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9章:帰りたい場所
おまけ1:側に
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自白するようにランバートは話し終えて泣いた。こいつが泣く場面など、見た事がなかった。
そして今、ファウストの肩に凭れるようにして眠っている。あどけない表情で、穏やかに。
「緊張と不安の糸が切れたんだろうな」
そう言いながら、クラウルは苦笑して毛布をかけてくれる。包まれてまだ、ランバートの寝息は穏やかだ。
「こうして見ると、こいつも二十歳前の幼さがあるか」
「いやはや、このあどけない顔で五十人とは、恐れ入った」
シウスが実に苦労の滲む顔で言う。それにはファウストも苦笑した。
一つの事件に複数の被害者がいたことは推測できたが、まさか十人ずつ切っていったとは。しかもあの日の光景からするに、一撃で首を仕留めている。普通の剣の使い方ではない。
「暗殺の訓練を受けているのではないか、ランバートは」
「暗殺?」
いぶかしむファウストに、クラウルは静かに頷いた。
「訓練の様子を何度か見たが、ランバートの身のこなしは剣を扱う人間と言うよりは密偵や暗殺を生業とする者に近い。投げナイフの精度もいいし、堂々としているのに相手に感知させない術も持っている。何より、足音がしない時がある」
「足音か……」
それはファウストも感じた事がある。時々、ランバートが近づいてくるのに寸前まで気づかない事がある。風邪を引いて看病してもらった時も、気配が消えた。
「首を狙うのは無駄な体力消費と反撃を嫌う者がする。間違いなく死ぬし、防具も薄い。声も失われるから騒がれないしな」
「ランバートって、最初からかなり実力高かったんでしょ? 剣の師匠とかついてたんだったら、その師匠がその筋の人だったとか」
「ありえぬ話ではないの。四大貴族家ともなれば暗殺の危険もあるだろう。暗殺者の事は暗殺者に聞け。心理や動きを身につける事で、暗殺防止に一役かったのかもしれぬ」
「悲しい事ですね。ランバートはとても優しい子だと思います。気遣いも出来て、気が良くて世話好きで。そんな子が、泣きはらすほどに苦しい思いをし続けていたなんて」
涙の跡が頬にまだついている。それほどまでに、あの後ランバートの涙は止まらなかった。終いには本人が笑い出して、とうとう壊れたかと心配になったほどだった。
「ファウスト、いつも通りに戻るよね?」
オスカルが問いかける。それに、ファウストはただ頷いた。
ファウストとしてはもっと早くコミュニケーションが取りたかった。全てを隠す事にそれほどの罪悪感はなかったのだ。元よりルカを攫いあれほどの暴行を加えた相手だ、同情もしない。
けれどランバートは避けていた。彼にしたら辛い事だろうし、戸惑いも罪悪感もあるのだろうと思い静観していた。だがなかなか様子が変わらず、ウェインからも「元気がないんです」と報告を受けて悩んでいた。
シウス達が今日拉致してでも連れてくると言わなければ、ファウストがこっそりと連れ出そうと思っていた。そして、腹を割って話そうと。
「情が深いというのも考え物だな。親しい者の死がこいつを殺人鬼に変えるのだから」
「……もう二度と、そうはさせない」
寄りかかる肩を、ファウストは引き寄せる。腕の中で眠る彼の表情が歪むことはない。悲しい夢は見ていないのだと分かる。
「スラムの事まで手が回らなかったのも事実だ。そしてそれは、国の……騎士団の責任だ。状況の劣悪さを知っても手を差し伸べられなかった責任はある」
「故にこやつを咎められぬ。下町の住人も言うだろう『ならばなぜ、助けてくれなかったのか』と。耳の痛い言葉ぞ」
シウスが表情を沈ませて呟く。分かっている、こいつも優しく責任感の強い男だ。心を痛めないわけはないのだ。
「騎士団も不完全、テロが相次いでいた。なんてのは、言い訳だからね。国と民を守るのが僕たちの役割。まっとうできないなら、いらないって話だから」
オスカルの言葉も耳に痛い。そういう事情は当時あった。だが助けを求める人から言えば、これは言い訳だ。
「頼るべき相手がいなかったから、自らやった。頼るべき相手を見つけられないほどに追い込まれていた。当時十四歳の子供が這いずり回って努力していたなんて、可哀想です」
エリオットが濡らしたハンカチで涙の跡を拭いていく。それにも、ランバートの目が開くことはなかった。
「これからは俺達が守る。過去は変わらないが、これからはそう誓おう。東地区の治安を守り、人を守る。信頼を得るのは難しいが、努力は伝わると信じている」
「大丈夫だ、信頼の一歩は踏み出せている。こいつが、最初の一歩を俺達に与えてくれた」
イーノックの事件でファウストは傭兵ギルドと縁が出来た。そして彼らを通して第三師団と東地区は一時的にでも協力する事が出来た。そして今回の事件でも、ジン達が動いてくれた。
最初の一歩はランバートが用意したものだった。けれどここから、少しずつ交流を持っていければ信頼を築く事ができる。ジン達がファウストを信じてくれたことがその証拠だ。
「こいつの大切なものを、ちゃんと守る。民を守るのが騎士団の役目だ」
そうすれば二度と、殺人鬼は目覚めない。深く眠り、いつしか消えてくれればいい。嬉しそうに笑い、語る。そんな日々が多くなればいい。小さな事に驚いたり、喜んだり、恥ずかしそうだったり。多分こいつには色んなものが足りていない。
与えていけるだろうか。小さな喜びと幸せを積み重ねる中で、いつか自分を尊び、今を求めてくれるように。簡単に自らを手放したりしないように。
腕の中で眠るランバートを感じながら、ファウストも笑う。事件後、初めて浮かべる穏やかな笑みだった。
そして今、ファウストの肩に凭れるようにして眠っている。あどけない表情で、穏やかに。
「緊張と不安の糸が切れたんだろうな」
そう言いながら、クラウルは苦笑して毛布をかけてくれる。包まれてまだ、ランバートの寝息は穏やかだ。
「こうして見ると、こいつも二十歳前の幼さがあるか」
「いやはや、このあどけない顔で五十人とは、恐れ入った」
シウスが実に苦労の滲む顔で言う。それにはファウストも苦笑した。
一つの事件に複数の被害者がいたことは推測できたが、まさか十人ずつ切っていったとは。しかもあの日の光景からするに、一撃で首を仕留めている。普通の剣の使い方ではない。
「暗殺の訓練を受けているのではないか、ランバートは」
「暗殺?」
いぶかしむファウストに、クラウルは静かに頷いた。
「訓練の様子を何度か見たが、ランバートの身のこなしは剣を扱う人間と言うよりは密偵や暗殺を生業とする者に近い。投げナイフの精度もいいし、堂々としているのに相手に感知させない術も持っている。何より、足音がしない時がある」
「足音か……」
それはファウストも感じた事がある。時々、ランバートが近づいてくるのに寸前まで気づかない事がある。風邪を引いて看病してもらった時も、気配が消えた。
「首を狙うのは無駄な体力消費と反撃を嫌う者がする。間違いなく死ぬし、防具も薄い。声も失われるから騒がれないしな」
「ランバートって、最初からかなり実力高かったんでしょ? 剣の師匠とかついてたんだったら、その師匠がその筋の人だったとか」
「ありえぬ話ではないの。四大貴族家ともなれば暗殺の危険もあるだろう。暗殺者の事は暗殺者に聞け。心理や動きを身につける事で、暗殺防止に一役かったのかもしれぬ」
「悲しい事ですね。ランバートはとても優しい子だと思います。気遣いも出来て、気が良くて世話好きで。そんな子が、泣きはらすほどに苦しい思いをし続けていたなんて」
涙の跡が頬にまだついている。それほどまでに、あの後ランバートの涙は止まらなかった。終いには本人が笑い出して、とうとう壊れたかと心配になったほどだった。
「ファウスト、いつも通りに戻るよね?」
オスカルが問いかける。それに、ファウストはただ頷いた。
ファウストとしてはもっと早くコミュニケーションが取りたかった。全てを隠す事にそれほどの罪悪感はなかったのだ。元よりルカを攫いあれほどの暴行を加えた相手だ、同情もしない。
けれどランバートは避けていた。彼にしたら辛い事だろうし、戸惑いも罪悪感もあるのだろうと思い静観していた。だがなかなか様子が変わらず、ウェインからも「元気がないんです」と報告を受けて悩んでいた。
シウス達が今日拉致してでも連れてくると言わなければ、ファウストがこっそりと連れ出そうと思っていた。そして、腹を割って話そうと。
「情が深いというのも考え物だな。親しい者の死がこいつを殺人鬼に変えるのだから」
「……もう二度と、そうはさせない」
寄りかかる肩を、ファウストは引き寄せる。腕の中で眠る彼の表情が歪むことはない。悲しい夢は見ていないのだと分かる。
「スラムの事まで手が回らなかったのも事実だ。そしてそれは、国の……騎士団の責任だ。状況の劣悪さを知っても手を差し伸べられなかった責任はある」
「故にこやつを咎められぬ。下町の住人も言うだろう『ならばなぜ、助けてくれなかったのか』と。耳の痛い言葉ぞ」
シウスが表情を沈ませて呟く。分かっている、こいつも優しく責任感の強い男だ。心を痛めないわけはないのだ。
「騎士団も不完全、テロが相次いでいた。なんてのは、言い訳だからね。国と民を守るのが僕たちの役割。まっとうできないなら、いらないって話だから」
オスカルの言葉も耳に痛い。そういう事情は当時あった。だが助けを求める人から言えば、これは言い訳だ。
「頼るべき相手がいなかったから、自らやった。頼るべき相手を見つけられないほどに追い込まれていた。当時十四歳の子供が這いずり回って努力していたなんて、可哀想です」
エリオットが濡らしたハンカチで涙の跡を拭いていく。それにも、ランバートの目が開くことはなかった。
「これからは俺達が守る。過去は変わらないが、これからはそう誓おう。東地区の治安を守り、人を守る。信頼を得るのは難しいが、努力は伝わると信じている」
「大丈夫だ、信頼の一歩は踏み出せている。こいつが、最初の一歩を俺達に与えてくれた」
イーノックの事件でファウストは傭兵ギルドと縁が出来た。そして彼らを通して第三師団と東地区は一時的にでも協力する事が出来た。そして今回の事件でも、ジン達が動いてくれた。
最初の一歩はランバートが用意したものだった。けれどここから、少しずつ交流を持っていければ信頼を築く事ができる。ジン達がファウストを信じてくれたことがその証拠だ。
「こいつの大切なものを、ちゃんと守る。民を守るのが騎士団の役目だ」
そうすれば二度と、殺人鬼は目覚めない。深く眠り、いつしか消えてくれればいい。嬉しそうに笑い、語る。そんな日々が多くなればいい。小さな事に驚いたり、喜んだり、恥ずかしそうだったり。多分こいつには色んなものが足りていない。
与えていけるだろうか。小さな喜びと幸せを積み重ねる中で、いつか自分を尊び、今を求めてくれるように。簡単に自らを手放したりしないように。
腕の中で眠るランバートを感じながら、ファウストも笑う。事件後、初めて浮かべる穏やかな笑みだった。
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