恋愛騎士物語2~愛しい騎士の隣にいる為~

凪瀬夜霧

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28章:それぞれのお疲れ様

6話:お疲れ様会

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 ファウストに頼んで今日は休みにしてもらい、料理府の予備コンロを借りている。
 予想外に人数が集まった事で、料理府も手を貸してくれることとなった。

「ランバート、手伝わせて悪いな」
「無理を言ったのはこちらなので気にしないで下さい、ジェイクさん」

 白いコック服に身を包んだジェイクは言いながらも手を動かしている。夕食の仕込みをしている横で作っているのはもっと軽いもの。
 生野菜のサラダに乗せる蒸し鶏やジュレドレッシング。出すのは夕食後ということで、まずは時間のかかる物や冷やす物を作っている。レアチーズケーキにはベリーとオレンジ、好きなソースを掛けて。

「手際がいいのですね」

 側で何かと手伝ってくれるリカルドは料理府の目も回るような忙しさに驚いている。ここは毎日戦場だ。

「ここの料理府はとにかく優秀ですよ。気配りまで」

 今も厳しい指示があちこちで飛んでいる。今回料理府は焼き料理の提供を申し出てくれた。肉や魚だ。パスタなどの残りも出してくれる事になった。

「料理の上に、使用素材が書かれている事もありますよ」
「え?」
「体に合わない食材もあるとかで、卵や小麦粉、甲殻類、牛乳などの表示をしてあるのです。前にそれらの食材を食べて具合を悪くした人が避けられるように配慮しています」

 そういう人がいるというのは聞いている。料理府もそれを知っているようで、それらを考えて表示している。
 そればかりじゃない。体重管理を言い渡されれば配膳にいるスタッフが内容を見てカロリーチェックをしたり、筋肉を増やしたいと相談すればそれに乗ってくれる。
 何気に一番隊員の顔などを把握しているのは料理府の人間なのだ。

「本当に優秀ですね」
「実際、ここの病人食はとても満足です。流石に重湯までなると味も何もありませんが」

 柔らかくじっくりと蒸された鶏肉や魚、細かく刻んだ野菜、旨味を絞ったスープ。塩分などをセーブしてもちゃんと味がするのだ。

「優秀な医療府がいて、俺達は何の気兼ねもなく戦う事ができる。優秀な料理府がいて、俺達は日々の健康をちゃんと保てている。とても有り難くて、贅沢ですよね」
「そうかもしれませんね」

 リカルドは何処か気の引き締まった表情をして、ランバートの隣であれこれと作業に没頭していった。


 夕食後、いつもは静かな食堂は賑わっていた。通常の食事はそのままビュッフェに、それとは違う特別メニューは空いているテーブルの上に並べられた。

「お疲れ!」
「お疲れ様です」

 大ぶりな肉を皿に乗せたままグリフィスが近づいてきて、挨拶をしていく。一応はランバート達のお疲れ様会ということで、同期の仲間内が中心に集まっていた。

 グリフィスは近くに座り、肉に食いついている。やっぱりこの人は肉食獣が前世ではないだろうか。そう思わせるワイルドっぷりだった。

「それにしても、レイバンもドゥーも回復早くて助かるぜ。言っちゃなんだがてんてこ舞いでよ」

 レイバンとドゥーガルドは互いを見て苦笑する。レイバンはもう完全にOKだが、ドゥーガルドはまだ多少調整が入っている。主に背筋を鍛え直しているらしい。

「第五の立て直しは苦戦していますか」
「まぁ、でかかったからな」

 多少しんみりして言うグリフィスは、それでも次には顔を上げる。
 ランバートは知っていた。仲間を送り出す葬儀の場で、この人が人知れず泣いていたのを。まだあまり動けずに自室にいたランバートは、裏手から声が聞こえるのを聞いて窓から下を見下ろしていた。そこで、グリフィスは一人泣いていた。

「いつまでも言ってちゃ、死んだ奴等にケツ蹴られるな。なに、立て直すさ」
「大将、俺も手伝います!」
「そうだよ、大将。皆でやるから背負わないでよ」
「お前等……」

 無理に笑った様なグリフィスに向かって笑顔で言ったドゥーガルドとレイバン。それを受けたグリフィスが今度は男泣きに目を潤ませて、二人の肩をガッシと組んだ。

「友よぉ! お前等いい奴等だぁ」
「うわぁ!」
「うぉ! 大将ぐるじぃ」
「がっはははは」

 肩を組んだ猛獣が陽気に歌でも歌いそうな様子になる。第五はやっぱりこれでなくてはだろう。

「騎士というのは、酒がなくても酔っ払うものなのですか?」

 後ろから怪訝な声がして、振り向けばエリオットと共にリカルドが側にくる。エリオットの方は苦笑気味だ。

「特殊な例だよ、リカルド先生」

 チェスターが笑顔で応じ、リカルドを側へと招く。

「やっほー、賑やかだねぇ」
「オスカル様、シウス様」
「ようやく賑やかさが戻って来たようじゃな」

 エリオットへと近づいて近くへと腰を下ろすオスカルの隣りにはエリオットが自然と座る。その近くにシウスも腰を下ろした。

「それにしても美味そうじゃ。やはりランバートは料理上手じゃの」
「リカルド先生にも手伝ってもらいましたよ」
「ほぉ」

 シウスの目がリカルドへと向かう。それに対するリカルドは、多少緊張した表情だった。

「ここで同胞と共に働く事となるとは思わなんだ。リカルド、よろしく頼む」
「私こそ、よろしくお願いしますシウス様」
「様などと他人行儀な。確かにコミュニティーは違ったが、同じ一族ぞ。もっと気軽にするがよい」
「はい……有り難うございます」

 軽く笑い飛ばすシウスに対し、リカルドはまた緊張した面持ち。だが、最後にはほんの少し笑みを浮かべた。

「それにしても、医療府は今回ずっと忙しいよねぇ」
「負傷者が多いと、どうしてもそうなります。今回はハムレットさんに助けて頂きましたが」

 苦笑するエリオットにリカルドも頷いている。
 現在医療府はエリオットとリカルドを含めて十名。そのうち複雑な手術が出来るだけの腕前を持つのはエリオットとリカルドの二名だ。普段これほどの大怪我が続く事はなく、大抵が内科医、リハビリ、薬剤師などが多いのが現状だ。

「手術が出来る医師、増やしたいね。第四のクリフは?」
「え?」

 オスカルから突然声をかけられたクリフが怯えた小動物の目で隣のコナンにしがみつく。そして首を横に振った。

「彼は現場での応急手術をお願いしたいので、医療府には入れませんよ」
「事実、彼が現場で出血を抑える手術などをしてくれたおかげで助かった隊員も多くおります。彼は現場にいるからこそ有益です」

 エリオットとリカルド、双方からの言葉にクリフがほっと胸を撫で下ろす。
 だが、医療府の充実はやはり考えなければならない事らしかった。

「何を暗い顔をしている?」
「せっかくのお疲れ様会だろ」

 そう言って入ってきたのはファウストとクラウルで、それぞれランバート、ゼロスの隣りに腰を下ろす。それに双方何も言わずに受け入れ、周囲もあまり騒ぎはしない。この光景は度々見られるものになっていた。

「遅かったですね、クラウル様」
「少しな」
「料理、どうぞ。ランバートの料理はあまり食べられませんから」
「そうだな」

 誰に見せる事もない柔らかな表情で笑うクラウルの様子に、実は三年目は皆驚いている。怖い印象を抱かれやすいクラウルの柔らかく温かな笑みに、対応不可なメンバーが多い。

「相変わらず固まるな」
「まぁ、見慣れませんからね」

 ファウストがその様子を笑い、ランバートも頷く。
 隣りにいる事で落ち着く気がする。心持ち近く、そして柔らかく微笑んだ。

「それにしても、クラウル様が笑顔でお前が愛想無しってのはいいのか、ゼロス?」

 少し慣れてきたらしいコンラッドの指摘に、ゼロスは片眉を上げる。そしてニンマリと笑った。

「俺達はこれでいいんだよ」
「不思議だ」
「お前はハリーを甘やかしているだろ。あいつ、お前の前だと子供みたいだからな」
「なっ!」

 思わぬ反撃を食らったコンラッドが大いに焦った顔をする。一方のハリーは今朝方から風邪を引いて多少熱がある。今は部屋で大人しくしているはずだが、実は大荒れでもあった。

「俺は今日はクラウル様といるから、部屋使っていいぞ」
「え!」
「構いませんよね、クラウル様」
「っ!」

 気配を感じていなかったらしいコンラッドが振り回されるようにあっちをキョロキョロしている。その様子に、周囲はドッと笑った。

「お前も来るか?」
「俺、まだ貴方のお相手できませんけれど」

 言った途端にエリオットの目が厳しくなった。その視線にファウストもタジタジだ。

「しない」
「それなら」
「……多分」
「ファウスト、ランバートを労りなさい!」
「っていうか、ファウストもまだそんなに動けないでしょ」

 こちらもあちこちから集中砲火を受けてタジタジだ。ランバートは笑い、それでも彼の部屋に行こうとは決めていた。


 結局酒が欲しくなった者は料理持ち込みでラウンジに雪崩れ込み、体調の悪いハリーを気にしたコンラッドや、どんちゃん騒ぎよりも恋人を選んだゼロス、そしてそもそも酒を禁じられているランバートは部屋に引きこもった。
 久しぶりに訪れるファウストの部屋は居心地がよく、定位置となりつつあるソファーにゆったりと座ってのんびりしていた。

「リカルドも落ち着いたようだな」
「チェスターが現在チャレンジ中のようですよ」
「本当か?」

 多少驚きながらも笑うファウストが隣りに座る。傷のない右の肩に頭を乗せ、そっと寄り添った。

「こうして過ごすのも久しぶりだ」
「俺にあんたみたいな強靱な肉体と体力はありませんので」

 この人の回復の早さは本当に化け物並みだった。怪我を負った状態でランバートとレーティスを担ぎ上げて運ぼうとしたと聞いた時には流石に信じられなかった。それほどに深い傷だったのだ。
 なのに怪我を負って意識を取り戻してすぐに寝たままでも出来るリハビリを開始、一週間後には歩行を伴うリハビリを始め、二週間で傷に負荷をかけない筋力トレーニングを開始したと言う。

 ハムレット曰く、「この人、どうしたら死ぬんだろう?」らしい。

「お前はもう少し調整してくれ」
「分かってるよ。医療府からのOKも出ないから」

 今回は傷が深かった。痛みはないし、違和感もないが医師の言うことに従うのが普通だ。

 そっと互いの体温を感じる様に触れている時間は落ち着く。そっと瞳を閉じれば、自然と体を寄せるように腕が回る。この安心感ったらない。目を閉じれば、そのまま眠ってしまいそうな。

「眠いのか?」
「落ち着いたら、少し」
「眠ってもいいぞ」
「ん……」

 しっかりとした胸が、腕が体を支えてくれる。温かな体温が体にしみてくる。ゆるゆると眠気が迫ってくる。
 でも、もう少し起きていたい。もう少しだけ、この体を感じていたい。

「ファウスト、一緒に寝てもいい?」

 せめて腕の中で眠りたくて甘えてみた。ふわりと体が浮き、少し驚いて見上げればファウストは笑っている。逞しい腕がまったく問題ない様子で抱き上げて、静かにベッドへと下ろす。この人も傷は深かったはずなのに。

「無理しないでよ」
「平気だ」
「……傷、増えたな」

 薄い服越しに触れる胸に走る傷はまだ指先に感じる。肩の傷も肉の盛り上がった感じがある。それはまだ生々しくて、痛々しい。
 けれどファウストは柔らかく微笑み、額にキスを一つする。

「落ち着いたら旅行に行こう。行きたい所があるんだ」
「どこ?」
「妹に、会ってくれないか?」
「……え?」

 一瞬よくわからなくて顔を見上げた。優しい笑みがそのままで、冗談じゃないのが伝わった。

「妹のアリアはお前に会いたがっている。反対なんてされないから、会ってもらえるか?」
「いい、のか?」
「勿論だ」

 急にドキドキして、一緒に嬉しくなって抱き寄せる。そしてキスをして、笑っていた。

「行く」
「あぁ」

 お返しのキス。でも今日はここまで。
 少し名残惜しく体を離し、ファウストが隣りに寝転がる。そうして引き寄せられるまま腕の中で眠りに落ちていく。
 ようやく戻った日常の幸せ。それを強く感じる様な、幸せな時間だった。
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