『あなたに愛されなくても良いのでもう来てくださらなくて結構です』他ハピエン恋愛短編集

白山さくら

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異世界転移した保育士は不眠症の皇帝陛下に子守唄を歌う

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私は保育士の小松和佳奈こまつ わかな。夜遅くまで子供を預かっている保育園に勤めているので帰宅は真夜中で、その日も勤務後一人で歩いていた。

皆寝静まった住宅街を歩いていると通り道に何か光るものがあるのに気付いた。
スマホでも落ちてるのかと思って近づいてみると、それは手鏡だった。

「え、何これ?なんで光ってるの?」

何かが反射してるわけでもないのに発光している。私は好奇心を抑えきれずに鏡を手に取った。
すると鏡面には見たことのない文字のようなものが光って浮かび上がっている。

「へー、よくできたおもちゃね。でも今期のアニメにこんなアイテムの出てくるのがあったかしら?」

保育士という仕事柄、子供向けのアニメは一通り目を通しているけれどこんな鏡の出てくるアニメは記憶に無い。

「あら、ちゃんと映るのね」

しかもおもちゃなのに本物の鏡としても使えるようできちんと顔が映っている。

「わー、やだ。疲れ切った顔……」

まだ社会人2年目なのに、これじゃお嫁に行けないわぁ。
なんて思ってたらいきなりその鏡が強い光を放った。

「わっ!眩しい!」

私は咄嗟に手をかざして光から目を守った。その弾みで手鏡を落としてしまった……と思ったのに鏡の割れる音はしなかった。

光が消えて辺りが暗くなったので目を開けると驚いたことにそこは見慣れた住宅街ではなく屋内だった。

「は……?」

薄暗いが、これまで訪れたことのないような天井の高さの豪華な部屋だとわかった。
私がキョロキョロしていると背後から男性の声がした。

「貴様は誰だ!」

ギクっとして振り向くと、背の高い金髪の男性がこちらに歩いてくるのが見えた。私は状況が飲み込めず咄嗟に聞き返した。

「あ………あなたこそ誰です?」

外人?でも何故か言葉は理解できる。

「この国の皇帝アルブレヒトだ。私を知らないだと?」

この国??

「え、ここどこですか?」

私たちの間に奇妙な沈黙が流れた。

「厳重に警備されているはずの私の部屋に入ってきておいてここはどこだ、だと?」

「いえ、入ってきたというか……気づいたらここにいたんです」

その後話しても埒があかず、私は衛兵に引き渡されることになった。
え?やだ、もし彼が本当に一国の皇帝だとしたら私不法侵入で殺されちゃうんじゃないの?

「あの!何でもするのでどうかお許しください」

「何でも?貴様のような者に何ができると言うんだ」

「えー……特技は子どもの寝かしつけです!」

いや、待って。私何言ってるの?他にも何かあるでしょ。
でも私、保育士なんだけど工作は苦手だしピアノもイマイチなのよね……料理もできないし。でも、子ども寝かしつけるのは神業って言われてる。いや、だからどうしたって話だけど。

「寝かしつけが得意だと……?」

しかしなぜかここで皇帝陛下が食いついてきた。

「私は不眠症なんだ。貴様、私を寝かしつけられるか?」

「え、さあ。どうでしょう……大人の寝かしつけはしたことがありませんので」

「もし私を寝かしつけられたら、衛兵に引き渡すのはやめてやろう」

「ほんとですか!?やりますやります!」

そして何故か私は陛下のベッドに添い寝して子守唄を歌うはめになった。
自分でもよくわからないが、金髪の大男(よく見ると青い目でまつ毛がビックリするくらい長くて超イケメンだ)の体をゆっくりポンポンしながら日本語の子守唄を歌うという謎展開になっている。

「ねーんねんころーりーよー」

陛下がこの歌の歌詞を理解してるのかはわからない。しかし文句を言わずに目を閉じて聞いてくれていた。
不眠症の子供を寝かしつけたことはない。けど、とりあえずやるしかない。

2~3曲歌ったけど皇帝陛下は寝付けないようでモゾモゾしている。
私はふと思いついて布団をはぐった。

「失礼しますね」

「な、なんだ?」

「足触ります~」

「おい、何をする」

あ、やっぱり。足がすっごく冷たい。足が冷えてると眠れないんだよね。
私は子供の頃自分の祖母にされたのを思い出しながら陛下の足先を手でマッサージする。こうすると血行が良くなってだんだん温かくなるのだ。

「足が冷えてるので温めてます」

「む……そうか」

日本人よりかなり大きな背丈なので、足も大きい。結構時間がかかったけどだいぶ温かくなってきた。

「よし、これでいいと思います」

「足先がポカポカしてきたぞ」

「じゃあもう1回子守唄歌いますね」

そしてそれから子守唄を2巡もしないうちに寝息が聞こえてきた。

「ふっ、我ながら寝かしつけの和佳奈と呼ばれるだけあるわね」

しかしそういえば寝かしつけに成功したらどうすればいいのか聞きそびれていることに気づいた。
このまま部屋を出たら誰かに見つかって捕まってしまうかもしれない。かといって寝付いたばかりのこの子、じゃないや陛下を起こすのもかわいそうだし……

「このベッド死ぬほどデカいから隅っこで寝かせてもらおう」

何せ私は勤務後でヘトヘトなのだ。

「ふぁああ、おやすみなさーい」

私は畏れ多くも陛下のベッドの隅っこで眠りについた。

翌朝目を覚ました陛下に「ぐっすり眠れた」とめちゃくちゃ感謝された。
そして私はそれから陛下専用の寝かしつけ係として雇われることになった。

ここがどこなのかわからないし、元いた世界に帰れるのか帰れないのかもわからない。だけど、今は陛下にやたらと懐かれてしまったので情が湧いて離れ難くなっている。

「おい、ワカナ。そろそろ私の妻になる決心はついたか?」

「うーん、そうですね……そうしましょうか」

このままずっと陛下のそばにいるのも悪くないかもしれない。


END
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