3 / 55
第二話
しおりを挟む朝食を摂り終えた後、史郎が聞いた。
「今日は休みなんだろ?」
「もちろん。もし休みじゃなかったら呪ってます」
晴明の目は、笑っていなかった。
どうやら本気らしい。それほどまで労働させられているのだ。
パソコンなどの機械についてはからっきしの晴明でも、実務では右を出る者が居ない彼女が本気で呪えばどうなることやら。
史郎は想像もしたくなかった。
「一眠りしたらデートでもしないか?」
「デートって何処?」
「俺がエスコートするんだから秘密に決まってるだろ」
欠伸をしながら尋ねてくる晴明に少し不満気な表情で答える史郎。
この女は男心というものが分かっていないと、内心呆れた。
惚れた女にカッコよく見せたいのが男心というものだ。
それを全くと言って良いほど晴明は理解していない。
平安時代は男のふりをして生き続けていたというのに、理解していないのだ。
「そういうもんか。分かった。起きたら準備するからとりあえず寝させて」
「おう。ゆっくり休め。慌てて起きなくて良いからな」
「休むよ!?どんだけ働いたと思ってんの!」
徹夜明けだからなのか、晴明は興奮気味にそう言った。
その気迫ぶりに気負わされる史郎。
陰陽省に自分も何かしら言った方が晴明の為になるのではないかと史郎はそう思った。
ぬらりひょんである彼の影響力というものは、半々といったところである。
人間とあやかしは共存しているものの、あやかし達たちは積極的に交流は持たない。
陰でひっそりと生きるのが彼らの主義である。
つまり、陰陽省にあやかしの総大将である史郎が発言してもあまり影響はないのだ。
――だが稀に人間があやかしを、あやかしが人間をという具合に脅かす者も居る。
そういうのを取り締まっているのが晴明達、『陰陽師』というわけだ。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ。良い夢見ろよ」
夫婦の寝室にて、晴明はキングサイズのダブルベッドに横になり目を瞑った。
屋敷全体は和室だというのに、夫婦の寝室だけは洋風で作られている。
それは寝床をどうしてもベッドにしたいという晴明の希望からだった。
平安時代に枕というものが固く良い睡眠をとることが出来なかった経験上、睡眠に関して拘りが強かったのだ。
気持ちの良い環境で眠りたいというのが晴明の願望だった。
晴れて晴明と夫婦となることが決まった史郎は、真っ先にその願望を叶えることにした。
わざわざ屋敷の一部を作り変えたのだ。
共寝することも、結婚初日から許されて舞い上がったのは史郎の記憶に新しい。
晴明が起きるまでの間、史郎は本を読みながら彼女の隣で同じように横になって待っていた。
数時間後。
「はぁ…よく寝た」
ゆっくりと起き上がった晴明が起床したのはちょうどお昼ごろの時間帯だ。
今日は久しぶりに平安時代の頃の夢を見たような気がするなぁと晴明は深く考えなかった。
彼女の隣には、本に集中して自分に気づいていない史郎が横たわっている。
同じように寝るということはしなかったらしい。
彼女が起きたのにようやく気づいたのか、彼もゆっくり起き上がった。
「おはよう。寝れたか?」
「うん。よく眠れた」
そう言いながら晴明は上半身を上に伸ばす。
軽くストレッチをしていた。
史郎は読みかけの本を閉じて晴明の様子を見る。
今朝見た時は隈が酷かったが、今は眠ったおかげか幾分か取れているのが見ることが出来た。
よほど疲れが溜まっていたのだろうと察することができる。
ようやく妻に出来たのだから、早死にさせるような仕事の振り方はやめて欲しいと史郎は強く願った。
「デート行けそうか?」
「大丈夫。しっかり寝れたしね」
「じゃあ支度してくれ。俺もするから」
「はーい」
間の抜けた返事をしながら晴明は寝室を後にした。
自室に行って着替えて準備をするためである。
女の子らしい服装がよく分からない晴明は、咲にコーディネートを頼むことにした。
男のふりをしていた年数が長かった為、よく分からないのである。
史郎もまた自室に向かい準備を始める。
彼は自分の容姿が存分に発揮される服を自分で選ぶことが出来た。
「晴明…ってまだか。女は準備が大変だな」
黒いカーディガンの下に白のTシャツ。下は蒼いデニムを履いている。
シンプルなコーディネートだが、彼の容姿を考えれば充分にカッコよく見える服装だ。
晴明はそれから十分程して自室から出てきた。
少し慌てた様子で史郎の元まで駆け寄って来る。
史郎はその晴明の姿にゴクリと唾を飲み込んだ。
長く黒い髪の毛は後ろでお団子に結ばれていた。
耳には桜の形をしたイヤリングが付けられている。肌色もほんのり桜色に染まっていた。
化粧をしたのだということが分かる。
白い長袖ブラウスの首元には大きな白いリボンが結ばれており、膝下くらいの長さまでのワンピース型の緑のジャンパースカートを上に着ていた。
細い足元は白いフリルの付いた靴下を履いている。
まるで何処ぞのお嬢様のような服装である。
晴明の容姿が整っているからこそ出来る服装であった。
先ほどまでのスーツ姿も充分人を惹きつける魅力的な服装であったが、今はただの美少女だ。
陰陽師としての肩書きがなくなると、晴明はただの女だった。
そのギャップに史郎はついて行けずにいる。
心音が太鼓を叩くようにうるさいのが自分でもよく分かった。
──あぁ、この女に心底惚れている。
たった数秒でそのことを改めて認識させられてしまった。
「ごめん!待ったよね?」
「いいや。大した待ってねーよ。…すげー似合ってる。可愛い」
「本当?良かった。分かんないから咲に手伝ってもらっちゃった。咲って凄いよねぇ」
「まぁ、咲も凄いとは思うが」
「思うが?何?」
「なんでもねぇよ。ほら、行くぞ。ランチ終わっちまう」
「それは急がないと!」
彼は咲も凄いが晴明の容姿も凄くて可愛いのだとは口にしなかった。
史郎から差し伸べられた大きな手を当たり前のように握り返す晴明。
たったそれだけの行為だが、史郎にとっては胸が高鳴ることだった。
大好きな人に手を当たり前に握り返される。
それがどれ程嬉しいことなのか、晴明は知らない。
0
あなたにおすすめの小説
紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜
高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀!
片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。
貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。
しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。
利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。
二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー?
曄琳の運命やいかに!
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。
夫と婚姻してから三年という長い時間。
その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
《完結》錬金術師の一番弟子は国から追われる
小豆缶
恋愛
国一の錬金術師アリエルは、私の師匠であり親代わり。
そんな師匠が、突然国の金を横領して総司令官と駆け落ちした――そんな噂に巻き込まれた一番弟子のミレイユ。
絶対に信じられない。師匠に駆け落ちをする理由がない
理不尽な取り調べに耐え、全てを奪われた彼女は、師匠が残した隠れ家へ逃げ込む。
錬金術の知識だけを頼りに、総司令官が手配した男性レオンハルトはと樹海の生活を始めるミレイユだったが、二人の失踪にレオンハルトも巻き込まれ、命の危険が迫りつつあるのだった。
師匠が残した日記を頼りに、失踪の謎に挑む
錬金術で切り開く未来と、師匠を信じる心。
真実が隠された陰謀の中で、師匠アリエルを巡る愛憎劇が繰り広げられていた
【完結】皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜
空岡立夏
キャラ文芸
書籍化します!
2月中旬に刊行予定です。
それに伴い、発売と同時にレンタルに切り替わります。
【完結】
後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー
町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。
小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。
月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。
後宮にあがった月花だが、
「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」
皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく――
飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――?
これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる