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魔法学園編
052話 隷属の印、発動
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◇◇◆◇◇◇
こんな屈辱感を味わったのは生まれて初めてだ。
名門ゲッダ家の長男として生まれ、幼い頃より英才教育を受け、この魔法学園に主席で入学し、四賢者筆頭のアーネン先生のクラスで学科・実技共に常にトップのこの僕が……前座という役割を演じさせられただと!?
尊敬する先生に他意は無い、そんな事は百も承知だ。
最優秀生徒の僕は生徒代表として魔力総量測定に選出され、同世代との格の違いを見せつけた。
皆の反応は素直に僕を賞賛する歓声だった。
先生の御息女であられるクーヤ先生はこの国でも最高位のS+級冒険者で”爆雷の女神”と呼ばれる有名な御方で、四賢者の称号を持つ先生と同様、若輩者で生徒風情の僕が勝てなくて当然だ。
……しかし、あのポッと出の平民の男は何だ!?
”特別生待遇”だと!?そんな前例の無い待遇、聞いた事がない。
しかも噂ではアーネン先生直々に頼み込んで、1年間限定で入学をねじ込んだという話だ。
これは未確認の噂だが、クーヤ先生とはユーイン家公認で結婚を前提につきあっており、あの男と一緒にいる為に非常勤講師になったと言う。
そんな噂はデマだ、くだらん!
しかも喋る黒猫を2匹も使い魔として操り、6属性を扱える天才で、更に測定できない程の魔力を保有しているだと?馬鹿も休み休みに言えと叫びたい。
魔導具を粉々にした瞬間、男子生徒共は圧倒的な強者に向けるような崇拝する眼差しを向け、女生徒達も1品物の最高級アクセサリを見つけて品定めしているような熱視線を送っているように見えた。
いままでそのポジションにいたのは僕だ!
「…気に喰わない」
”はっきり言って魔法の扱いが得意ではありません。ゼロから学ぶつもりで頑張ります”
……だと!?
あれだけの情報を開示されて尚も自分が格下であるかのような言い方をするなど、完全に我々生徒を馬鹿にしているとしか思えない。
表向きは謙遜して実力を隠し、裏で他の生徒を見下しているに違いない。
……所詮は平民の出自、あの男は何か裏がある!
その澄ました顔の下に隠すペルソナを剥ぎ取り、陰謀渦巻くドス黒い本性を暴いてやる!!
◇◇◇◇◆◇
「おいおい、本当に行くのか? 先輩」
「禁書庫って面白そうじゃねぇか……お前はラルクをちゃんと守っとけよ? あの緑眼鏡はかなり危険なヤツだからな、あいつ俺様の魔力を看破しやがった。正体までは分からなかったようだがな」
どんな特殊才能か特殊技能を使ったかは分からないが、【ステータス開示】とは違う別の力で俺様の能力を見抜かれた感覚があった。
それに魔導具が白く輝いていたって事は、俺様と同程度の魔力保有量がある。
ラルクは神約により魔力だけは規格外だが、その扱いはほとんどできていない。
しかし、普通のヤツなら魔力総量と扱える魔法はほぼイコールのはずだ。
すなわち、あの緑眼鏡は俺様と同様に極大攻撃魔法を扱える存在に違いない。
……当然、ヤツも同じ憶測をして俺様に興味を持ったのだろう。
「……まじか!? 俺も疑われてんのか?」
「ただの猫とは思って無いだろうが俺様よりは怪しまれてはねぇよ。とにかくラルクから離れんなよ? あの緑眼鏡は危険だ」
緑眼鏡は立場上、ラルクを解剖したり研究材料としたりは出来ないだろう。
だが色香で篭絡してって言うのは無いとは言い切れない。
……まだ娘の緑髪の方が純粋な分許容できる、許可はしないがな。
1年待てば堂々と禁書庫に入る事ができるだろうが、恐らく緑眼鏡の監視か下のもと必要外の書類の閲覧はさせて貰えないだろう。
俺様が知りたいのは伝説の時代に封印されたと言われる禁術の数々、そして現代では扱える者のいない”無属性の極大攻撃魔法”。
かつて神話の時代、魔導を極めたこの国の王女が使っていたと伝わる代物。
王が玉座の座るのが現実味を帯びてきた今、俺様もより強くなる必要がある。
その極大攻撃魔法を習得し、王の右腕としての地位を確立するのが今の俺様の目標だ。
「大図書館の地下とか言ってたな? 取り敢えず、何事も無ければ夜には戻る。ラルクの事、頼んだぞ!」
「おう! 任されたぜ!」
俺様はこの学園の敷地内にあるという大図書館を探しに男子寮の部屋を飛び出した。
◆◇◇◇◇◇
初日の授業は見学に近いものだった。
なんせ基礎ができてない人間が1年と2ヶ月遅れで入学したのだ、正直座学の授業自体10パーセント程度しか理解できなかった。
基本的な授業の流れは午前中が座学、午後から実践といった形式のようだ。
唯一、人並みに活躍できたのが5限目の”体術の基礎 実技”だけだった。
ユーティアさん達と行った対複数人戦闘に慣れていたおかげで大抵の動きには対応できる身体能力になっていた。
そして終業後、遅れている僕だけ”個人指導”という名の補習が待っていた。
魔法の基礎から応用までみっちりと5時間。
授業後というのはキツいが、アーネン先生の補習は的確な教え方で非常に分かり易かった。
食堂での補習が終わり、アーネン先生は研究室へと戻って行った。
流石に疲れた……座学で頭を使い過ぎた。
僕は机に突っ伏して、心地良い冷たさを頬に感じながら休憩をしていた。
「どう、この学園は?」
不意に目の前に温かい飲物を置かれ、その手を這うように視線を持ち上げた。
慈愛に満ちた表情で僕を見つめるクーヤの姿が視界に写った。
ああ、見知らぬ土地で知り合いと顔合わせるというのが、こんなにも安堵するものなのか。
……と言っても、たかだか5時間ぶりなんだけど。
「久々に頭を使ったので疲れた……。でも、補習で教わった回復魔法に関する講義は面白かったな。」
「ああ、母上が1番最初に教えるヤツだね。あの話を聞くと回復魔法を拒否したくなるよね。」
クーヤが僕の感じた感想と同じ事を言った。
アーネンさんの話は、回復魔法を使用すると肉体にどんな変化が起きるか?と言う疑問を解説したものだ。
内容は魔力を消費して細胞分裂を促進し、傷口を塞ぐというのが回復魔法の実態で、ここからが恐い話なのだが、どんな種族でも細胞分裂回数には限界があるそうだ。
端的に言うと、その限界を迎えると細胞が壊れ始め最終的に肉体が崩壊するという話だ。
そう、回復魔法とは傷を癒すと同時に老化を促進し死を早める術らしい。
この話には大怪我をするような弱い冒険者になるなっていう教訓が込められているようだ。
「もう2年分くらい寿命を削ったかも」
今までの経験を思い出し、単純計算をして不安を覚える。
僕は更に机にべったりと張り付き根が生えそうなくらい蕩ける。
このまま眠ると気持ちが良さそうだな……。
「フフッ、考え過ぎると良く無いよ。ほら、もう目が眠そうだし部屋に戻って寝ると良いよ」
確かにもう限界だ……眠い。
僕は食堂でクーヤと別れ、自室に戻りベッドへと倒れ込んだ。
今日学んだ事を少し復習をしたかったが、柔らかなベッドの誘惑に負けて、そのまま深い眠りへと落ちてしまった。
・
・
・
翌日からも似たようなスケジュールで授業が進み、座学に四苦八苦しながら喰らい付く。
午後からは比較的得意な実技研修、ただし剣技に限る。
……はい、魔法はからっきし駄目だ。
そして放課後は食堂でアーネン先生直々に5時間の補習。
――こうして、ほぼ同じような日々が約2週間続いた。
僕は一応、火、水、風、土、光、闇属性の初期魔法を習得した。
ペースが遅いとはいえ、順調に少しずつ前へと進んでいると思う。
能力に関しては上達しているが、問題は人間関係の方だ。
残念な事に友人と呼べる人物は未だに出来る事がなかった。
教室の中で他の生徒と明らかな距離感を感じる。
相手から話しかけて来る事は無いし、こちらから話しかけても適当な理由で避けられるというような事態で、知り合いという立場にすらなれない感じだ。
結局クーヤと2人でいる時間が増え、なぜか僕が彼女の婚約者だという噂まで流れる始末。
思い返して見ると故郷でも、こうしてビクトリアとだけ過ごしていたような気がする。
初等部と中等部の時は他の友人なんて気にならなかったのに、何故だろう。
セロ商会を通じて仲の良い人々が増えたから、精神的に人との関わりを求めてしまうような欲張りになってしまったのかも知れない。
うーん、友人ってどうやって作るんだっけ?
何気無い話から、食事を共にするようになり休日に遊んだりする。
そんな感じで良いんだよな?
意識して交友関係を考えると、いまいち明確な手順が思い出せない。
「どうしたのラルク君、ぼーっとして。今日の補習授業は実技研修するので、校庭の訓練場へ行きましょう」
不毛な考え事をしていた僕にアーネン先生が補習内容を話した。
座学による知識の向上と先生の目視による肉体的、精神的な成長を鑑み次のステージへ進むと言われた。
以前話していた僕の中にある「結界のようなもの」に直接干渉をするという話だ。
僕達が校庭の訓練場へ向かうと、大勢の生徒達が先だって使用しており、アーネン先生が現れた事により騒めきが起き、周囲を取り囲むように生徒達が集まって来た。
訓練場を使用していた生徒達は、先生の指示を聞き1ヶ所場所を開けて貰った。
生徒達が何事かと見守る中、体内の結界への干渉が始まった。
イスに座らされた僕は瞑想をするように言われ、目を瞑り無意識を心がけた。
アーネン先生の両手が僕の肩に置かれ、魔力が両肩から広がるように全身を巡り始めた。
温かい血液がゆっくりと全身に広がるような感覚を覚える。
心地良い感覚が指先まで到達し、完全に全身を包んだ瞬間、心臓が「ドクン!」と大きく高鳴った。
続いて鎖骨の辺りから全身を劈くような激痛が瞬時に広がった。
「ぐ、があぁぁぁぁああぁぁああああ!」
僕は感じた事の無い激しい痛みに叫ばずにはいられなかった。
その激痛は僕の体内の魔力を媒介し、黒い巨刃として顕現した。
具現化した歪な巨刃は僕の全身を食い破るように体の内部から飛び出した。
アーネン先生は密着していた両手と前半身を貫かれ、「くっ!」と小さな声を上げた。
僕の視界は赤黒い液体のカーテンで覆われ、周囲から生徒の悲鳴が響き渡った。
「あ、ああ……」
熱く塩分の強い鉄の味が口に広がり、声帯の痛みから声が出せない。
数秒の後、僕を貫いた黒い巨刃は塵となって舞い上がり、次に全身を悪寒が包んだ。
そばにいたレオニスが眼を見開いて何かを叫んでいる。
タクティカ国で感じた全身を駆け巡る寒さに耐え切れず、僕は意識を失った。
◇◇◆◇◇◇
僕は目の前で起きた光景に唖然として、口を閉じるのを忘れ惚けていた。
いったい何が起きたんだ!?
邪悪な邪神像のように変質した特別生を目の前に、動く事ができなかった。
――数分前
僕はその日、授業後の日課にしている自主トレーニングを訓練場で行っていると、アーネン先生と特別生が現れた。
あの男はいつも食堂で座学の補習を受けていたはず。
今日は訓練場で何かをするのか?
少し興味が湧いた僕は、額の汗を拭いながら先生達を囲う人集りに足を向けた。
そこで目にしたものは、今までに見た事の無いような現象だった。
先生が特別生の背後から手を触れ、魔力を流し込んだように見えた。
……あれは、何をしているんだろう?
周囲の生徒達と共に、その謎の儀式を眺めていると彼の鎖骨の辺りから黒い「根」のような物が一瞬で全身に脈打つように張り巡り、それが歪に尖り湾曲した刃となり、特別生の全身の皮を破り飛び出した。
「ぐ、があぁぁぁぁああぁぁああああ!」
特別生が悲痛な叫びを上げ、全身を痙攣させる。
一瞬で彼の全身は噴き出した血液で赤く染まり、座っているイスの周囲を血溜まりが広がった。
黒い刃が無数に飛び出し血塗られたオブジェのようなシルエットは不気味な邪神のように見えた。
まるで先生が特別生を殺したのかと錯覚するような光景に、生徒達から悲鳴が上がる。
「おい! あるじ! 大丈夫か!? ……てめぇ! 何しやがった!!」
使い魔が巨刃を避けるように特別生の肩に乗り、尻尾を逆立てて先生に向かって叫んだ。
アーネン先生は両手と前半身を黒い刃に貫かれ、驚いた表情を浮かべていた。
――刹那、突き出ていた黒い刃が塵となって舞い上がり消滅した。
先生に付いた刺し傷は瞬時に修復し、そこに傷があった事さえ幻だったかのように完治した。
あれは先生の持つ特殊技能だ。
「まだ息がある! 誰か、治癒を手伝って!!」
アーネン先生がそう叫ぶと、数人の生徒が柵を飛び越え特別生の元へと向かったのが見えた。
一瞬迷った。
ここ2週間、足がつかないよう同期生を誘導し、特別生が孤立するように立ち回って来た。
特別生がこのまま死ねば、また僕が注目されていた世界が蘇るかも知れない。
そうだ、それが良い、そうあるべきだ!
それに…あの傷だ、たぶん助かりはしない。
先生と4人の女子生徒と6人の男子生徒が必死に回復魔法をかけ、全身が裂けた特別生の治癒を試みている。
しかし、呪いの類なのか、アーネン先生の強力な回復魔法をもってしても傷の治りが遅いように見えた。
それを見て「死ねばいい」という考えとは別に、自分の根幹にある正義感が僕の中でせめぎ合う。
今までの人生で迷う事など1つも無かった……
なんなんだ、この低レベルな葛藤は!僕は馬鹿か!!
知らず知らずのうちに僕は特別生の元に駆け出していた。
「手伝います!!」
回復魔法は僕の得意魔法の1つだ。
四賢者の先生にだって引けは取らない!!
良く見ると使い魔の猫も特別生の足元で回復魔法を使用していた。
この特別生も、こんな状態で小さく呼吸をして生きているという異常な状態だが、この使い魔もやはり異質な存在だ。
その後、保険医や他の教員も駆け付け総勢100名に及ぶ人員で治癒を続けた。
保健室に運んで約1時間、入れ替わり立ち代わり回復魔法を使用し、やがて傷が完全に塞がった。
その後アーネン先生は僕ともう1人、同じクラスの”デイジー”を残し、他の教員と生徒を退出させた。
何故、僕とデイジーが残されたかは分からない。
自分が選ばれた意味だけを考え、そして答えを導き出す事は出来なかった。
しかし、先生が僕を選んでくれた事が嬉しかった。
「他言無用でお願いする。ラルク君を襲った事象の原因はこれよ」
アーネン先生は神妙な面持ちで特別生に掛けられたシーツの上部を少し捲った。
特別生の鎖骨部分に小さな魔法陣のような物が刻まれていた。
その印は丸い円の中に見た事の無い古代文字のような物が記され、脈動しているように見えた。
「これは、何の印ですか?」
僕はその禍々しい気配のする魔法陣を見て身震いし、恐る恐る聞いてみた。
その時、今まで喋る事の無かった同期生のデイジーが口を開いた。
「……隷属の印。初めて見た」
隷属の印……?
何だそれは、初めて耳にする言葉だ。
「そうね、これは古代の呪術。印を結んだ相手を奴隷として縛る呪いよ。彼は誰かに生殺与奪の権限を握られている」
先生が神妙な表情でそう言うと、全員の視線が一斉に特別生に向けられた。
使い魔の黒猫は特に何も喋る事無く、特別生の頬をチロチロとなめていた。
アーネン先生は再度皆に口止めをすると、その場は解散となった。
今日起きた惨事は多数の生徒が目撃している。
広いとはいえ、数日もあれば噂は学園全体に広がるだろう。
特別生の事は気に喰わないが、今回の件で興味とは違う何かが僕の心の奥に生まれた。
こんな屈辱感を味わったのは生まれて初めてだ。
名門ゲッダ家の長男として生まれ、幼い頃より英才教育を受け、この魔法学園に主席で入学し、四賢者筆頭のアーネン先生のクラスで学科・実技共に常にトップのこの僕が……前座という役割を演じさせられただと!?
尊敬する先生に他意は無い、そんな事は百も承知だ。
最優秀生徒の僕は生徒代表として魔力総量測定に選出され、同世代との格の違いを見せつけた。
皆の反応は素直に僕を賞賛する歓声だった。
先生の御息女であられるクーヤ先生はこの国でも最高位のS+級冒険者で”爆雷の女神”と呼ばれる有名な御方で、四賢者の称号を持つ先生と同様、若輩者で生徒風情の僕が勝てなくて当然だ。
……しかし、あのポッと出の平民の男は何だ!?
”特別生待遇”だと!?そんな前例の無い待遇、聞いた事がない。
しかも噂ではアーネン先生直々に頼み込んで、1年間限定で入学をねじ込んだという話だ。
これは未確認の噂だが、クーヤ先生とはユーイン家公認で結婚を前提につきあっており、あの男と一緒にいる為に非常勤講師になったと言う。
そんな噂はデマだ、くだらん!
しかも喋る黒猫を2匹も使い魔として操り、6属性を扱える天才で、更に測定できない程の魔力を保有しているだと?馬鹿も休み休みに言えと叫びたい。
魔導具を粉々にした瞬間、男子生徒共は圧倒的な強者に向けるような崇拝する眼差しを向け、女生徒達も1品物の最高級アクセサリを見つけて品定めしているような熱視線を送っているように見えた。
いままでそのポジションにいたのは僕だ!
「…気に喰わない」
”はっきり言って魔法の扱いが得意ではありません。ゼロから学ぶつもりで頑張ります”
……だと!?
あれだけの情報を開示されて尚も自分が格下であるかのような言い方をするなど、完全に我々生徒を馬鹿にしているとしか思えない。
表向きは謙遜して実力を隠し、裏で他の生徒を見下しているに違いない。
……所詮は平民の出自、あの男は何か裏がある!
その澄ました顔の下に隠すペルソナを剥ぎ取り、陰謀渦巻くドス黒い本性を暴いてやる!!
◇◇◇◇◆◇
「おいおい、本当に行くのか? 先輩」
「禁書庫って面白そうじゃねぇか……お前はラルクをちゃんと守っとけよ? あの緑眼鏡はかなり危険なヤツだからな、あいつ俺様の魔力を看破しやがった。正体までは分からなかったようだがな」
どんな特殊才能か特殊技能を使ったかは分からないが、【ステータス開示】とは違う別の力で俺様の能力を見抜かれた感覚があった。
それに魔導具が白く輝いていたって事は、俺様と同程度の魔力保有量がある。
ラルクは神約により魔力だけは規格外だが、その扱いはほとんどできていない。
しかし、普通のヤツなら魔力総量と扱える魔法はほぼイコールのはずだ。
すなわち、あの緑眼鏡は俺様と同様に極大攻撃魔法を扱える存在に違いない。
……当然、ヤツも同じ憶測をして俺様に興味を持ったのだろう。
「……まじか!? 俺も疑われてんのか?」
「ただの猫とは思って無いだろうが俺様よりは怪しまれてはねぇよ。とにかくラルクから離れんなよ? あの緑眼鏡は危険だ」
緑眼鏡は立場上、ラルクを解剖したり研究材料としたりは出来ないだろう。
だが色香で篭絡してって言うのは無いとは言い切れない。
……まだ娘の緑髪の方が純粋な分許容できる、許可はしないがな。
1年待てば堂々と禁書庫に入る事ができるだろうが、恐らく緑眼鏡の監視か下のもと必要外の書類の閲覧はさせて貰えないだろう。
俺様が知りたいのは伝説の時代に封印されたと言われる禁術の数々、そして現代では扱える者のいない”無属性の極大攻撃魔法”。
かつて神話の時代、魔導を極めたこの国の王女が使っていたと伝わる代物。
王が玉座の座るのが現実味を帯びてきた今、俺様もより強くなる必要がある。
その極大攻撃魔法を習得し、王の右腕としての地位を確立するのが今の俺様の目標だ。
「大図書館の地下とか言ってたな? 取り敢えず、何事も無ければ夜には戻る。ラルクの事、頼んだぞ!」
「おう! 任されたぜ!」
俺様はこの学園の敷地内にあるという大図書館を探しに男子寮の部屋を飛び出した。
◆◇◇◇◇◇
初日の授業は見学に近いものだった。
なんせ基礎ができてない人間が1年と2ヶ月遅れで入学したのだ、正直座学の授業自体10パーセント程度しか理解できなかった。
基本的な授業の流れは午前中が座学、午後から実践といった形式のようだ。
唯一、人並みに活躍できたのが5限目の”体術の基礎 実技”だけだった。
ユーティアさん達と行った対複数人戦闘に慣れていたおかげで大抵の動きには対応できる身体能力になっていた。
そして終業後、遅れている僕だけ”個人指導”という名の補習が待っていた。
魔法の基礎から応用までみっちりと5時間。
授業後というのはキツいが、アーネン先生の補習は的確な教え方で非常に分かり易かった。
食堂での補習が終わり、アーネン先生は研究室へと戻って行った。
流石に疲れた……座学で頭を使い過ぎた。
僕は机に突っ伏して、心地良い冷たさを頬に感じながら休憩をしていた。
「どう、この学園は?」
不意に目の前に温かい飲物を置かれ、その手を這うように視線を持ち上げた。
慈愛に満ちた表情で僕を見つめるクーヤの姿が視界に写った。
ああ、見知らぬ土地で知り合いと顔合わせるというのが、こんなにも安堵するものなのか。
……と言っても、たかだか5時間ぶりなんだけど。
「久々に頭を使ったので疲れた……。でも、補習で教わった回復魔法に関する講義は面白かったな。」
「ああ、母上が1番最初に教えるヤツだね。あの話を聞くと回復魔法を拒否したくなるよね。」
クーヤが僕の感じた感想と同じ事を言った。
アーネンさんの話は、回復魔法を使用すると肉体にどんな変化が起きるか?と言う疑問を解説したものだ。
内容は魔力を消費して細胞分裂を促進し、傷口を塞ぐというのが回復魔法の実態で、ここからが恐い話なのだが、どんな種族でも細胞分裂回数には限界があるそうだ。
端的に言うと、その限界を迎えると細胞が壊れ始め最終的に肉体が崩壊するという話だ。
そう、回復魔法とは傷を癒すと同時に老化を促進し死を早める術らしい。
この話には大怪我をするような弱い冒険者になるなっていう教訓が込められているようだ。
「もう2年分くらい寿命を削ったかも」
今までの経験を思い出し、単純計算をして不安を覚える。
僕は更に机にべったりと張り付き根が生えそうなくらい蕩ける。
このまま眠ると気持ちが良さそうだな……。
「フフッ、考え過ぎると良く無いよ。ほら、もう目が眠そうだし部屋に戻って寝ると良いよ」
確かにもう限界だ……眠い。
僕は食堂でクーヤと別れ、自室に戻りベッドへと倒れ込んだ。
今日学んだ事を少し復習をしたかったが、柔らかなベッドの誘惑に負けて、そのまま深い眠りへと落ちてしまった。
・
・
・
翌日からも似たようなスケジュールで授業が進み、座学に四苦八苦しながら喰らい付く。
午後からは比較的得意な実技研修、ただし剣技に限る。
……はい、魔法はからっきし駄目だ。
そして放課後は食堂でアーネン先生直々に5時間の補習。
――こうして、ほぼ同じような日々が約2週間続いた。
僕は一応、火、水、風、土、光、闇属性の初期魔法を習得した。
ペースが遅いとはいえ、順調に少しずつ前へと進んでいると思う。
能力に関しては上達しているが、問題は人間関係の方だ。
残念な事に友人と呼べる人物は未だに出来る事がなかった。
教室の中で他の生徒と明らかな距離感を感じる。
相手から話しかけて来る事は無いし、こちらから話しかけても適当な理由で避けられるというような事態で、知り合いという立場にすらなれない感じだ。
結局クーヤと2人でいる時間が増え、なぜか僕が彼女の婚約者だという噂まで流れる始末。
思い返して見ると故郷でも、こうしてビクトリアとだけ過ごしていたような気がする。
初等部と中等部の時は他の友人なんて気にならなかったのに、何故だろう。
セロ商会を通じて仲の良い人々が増えたから、精神的に人との関わりを求めてしまうような欲張りになってしまったのかも知れない。
うーん、友人ってどうやって作るんだっけ?
何気無い話から、食事を共にするようになり休日に遊んだりする。
そんな感じで良いんだよな?
意識して交友関係を考えると、いまいち明確な手順が思い出せない。
「どうしたのラルク君、ぼーっとして。今日の補習授業は実技研修するので、校庭の訓練場へ行きましょう」
不毛な考え事をしていた僕にアーネン先生が補習内容を話した。
座学による知識の向上と先生の目視による肉体的、精神的な成長を鑑み次のステージへ進むと言われた。
以前話していた僕の中にある「結界のようなもの」に直接干渉をするという話だ。
僕達が校庭の訓練場へ向かうと、大勢の生徒達が先だって使用しており、アーネン先生が現れた事により騒めきが起き、周囲を取り囲むように生徒達が集まって来た。
訓練場を使用していた生徒達は、先生の指示を聞き1ヶ所場所を開けて貰った。
生徒達が何事かと見守る中、体内の結界への干渉が始まった。
イスに座らされた僕は瞑想をするように言われ、目を瞑り無意識を心がけた。
アーネン先生の両手が僕の肩に置かれ、魔力が両肩から広がるように全身を巡り始めた。
温かい血液がゆっくりと全身に広がるような感覚を覚える。
心地良い感覚が指先まで到達し、完全に全身を包んだ瞬間、心臓が「ドクン!」と大きく高鳴った。
続いて鎖骨の辺りから全身を劈くような激痛が瞬時に広がった。
「ぐ、があぁぁぁぁああぁぁああああ!」
僕は感じた事の無い激しい痛みに叫ばずにはいられなかった。
その激痛は僕の体内の魔力を媒介し、黒い巨刃として顕現した。
具現化した歪な巨刃は僕の全身を食い破るように体の内部から飛び出した。
アーネン先生は密着していた両手と前半身を貫かれ、「くっ!」と小さな声を上げた。
僕の視界は赤黒い液体のカーテンで覆われ、周囲から生徒の悲鳴が響き渡った。
「あ、ああ……」
熱く塩分の強い鉄の味が口に広がり、声帯の痛みから声が出せない。
数秒の後、僕を貫いた黒い巨刃は塵となって舞い上がり、次に全身を悪寒が包んだ。
そばにいたレオニスが眼を見開いて何かを叫んでいる。
タクティカ国で感じた全身を駆け巡る寒さに耐え切れず、僕は意識を失った。
◇◇◆◇◇◇
僕は目の前で起きた光景に唖然として、口を閉じるのを忘れ惚けていた。
いったい何が起きたんだ!?
邪悪な邪神像のように変質した特別生を目の前に、動く事ができなかった。
――数分前
僕はその日、授業後の日課にしている自主トレーニングを訓練場で行っていると、アーネン先生と特別生が現れた。
あの男はいつも食堂で座学の補習を受けていたはず。
今日は訓練場で何かをするのか?
少し興味が湧いた僕は、額の汗を拭いながら先生達を囲う人集りに足を向けた。
そこで目にしたものは、今までに見た事の無いような現象だった。
先生が特別生の背後から手を触れ、魔力を流し込んだように見えた。
……あれは、何をしているんだろう?
周囲の生徒達と共に、その謎の儀式を眺めていると彼の鎖骨の辺りから黒い「根」のような物が一瞬で全身に脈打つように張り巡り、それが歪に尖り湾曲した刃となり、特別生の全身の皮を破り飛び出した。
「ぐ、があぁぁぁぁああぁぁああああ!」
特別生が悲痛な叫びを上げ、全身を痙攣させる。
一瞬で彼の全身は噴き出した血液で赤く染まり、座っているイスの周囲を血溜まりが広がった。
黒い刃が無数に飛び出し血塗られたオブジェのようなシルエットは不気味な邪神のように見えた。
まるで先生が特別生を殺したのかと錯覚するような光景に、生徒達から悲鳴が上がる。
「おい! あるじ! 大丈夫か!? ……てめぇ! 何しやがった!!」
使い魔が巨刃を避けるように特別生の肩に乗り、尻尾を逆立てて先生に向かって叫んだ。
アーネン先生は両手と前半身を黒い刃に貫かれ、驚いた表情を浮かべていた。
――刹那、突き出ていた黒い刃が塵となって舞い上がり消滅した。
先生に付いた刺し傷は瞬時に修復し、そこに傷があった事さえ幻だったかのように完治した。
あれは先生の持つ特殊技能だ。
「まだ息がある! 誰か、治癒を手伝って!!」
アーネン先生がそう叫ぶと、数人の生徒が柵を飛び越え特別生の元へと向かったのが見えた。
一瞬迷った。
ここ2週間、足がつかないよう同期生を誘導し、特別生が孤立するように立ち回って来た。
特別生がこのまま死ねば、また僕が注目されていた世界が蘇るかも知れない。
そうだ、それが良い、そうあるべきだ!
それに…あの傷だ、たぶん助かりはしない。
先生と4人の女子生徒と6人の男子生徒が必死に回復魔法をかけ、全身が裂けた特別生の治癒を試みている。
しかし、呪いの類なのか、アーネン先生の強力な回復魔法をもってしても傷の治りが遅いように見えた。
それを見て「死ねばいい」という考えとは別に、自分の根幹にある正義感が僕の中でせめぎ合う。
今までの人生で迷う事など1つも無かった……
なんなんだ、この低レベルな葛藤は!僕は馬鹿か!!
知らず知らずのうちに僕は特別生の元に駆け出していた。
「手伝います!!」
回復魔法は僕の得意魔法の1つだ。
四賢者の先生にだって引けは取らない!!
良く見ると使い魔の猫も特別生の足元で回復魔法を使用していた。
この特別生も、こんな状態で小さく呼吸をして生きているという異常な状態だが、この使い魔もやはり異質な存在だ。
その後、保険医や他の教員も駆け付け総勢100名に及ぶ人員で治癒を続けた。
保健室に運んで約1時間、入れ替わり立ち代わり回復魔法を使用し、やがて傷が完全に塞がった。
その後アーネン先生は僕ともう1人、同じクラスの”デイジー”を残し、他の教員と生徒を退出させた。
何故、僕とデイジーが残されたかは分からない。
自分が選ばれた意味だけを考え、そして答えを導き出す事は出来なかった。
しかし、先生が僕を選んでくれた事が嬉しかった。
「他言無用でお願いする。ラルク君を襲った事象の原因はこれよ」
アーネン先生は神妙な面持ちで特別生に掛けられたシーツの上部を少し捲った。
特別生の鎖骨部分に小さな魔法陣のような物が刻まれていた。
その印は丸い円の中に見た事の無い古代文字のような物が記され、脈動しているように見えた。
「これは、何の印ですか?」
僕はその禍々しい気配のする魔法陣を見て身震いし、恐る恐る聞いてみた。
その時、今まで喋る事の無かった同期生のデイジーが口を開いた。
「……隷属の印。初めて見た」
隷属の印……?
何だそれは、初めて耳にする言葉だ。
「そうね、これは古代の呪術。印を結んだ相手を奴隷として縛る呪いよ。彼は誰かに生殺与奪の権限を握られている」
先生が神妙な表情でそう言うと、全員の視線が一斉に特別生に向けられた。
使い魔の黒猫は特に何も喋る事無く、特別生の頬をチロチロとなめていた。
アーネン先生は再度皆に口止めをすると、その場は解散となった。
今日起きた惨事は多数の生徒が目撃している。
広いとはいえ、数日もあれば噂は学園全体に広がるだろう。
特別生の事は気に喰わないが、今回の件で興味とは違う何かが僕の心の奥に生まれた。
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