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好奇心
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ディストピア オンライン。
前世で大人気を博したVRMMORPGゲームである。
プレイヤーは各々魔王となり、人間が蔓延る世界を占領していくゲームだ。
人気の理由の一つとしてその鬼畜なまでの難易度の高さが挙げられる。
このゲームには難易度選択などというものない。皆一様にエクストラハード、みたいなものだ。初心者が初戦で異常な強さの王国兵士たちに蹂躙されるのはもはやこのゲームでは恒例である。
だからこそ、ハレは慎重に事を進めるべきだ、と考えていた。
——が、考えているからと言って、それが行動に移せるとは限らない。現にハレは『危険だ』と分かっていながら、自ら外に出て状況を確認しようと城門に向かって進撃していた。
「ハレ様! 偵察なら私が、私たち配下がやりますから! どうか! どうかお戻りください!」とシホがハレを城に押し戻そうとハレの進路に立ち塞がり両手を突き出して制止する。が、それでも止まらないハレの勢いに押されて後ろ向きに城門までの石畳の通路を後退して進む。
「いや、こんなリアルなゲーム世界にやって来といて引き籠ってるとか、無理筋すぎるぅ!」
「ちょ、おっしゃっている意味がよく分かりません! ハレ様!」
唯一の絶対的支配者たるハレに無断で触れてはいけない、との思いからシホは実力行使に踏み切れない。為すすべなく後退するしかない。堅牢な城壁も間近に迫る。城門を挟むように重厚で威圧的な塔が聳え立つ。
城門の番をしている兵たちが「うわー……」という顔でこちらを見ているが、ハレは構わず突き進む。
「せめて! せめて配下を5人程、連れてから——」
「——しゃらくせぇ! 行くぜ! 僕の冒険はここから始まる!」とハレは引き上げられた鉄格子がぶら下がる城門を抜けて、外に出た。
「ちょ、ホント! 待って!」とシホも付いてくる。
魔結界に飛び込む。波打つ水面のように魔結界の膜が揺れた。
結界を通ると一瞬にして景色が変わった。
そこにあったのは延々と続く乾いた砂と、はるか先に連なる茶色い山。
一面荒野だった。空はカラッと晴れて、乾燥した熱気が肺の中までカラカラにしそうな暑さだ。
生物の気配は今のところ感じない。
「うーん……砂!」とハレが見たままの感想を述べた。
シホは初めは「ハレ様! お願いですから戻ってください!」と慌てていた、やがて大きなため息をついて説得を諦めた。
「そういえば魔法って使えるのか?」とハレがシホに訊ねる。シホは、ハレ様は何を言ってんだろう? とでも言いたげに目を細めて「え、……と」と言葉に詰まった。
(あ、そうか。シホ達は僕がディストピアの人じゃないって知らないのか)
ハレはおもむろに自分の右胸に手を添えた。魔核はここにある。
ディストピア オンラインではスキル名を唱えるだけで魔法又は魔術を使えた。だが、これはもはやゲームではない。現実だ。そんなシステマティックな方法で魔法が使えるとは思えなかった。
だから、まず魔力を探したのだ。
感じる。心臓の隣に魔核があるのは知識として知っている。そして、そこに意識を向けると膨大なエネルギーが内包されているのが分かる。
(これが現実の魔力か。ゲームでは数値でしか捉えられなかったけど……もっと命と結びついている感じがする)
魔核から熱いマグマのような流れを感じる。ハレはそれを全身に巡らせた。初めて扱うのに、まるで何千何万と繰り返してきた所作のように馴染む。
魔力が流れる速さや、魔力を集中させてできる魔力溜まりも自在に操れる。
ハレは試しに右腕に魔力溜まりを作り、近くの岩壁まで歩いて寄って行った。
そしてゆっくりと腕を引いて、思い切り岩壁をぶん殴った。
地盤が揺れるような衝撃で、はるか先の鳥類が一斉に飛び立つ。
凄まじい轟音が空間を切り裂くように鳴り響いた。同時に割れた岩が辺りに飛び散る。シホは飛んできた岩の塊をどこからか取り出した大斧で弾いた。
岩壁の上の方が崖崩れのように落ちてきたため、ハレは後ろに跳んでそれを避ける。絶え間なく岩が落下し、轟音は鳴り続けた。
そこまでの威力を想定していなかったハレは「あーあーあー……」と耳を塞いで止まらない岩壁の崩壊を眺めていた。
崩れる岩の音が止んだ頃に、シホが近づいて来る。
「流石です。たったの拳打一撃で崖に大穴を開けてしまわれるとは」
「お前もできるだろ」とハレが目を逸らして前髪をいじりながら照れ隠しに言う。
「はい。でも、私はエビルウォーリア——物理職ですが、ハレ様は幻魔術師、魔法職です。魔法職でありながらこの物理火力を出せる者はそうそうおりません」
ハレはやっぱり照れ臭くて、返答はしなかった。
代わりに「魔波探知(生)」と唱えて微弱な魔力を全方向に放つ。
魔力波が次々と小さな小動物やサソリなどを捉えながら広がって行く。だいたい5キロくらいは魔力波が届くはずだ。
ハレの瞼がぴくっと反応する。東の方角に魔物らしきフォルムと人間らしきフォルムが存在するのを感知したのだ。
「お。誰かいるなぁ。こっから2キロくらい」
シホが目を見張って警戒を露わにする。それから「ハレ様!」と咎めるような声を出した。目は子供を叱る母のような心配9割の眼差しである。
「分かってる。行くなって言うんだろ?」とハレは白けた顔をシホに向けた。
シホはほっと安堵の息をつく。「私のわがままを聞いてくださり、ありが——」
とうございます、を言い切る前にハレが東に走り出した。
「——でも、やっぱ気になるゥウウ! ひゃっほォオオオ!」
「ちょ! あ! ハレさ、ハレ様ァァアア!」
前世で大人気を博したVRMMORPGゲームである。
プレイヤーは各々魔王となり、人間が蔓延る世界を占領していくゲームだ。
人気の理由の一つとしてその鬼畜なまでの難易度の高さが挙げられる。
このゲームには難易度選択などというものない。皆一様にエクストラハード、みたいなものだ。初心者が初戦で異常な強さの王国兵士たちに蹂躙されるのはもはやこのゲームでは恒例である。
だからこそ、ハレは慎重に事を進めるべきだ、と考えていた。
——が、考えているからと言って、それが行動に移せるとは限らない。現にハレは『危険だ』と分かっていながら、自ら外に出て状況を確認しようと城門に向かって進撃していた。
「ハレ様! 偵察なら私が、私たち配下がやりますから! どうか! どうかお戻りください!」とシホがハレを城に押し戻そうとハレの進路に立ち塞がり両手を突き出して制止する。が、それでも止まらないハレの勢いに押されて後ろ向きに城門までの石畳の通路を後退して進む。
「いや、こんなリアルなゲーム世界にやって来といて引き籠ってるとか、無理筋すぎるぅ!」
「ちょ、おっしゃっている意味がよく分かりません! ハレ様!」
唯一の絶対的支配者たるハレに無断で触れてはいけない、との思いからシホは実力行使に踏み切れない。為すすべなく後退するしかない。堅牢な城壁も間近に迫る。城門を挟むように重厚で威圧的な塔が聳え立つ。
城門の番をしている兵たちが「うわー……」という顔でこちらを見ているが、ハレは構わず突き進む。
「せめて! せめて配下を5人程、連れてから——」
「——しゃらくせぇ! 行くぜ! 僕の冒険はここから始まる!」とハレは引き上げられた鉄格子がぶら下がる城門を抜けて、外に出た。
「ちょ、ホント! 待って!」とシホも付いてくる。
魔結界に飛び込む。波打つ水面のように魔結界の膜が揺れた。
結界を通ると一瞬にして景色が変わった。
そこにあったのは延々と続く乾いた砂と、はるか先に連なる茶色い山。
一面荒野だった。空はカラッと晴れて、乾燥した熱気が肺の中までカラカラにしそうな暑さだ。
生物の気配は今のところ感じない。
「うーん……砂!」とハレが見たままの感想を述べた。
シホは初めは「ハレ様! お願いですから戻ってください!」と慌てていた、やがて大きなため息をついて説得を諦めた。
「そういえば魔法って使えるのか?」とハレがシホに訊ねる。シホは、ハレ様は何を言ってんだろう? とでも言いたげに目を細めて「え、……と」と言葉に詰まった。
(あ、そうか。シホ達は僕がディストピアの人じゃないって知らないのか)
ハレはおもむろに自分の右胸に手を添えた。魔核はここにある。
ディストピア オンラインではスキル名を唱えるだけで魔法又は魔術を使えた。だが、これはもはやゲームではない。現実だ。そんなシステマティックな方法で魔法が使えるとは思えなかった。
だから、まず魔力を探したのだ。
感じる。心臓の隣に魔核があるのは知識として知っている。そして、そこに意識を向けると膨大なエネルギーが内包されているのが分かる。
(これが現実の魔力か。ゲームでは数値でしか捉えられなかったけど……もっと命と結びついている感じがする)
魔核から熱いマグマのような流れを感じる。ハレはそれを全身に巡らせた。初めて扱うのに、まるで何千何万と繰り返してきた所作のように馴染む。
魔力が流れる速さや、魔力を集中させてできる魔力溜まりも自在に操れる。
ハレは試しに右腕に魔力溜まりを作り、近くの岩壁まで歩いて寄って行った。
そしてゆっくりと腕を引いて、思い切り岩壁をぶん殴った。
地盤が揺れるような衝撃で、はるか先の鳥類が一斉に飛び立つ。
凄まじい轟音が空間を切り裂くように鳴り響いた。同時に割れた岩が辺りに飛び散る。シホは飛んできた岩の塊をどこからか取り出した大斧で弾いた。
岩壁の上の方が崖崩れのように落ちてきたため、ハレは後ろに跳んでそれを避ける。絶え間なく岩が落下し、轟音は鳴り続けた。
そこまでの威力を想定していなかったハレは「あーあーあー……」と耳を塞いで止まらない岩壁の崩壊を眺めていた。
崩れる岩の音が止んだ頃に、シホが近づいて来る。
「流石です。たったの拳打一撃で崖に大穴を開けてしまわれるとは」
「お前もできるだろ」とハレが目を逸らして前髪をいじりながら照れ隠しに言う。
「はい。でも、私はエビルウォーリア——物理職ですが、ハレ様は幻魔術師、魔法職です。魔法職でありながらこの物理火力を出せる者はそうそうおりません」
ハレはやっぱり照れ臭くて、返答はしなかった。
代わりに「魔波探知(生)」と唱えて微弱な魔力を全方向に放つ。
魔力波が次々と小さな小動物やサソリなどを捉えながら広がって行く。だいたい5キロくらいは魔力波が届くはずだ。
ハレの瞼がぴくっと反応する。東の方角に魔物らしきフォルムと人間らしきフォルムが存在するのを感知したのだ。
「お。誰かいるなぁ。こっから2キロくらい」
シホが目を見張って警戒を露わにする。それから「ハレ様!」と咎めるような声を出した。目は子供を叱る母のような心配9割の眼差しである。
「分かってる。行くなって言うんだろ?」とハレは白けた顔をシホに向けた。
シホはほっと安堵の息をつく。「私のわがままを聞いてくださり、ありが——」
とうございます、を言い切る前にハレが東に走り出した。
「——でも、やっぱ気になるゥウウ! ひゃっほォオオオ!」
「ちょ! あ! ハレさ、ハレ様ァァアア!」
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