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ティンダロス国編

061話 戦争終結

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◇◇◇◇◆◇


目の前に対峙する侍の猛攻撃を辛うじて回避する。
天帝に擬態する事で魔人の時に使えていた特殊技能スキルは一時的に使用不可もしくは制限・弱体化が生じる。
それは時に戦況を有利に運ぶ事もある、しかし今回は完全に不利な状況になっている。

このミッションの全容はアビス国へ降伏まがいの宣戦布告をしたティンダロス国に対して、猟犬により内々に被害を受けたタクティカ国とタロス国の二ヶ国とピトゥリア国内領に独立して存在する妖精種エルフの街アルフヘイムの連合軍が報復戦争を起こし、そこに漁夫の利を狙ったホウシェン国が大攻勢を仕掛け征服するというシナリオだ。

最初に攻め入った二ヶ国とアルフヘイム部隊はラルクを見つけるまでの陽動部隊で、民間人には一切攻撃をしない事が前提条件として条約が結ばれている。
あくまでも侵略を目的としたもので無い事を弁明出来るようにとの事らしい。

ラルクを探す手立てを持つネイがワイバーンに騎乗し、都市上空を旋回し反応を探る。
当初アビス国の切り札としてラルクは王城地下に厳重に幽閉されていると予想されていたが、運よく貴族の家で発見し閃光弾にて知らせ全陽動部隊は撤退。
本来の目的のラルクの身柄確保をアビス国の魔人3柱が秘密裏に達成する。
そして俺様が天帝の姿でティンダロス国の王を討ち、戦争が終結する予定だった・・・

「ハァハァ・・・」

鼓動が高まり激しく息が切れる。
魔人の肉体から人間種ヒューマンに擬態した事で起こる弊害をまざまざと感じる。

いくら強くても所詮人間種ヒューマンの肉体。
回復力の高い魔人の肉体と比べると、大幅に弱体化していると言える。

その為か、ピンク髪の猛烈な剣撃で一方的な防戦を強いられる。
デウスの【魅了の魔眼】で肉体的リミッターが外れている為、総合的身体能力が桁外れに上昇しているのも原因の1つだろう。

でもって、あの野郎は真っ黒ライオンと高みの見物を決め込んでやがる。
あの余裕の表情が非常にムカツクぜ。

注意すべきはピンク髪の右手に握られているあの刀だ。
刃の軌跡に花弁が舞い散るあの刀、あれの威力だけは桁違いだ。

――【乱れ桜吹雪みだれさくらふぶき
ピンク髪が自慢していたが、神話の時代から残る伝説の武器だけの事はある。

ガキを喰らった時に奪った長刀【祢々切丸ねねきりまる】が綻び始めているのに、ヤツの刀は全く刃毀れしてない。
この世界に稀に存在する"不滅"の武器の類だろう。
"対武器同士"であるなら長期戦は不利だ。

「さて・・・アル・ゼ、いや今は天帝 玉応龍也ぎょくおうりゅうやでしたね。まずは貴女の首を落し、生贄として猟犬を召喚するとしましょう。」

魔人デウスが巨大な槍を上方に翳すと討たれたホウシェン国の将軍の亡骸が崩れ、黒い汚泥のような形容しがたい流動体に変化し「ズズズズ・・・」という地の底から響くような重低音を響かせ四足動物を形取り、やがて黒い猟犬が1匹生まれる。

「う、うわぁぁぁ・・!!」
「か、体が・・・っ!?」

部屋に避難していたティンダロス国の貴族の数人が頭を抱えて叫び出した。
生きた生物も生贄の素材として活用するのか、デウスらしいぜ。

「な、なんだ!?宰相殿!!これは!?」

「今、苦しんでいるのは無能な者と他国に内通している者です。丁度良い機会ですので、この国の礎となって貰いましょう。」

「ひぃっ!!」冷徹な視線と邪悪な笑みを浮かべた魔人デウスの表情を見た側近の貴族が腰を抜かして尻もちをついた。
苦しみの悲鳴を上げていた連中が人の姿を強制的に失い、更に2匹の猟犬が召喚された。
魔人デウスは3匹の猟犬を【魅了の魔眼】で支配し強化する。

デウスと強化された猟犬3匹にリミッターが狂ったピンク髪。
俺様はアビス国の命令で魔人の姿に戻る事は禁じられている。
・・・これは万事休すか。

周囲を警戒しつつピンク髪を睨んでいる時、入口の扉が派手な音を立てて吹き飛んだ。
なんだ!新手かっ!?

「先輩、またせたでござるな!」

そこには返り血の付着した白装束を纏い、灼熱色の長髪に般若の面を被ったレオが通常の2倍は厚みのある刀を持ち立っていた。

なんだ変な語尾をつけやがって馬鹿が。

「レ・・・獅子心ししみ!」

「外の連中はあらかた片付けた。捕虜と死体は猟犬の素材にされんように部下に指示して外に運び出したから安心してくれ・・・じゃない。安心するでござる!」

珍しく気の利く対応が出来てるじゃないかと少し関心する。
ただ、捕虜の中に猟犬を召喚出来る者が居なければ良いけどな。

「新手ですか・・・うん?お前・・・フフッ。」

デウスの顔は見る事が出来ないが独り言のように呟いた声が聞こえた。
どうやらレオの変装に気付いたようだな。

まぁ、この程度の変装ではヤツは欺けないだろう。
俺様とレオの2人掛かりでも相手側の戦力を考えると、ちょいキツイかも知れねぇな。

「桜はデウスの支配下か。じゃがワンコロと桜を引き受ける。先輩はデウスを討ってくれ。」

「おいおい、お前に抑えられんのか?」

レオは地面を強く蹴って一瞬でピンク髪の間合いに侵入した。
前衛系が得意とする特殊技能スキル縮地しゅくち】。

レオの分厚い刀が振り下ろされ、それをピンク髪が二刀流で受ける。
ギンッ!という重い音と共にピンク髪の足元の地面がヒビ割れ陥没する。
その瞬間、レオの背後から黒い影のようなモノが飛び出し、ピンク髪の地面に伸びた影に刀を突きさす。

「少しじっとしててね、桜!」

ピンク脳か!!
レオの背後に隠れるように見事に気配を消していたようだ。

「成功したな!流石だ!!」

隙を突いたピンク脳の特殊技能スキル【影縫い】がピンク髪に直撃し完全に動きを封じる事に成功したようだ。
虚を突かれたピンク髪は完全に動きを封じられ刀を受けた姿勢で硬直する。

レオはピンク髪に脇目もふらず向かって来る猟犬3匹に攻撃を仕掛けた。
そして特殊技能スキル【挑発】でヘイトを自分に向け、【殺意の覇気】で動きを鈍らせた。
猟犬は天敵に睨まれた小動物のように「グルルル」と喉を鳴らし、鋭い眼付きで威嚇しながら動きが止まる。
完全脳筋のレオに対して、精神獣スピリットビーストの猟犬共は生物的本能が危険を察知しているようだ。

今がチャンスだ!

俺様はデウスの方へ走り刀を振るう。
視線は常に両手と両脚のみを追い、動きの先を読む。

ギギンッ!

デウスの槍と俺様の刀が接触し互いに衝撃が走る。
ヤツの所持している槍は俺様の刀の1.2倍は長い、しかし間合いの中に入ってしまえば余裕で無効化出来る。

「クッ!」

そもそもデウスは強力な精神干渉能力と全体的にバランスの取れたタイプの魔人、故に卓越して秀でた肉体能力を持ち合わせてない。
対近接戦闘において、この天帝の体は有利に働く。

「終わりだ、デウス!」

俺様は連撃を加えデウスとの距離を詰めて行く、ヤツは後退しながらそれを辛うじて防ぐ。
完全に形勢逆転したと感じた・・・その時、俺様の背中に重い斬撃と同時に激痛が走る。

猟犬かっ!?
いや違う・・・真っ黒ライオンか!!

国王を名乗る雄々しい黒獅子が鋭い爪で俺様の背中を斬り裂いていた。
その目は明らかに正気を失い、明らかにデウスに魅了されている。
ヤツにとっては国王ですら使い捨ての傀儡に過ぎないという訳だ。

痛てぇが・・・浅い!!

「レオ!!」

俺様は叫ぶと同時に体を捩り、回転すると同時に強烈な横薙ぎで国王の首を跳ねた。

「ああああっ!?」
「国王様っ!!」

周囲の貴族達の叫んだ声が聞こえた。

デウスからの反撃は無い。
何故ならヤツの腹部はレオの刀が背後から深々と突き刺さって貫通していたからだ。

「がはっ!?こっの裏切者がっ・・・!」

「今の俺はホウシェン国に所属する獅子心ししみだ。昔のよしみで命まで取るつもりは無いが、この国は諦めるんだな。」

レオは刺さった刀を引き抜くとデウスは腹部を押さえ、その場に蹲る。
心臓が無事なのか生きてはいるが致命傷で動けないようだ。

その後、駆け付けた生き残りの将軍達と侍達により王妃と貴族連中、そして深手を負ったデウスが捕虜として連行された。
そして表向きにはティンダロス国は崩壊し、地図上でホウシェン国の領土へとなった。


――――こうして秘密裏に行われたアビス国のラルク奪還計画は幕を閉じた。







◇◇◆◇◇◇


報復戦争から3日後、僕はユンゲル国王への報告書を書き終えグレイス軍務大臣の屋敷に招かれていた。

タクティカ国の被害は死傷者無し、負傷者100名程度と優秀な実績だったと自負している。
実際の所、セロ商会のルーン技師の皆に依頼し作成した特殊装備を身に着けた少数精鋭の対猟犬部隊の功績が大きい。

「以上が報告となります。負傷者も魔導士団の回復魔法により職場復帰し通常業務に戻っております。」

「そうか、御苦労だったな!軍を他国に送っている隙を突いて攻め入って来る不届き者もおらんかったしな。がっはっは!」

グレイス軍務大臣は不穏な事を言いながら豪快に笑う。
仮にそのような侵略軍が来訪したとしても、グレイス大臣個人と残った精鋭部隊で余裕で制圧出来るだろう。
それ故か、心なしに残念そうな表情さえ伺える。

一呼吸置いて、グレイス軍務大臣は神妙な表情に変わる。

「先日ホウシェン国から事後報告が届いてな、ティンダロス国の宰相・・・デウスとか言ったか?その者が搬送中に逃亡したらしい。」

アビス国の使者、魔人マーモが話していた元アビス国の七大魔人の一柱。思想の相違から袂を分かち、ティンダロス国に亡命し1年で宰相の地位に着いたと・・・。

「一連の騒動の黒幕と言う噂はアビス国の使者より聞いています。しかし魔族の情報を全て鵜呑みにするというのは心情的に憚れます。」

「アビス国と魔人デウスが裏で繋がっていて逃がしたと考えているのか?」

「いえ、そうとは言い切れませんが・・・。あまりにもアビス国の作戦通りに事が運んだので裏があるのではないかと勘繰ってしまいます。」

種族間の意識の問題だろうか。
幼少期より学んできた歴史の中で、魔族は常に害のある存在だった。

「ワシは直接話した訳では無いが、私欲に塗れた貴族よりは誠実な印象だったがな。」

グレイス軍務大臣の魔人に対する印象は間違ってはいない。
同じ言葉を介し意思疎通を行ったことで僕が感じた事は、彼らがラルクを大切に思いそして救いたいと心から願っていた事だけは事実だと思う。

しかしそう感じたからこそ、ラルクという存在がアビス国にとってどういう意味を持つのか。
僕はその疑問の答えを想像すら出来ないでいた。
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