奥様は安倍晴明

天羽ヒフミ

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第三話

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一軒目は、都内にある見晴らしの良いカフェだった。
ランチタイムで混雑していたが、窓際の席に案内され史郎は胸を撫で下ろす。
このカフェにわざわざ晴明を連れてきたのはこの窓際の景色を見せる為だったからだ。

「うわぁ。ここの景色いいね」

晴明が嬉しそうな声を出した。
都内だというのに大きな川が一望出来る場所だった。
小さいが船も往来している。
よく見れば色とりどりの花や木々を見ることも出来た。
彼女の反応に史郎は内心ガッツポーズをする。
苦労してリサーチした場所の一軒だったのだ。
その反応で幾分か報われたような気がした。

「景色を見るのもいいが、早く頼まないとランチ終わるぞ」
「おっと、そうだった。…どうしよう。迷う」
「好き嫌いなかったよな?」
「うん。ないよ」
「じゃあ、ここのお勧めにしよう。…すみませーん」

メニュー表を見て迷う晴明の代わりに、事前にリサーチ済みの史郎が頼んだ。
美男美女のカップル、否。夫婦に呼ばれた店員は思わず頬を赤らめる。
あまりにもお似合いの2人だったからだ。思わず仕事を忘れてしまいそうになった。
この店のお勧めは大きいサイズのサンドウィッチ。
片手で食べられるという利点を捨てたサンドウィッチがお勧めなのだ。
一皿でお腹が満たされ、腹持ちも良いというので評判も良い。
晴明は陰陽師という仕事柄、動くことが多い為に食べる量も自然と多くなっている。
そんな彼女の食事事情も考えてこの店を史郎は選んだのである。

「ここ、陰陽省からはちょっと遠いなぁ。行きつけにしたいくらい綺麗な景色なのに」
「こういう店はたまに来るから良いんだよ」
「そういうもんかな」
「そういうもんだ」

十分くらいすると晴明たちが頼んだサンドウィッチが到着。
晴明は手を合わせてから、「いただきます」と言って口に含んだ。
味が良いのかとても美味しそうに食べている。
その幸せそうに食べる姿を見ながら、史郎も食べることにした。


食事を済ませ、カフェを出ると時間は午後二時ごろになっていた。
人混みの中、逸れないように手を繋いで二人は歩く。
史郎の手は緊張で少し汗ばんでいた。
デートは次なるプランへと移行。
十五分程歩くと大きな映画館に辿り着いた。

「もしかして、あの漫画の映画が見たいって言ってたの覚えてくれてたの?」
「もちろん。俺はお前の旦那だぞ」
「仕事で忙殺されてたから記憶から抜け落ちてたよ…ありがとう!」

嬉しそうに晴明は微笑んだ。
彼女は多趣味だが、その一つが漫画を読むことだ。
気になった漫画は大人買いするくらいは漫画を読むことを好んでいる。
つい最近、買って読み終えたばかりの漫画が映画化されたとのことで晴明は密かに気になっていた。
そのことをポツリと史郎の前で漏らしていたのである。
何気ないその一言を彼はきちんと記憶していたのだ。
デートプランに必ず入れようと意気込んだものである。

「時間は…まだあるな。まだ腹に食べ物は入るか?」
「歩いているうちに消化した!」
「消化するの早すぎだろ。まぁ、映画館といえばパンフレットにポップコーンと飲み物だからな。混む前に買ってくるからここで待ってろ」

史郎はそう言うと早足で売店に向かう。
晴明は期待に胸を膨らませながら彼が戻ってくるのを待った。
十分程して史郎は晴明が待つ場所へと買い物を済ませて戻ろうとすると、彼女は知らない男たちに囲まれていた。
どこからどう見てもナンパである。
確かに今の晴明はただの美少女である。陰陽師としての肩書きはないだろう。
自分も同じ立場ならナンパをしていたかもしれない。
しかし、史郎のれっきとした妻なのだ。
嫉妬心にも似た心に囚われる。
明らかに晴明は迷惑そうな顔をしているというのがあの男たちは分かっていない。
幸いにも史郎は、あの男たちよりも身長がずっと高い。
故にその高身長を存分に活かし、男たちを見下ろしてこう言った。

「俺の妻に何か用か?」

低い声で彼はそう言った。
碧眼が、男たちをジッと捉えて離さない。
男たちは美丈夫の睨みと高身長の圧で震えてその場から離れたくとも、離れなくなっていた。
晴明はそんな男たちの様子を見て僅かな隙間から史郎の元へと駆け寄る。
ようやく彼らから解放されたと彼女は深いため息をついた。

「二度と声かけんじゃねぇ」

史郎はそう言うと、晴明の肩を抱いてその場を後にした。
その光景を見た周りの女子はうっとりした表情で史郎を見ている。
肩を抱いている手は少し震えていた。
そのことに気がついた彼女は慌てて問いかける。

「どうしたの?震えてるじゃん」
「晴明に何かあったらと思うと…」
「心配してくれるのは有り難いけど、あれくらいにやられる程弱くないよ」
「分かっちゃいるんだけどよ…」

繰り返しになるが、実務において安倍晴明の右に出る者は居ない。
最強の陰陽師と言っても過言ではない。過言ではない。彼女は間違いなく最強だ。
素人が相手をしたところで敵うはずもないだろう。
だが、史郎にとってはそんな肩書きはどうでも良い話であった。
安倍晴明という陰陽師という存在の前に史郎にとっては大切な妻なのだ。
彼女はそのことを理解していない。

「いざとなったらぶっ飛ばすから安心して!」
「何も安心できねぇよ」

上映時間が近くなったので、彼が買ったものを持ってシアターへと向かった。
時間になると暗闇の中、スクリーンと階段の端だけが明るく照らされている。
香ばしい香りと塩の美味さについつい晴明はポップコーンに手を伸ばして食べていた。
先程食べたばかりのサンドウィッチは本当に消化されたかのような食べっぷりである。
だが、器用なことに音を立てずに飲食をしていた。
横目で夢中でスクリーンを見ている晴明を史郎は盗み見ると、機械類も飲食同様に器用であったら良いのにと思った。
映画はおよそ二時間半程。
エンドロールまで見る性格の二人は仲良く並んで最後の最後まで見ていた。
上映終了と同時に柔らかい明かりが照らされる。
次の上映が待機中なので足早に二人はシアターを後にした。

「いやぁ。期待以上だった!」
「俺も漫画読んでおけば良かったな」
「読みなよ。貸しますよ?」
「帰ったら早速読むか」
「その意気その意気!」

パンフレットを眺めながら晴明は満足気に言った。
何気ない彼女の一言を覚えておいて良かったと史郎は自分の記憶力を褒めたくなった。
デートも終盤に差し掛かっている。
晴明を満足させて終わることのできるように彼は気合いを入れ直した。
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