奥様は安倍晴明

天羽ヒフミ

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第八話

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鯖の味噌煮定食をテーブルで向き合いながら二人は食べていた。
晴明は屋敷のご飯ほどではないものの、幸せそうに箸を進めている。
一方咲は表情を変えることなく食べていた。
ご飯が美味しくないというわけではない。
咲というあやかしは表情が元から少ないのである。
晴明や史郎以外の前であまり表情を動かすことはない。

「それにしても、掲示板とは困ったものですね」
「そうだね。こういう時、平安時代の方が良かったとつくづく思うよ。SNSって奴はその辺の悪霊よりも恐ろしいものだ」
「晴明様はSNSにも弱いですものね」
「咲~。それは言わない約束でしょ」

箸を止めて晴明は不機嫌そうに言った。
咲の言う通り、晴明はSNSにも弱い。
具体的に言うと使い方がよくわからないらしい。何度聞いても理解できないと言うのだ。
弱いのはSNSだけではない。
ネットで最新のニュースが分かる時代だというのに、未だ新聞紙から世の中の最新情報を得ているのが彼女である。
新聞紙を見ている姿はとても十六歳には似つかない姿であった。
あやかしである咲の方がネットもスマートフォンも使いこなしており、彼女から情報を得ることも多かった。

「少しは慣れませんと。これからもっと普及していきますよ」
「慣れる努力はしてるでしょー。これ以上の努力は不可能です」
「晴明様は不可能を可能にしてきた方ではありませんか」
「陰陽道と一緒にされちゃ困るよ…」

機械と陰陽道。
どちらが複雑かと問われればどちらも複雑だろう。
何せ複雑の方向性が違う。
だが、機械と違って陰陽道には『才能』と言う名の壁がある。
晴明はその『才能』を持っている。故に彼女の前に立ちはだかる壁はない。
その壁の前で立ち止まってしまう人間が多い中、晴明は別格だった。
しかし、機械に関して言えば晴明には大きな壁があるようだ。

「機械と陰陽道が同じならなぁ…」

箸を再び進めながら呟くように晴明は言う。
表情は真剣そのものだ。
咲はそんな彼女の言っていることがおかしくて思わず笑ってしまった。

「ちょっと咲」
「申し訳ありません…ついおかしくて」
「言ってることがおかしい自覚はあるけど、笑うことはないでしょー」

晴明は不機嫌そうな声色を出しながらも、微笑を浮かべながら食べ進めていた。

そうして昼食を二人は終えた。もちろん、完食である。


午後。晴明の苦手な業務が今朝ぶりに襲いかかってきた。
パソコンでの事務作業である。
主に部下からの報告書のチェックと指示書の作成をしているのだが、機械に滅法弱い彼女は時間がとてつもなくかかる。
徹夜ですることもしばしばあるほどだ。その時間帯までやる時は作業量も多いので仕方のないことなのだが。
だがどうにか期限に毎度間に合わせている。
課長職という役職を十六歳で背負っているため、それなりの責任感を持っているからだ。
陰陽省では役職持ちに独自の執務室が与えられる。
晴明は集中して作業をする時はそこで仕事をこなしていた。

「あー…終わりが見えない」
「晴明様。部下の皆さんが見ていないからと言ってだらしないですよ」
「分かってるけどさぁ。この作業をしているときだけは、切り替えできないんだよねぇ」

パソコンと睨めっこしながら晴明は愚痴を溢す。
愚痴は溢しながらも、彼女は手を止めることはせずに仕事に没頭していた。
だが、スーツの上着はだらしなく脱ぎ捨てられている。
咲は仕方ないという風にそれを拾い上げていた。
上層部も課長室に晴明が入り込んでいる時は基本的に実務の仕事を振らない。
事務の仕事に集中させるためである。
上の連中も晴明が機械に弱い人間であることは承知済みなのだ。
晴明がマウスを押す音と、タイピングする音に部屋の音は支配される。
窓からは夕日が差し込んでいた。オレンジ色に部屋が染まる。
集中している彼女はそのことにも気づくことなくただただ作業に没頭。
かれこれ数時間その音は続いた。
その音が止む頃には部屋は白い蛍光灯の光に照らされていた。
課長室の窓の外は暗闇に染まっている。

「おっと、もうこんな時間か。集中してたから気づかなかった」
「終わりましたか?」
「どうにかね…はぁ。本当、機械って嫌いだー」

咲から上着を受け取り、礼を言いながら晴明はしっかりと身なりを整えた。
目には疲れが見える。本来なら釣り上がっている目が垂れ下がっている。
ずっと画面と格闘をしていたのだ。疲れが溜まるのも道理だった。

「それでは帰りましょう。史郎様もお待ちですよ」
「そうだね。…もう夕飯食べちゃったかなぁ」
「まだ食べていないと思いますよ。あの方は一緒に食事されるのがお好きですから」
「そうだと良いんだけど、待たせちゃってるのは悪いなぁ」

まだ部署に残ってる部下へ早めに帰るように伝えながら、晴明は帰宅することにした。
彼女にしては早い時間帯である。二十一時だ。
エレベーターに二人で乗り、一階に降りる。
晴明は受付の人に声をかけて入り口付近で式神の龍を出した。

「よし、帰ろう」
「はい。帰りましょう」

夜空に一匹の龍が飛んでいた。
彼女たちに夜の風の寒さが襲いかかってくる。
晴明は術を使い、風除けをすることにした。
幾分か暖かさを取り戻す。
月が地上よりも近くで見ることが出来た。満月だった。
星は月の輝きであまり見ることが出来ない。
それでも星は今でも輝きを何処かで見せているのかと思うと、晴明は少し感慨深い気持ちになった。
平安の頃と今の時代は違えども、星も月も同じく地球から遠いものだ。
変わっていないものが千年以上経とうともあることに胸が暖かくなった。

「ただいまー」
「ただいま帰りました」

史郎が待つ屋敷へ帰宅する。
ガラッと正面玄関の引き戸が開いた。

「おかえり。晴明、咲」

両腕を広げて史郎が玄関で出迎えた。
晴明は笑顔を見せたままその腕の中に飛び込んでいく。
飛び込んだ衝撃は彼の中で吸収されていた。体幹が良いのか揺れることはない。
彼女の背中を抱きしめる。
腕の中には愛しい妻が居ることに史郎は幸福を感じていた。

「お疲れ」
「疲れたよー。咲のことも労って」
「もちろんだ。お疲れ、咲」
「私のことなどお構いなく。私は大したことはしておりませんから」
「晴明のサポートしてくれてるだろう」
「式神として当然のことです」

それから三人で遅い夕食を摂った。
史郎は咲が言っていた通り、晴明を待って食べてはいなかった。
彼女は密かにそのことを嬉しく思った。

就寝時。

「電気消すぞー」
「うん」

ベッドに晴明と史郎が入る。
明日も彼女には仕事があるので史郎は晴明に触れることはしない。
起床時間が違うからだ。
次の日が休みの時は決まって史郎の腕の中で眠るのが晴明の日課になっている。
でも、仕事の日は少し離れて寝るのが習慣なのだ。
本当は史郎も晴明も毎日互いに寄り添って眠りたいところだが、互いの為に我慢をしている。

「おやすみ」
「おやすみなさーい」

晴明は十分もしないで眠りに落ちた。
余程疲れていたのだろう。史郎はその寝顔をしばらく眺めてから自身も眠りについた。

こうして晴明たちの長い一日は終わった。


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