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異変

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 サ終。それは恐怖の言葉だ。
 ゲームの運営が停止し、サービス提供を終了する、という意味だが、それは僕らのようなネトゲ廃人にとっては全財産を没収するのと同義であった。
 このVRMMO RPG『ディストピア オンライン』のために僕がどれだけの金を注ぎ込み、どれだけの時間を費やしたことか。僕の34年の人生の10年間が今『無』に帰そうとしていた。

(あと10分か……)

 時刻は午後11時50分。
 玉座の間に一人、入室し、ゆっくりとレッドカーペットを踏み締める。
 一緒にアジトを築き上げたギルドメンバーは、その全員が既に『ディストピア オンライン』を引退していた。

 
『妻に、いい加減にして、と怒られちゃって』
『今度結婚することになったからそろそろこのゲームも寿引退かにゃー』
『子供が生まれるんだ。もうそんなに時間作れないと思う。ごめんな』

 
 ずっと遊んでいられるなんて、初めから思ってなかった。だけど、こんなにも唐突に、脈絡もなく、離れていくなんて……。
 いや、それも当然か。虚構ゲーム現実リアル、どちらを優先するかなんて分かりきったことだ。誰だって現実リアルを取るに決まっている。
 だけど——。



 僕には選択できる現実リアルはない。

 

 玉座に座り、肘置きを撫でるように触れる。
 楽しかった思い出も、苦労した思い出も、その全てがこの城には詰まっている。僕の——僕らの10年が。
 それもあと10分……いや、もうあと8分か。8分で消え去るのだ。胸がじんわりと痛み、鉛を埋め込まれたかのように重くなった。

 ふと、隣ではべる着物姿の絶世の美少女に目を向ける。

「お前も……消えちゃうのか?」

 僕らが創り上げた配下の中でも、特に強力な7人の最高傑作。このNPCを1人創るのにレベル100のプレイヤーの魔核を30個も必要とする鬼畜難度。懐かしい。ひぃひぃ言いながらPvP対プレイヤー戦にはげんだっけ。

 その配下NPC——サキュバスクイーンのシホは『あなた様と共に』と何万回と聞いたセリフを口にして微笑む。
 僕もシホに微笑んだ。

(共に、か。そうできたら良かったんだけどな)

 時刻は午後11時58分。
 僕は背もたれにそっと背中をつけ、ため息をつく。

(明日からまた仕事か……)

 週6日は朝の7時30分から夜の11時まで会社に缶詰めだ。
 今までは週1日の貴重な休みはこうしてディストピア オンラインの世界に一日中浸っていたのだが……これから僕はどうしたら良いのだろう。

 
 優しげに微笑むシホが『あなた様に全てを捧げます』とまたも聞き慣れたセリフを唱える。
 全てを、と僕は無意識に呟く。

(そうだ。全てを捧げてきたんだ。このゲームに。このギルドに。そんな僕らのギルドが。僕らの城が……)



 異変が起きたのはその時だった。
 全ての音を掻き消す轟音が響いた。鐘の音だ。
 ゴォーン、ゴォーン、と延々と鳴り続ける鐘に僕はそっと目を閉じた。

 終わりか。
 楽しかった。さよなら、皆。さよなら、シホ。
 涙に滲む目を閉じると一筋だけ、零れ落ちた。











 


 ——いや待て。涙……だって?

 僕は自分の頬に手を当てる。
 湿った頬の冷たさを感じる・・・

(感じる……? そんなの、おかしい……。ディストピア オンラインは——というか世に出回っているどんなVRゲームだって、視覚と聴覚以外を再現なんてできないはずだ)

「ハレ様? どうなさいました?」

 僕はその声に固まった。
 聞き慣れた透き通る美声。毎日のように聞いたその声が、聞いたことのないセリフを吐いた。
 おそるおそる顔を上げる。


 首を傾げて心配そうに僕を見上げる美少女。長い黒髪が柔らかそうな頬に沿って垂れる。
 シホはしゃがみ込んで僕を覗き込んでいる。見たこともない動作だった。

「泣かないでくださいハレ様。大丈夫です。私がついてます」

 シホは自分の着物の袖で僕の涙を拭いた。
 僕は、ぬぉわァァ?! と後ずさろうとして玉座の背もたれに阻まれ、椅子からずり落ちた。

「あ、も、申し訳ありません! ご無礼をお許しください!」とシホが頭を下げる。
 僕が事態を理解できず黙っているとシホが弁解し始める。

「ハレ様が泣く姿に、私居ても立ってもいられなくて、つい、失礼なことを——」

 延々と言い訳を続けるシホの言葉を聞き流しながら、僕は考える。

(時刻は……午前0時3分。サービス終了が延期されたのか? だけど——)

 僕は右手をあげ、メニュー画面を開こうとして、それに失敗する。

(メニュー画面が開かない?! て、ことはログアウトもできないし、運営に問い合わせも不可能、ということか)

 今度は「ステータスオープン」と呟いてみる。
 何も出てこない。本来なら自分や配下のステータス画面が開くはずなのに。

(ステータスもダメか……)

「ハレ様」と呼ばれ、ハッと我に帰る。

「あ、ああ。何?」とかろうじて返事をすると、シホが神妙な顔でひざまずく。

「ご報告いたします。たった今城門の警備に当たっていた者から上がった情報ですが…………どうやら城外の様子がおかしいようです」
「様子がおかしい?」

 そんなの明らかではないか。城外どころか城内もおかしいよ。現在進行形でおかしい。
 ところが、シホの言いたいことはそういうことではなかった。

「デモン城が……未知の荒野に、転移したようです」




 はぃ…………?




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