奥様は安倍晴明

天羽ヒフミ

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第二話

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朝食を摂り終えた後、史郎が聞いた。

「今日は休みなんだろ?」
「もちろん。もし休みじゃなかったら呪ってます」

晴明の目は、笑っていなかった。
どうやら本気らしい。それほどまで労働させられているのだ。
パソコンなどの機械についてはからっきしの晴明でも、実務では右を出る者が居ない彼女が本気で呪えばどうなることやら。
史郎は想像もしたくなかった。

「一眠りしたらデートでもしないか?」
「デートって何処?」
「俺がエスコートするんだから秘密に決まってるだろ」

欠伸をしながら尋ねてくる晴明に少し不満気な表情で答える史郎。
この女は男心というものが分かっていないと、内心呆れた。
惚れた女にカッコよく見せたいのが男心というものだ。
それを全くと言って良いほど晴明は理解していない。
平安時代は男のふりをして生き続けていたというのに、理解していないのだ。

「そういうもんか。分かった。起きたら準備するからとりあえず寝させて」
「おう。ゆっくり休め。慌てて起きなくて良いからな」
「休むよ!?どんだけ働いたと思ってんの!」

徹夜明けだからなのか、晴明は興奮気味にそう言った。
その気迫ぶりに気負わされる史郎。
陰陽省に自分も何かしら言った方が晴明の為になるのではないかと史郎はそう思った。
ぬらりひょんである彼の影響力というものは、半々といったところである。
人間とあやかしは共存しているものの、あやかし達たちは積極的に交流は持たない。
陰でひっそりと生きるのが彼らの主義である。
つまり、陰陽省にあやかしの総大将である史郎が発言してもあまり影響はないのだ。

――だが稀に人間があやかしを、あやかしが人間をという具合に脅かす者も居る。

そういうのを取り締まっているのが晴明達、『陰陽師』というわけだ。

「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ。良い夢見ろよ」

夫婦の寝室にて、晴明はキングサイズのダブルベッドに横になり目を瞑った。
屋敷全体は和室だというのに、夫婦の寝室だけは洋風で作られている。
それは寝床をどうしてもベッドにしたいという晴明の希望からだった。
平安時代に枕というものが固く良い睡眠をとることが出来なかった経験上、睡眠に関して拘りが強かったのだ。
気持ちの良い環境で眠りたいというのが晴明の願望だった。
晴れて晴明と夫婦となることが決まった史郎は、真っ先にその願望を叶えることにした。
わざわざ屋敷の一部を作り変えたのだ。
共寝することも、結婚初日から許されて舞い上がったのは史郎の記憶に新しい。
晴明が起きるまでの間、史郎は本を読みながら彼女の隣で同じように横になって待っていた。

数時間後。

「はぁ…よく寝た」

ゆっくりと起き上がった晴明が起床したのはちょうどお昼ごろの時間帯だ。
今日は久しぶりに平安時代の頃の夢を見たような気がするなぁと晴明は深く考えなかった。
彼女の隣には、本に集中して自分に気づいていない史郎が横たわっている。
同じように寝るということはしなかったらしい。
彼女が起きたのにようやく気づいたのか、彼もゆっくり起き上がった。

「おはよう。寝れたか?」
「うん。よく眠れた」

そう言いながら晴明は上半身を上に伸ばす。
軽くストレッチをしていた。
史郎は読みかけの本を閉じて晴明の様子を見る。
今朝見た時は隈が酷かったが、今は眠ったおかげか幾分か取れているのが見ることが出来た。
よほど疲れが溜まっていたのだろうと察することができる。
ようやく妻に出来たのだから、早死にさせるような仕事の振り方はやめて欲しいと史郎は強く願った。

「デート行けそうか?」
「大丈夫。しっかり寝れたしね」
「じゃあ支度してくれ。俺もするから」
「はーい」

間の抜けた返事をしながら晴明は寝室を後にした。
自室に行って着替えて準備をするためである。
女の子らしい服装がよく分からない晴明は、咲にコーディネートを頼むことにした。
男のふりをしていた年数が長かった為、よく分からないのである。
史郎もまた自室に向かい準備を始める。
彼は自分の容姿が存分に発揮される服を自分で選ぶことが出来た。

「晴明…ってまだか。女は準備が大変だな」

黒いカーディガンの下に白のTシャツ。下は蒼いデニムを履いている。
シンプルなコーディネートだが、彼の容姿を考えれば充分にカッコよく見える服装だ。
晴明はそれから十分程して自室から出てきた。
少し慌てた様子で史郎の元まで駆け寄って来る。
史郎はその晴明の姿にゴクリと唾を飲み込んだ。

長く黒い髪の毛は後ろでお団子に結ばれていた。
耳には桜の形をしたイヤリングが付けられている。肌色もほんのり桜色に染まっていた。
化粧をしたのだということが分かる。
白い長袖ブラウスの首元には大きな白いリボンが結ばれており、膝下くらいの長さまでのワンピース型の緑のジャンパースカートを上に着ていた。
細い足元は白いフリルの付いた靴下を履いている。
まるで何処ぞのお嬢様のような服装である。
晴明の容姿が整っているからこそ出来る服装であった。
先ほどまでのスーツ姿も充分人を惹きつける魅力的な服装であったが、今はただの美少女だ。
陰陽師としての肩書きがなくなると、晴明はただの女だった。
そのギャップに史郎はついて行けずにいる。
心音が太鼓を叩くようにうるさいのが自分でもよく分かった。

──あぁ、この女に心底惚れている。

たった数秒でそのことを改めて認識させられてしまった。

「ごめん!待ったよね?」
「いいや。大した待ってねーよ。…すげー似合ってる。可愛い」
「本当?良かった。分かんないから咲に手伝ってもらっちゃった。咲って凄いよねぇ」
「まぁ、咲も凄いとは思うが」
「思うが?何?」
「なんでもねぇよ。ほら、行くぞ。ランチ終わっちまう」
「それは急がないと!」

彼は咲も凄いが晴明の容姿も凄くて可愛いのだとは口にしなかった。
史郎から差し伸べられた大きな手を当たり前のように握り返す晴明。
たったそれだけの行為だが、史郎にとっては胸が高鳴ることだった。
大好きな人に手を当たり前に握り返される。
それがどれ程嬉しいことなのか、晴明は知らない。


 
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