破壊神の加護を持っていた僕は国外追放されました  ~喋る黒猫と世界を回るルーン技師の**候補冒険記~

剣之あつおみ

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新店舗経営編

023話 光剣クラウソラス

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 ペシペシペシペシ……

 顔に柔らかな衝撃を何度も何度も受ける。
 まるで一定のリズムを刻むように何度も何度も……

 ペシペシペシペシ……

「うう~~~ん」

 ペシペシペシペシ……

 薄っすらと目を開けると眩しい光が部屋を照らし、僕の胸の上に何かが乗っている。
 その逆光の中の黒い塊が僕の顔を前足でペシペシと叩いていた。
 このフォルムは僕の友人の姿だと寝惚けながらに理解する。

「お! やっと起きたなネボスケめっ!」

 勝ち誇った表情でスピカはペシッと僕のおでこに手を置く。
 普段は僕の方が早く起きて1階の仕事場に降りるのだけど、今日はどうやら寝すぎたらしい。
 工房を使うと睡眠無効の魔石のお陰で眠くはならないけど、自身の睡眠サイクルを狂わせる効果もあるようだ。
 3文字程度ならぜんぜん平気なのに、5文字となると肉体的に多少影響が出るらしい。

 僕は眠い目を擦りながら、しばらくボーっとする。
 寝たのが午前5時頃だったけど、今は……

 ――――12時23分。
 僕は時計を見て一気に睡魔が吹き飛ぶ。
 …………寝すぎた、遅刻だ!!

「ニャッ!?」

 ガバッと体を起こすとその勢いで胸の上のスピカが遠方に吹っ飛ぶ。
 しかし、脅威の身体能力でくるくるっと体をひるがえしベッドの脇に華麗に着地する。

「危ねぇな! 何寝ぼけてんだよ、今日は休暇日だろう?」

「……あ、そうか!」

 ……思い出した。
 昨日と今日はレヴィンに頼まれて、休暇日にして貰っていたんだ。

 不意に僕は寝る前の事を思い出す。
 そう言えば、起きたら剣の試し斬りをすると話していたような気がする。
 今日の朝、僕は5文字刻みのルーンツーハンドソードを完成させたんだった。

 僕は急いで私服に着替え、1階に降り工房へと向かう。
 工房にはレヴィンとグレイス大臣と、傍から見ても分かるくらい緊張しながら武器を生成しているジャン先輩の姿が見えた。
 あれ?ロジェ先輩の姿がないぞ……。

「おはようございます。すみません、寝過ごしてしまいました」

「よっ! にーちゃんにおっちゃん!」

「わはっはっは! 良く寝れたか? もう少し寝てても良かったんだぞ? あれだけの偉業を成し遂げたのだ。さぞ、疲れただろう」

 開口1番にねぎらいの言葉を賜る、本当に豪快かつ寛容な人だ。
 やはり人の上に立つ人物は自然とこういった立ち振る舞いが身に着くのだろうか。
 大袈裟に感じるかも知れないが、改めてグレイス大臣の器の大きさに感服する。

「そうそう、早朝ロジェ君が倒れていたから仮眠室に運んでおいたよ。3文字刻みはまだ早かったようだね」

 レヴィンは刃が折れたロングソードを受け渡してくれた。
 残念だけど、今の先輩の魔力マナ総量では足りなかったんだろう。
 でも昨日は2文字刻みを成功させたのだから十分凄いと思う。

「所で、ジャンのヤツは何であんなに固まってんだ?」

 スピカが作業をしているジャン先輩を指さして首を傾げる。
 レヴィンが苦笑しながら説明してくれた。

 どうやら出勤して来た時に工房でレヴィンとグレイス大臣に出会い「レヴィン様、誰ですこのオッサン?」とグレイス大臣を目の前にして言い放ったらしい。
 そして軍務大臣だと説明すると、土下座をして「打ち首だけはご勘弁を!」と叫び泣きだしてしまったとの事だった。

 この話には続きがあって……
 自らの発言から肩身が狭くなって工房に引っ込もうとしたジャン先輩は、室内で死んだように気絶していたロジェ先輩を発見して腰を抜かしたそうだ。
 踏んだり蹴ったりだった訳だ。

 なるほど、それでああなってしまったのか。
 スピカと同レベルだなぁ、度胸は天と地の差がありそうだけど。

「おっちゃん偉い人だったのか?」

「こう見えてワシは偉いのだ! わーっはっは!!」

 僕達は軽い朝食を済ませ、近場の森に赴く準備をする。
 街を出た近くの森で、害獣となるモンスターで、ルーンツーハンドソードの試し斬りをするという。

「では、いきましょうか」

 僕はソリの付いた小型の荷台に剣とスピカを乗せ街の外の森へと出発した。

 正午を越え、日が高く登る。
 街の結界を1歩外へ出ると一気に気温が下がる。
 街と南の港を繋ぐ整備された街道を外れ、溶ける事の無い凍土の森を歩いて行く。
 森を歩く事数分、僕達は巨大な兎型モンスターの群と遭遇した。

「……止まって下さい」

 レヴィンが前方に意識を集中する。

「"雪原巨大ウサギ"の群れか……4匹はいるな」

「……あれは焼いて食うと臭みが少なくて旨いよな」

 スピカが舌なめずりするその先には、全長2メートル以上の巨大ウサギが森の木々を食べていた。
 ネイと王都に向かった時にも何回か遭遇したモンスターだ。

 草食系と言っても森の硬い木々をそのまま食べる鋭い前歯と爪を持ち、捕食しないが人を襲う害獣として冒険者ギルドから討伐依頼が出るモンスターだ。

 僕達は木の陰に隠れ様子を伺う。
 大ウサギは鼻をフンフンとさせて周囲をキョロキョロとせわしなく伺っている。
 類稀なる聴覚と嗅覚を持ち、比較的好戦的なモンスターなので僕らの気配に気付いている様子だ。

「……ではグレイス様、私が最初に行かせて貰いますね」

「うむ。久々にお主の太刀筋を見せて貰うとしようか」

 レヴィンは氷結耐性マントを翻し、颯爽と巨大ウサギに向かって走り出す。
 正直、彼の戦闘を実際に見るのは初めてだ。

 彼に気付いた4匹の巨大ウサギのうち2匹が逃げ出し、残りの2匹がこちらに跳ねて向かって来た。
 レヴィンが前方に走り、ルーンツーハンドソードを両手で構える。
 剣の刃に刻まれた5つのルーン文字が真っ赤に輝く。
 深く青い金属の刃が、まるで激しく熱せられているように全体が真っ赤に染まる。

 レヴィンは大剣を斜め上段に構えモンスターを見据える。
 普段見る事の無い雄々しい姿、あれがA級冒険者の纏う熟練者特有の覇気。

”シゲル”強大なエネルギー”太陽”の象徴。

 彼の持つ剣自体が太陽の如き強いエネルギーの塊に見える。
 レヴィンは両手を大きく振り、横薙ぎで巨大ウサギを斬りつける。

 ……ボォォフゥ!!

 瞬間的に爆風が僕達の周に粉雪を舞い散らせ通り過ぎる。
 まるで空間に赤く輝く切れ目が出来たように見えた瞬間、2匹の大ウサギの体が真横に両断された。
 モンスター特有の紫色の鮮血が凍土を染め上げる。

 一瞬の出来事に唖然とする。
 剣の威力にも驚いたが、それを以上にあの重い武器を完全に使いこなすレヴィンの腕力と剣技に見とれてしまったからだ。
 凄い、凄い威力だ。

 彼は騎士の為、本来軽くて扱いやすい片手剣を着用している。
 しかし、レヴィンの筋力なら重い両手剣も軽々と扱えるようだ。
 レヴィンは改めて剣を構え、刃先を確認している。
 その凛々しい姿は、男の僕でも見惚れてしまうくらいだ。
 僕達は周囲を確認しながらレヴィンの元へ駆けつけた。

「見事な剣技だ。腕を上げたな!」

「ありがとうございます。しかし本当に驚くべきはこの剣です。最大能力を出した時の僕の剣に匹敵する程の威力でしたよ」

 レヴィンは雪で剣を軽く洗い流し持っていた布巾で水分を拭き取る。
 そして、その剣をグレイス大臣に手渡した。
 その後、僕達は逃げ出した巨大ウサギの足跡を追い、再度遭遇する。
 今度はグレイス大臣が大剣を構え戦闘に赴いた。

 そこで僕は驚くべき光景を目にする。
 グレイス大臣はあの重い両手剣を片手で持ち上げ、素早い二連撃で巨大ウサギ2匹を軽々と両断して見せたのだ。
 一瞬だけをも凌駕する本能に突き刺さる殺気を放ったような気がして足が竦んだ。
 巨大ウサギを倒すと、グレイス大臣の鬼気迫るような殺気は完全に消えた。
 そして大剣を眺め満足そうな表情を浮かべていた。

「ラルク君。グレイス様はね、【ドラゴンスレイヤー】の称号を持つ元S+級冒険者なんだ」

 元S+級冒険者。
 冒険者の最高ランク”S”の最高位、人の域を超えた”SS”。
 英雄級の能力を持つ、いわば逸脱者に与えられる称号と聞いた。

 ……そんなに凄い人だったのか。

 大半の貴族は代々、家を継ぐ事で成り立っているイメージだった。
 でもグレイス大臣はその実力で現在の軍務大臣のポジションに収まったと言う訳だ。

「おっちゃん、なかなかやるじゃねーか! 俺様程では無いがな!」

 グレイス大臣の強さを見てもスピカは全くブレ無い感じだ。
 ……ある意味大物だなと思った。

「がっはっは! 現役の時程では無いがな。ラルク君、この剣は最高だ。ありがとう! 我が領土を守る騎士団の武器防具は君に全て依頼する事にするぞ!」

「あ、ありがとうございます!」

 自分が造った剣を面と向かって褒められ、そして「ありがとう」と感謝の言葉を貰う。
 普段何気なく使っている言葉も、上の立場の人から言われると受け取る感覚が違うと改めて実感した。

「良かったね。……しかし、これから大変だぞ」

 レヴィンは何を想像したのか、面白そうにクスクスと笑う。
 それが何を意味するのか今の僕には分からなかった。

 ソリに血抜きした巨大ウサギ1匹分を乗せて帰路につく。
 巨大ウサギは毛皮と食用肉として売買出来る、しかしスピカは自分で食べる気満々のようだった。
 この国は寒冷地の為、食肉の保管が容易なので備蓄量によっては売買金額が安いので、相場によっては食べた方が良いかも知れない。

 道中、不意にグレイス大臣が僕に話しかけて来た。

「ラルク君、この剣に名前を付けては貰えないか?造った人物が銘を付けるモノだからな」

「名前ですか? う~ん……グレイス様の剣?とかですか?」

「ださっ! おっちゃんの剣って、まんまじゃん!」

 間髪入れずにスピカが全否定する。
 グレイス大臣に凄く失礼な発言だっと思うのだが……たしかに安直だったな。

「少し傷付いたが、確かに人名じゃない方が良いのは確かだな」

 剣の名前なんて考えた事も無かった。
 僕が頭を悩ませているとレヴィンが自身の持つ剣の名前を教えてくれた。
 彼の持つ剣はゴーウェン家に代々受け継がれる「ガラディン」と呼ばれる剣らしい。

「おっちゃん、ラルクはセンスが無いから俺様が考えてやるよ! ん~……"クラウソラス"なんてどうだ? 確か古代の書物に出て来る光の剣って意味の言葉だ」

「ほう。光の剣クラウソラスか……悪く無いな」

 グレイス大臣は僕の方に顔を向けその名前で良いかと問いかける。
 特に思い浮かばなかった僕はスピカの命名で問題無いと告げる。

「宜しい! 今日からこの剣は光剣クラウソラスだ!」

 こうして5つのルーン文字の刻まれた両手剣がこの世に生を受けた。
 そして、僕が剣の命名の勉強も並行してしようと心に誓った瞬間でもあった。
 僕に向けてドヤ顔でフフンと鼻をならすスピカに少しだけ嫉妬を覚える。
 次こそは5文字以上刻んだ剣を自分で命名しよう!

 王都へ帰還した僕達は解体屋にモンスターを預け、工房へと帰還する。
 そしてグレイス大臣とレヴィンは、僕達に再度お礼を言い工房を後にしていった。
 ・
 ・
 ・

 ――数日後。

 工房に1枚の書状が届けられた。
 それを見た僕はレヴィンの言葉を思い出していた。
「良かったね。……しかし、これから大変だぞ」
 そう言ってクスクスと笑っていたのは、書状に書かれた内容の事を苦笑していたのだと理解する。
 家紋の封蝋で閉じられた書状はグレイス大臣から僕に届いた物だった。

 ……その内容は驚くべきモノだった。
 グレイス大臣が管理する領地を守る騎士隊4000名分の武器防具の作製依頼だった。
 武器と防具に指定のルーン3文字を刻んで欲しいという内容だ。
 定期的に素体となる武器と防具を送るから宜しくね!と非常に軽く書いてあった。
 これは……断れないんだろうな。

 その後、数日間の出張から帰ったセロ社長が工房に訪ねて来て事情を聞いて来た。
 何でも社長の元にグレイス大臣の書状と1000人分の武器防具が届き、大倉庫に保管してあると話していた。
 僕は秘密にしていた5文字刻みの事も含め、包み隠さずセロ社長に報告した。

「そうか、そんな事があったとは……」

 剣自体はグレイス大臣が持って行かれたので見せる事はできなかった。
 1000万ゴールドはこの店の金庫に保管してある事も報告した。
 軍務大臣とはいえ、高額の依頼を僕が勝手に受けた事を注意されると覚悟した。

「素晴らしい! 超大口契約じゃないか! この話は国全体に広がるぞ! 君の周りには強い私兵を付けなければね。命を狙われかねない」

 しかし、セロ社長の反応は意外なモノだった。
 命を狙われるって、大袈裟じゃないだろうか……。

「は、はぁ……取り敢えず僕は明日から作り始めれば宜しいでしょうか?」

「ああ、もちろんだとも! ただし、休みはキチンと取るんだよ? 納期は特に記載されて無いからね。しかし、これは凄い事だよ? グレイス大臣が採用した武具となれば、他の貴族達も注目するからね。これは大事業になりますよ!!」

 終始興奮気味のセロ社長は、早速グレイス大臣の元に挨拶返しへと向かって行った。
 僕も期待に応えたい気持ちと今後の製造計画を考え、頭が痛いやらと様々な思いが渦巻いていた。
 でも、やはり自分が認められた事が嬉しかった。

 この日よりタクティカ国では国を動かす程の大事業が始まろうとしていた。
 そして翌日から、ルーン工房1号店の近くに素体在庫保管用の大型倉庫の建造が始まった。
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