いた。

「アンタの王女様も、そういう意味では変革の王女だ。一度国は崩れ、蹂躙された。だが王女が生きて何かしらの発信をするなら、そこには何かしらの影響があると俺は思う」
「そう、ですわね」

 そう呟いたチュウェンは、どこか嬉しそうですらあった。
 柔らかな緑色の瞳に見られ、マーロウはほんの少し頬を染めて視線を外してしまう。そして誰もいない方に「語りすぎた。恥ずかしい」と小さく呟くのを聞いて、その場にいた全員が大いに笑った。

「まぁ、なんにしてもまずは王女様の奪還だ。明日、その屋敷を探ってみようぜ。小さな屋敷と言っていたからな。城よりは落としやすいだろうよ」
「楽観もできないがな。それでも城よりは随分難易度が下がる。警戒されていない今、一気に叩きたい。その前の事前準備はしておかなければ」

 立ち上がるマーロウが大きく伸びをする。そして一言「寝る」と呟き、そこに付き従うようにチュウェンが立って軽く会釈をする。

「あいつ、あのお嬢さん嫁に貰えば人間らしい生活するだろうな」
「それ、俺も思ったけれど言わなかった事だよ、グリフィスさん」
「本人目の前にしては言えねーわなぁ」

 グリフィスとチェルルは互いに顔を見合わせ、そして大いに笑ってそれぞれの寝床に戻っていった。
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