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32章:シヴの誕生
1話:熱烈な歓迎
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王都を出て一日。前日は手前の町に宿を取って、翌朝森への静かな道を馬を並べて進んでいる。
「綺麗な場所だな」
右手には木立に遮られた湖が見えている。秋の陽を受けて湖面を輝かせる光が、透明で美しく見えた。
「この辺は貴族の屋敷が点在している。ほとんどが休暇を過ごす別荘だ」
「妹さんが住んでいるのは、奥のほうなのですね」
「あぁ」
隣を進むファウストの表情も自然と柔らかく穏やかだ。
十一月の二週目、ランバートは以前から約束していた旅行に出た。目的はファウストの妹と会うため。
先の戦いで受けた傷はすっかり良くなり、表面に痕を残すのみ。これは、おそらく消えないだろう。
食事の制限も、運動の制限もかからなくなって本格的に復帰したのは十一月に入ってから。だが、その状態でもファウストはあれ以来求めてはくれなかった。それが少し寂しく思う。
森の中にある道を三十分程進んだとき、湖畔に屋敷が見え始めた。小ぶりだが使い勝手の良さそうな、どこか可愛らしい屋敷だ。
「あそこだ」
穏やかに言われ、自然ファウストが足並みを早める。それについて、ランバートも馬を走らせた。
屋敷につくと執事らしい男性が迎えてくれる。その隣には同じ年頃のメイドも控えていて、二人ともとても温かくランバートを出迎えてくれた。
「紹介しよう、ランバート。こちらはここで住み込みで働いてくれているミローネ夫妻だ」
「初めまして、ランバート様。アリア様とルカ様からお話を伺っております」
「ようこそ。滞在中は何でも仰って下さいね」
「よろしくお願いします」
とてもアットホームに迎えられた事に、何処かほっとしている。それにしてもルカは何をこの人達に話しているのだろう。少し怖い。
「さぁ、アリア様がお待ちですよ」
「荷物はこちらに」
「そこまで気を使わなくていい。お前達も年なんだから」
「何を仰いますかファウスト坊ちゃま! まだまだ元気ですぞ」
執事がムッとして言うのに、ファウストは苦笑しながらも荷物を預けはしない。当然ランバートもその辺は自分で出来るつもりでいる。
「部屋に案内してくれればそれでいい。それに、土産の品も持ち出したいんだ」
「まったく、年寄り扱いは嫌ですぞ」
「分かった。まったく、昔から頑固だ」
言いながらもファウストは嬉しそうにしている。何処か無邪気なその笑みは、騎士団でもランバートの前でも見せた事の無い表情だった。
部屋はファウストの寝室で、当然二人で一室だった。
風を通した室内は白と明るい青で爽やかに整えられている。ティーカップや、寝具まで二人分用意されているのを見ると少し恥ずかしくもある。ベッドは当然キングサイズだ。
「賑やかなんだな」
「子供の頃からここにいてくれる夫婦なんだ」
「分かるよ」
ファウストがとても無邪気にしている。気の置けない関係なのは一目瞭然だ。
なんだか、それを少し寂しく思ってしまうランバートは苦笑した。
ふわりと頬に手がかかり、見上げたところで深く口づけられる。しっかり舌まで絡めるキスは、欲求不満の体にはかなり刺激が強かった。
「ファウスト?」
「寂しそうにしないでくれ。お前は、ここに入ってきていいんだ」
「寂しそうに見えた?」
「あぁ、とても」
柔らかな瞳が笑っている。恋人の顔、恋人の甘さ。そういうものに胸が締められる。
「ごめん、なんか蚊帳の外に置かれた気分で、寂しくなった」
「俺こそすまないな。懐かしくなって、お前がいるのに分からない話をした」
「いや、これは俺が悪い。それぞれ過去があって、懐かしい相手や話もあるのに、そこに嫉妬するなんて。心が狭くなってるんだ」
「嫉妬は嬉しいからたまにはしてもらいたいが……。いや、俺が連れてきたんだからもっと配慮する必要があったな」
「いや、俺が……」
互いに言って、次には笑った。ほぼ同時に破顔して、声を出して笑ったらとても小さな事で、なんだか馬鹿らしい感じがした。
「止めだね」
「そうだな」
「さて、待たせても悪いから行こうか」
王都で買ったお土産を手に、ランバートはファウストと連れだって妹アリアの待つ談話室へと向かった。
談話室は緑を基調としたゆったりとした部屋だ。暖炉があり、数人が寛げるようソファーがある。
アリアはその一つに腰を落ち着けて待っていた。そしてその傍らには三十代と見られる青年が、とても馴染んだ様子で立っている。
「お兄様!」
愛らしい表情をパッと輝かせたアリアが、そっと近づいてファウストに抱きつく。心臓の弱い彼女は日頃から急な運動は避けているのだろう。
それにしても似ている。長い黒髪に、黒い瞳。華奢で色白で女性らしい顔立ちをしているが、文句なく美少女だ。そしてどことなくファウストの面影がある。
その黒い瞳が傍らのランバートへと向くと、途端に白い頬に赤みが差した。
「ランバート、紹介しよう。妹のアリアだ」
「初めまして! 妹の、アリア・マクファーレンと申します。お兄様達がとてもお世話になっております」
柔らかなローズ色の服の上を黒髪がサラサラと滑る。頭を下げたアリアに、ランバートも頭を下げた。
「ランバート・ヒッテルスバッハです。こちらこそ、大変お世話になっています」
頭を下げ、上げた時にはアリアはとても嬉しそうで、泣きそうな顔をしている。オロオロしていると彼女はギュッとランバートの手を握った。
「良かった」
「え?」
「お兄様のお相手が、素敵な方で良かった」
感極まったような彼女の言葉に、ジワッと胸の内が熱くなる。
ファウストを見上げると彼も苦笑気味に笑いアリアの肩に手を添えた。
「まぁ、座ろう。もう一人紹介しなければならないしな」
「そうですね。私ったら、初対面の方に失礼な事を。ごめんなさい、ランバート様」
「あぁ、いや……もし良ければ、ランバート様は止めて欲しいんだけれど」
他人行儀に思えて言えば、アリアは違う意味でモジモジし始める。とても感情豊かな彼女は段々とファウストに似た印象から遠のいた。勿論、いい意味でである。
「あの、それなら私、呼びたい名前があるのですが……」
「どうぞ?」
「ランバート義兄様!」
「「!」」
意を決したような声に、ランバートとファウストは顔を見合わせた。
気が早い……とは思うものの、既にルカが義兄さんと呼んでいる為抵抗はない。
それに、そうなる日を願ってもいる。今はまだ大きな戦いを控えていてそんな気にはなれないのだが、それが終わればまた考えたいとも思っているのだ。
「あの、いけませんでしたか?」
「いや、嬉しいよ。アリアちゃんがそれでいいなら」
「本当ですか! わぁ、嬉しいです!」
嬉しそうにはしゃぐアリアがとても可愛らしく映る。
だがその肩を、先程から静観していた人物が叩いた。
「少しはしゃぎすぎだ、お嬢様」
「ヨシュア先生」
「ったく、負担かかって寝込んじまったら元も子もないだろ? さぁ、深呼吸して落ち着けて」
少しだらっと言う青年の言葉に従い、アリアは深呼吸を数度する。それだけで落ち着いた様子だった。
「ファウスト、あちらは?」
「アリアにずっとついてもらっている医師だ。ヨシュア・フリードマン。もう十年以上だよ」
赤茶けた髪を一括りにした青年が、ランバートを見て手を差し出す。素直に握手に応じると、彼は数度頷いて笑った。
「怪我をしたとファウスト様より聞いていたが、リハビリがいいんだろう。握力も、歩き方も綺麗なもんだ」
「え? あぁ」
「騎士団には優秀な医者がいるんだろう。そういえば、ヒッテルスバッハという名は医者連中でも有名だ。変人ハムレット・ヒッテルスバッハ」
「……兄です」
「だろうな。皆彼を奇人と呼ぶが、彼ほど研究熱心かつ、確かな技術を持った医者もそうはいない。鼻つまみにするのは惜しく、知識と技術を吸収したいものだ」
「はぁ……」
なんというか……目の前の人物も兄に負けず癖が強くて変人な気がする。
困って見上げれば、肯定するように肩をすくめるファウストがいた。
何にしても座ってお茶を飲んでいると、気持ちが緩まっていく。
アリアに持ってきたお土産は絵本世界に題を取った画集と、カール成婚の祝いに作られた陶器人形のセットだった。
「可愛い!」
「良かった」
贈り物が苦手だというファウストを引っ張っていって選んだかいがあった。
嬉しく笑うと、アリアも綻ぶように笑ってくれる。
「やっぱり、去年の贈り物はランバート義兄様の見立てですわね」
「え?」
「だって、ファウスト兄様にあのようなセンスはありませんもの。そもそも、贈り物に宝飾を選ぶ事すら考えられませんわ」
クスクスと笑うアリアを前に、ファウストはバツが悪そうな顔をしている。精々視線を外して口元を手で隠すくらいだ。
「有り難うございます、ランバート義兄様」
「ううん、楽しかったから俺も嬉しいよ」
「ふふっ、素敵な義兄様ですわ」
嬉しそうにしてくれて、ランバートも自然と笑みがこぼれた。
「明日にはルカ兄様もきますわ。何でも、ファウスト兄様に会って欲しい人がいるとかで」
「ルカが?」
思わぬ言葉に視線を戻したファウストに、アリアは確かに頷いた。
「私はもう知っていますけれど、兄様には内緒だったみたい。ほら、今年はなんだか忙しくしていたからと」
「何があったんだ?」
「お見合いなさったのよ」
その言葉に、ファウストは驚き目を丸くしている。そして僅かに、冷たい目もしていた。
それをアリアも感じたのだろう。困ったように笑うけれど、その表情はとても穏やかだった。
「嫌々ではありませんわ。お弟子さんが育ってきたし、そろそろマクファーレン家の事も考えて。でも相手の方をちゃんと愛してあげたいからと、交際していたようですわ」
「相手に会ったのか?」
「えぇ、一度。お手紙は何度も。とても気さくで、優しい方よ。男爵家の末娘だそうで、年頃もルカ兄様と同じくらい。ルカ兄様の仕事にも興味と理解がありますし、お料理が得意なようですわ」
「知らなかった……」
確かにここしばらく忙しくて、ルカの所に顔を出せていなかった。何せ六月にデイジーの舞踏会があり、その流れのまま彼女を迎えに行ってルースの事を知り、その後はほぼ西の討伐に向けての準備だった。
その最前線に立っていたファウストなど、周囲に気を回す余裕すらなかったのだ。
「明日、お会いしてくださいね。きっと気に入ると思うわ」
困った顔のアリアに、ファウストはいつまでも表情が晴れなかった。
暫く話をして、食事前に一度部屋に戻った。
先に部屋へと入ったランバートを、突然ファウストが後ろから抱きしめる。けれど驚く事も無く、その髪を片手で撫でた。
「ショックだった?」
「すまない……」
「まぁ、忙しかったし」
「だが……」
「それに、お見合いが全部悪い訳じゃない。ルカさんも相手を大事にしているみたいだし、相手もいい人そうじゃないか」
言っても、ファウストは暫く無言のままだ。後ろから抱き寄せ、ランバートの肩に頭を乗せている。その頭をいつまでも、ランバートは撫でていた。
「無理強いのお見合いじゃないんだ。出会いの一つだったんだよ」
「分かっている」
「分かってないだろ、その顔。明日もそんな顔で相手に会ってみろよ、ルカさん悲しませるよ」
「……愛情は、あるのだろうか」
「会っていない俺達には判断が付かない。でも知っている人はそう言っている。それに、明日会えばそれも分かる」
まったく、大きな子供だ。
苦笑して、腕の中で振り返ってキスをする。凹んだ顔をしているファウストに、穏やかに笑った。
「大丈夫。ルカさんはファウストよりもしっかりしている。決して間違いは犯さないよ」
「そうだろうか」
「勿論。それに、想像だけで暗くなるなんてダメだろ」
ここに来ると、ファウストは幼い時分に戻るのかもしれない。
普段見せる事のない弱い表情は何処か愛おしく、ランバートを擽る。助けてやりたい、支えてやりたい。そんな気持ちが強くなっていく。
「俺もいるから、逃げるなよ」
「分かっている」
なんだか妙な事になってきた。凹むファウストを慰めながら、ランバートは困ったように笑うのだった。
「綺麗な場所だな」
右手には木立に遮られた湖が見えている。秋の陽を受けて湖面を輝かせる光が、透明で美しく見えた。
「この辺は貴族の屋敷が点在している。ほとんどが休暇を過ごす別荘だ」
「妹さんが住んでいるのは、奥のほうなのですね」
「あぁ」
隣を進むファウストの表情も自然と柔らかく穏やかだ。
十一月の二週目、ランバートは以前から約束していた旅行に出た。目的はファウストの妹と会うため。
先の戦いで受けた傷はすっかり良くなり、表面に痕を残すのみ。これは、おそらく消えないだろう。
食事の制限も、運動の制限もかからなくなって本格的に復帰したのは十一月に入ってから。だが、その状態でもファウストはあれ以来求めてはくれなかった。それが少し寂しく思う。
森の中にある道を三十分程進んだとき、湖畔に屋敷が見え始めた。小ぶりだが使い勝手の良さそうな、どこか可愛らしい屋敷だ。
「あそこだ」
穏やかに言われ、自然ファウストが足並みを早める。それについて、ランバートも馬を走らせた。
屋敷につくと執事らしい男性が迎えてくれる。その隣には同じ年頃のメイドも控えていて、二人ともとても温かくランバートを出迎えてくれた。
「紹介しよう、ランバート。こちらはここで住み込みで働いてくれているミローネ夫妻だ」
「初めまして、ランバート様。アリア様とルカ様からお話を伺っております」
「ようこそ。滞在中は何でも仰って下さいね」
「よろしくお願いします」
とてもアットホームに迎えられた事に、何処かほっとしている。それにしてもルカは何をこの人達に話しているのだろう。少し怖い。
「さぁ、アリア様がお待ちですよ」
「荷物はこちらに」
「そこまで気を使わなくていい。お前達も年なんだから」
「何を仰いますかファウスト坊ちゃま! まだまだ元気ですぞ」
執事がムッとして言うのに、ファウストは苦笑しながらも荷物を預けはしない。当然ランバートもその辺は自分で出来るつもりでいる。
「部屋に案内してくれればそれでいい。それに、土産の品も持ち出したいんだ」
「まったく、年寄り扱いは嫌ですぞ」
「分かった。まったく、昔から頑固だ」
言いながらもファウストは嬉しそうにしている。何処か無邪気なその笑みは、騎士団でもランバートの前でも見せた事の無い表情だった。
部屋はファウストの寝室で、当然二人で一室だった。
風を通した室内は白と明るい青で爽やかに整えられている。ティーカップや、寝具まで二人分用意されているのを見ると少し恥ずかしくもある。ベッドは当然キングサイズだ。
「賑やかなんだな」
「子供の頃からここにいてくれる夫婦なんだ」
「分かるよ」
ファウストがとても無邪気にしている。気の置けない関係なのは一目瞭然だ。
なんだか、それを少し寂しく思ってしまうランバートは苦笑した。
ふわりと頬に手がかかり、見上げたところで深く口づけられる。しっかり舌まで絡めるキスは、欲求不満の体にはかなり刺激が強かった。
「ファウスト?」
「寂しそうにしないでくれ。お前は、ここに入ってきていいんだ」
「寂しそうに見えた?」
「あぁ、とても」
柔らかな瞳が笑っている。恋人の顔、恋人の甘さ。そういうものに胸が締められる。
「ごめん、なんか蚊帳の外に置かれた気分で、寂しくなった」
「俺こそすまないな。懐かしくなって、お前がいるのに分からない話をした」
「いや、これは俺が悪い。それぞれ過去があって、懐かしい相手や話もあるのに、そこに嫉妬するなんて。心が狭くなってるんだ」
「嫉妬は嬉しいからたまにはしてもらいたいが……。いや、俺が連れてきたんだからもっと配慮する必要があったな」
「いや、俺が……」
互いに言って、次には笑った。ほぼ同時に破顔して、声を出して笑ったらとても小さな事で、なんだか馬鹿らしい感じがした。
「止めだね」
「そうだな」
「さて、待たせても悪いから行こうか」
王都で買ったお土産を手に、ランバートはファウストと連れだって妹アリアの待つ談話室へと向かった。
談話室は緑を基調としたゆったりとした部屋だ。暖炉があり、数人が寛げるようソファーがある。
アリアはその一つに腰を落ち着けて待っていた。そしてその傍らには三十代と見られる青年が、とても馴染んだ様子で立っている。
「お兄様!」
愛らしい表情をパッと輝かせたアリアが、そっと近づいてファウストに抱きつく。心臓の弱い彼女は日頃から急な運動は避けているのだろう。
それにしても似ている。長い黒髪に、黒い瞳。華奢で色白で女性らしい顔立ちをしているが、文句なく美少女だ。そしてどことなくファウストの面影がある。
その黒い瞳が傍らのランバートへと向くと、途端に白い頬に赤みが差した。
「ランバート、紹介しよう。妹のアリアだ」
「初めまして! 妹の、アリア・マクファーレンと申します。お兄様達がとてもお世話になっております」
柔らかなローズ色の服の上を黒髪がサラサラと滑る。頭を下げたアリアに、ランバートも頭を下げた。
「ランバート・ヒッテルスバッハです。こちらこそ、大変お世話になっています」
頭を下げ、上げた時にはアリアはとても嬉しそうで、泣きそうな顔をしている。オロオロしていると彼女はギュッとランバートの手を握った。
「良かった」
「え?」
「お兄様のお相手が、素敵な方で良かった」
感極まったような彼女の言葉に、ジワッと胸の内が熱くなる。
ファウストを見上げると彼も苦笑気味に笑いアリアの肩に手を添えた。
「まぁ、座ろう。もう一人紹介しなければならないしな」
「そうですね。私ったら、初対面の方に失礼な事を。ごめんなさい、ランバート様」
「あぁ、いや……もし良ければ、ランバート様は止めて欲しいんだけれど」
他人行儀に思えて言えば、アリアは違う意味でモジモジし始める。とても感情豊かな彼女は段々とファウストに似た印象から遠のいた。勿論、いい意味でである。
「あの、それなら私、呼びたい名前があるのですが……」
「どうぞ?」
「ランバート義兄様!」
「「!」」
意を決したような声に、ランバートとファウストは顔を見合わせた。
気が早い……とは思うものの、既にルカが義兄さんと呼んでいる為抵抗はない。
それに、そうなる日を願ってもいる。今はまだ大きな戦いを控えていてそんな気にはなれないのだが、それが終わればまた考えたいとも思っているのだ。
「あの、いけませんでしたか?」
「いや、嬉しいよ。アリアちゃんがそれでいいなら」
「本当ですか! わぁ、嬉しいです!」
嬉しそうにはしゃぐアリアがとても可愛らしく映る。
だがその肩を、先程から静観していた人物が叩いた。
「少しはしゃぎすぎだ、お嬢様」
「ヨシュア先生」
「ったく、負担かかって寝込んじまったら元も子もないだろ? さぁ、深呼吸して落ち着けて」
少しだらっと言う青年の言葉に従い、アリアは深呼吸を数度する。それだけで落ち着いた様子だった。
「ファウスト、あちらは?」
「アリアにずっとついてもらっている医師だ。ヨシュア・フリードマン。もう十年以上だよ」
赤茶けた髪を一括りにした青年が、ランバートを見て手を差し出す。素直に握手に応じると、彼は数度頷いて笑った。
「怪我をしたとファウスト様より聞いていたが、リハビリがいいんだろう。握力も、歩き方も綺麗なもんだ」
「え? あぁ」
「騎士団には優秀な医者がいるんだろう。そういえば、ヒッテルスバッハという名は医者連中でも有名だ。変人ハムレット・ヒッテルスバッハ」
「……兄です」
「だろうな。皆彼を奇人と呼ぶが、彼ほど研究熱心かつ、確かな技術を持った医者もそうはいない。鼻つまみにするのは惜しく、知識と技術を吸収したいものだ」
「はぁ……」
なんというか……目の前の人物も兄に負けず癖が強くて変人な気がする。
困って見上げれば、肯定するように肩をすくめるファウストがいた。
何にしても座ってお茶を飲んでいると、気持ちが緩まっていく。
アリアに持ってきたお土産は絵本世界に題を取った画集と、カール成婚の祝いに作られた陶器人形のセットだった。
「可愛い!」
「良かった」
贈り物が苦手だというファウストを引っ張っていって選んだかいがあった。
嬉しく笑うと、アリアも綻ぶように笑ってくれる。
「やっぱり、去年の贈り物はランバート義兄様の見立てですわね」
「え?」
「だって、ファウスト兄様にあのようなセンスはありませんもの。そもそも、贈り物に宝飾を選ぶ事すら考えられませんわ」
クスクスと笑うアリアを前に、ファウストはバツが悪そうな顔をしている。精々視線を外して口元を手で隠すくらいだ。
「有り難うございます、ランバート義兄様」
「ううん、楽しかったから俺も嬉しいよ」
「ふふっ、素敵な義兄様ですわ」
嬉しそうにしてくれて、ランバートも自然と笑みがこぼれた。
「明日にはルカ兄様もきますわ。何でも、ファウスト兄様に会って欲しい人がいるとかで」
「ルカが?」
思わぬ言葉に視線を戻したファウストに、アリアは確かに頷いた。
「私はもう知っていますけれど、兄様には内緒だったみたい。ほら、今年はなんだか忙しくしていたからと」
「何があったんだ?」
「お見合いなさったのよ」
その言葉に、ファウストは驚き目を丸くしている。そして僅かに、冷たい目もしていた。
それをアリアも感じたのだろう。困ったように笑うけれど、その表情はとても穏やかだった。
「嫌々ではありませんわ。お弟子さんが育ってきたし、そろそろマクファーレン家の事も考えて。でも相手の方をちゃんと愛してあげたいからと、交際していたようですわ」
「相手に会ったのか?」
「えぇ、一度。お手紙は何度も。とても気さくで、優しい方よ。男爵家の末娘だそうで、年頃もルカ兄様と同じくらい。ルカ兄様の仕事にも興味と理解がありますし、お料理が得意なようですわ」
「知らなかった……」
確かにここしばらく忙しくて、ルカの所に顔を出せていなかった。何せ六月にデイジーの舞踏会があり、その流れのまま彼女を迎えに行ってルースの事を知り、その後はほぼ西の討伐に向けての準備だった。
その最前線に立っていたファウストなど、周囲に気を回す余裕すらなかったのだ。
「明日、お会いしてくださいね。きっと気に入ると思うわ」
困った顔のアリアに、ファウストはいつまでも表情が晴れなかった。
暫く話をして、食事前に一度部屋に戻った。
先に部屋へと入ったランバートを、突然ファウストが後ろから抱きしめる。けれど驚く事も無く、その髪を片手で撫でた。
「ショックだった?」
「すまない……」
「まぁ、忙しかったし」
「だが……」
「それに、お見合いが全部悪い訳じゃない。ルカさんも相手を大事にしているみたいだし、相手もいい人そうじゃないか」
言っても、ファウストは暫く無言のままだ。後ろから抱き寄せ、ランバートの肩に頭を乗せている。その頭をいつまでも、ランバートは撫でていた。
「無理強いのお見合いじゃないんだ。出会いの一つだったんだよ」
「分かっている」
「分かってないだろ、その顔。明日もそんな顔で相手に会ってみろよ、ルカさん悲しませるよ」
「……愛情は、あるのだろうか」
「会っていない俺達には判断が付かない。でも知っている人はそう言っている。それに、明日会えばそれも分かる」
まったく、大きな子供だ。
苦笑して、腕の中で振り返ってキスをする。凹んだ顔をしているファウストに、穏やかに笑った。
「大丈夫。ルカさんはファウストよりもしっかりしている。決して間違いは犯さないよ」
「そうだろうか」
「勿論。それに、想像だけで暗くなるなんてダメだろ」
ここに来ると、ファウストは幼い時分に戻るのかもしれない。
普段見せる事のない弱い表情は何処か愛おしく、ランバートを擽る。助けてやりたい、支えてやりたい。そんな気持ちが強くなっていく。
「俺もいるから、逃げるなよ」
「分かっている」
なんだか妙な事になってきた。凹むファウストを慰めながら、ランバートは困ったように笑うのだった。
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昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。
年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。
リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。
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