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12章:騎士の休息
4話:【ハリー編】縮めたい距離
遠征休暇一日目、ハリーはいつも行く孤児院に顔を出していた。
切っ掛けは街警の時に、小さな男の子と知り合った事。街の子が遊んでいるのを羨ましそうに見ていたのを見つけて、声をかけた。
――ねぇ、遊ばないの? お兄ちゃんと遊ぶ?
これが、切っ掛けだった。
男の子、リドは捨て子で、孤児院で生活している。小さな教会併設の孤児院は、今十三歳までの子供が五人いる。リドは現在八歳、控え目な笑顔が光る子だ。
「ハリー、元気ないね。どうかした?」
「ん?」
午前中からお邪魔して、高い所の掃除とかを手伝って現在昼。ここは年老いた神父様一人だから、どうしても高い場所の掃除は難しい。だから時々手伝ったりしている。
「なんでもないよ、リド」
「本当?」
クリクリの青い瞳が心配そうに問いかけてくる。それを見て、ハリーは明るく笑って頭を撫でた。
「ほんとだよ」
「それならいいけど。何かあったら、教えてね」
知り合ったのがリド七歳の時。それから一年の付き合いの間に、リドはよくハリーの表情から感情を読むようになっていた。
本当は、少しだけ困っている。
それは、コンラッドとの距離。バロッサの件で急に距離が掴めなくなった。
スノーネルでの事で心配をかけて、その時に少しだけ意識をしてしまって、気づいたらコンラッドの事ばかりになった。同じ頃に逃げられるようになったから、余計にだ。
初めてコンラッドからキスされて、その不慣れなことったらない。あいつ、あれで彼女いたのかな? ……もしや、童貞か?
でも、あんな衝突事故みたいなキスなのに、胸の奥がざわついた。自分が一番驚いたんだ。男同士に偏見ないけど、フラれて間もないってのにこんなに突然なんて、さすがに節操がなくて。
でも、それならお返しのキスなんてしなければ良かったんだ。
どこかで、寂しかった。
実家の事を切り離したなんて言っても、そんなに簡単じゃない。ランバートの事が好きだったと思うけれど、でも違ったように思う。好きでも、ランバートとキスして、その後もなんて想像できなかった。
でもコンラッドは……少しだけ想像できる。
きっと、おっかなびっくり触れるんだろうな。キスも不器用で、半分以上固まってそう。
でも、いいとおもう。変にこなれ感ないほうがコンラッドらしいし。
そんな事を考えて、思わず緩い笑みを見せる辺りがもうダメなんだ。ハリーは自然と緩む口元を引き結ぶ。こんな事を考えまくっているから、忘れたくて教会の掃除に来たのに。
「さーて、チビどもと遊ぶか!」
立ち上がり、腕を一杯に伸ばす。待ってましたと元気盛りの子供達が近づいてきて、あれをやりたい、これをやりたいと言い出す。
けれど中の一人がふと教会の門に目を向けて「あ!」と指を指した。
「コンラッド兄ちゃん!」
「え?」
指さした先を見れば、確かにそこにコンラッドがいた。買い物帰りなのか、手に小さな包みを持っている。声に立ち止まったコンラッドの視線が、ハリーを見つけて僅かに赤くなった様に見えた。
「コンラッド兄ちゃん、遊ぼう!」
「そうだ、遊ぼう!」
元気な男の子達が走って行って、コンラッドの腕を引いて中へと入れている。
でもどうしてコンラッドがこの孤児院の子と知り合いなのか。思いを巡らせて、直ぐに分かった。ハリーの日記を元に行動確認をしていたのは、コンラッドなんだ。
「どうしたのさ、休みに」
「あぁ、いや。この通りの先にある古書店に行っていたんだ。帰りに、そう言えばこの教会を通ると思って、目を向けていたら」
少し赤い顔が、何を言いたいのか悟らせる。ハリーを見つけたんだろう。
「なぁ、コンラッド兄ちゃん! 鬼ごっこしよう!」
「約束だぞ兄ちゃん! 忙しくなくなったら遊んでくれるんだろ?」
子供達がまとわりつくようにしてせっついてくる。子供に人気だ。そしてそれを見下ろすコンラッドもまた、優しい兄のような顔で頷いた。
「そうだったな。よし、遊ぶか。何をする?」
「鬼ごっこ!」
「よし」
そう言って、小さな子を腕にぶら下げ、少し年齢の高い子を両脇につけて教会の広場へと行く。本当の兄貴の様な様子だった。
「逃げる範囲はこの広場の中だけ。木に登ったり、建物に入るのは禁止。トイレ行きたくなったら大きな声で知らせろよ」
「はーい!」
「じゃあ、最初の鬼は俺がやるからな」
そう言うとコンラッドはハリーに近づいてきて、手に持っていた包みを渡してきた。
「……なに?」
「預かってくれないか?」
「いいけど」
受け取ったのは、多分本だ。薄い包みに入っていて、裏表紙が透けている。コンラッドが子供達と行ってしまうのを見て、ハリーは表紙を見た。
「っ……ははっ」
見えたタイトルでこの本かどんな内容か分かる。まさかの詩集なんて。
「マジかよ、コンラッド」
小さな声で呟いて、おっかしくって笑って、でも似合いだとも思った。女の子は詩集が好きだけど、男がってのはちょっと恥ずかしい。なんていうか……ロマンチスト?
でもそれが似合う。
口うるさくて(面倒見が良くて)、過保護で(心配しすぎ)、ロマンチスト(嫌いじゃない)。今目の前でかなり手加減して子供達を追いかける優しすぎる人を、ハリーは眩しく見ていた。
教会を出て、夕暮れの街を歩いている。隣にはコンラッドがいて、ほんのり顔を赤くしていた。
「見たのか?」
「そんなに見られたくなかったの?」
「だって」
言いながら、二の句が継げないようだった。
包みを外から見ている所をコンラッドに見られた。戻ってきたコンラッドは顔から火を噴きそうな程に真っ赤になっていた。湯気ぐらいは出てたかもしれない。
「いいんじゃない? ロマンチストさん」
「そう言われるのが分かってるから、見られたくなかったんだ」
頭をかいてばつの悪そうな顔で隣を歩くコンラッドが、妙に可愛く見えている。
思えばこうしてプライベートの時間を一緒に過ごすのは初めてだ。詩集が好きとか、子供が好きとか、面倒見がいいとか。
「コンラッドって、弟とかいるの?」
「いいや。どうして?」
「チビ達の相手、上手かったからさ」
大喜びで「また来てね」と大歓迎を受けていた。特に小さな子からの人気が高い。コンラッドは子供一人ずつに合わせて遊べる。足の速い子には思いきり追いかけ、小さな子や足の遅い子も直ぐに捕まえるような事はしない。捕まえる時も小さな子は抱き上げるようにして、高い高いをして。
コンラッドは穏やかに笑っている。濃いめのブラウンの髪に、赤い陽が映えていく。
「子供と遊ぶのは好きなんだ。それに、楽しそうにしてるのを見るのも」
「そっか」
爽やかで、優しくて、本当に女子受けしそうなのにな……お節介が出なければ。
ふと思う。俺はコンラッドと肉体的な関係を持てるくらい好意を持っているのか?
確かに最近、コンラッドの事が気になる。素直になれない自分に戸惑いながらも、コンラッドの側は居心地がいい。
相変わらず「ブロッコリー食べろ」とか言われてるのに。「分かってるよ」とか、すんごく愛想なく言ってるのに。
でもそんな悪態を、コンラッドは嫌な顔もせずに受け入れてくれるんだ。
「ねぇ」
「ん?」
「お腹、空かないか?」
誘ってみて、ちょっとソワソワした。思わず出た言葉だったけれど、そういう気持ちは確かにあった。このまま宿舎に帰って、変わらない一日を終えるのが勿体なく思えた。
コンラッドはふわりと笑う。焦げ茶の瞳が、好感度たっぷりに細められて嬉しそうにしている。
「食べて行こうか」
「それ、俺が言おうと思ったのに」
「あっ、ごめん」
「ほんと、気が利かないよね」
言いたかった事を先に言われて、また悪態をついて。でも耳が熱い。ハリーは近づいて、コンラッドの腕に腕を絡ませた。
「行こう。俺、美味しい店知ってるから」
耳が赤いとか見られたくない。そっぽを向いて、やっぱり可愛げなく腕を引く。
コンラッドはそれでも笑ってついてきてくれた。
入った店は大衆食堂という雰囲気の、ガヤガヤした店。でも、この雰囲気が好きだったりする。適当に腰を下ろして、近くの店員に注文をして、上品じゃない酒で乾杯をする。
料理も皿につまみ程度の物が一人前から二人前程度乗ってくる。その分、一皿が安い。
「美味い」
「だろ?」
ハリーは得意になって笑う。正面に座ったコンラッドも、満足そうに豚肉とニラの炒め物を食べている。
「コンラッドって、好き嫌いないよな」
皿の料理を取り皿に移してあれこれ食べるのを見ている。そういえば、宿舎の食堂でもバランス良く食べている。
一方のハリーは野菜の好き嫌いが多い。ブロッコリー、セロリ、アスパラ、カボチャ。パクチーなんて死んでしまえ。
「俺も昔は嫌いな物多かったよ。自分で料理をするようになって食べられるようになったんだ」
「そうなの! っていうか、料理できるの!」
目を丸くして聞いてしまった。そう言えば東の遠征の時、コンラッドが料理してたような。あの時は鹿を捌くのを手伝って、その後、イノシシもってそっちに夢中だったから。
「言ってなかったか? 俺は二年くらい、レストランの厨房で働いてたんだ」
「知らない! え、いきなり騎士団じゃないの?」
全然知らなかった。思えばプライベートな事って本当に知らない。
コンラッドは苦笑して頷いていた。
「俺の家は兄が二人に姉が二人で俺なんだ。だから絶対に家は継がないし、それなら好きな道を自分で選ぼうと思って」
「待って! それならどうして騎士団にいるの? 料理人になりたかったんでしょ?」
聞いてみたら、コンラッドは苦笑して首を横に振った。
「元々は、家で食べる料理を作ってたんだ。専属のコックを雇うような家じゃないのに、両親共に忙しくしててさ。で、誰がご飯を作るんだって話になって。真っ先に姉達が手を上げたんだけど、これが……奇々怪々な物しかできなくて」
そう言いながら、随分と苦い顔をコンラッドはする。それだけでどんなに恐ろしい物が出来上がったか想像できた。この言葉も、おそらくかなりオブラートに包んだんだろう。
「で、これは飢え死にの危機だって事で、直ぐ上の兄と俺とで料理勉強して、そのうちに好きになったんだ」
「だから料理人になろうと思ったんだろ? 騎士じゃなくて?」
この流れはそういうものだ。
でも、コンラッドは否定する。違うらしい。
「手に職をと考えた時、真っ先に騎士団に入ろうと思ったんだ。剣も好きだし、衣食住の心配もないし。けれど当時はまだ混乱期で、両親が猛反対したんだ。だからって作家には……読むのは好きでも書く才能はなくて」
「それで、料理人ね」
何気に作家になりたかったのかと、ハリーは密かに笑ってしまう。彼の側に置かれた詩集が目に入ったのだ。愛の詩集なんだよね、あれ。
「でも、二年も修行したんだろ? どうして方向転換さ」
「ゼロスに誘われたんだ」
「ゼロス?」
そう言えば、凄く古い知り合いだったことを思いだした。詳しくは聞かなかったけれど。
「ゼロスの兄と俺の兄が知り合いで、家も近いから昔からの友達だった。あいつが騎士団に入る時に、俺を誘ったんだ」
「乗ったの?」
「捨てきれなかったんだよ、どうしても。俺は剣を握ってる時間が好きだし、料理人も少し違う様に思えていたから」
苦笑するコンラッドが、酒で料理を流し込む。この手が剣じゃなく、包丁握ってたなんて想像ができない。
「ハリーは?」
「え?」
「ハリーはどうして、騎士になったんだ?」
問いかけられて、少し驚く。でも、話さない理由もない。
「養父の爺さんが、小さい時から俺に言ってたからな。『お前は将来騎士になるんだぞ』って。だから、疑いもなくそうなるもんだと思ってた」
「そう、なんだ」
そういうこと、刷り込みみたいなものだ。ハリーの生い立ちを考えれば当然なのだろうけれど、子供の当時はひたすらその道を疑わなかった。
「でも、性に合ってたと思う。剣を握るのも好きだし、仲間と大勢でガヤガヤするのも好き。俺の周りは結構いい奴沢山だから、今じゃ感謝かな」
「それは、良かったな」
少し気遣わしい、でもふわりとした笑みに見つめられて、ほんの僅か心臓が音を立てる。
沸いてきたのは、さっきの疑問。
俺は、コンラッド相手に欲情できるのか?
「なぁ、コンラッド。今日、ゼロスっていないよな?」
「ん? あぁ、いない。休みの三日間、外泊届出してるから」
最近ゼロスは外泊が多い。外に恋人でも出来たんじゃないかって、もっぱらの噂だ。
でも好都合。ハリーはコンラッドを見つめて、呟く様に言った。
「あのさ。今日これから、部屋にお邪魔してもいい?」
「え?」
コンラッドも固まっている。みるみる顔が赤くなるのは、酒のせいじゃないよね。
「決まりね」
断られる前に押し通してしまう。ハリーは悪戯っぽく笑って、残った料理を綺麗に平らげた。
切っ掛けは街警の時に、小さな男の子と知り合った事。街の子が遊んでいるのを羨ましそうに見ていたのを見つけて、声をかけた。
――ねぇ、遊ばないの? お兄ちゃんと遊ぶ?
これが、切っ掛けだった。
男の子、リドは捨て子で、孤児院で生活している。小さな教会併設の孤児院は、今十三歳までの子供が五人いる。リドは現在八歳、控え目な笑顔が光る子だ。
「ハリー、元気ないね。どうかした?」
「ん?」
午前中からお邪魔して、高い所の掃除とかを手伝って現在昼。ここは年老いた神父様一人だから、どうしても高い場所の掃除は難しい。だから時々手伝ったりしている。
「なんでもないよ、リド」
「本当?」
クリクリの青い瞳が心配そうに問いかけてくる。それを見て、ハリーは明るく笑って頭を撫でた。
「ほんとだよ」
「それならいいけど。何かあったら、教えてね」
知り合ったのがリド七歳の時。それから一年の付き合いの間に、リドはよくハリーの表情から感情を読むようになっていた。
本当は、少しだけ困っている。
それは、コンラッドとの距離。バロッサの件で急に距離が掴めなくなった。
スノーネルでの事で心配をかけて、その時に少しだけ意識をしてしまって、気づいたらコンラッドの事ばかりになった。同じ頃に逃げられるようになったから、余計にだ。
初めてコンラッドからキスされて、その不慣れなことったらない。あいつ、あれで彼女いたのかな? ……もしや、童貞か?
でも、あんな衝突事故みたいなキスなのに、胸の奥がざわついた。自分が一番驚いたんだ。男同士に偏見ないけど、フラれて間もないってのにこんなに突然なんて、さすがに節操がなくて。
でも、それならお返しのキスなんてしなければ良かったんだ。
どこかで、寂しかった。
実家の事を切り離したなんて言っても、そんなに簡単じゃない。ランバートの事が好きだったと思うけれど、でも違ったように思う。好きでも、ランバートとキスして、その後もなんて想像できなかった。
でもコンラッドは……少しだけ想像できる。
きっと、おっかなびっくり触れるんだろうな。キスも不器用で、半分以上固まってそう。
でも、いいとおもう。変にこなれ感ないほうがコンラッドらしいし。
そんな事を考えて、思わず緩い笑みを見せる辺りがもうダメなんだ。ハリーは自然と緩む口元を引き結ぶ。こんな事を考えまくっているから、忘れたくて教会の掃除に来たのに。
「さーて、チビどもと遊ぶか!」
立ち上がり、腕を一杯に伸ばす。待ってましたと元気盛りの子供達が近づいてきて、あれをやりたい、これをやりたいと言い出す。
けれど中の一人がふと教会の門に目を向けて「あ!」と指を指した。
「コンラッド兄ちゃん!」
「え?」
指さした先を見れば、確かにそこにコンラッドがいた。買い物帰りなのか、手に小さな包みを持っている。声に立ち止まったコンラッドの視線が、ハリーを見つけて僅かに赤くなった様に見えた。
「コンラッド兄ちゃん、遊ぼう!」
「そうだ、遊ぼう!」
元気な男の子達が走って行って、コンラッドの腕を引いて中へと入れている。
でもどうしてコンラッドがこの孤児院の子と知り合いなのか。思いを巡らせて、直ぐに分かった。ハリーの日記を元に行動確認をしていたのは、コンラッドなんだ。
「どうしたのさ、休みに」
「あぁ、いや。この通りの先にある古書店に行っていたんだ。帰りに、そう言えばこの教会を通ると思って、目を向けていたら」
少し赤い顔が、何を言いたいのか悟らせる。ハリーを見つけたんだろう。
「なぁ、コンラッド兄ちゃん! 鬼ごっこしよう!」
「約束だぞ兄ちゃん! 忙しくなくなったら遊んでくれるんだろ?」
子供達がまとわりつくようにしてせっついてくる。子供に人気だ。そしてそれを見下ろすコンラッドもまた、優しい兄のような顔で頷いた。
「そうだったな。よし、遊ぶか。何をする?」
「鬼ごっこ!」
「よし」
そう言って、小さな子を腕にぶら下げ、少し年齢の高い子を両脇につけて教会の広場へと行く。本当の兄貴の様な様子だった。
「逃げる範囲はこの広場の中だけ。木に登ったり、建物に入るのは禁止。トイレ行きたくなったら大きな声で知らせろよ」
「はーい!」
「じゃあ、最初の鬼は俺がやるからな」
そう言うとコンラッドはハリーに近づいてきて、手に持っていた包みを渡してきた。
「……なに?」
「預かってくれないか?」
「いいけど」
受け取ったのは、多分本だ。薄い包みに入っていて、裏表紙が透けている。コンラッドが子供達と行ってしまうのを見て、ハリーは表紙を見た。
「っ……ははっ」
見えたタイトルでこの本かどんな内容か分かる。まさかの詩集なんて。
「マジかよ、コンラッド」
小さな声で呟いて、おっかしくって笑って、でも似合いだとも思った。女の子は詩集が好きだけど、男がってのはちょっと恥ずかしい。なんていうか……ロマンチスト?
でもそれが似合う。
口うるさくて(面倒見が良くて)、過保護で(心配しすぎ)、ロマンチスト(嫌いじゃない)。今目の前でかなり手加減して子供達を追いかける優しすぎる人を、ハリーは眩しく見ていた。
教会を出て、夕暮れの街を歩いている。隣にはコンラッドがいて、ほんのり顔を赤くしていた。
「見たのか?」
「そんなに見られたくなかったの?」
「だって」
言いながら、二の句が継げないようだった。
包みを外から見ている所をコンラッドに見られた。戻ってきたコンラッドは顔から火を噴きそうな程に真っ赤になっていた。湯気ぐらいは出てたかもしれない。
「いいんじゃない? ロマンチストさん」
「そう言われるのが分かってるから、見られたくなかったんだ」
頭をかいてばつの悪そうな顔で隣を歩くコンラッドが、妙に可愛く見えている。
思えばこうしてプライベートの時間を一緒に過ごすのは初めてだ。詩集が好きとか、子供が好きとか、面倒見がいいとか。
「コンラッドって、弟とかいるの?」
「いいや。どうして?」
「チビ達の相手、上手かったからさ」
大喜びで「また来てね」と大歓迎を受けていた。特に小さな子からの人気が高い。コンラッドは子供一人ずつに合わせて遊べる。足の速い子には思いきり追いかけ、小さな子や足の遅い子も直ぐに捕まえるような事はしない。捕まえる時も小さな子は抱き上げるようにして、高い高いをして。
コンラッドは穏やかに笑っている。濃いめのブラウンの髪に、赤い陽が映えていく。
「子供と遊ぶのは好きなんだ。それに、楽しそうにしてるのを見るのも」
「そっか」
爽やかで、優しくて、本当に女子受けしそうなのにな……お節介が出なければ。
ふと思う。俺はコンラッドと肉体的な関係を持てるくらい好意を持っているのか?
確かに最近、コンラッドの事が気になる。素直になれない自分に戸惑いながらも、コンラッドの側は居心地がいい。
相変わらず「ブロッコリー食べろ」とか言われてるのに。「分かってるよ」とか、すんごく愛想なく言ってるのに。
でもそんな悪態を、コンラッドは嫌な顔もせずに受け入れてくれるんだ。
「ねぇ」
「ん?」
「お腹、空かないか?」
誘ってみて、ちょっとソワソワした。思わず出た言葉だったけれど、そういう気持ちは確かにあった。このまま宿舎に帰って、変わらない一日を終えるのが勿体なく思えた。
コンラッドはふわりと笑う。焦げ茶の瞳が、好感度たっぷりに細められて嬉しそうにしている。
「食べて行こうか」
「それ、俺が言おうと思ったのに」
「あっ、ごめん」
「ほんと、気が利かないよね」
言いたかった事を先に言われて、また悪態をついて。でも耳が熱い。ハリーは近づいて、コンラッドの腕に腕を絡ませた。
「行こう。俺、美味しい店知ってるから」
耳が赤いとか見られたくない。そっぽを向いて、やっぱり可愛げなく腕を引く。
コンラッドはそれでも笑ってついてきてくれた。
入った店は大衆食堂という雰囲気の、ガヤガヤした店。でも、この雰囲気が好きだったりする。適当に腰を下ろして、近くの店員に注文をして、上品じゃない酒で乾杯をする。
料理も皿につまみ程度の物が一人前から二人前程度乗ってくる。その分、一皿が安い。
「美味い」
「だろ?」
ハリーは得意になって笑う。正面に座ったコンラッドも、満足そうに豚肉とニラの炒め物を食べている。
「コンラッドって、好き嫌いないよな」
皿の料理を取り皿に移してあれこれ食べるのを見ている。そういえば、宿舎の食堂でもバランス良く食べている。
一方のハリーは野菜の好き嫌いが多い。ブロッコリー、セロリ、アスパラ、カボチャ。パクチーなんて死んでしまえ。
「俺も昔は嫌いな物多かったよ。自分で料理をするようになって食べられるようになったんだ」
「そうなの! っていうか、料理できるの!」
目を丸くして聞いてしまった。そう言えば東の遠征の時、コンラッドが料理してたような。あの時は鹿を捌くのを手伝って、その後、イノシシもってそっちに夢中だったから。
「言ってなかったか? 俺は二年くらい、レストランの厨房で働いてたんだ」
「知らない! え、いきなり騎士団じゃないの?」
全然知らなかった。思えばプライベートな事って本当に知らない。
コンラッドは苦笑して頷いていた。
「俺の家は兄が二人に姉が二人で俺なんだ。だから絶対に家は継がないし、それなら好きな道を自分で選ぼうと思って」
「待って! それならどうして騎士団にいるの? 料理人になりたかったんでしょ?」
聞いてみたら、コンラッドは苦笑して首を横に振った。
「元々は、家で食べる料理を作ってたんだ。専属のコックを雇うような家じゃないのに、両親共に忙しくしててさ。で、誰がご飯を作るんだって話になって。真っ先に姉達が手を上げたんだけど、これが……奇々怪々な物しかできなくて」
そう言いながら、随分と苦い顔をコンラッドはする。それだけでどんなに恐ろしい物が出来上がったか想像できた。この言葉も、おそらくかなりオブラートに包んだんだろう。
「で、これは飢え死にの危機だって事で、直ぐ上の兄と俺とで料理勉強して、そのうちに好きになったんだ」
「だから料理人になろうと思ったんだろ? 騎士じゃなくて?」
この流れはそういうものだ。
でも、コンラッドは否定する。違うらしい。
「手に職をと考えた時、真っ先に騎士団に入ろうと思ったんだ。剣も好きだし、衣食住の心配もないし。けれど当時はまだ混乱期で、両親が猛反対したんだ。だからって作家には……読むのは好きでも書く才能はなくて」
「それで、料理人ね」
何気に作家になりたかったのかと、ハリーは密かに笑ってしまう。彼の側に置かれた詩集が目に入ったのだ。愛の詩集なんだよね、あれ。
「でも、二年も修行したんだろ? どうして方向転換さ」
「ゼロスに誘われたんだ」
「ゼロス?」
そう言えば、凄く古い知り合いだったことを思いだした。詳しくは聞かなかったけれど。
「ゼロスの兄と俺の兄が知り合いで、家も近いから昔からの友達だった。あいつが騎士団に入る時に、俺を誘ったんだ」
「乗ったの?」
「捨てきれなかったんだよ、どうしても。俺は剣を握ってる時間が好きだし、料理人も少し違う様に思えていたから」
苦笑するコンラッドが、酒で料理を流し込む。この手が剣じゃなく、包丁握ってたなんて想像ができない。
「ハリーは?」
「え?」
「ハリーはどうして、騎士になったんだ?」
問いかけられて、少し驚く。でも、話さない理由もない。
「養父の爺さんが、小さい時から俺に言ってたからな。『お前は将来騎士になるんだぞ』って。だから、疑いもなくそうなるもんだと思ってた」
「そう、なんだ」
そういうこと、刷り込みみたいなものだ。ハリーの生い立ちを考えれば当然なのだろうけれど、子供の当時はひたすらその道を疑わなかった。
「でも、性に合ってたと思う。剣を握るのも好きだし、仲間と大勢でガヤガヤするのも好き。俺の周りは結構いい奴沢山だから、今じゃ感謝かな」
「それは、良かったな」
少し気遣わしい、でもふわりとした笑みに見つめられて、ほんの僅か心臓が音を立てる。
沸いてきたのは、さっきの疑問。
俺は、コンラッド相手に欲情できるのか?
「なぁ、コンラッド。今日、ゼロスっていないよな?」
「ん? あぁ、いない。休みの三日間、外泊届出してるから」
最近ゼロスは外泊が多い。外に恋人でも出来たんじゃないかって、もっぱらの噂だ。
でも好都合。ハリーはコンラッドを見つめて、呟く様に言った。
「あのさ。今日これから、部屋にお邪魔してもいい?」
「え?」
コンラッドも固まっている。みるみる顔が赤くなるのは、酒のせいじゃないよね。
「決まりね」
断られる前に押し通してしまう。ハリーは悪戯っぽく笑って、残った料理を綺麗に平らげた。
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……と思いきや、襲撃事件に巻き込まれたり、何かの教祖にされたり、ドタバタと騒がしい!!
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。