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第十一話
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「課長。警視庁から連絡がありました。掲示板のことで一度、顔を合わせて相談をしたいそうです」
陰陽省とは省というだけあり、警視庁よりも上の権限を持っている。
だが警視庁は陰陽省のことを軽視している部分があった。
例えば今のようなことである。
本来なら課長である晴明へ真っ先に連絡を寄越すというのが筋というものだ。
しかし、安倍晴明が十六歳ということで軽視しており晴明の部下にわざと連絡をするということが度々あった。
晴明はその件について、またかと思うだけに心に留めていた。
感情的になってはこちらの負けである。そのことを彼女はよく承知していた。
「分かった。それは今日中の話?」
「はい。警視庁の本部長が今日中に相談したいとの話でした。…ご予定に問題ありますか?」
「いいえ。問題ないわ」
部下からの話に短く返事をする。
咲のおかげで綺麗に掛けられていたスーツの上着を咲から受け取り、礼を言ってからきちんと着こなす。
その仕草を見る限り、男のふりをして生きていたというのは嘘ではないかと思われる程であった。
本人は気がついていないが、女性独特の色気というものが備わっているのだ。
一つ一つの仕草に見ていた部下が頬を赤らめてしまう程のものであった。
流石に式神を出すということはせず、部下が運転する車で咲と共に警視庁へ向かった。
警視庁の本部長・永倉は安倍晴明のことを軽視していた。
未成年で陰陽省に抜擢され、課長職に就いている天才陰陽師。
陰陽師がどれほど難しい職種であるかは知っている。
しかし、所詮は子供。陰陽省にはつくづく手を焼かされることが多い。
この機会に安倍晴明だけでも手のひらの上に乗っけてまおうと永倉は考えていた。
──そんな目論見は見事壊されるとは知らずに。
警視庁の受付付近が騒めいている。二階から見ることが出来た。
二人の女と一人の男が受付で何かを話していた。
女の二人が特徴的だった。一人は男物のようなスーツを着こなしている。
もう一人は美しい着物を着こなしていた。
男は女二人と比べれば、どちらかといえば地味な方であった。
永倉はその風景を見て何事かと考える。彼はその女二人が誰なのかを知らずにいた。
「本部長。陰陽省から例の件でいらっしゃったようです」
部下が永倉に声をかけた。
彼は短く返事をすると、出迎えるために一階へと向かった。
曲なりにも陰陽省は警視庁よりも立場は上である。
永倉が下手に出るというのは最低限の礼儀であった。
「初めまして。陰陽省、総務課課長・安倍晴明と申します」
──永倉は息を呑んだ。
それは先ほどまで騒ぎになっていた人物の二人の女のうちの一人であったからだった。
安倍晴明と名乗ったのはスーツ姿を着た方である。
吊り目の目ゆげに目元、雪のような白い肌。
薔薇色の唇。黒曜石を思わせる瞳。腰下程まである長く黒い美しい髪。
騒ぎになった理由がよくわかる。それほどまでの美少女であったのだ。
彼女に控えるようにして静かに佇む着物姿の女もなかなかの美女であった。
「こちらは私の式神の咲と申します。以後お見知り置きを」
玲瓏と、安倍晴明と名乗った陰陽師は永倉に対してそう言った。
「ご足労頂き申し訳ない」
「いいえ。丁度、幾つかの業務が終わった頃でしたので問題ありません。それでお話しとは」
「それがですね…」
微笑を浮かべる晴明。
しかし、永倉が隙いる程の隙がない少女であった。
会話を交わしていてとてもではないが十六歳の少女には思えなかった。
年相応に削ぐわない話し方に仕草。
ここは陰陽省でなくとも日本を守る重要機関の一つ、警視庁なのだ。
そうだというのに全く緊張の色を見せることはない。
まるで自分の家で話をしているかのような余裕たっぷりの雰囲気であった。
一方、隣に座る式神の咲は主人を守るべく警戒の色を解くことはない。
咲も息を呑む程の美人ということもあり、美人の凄みというものに永倉は圧倒されていた。
とてもじゃないが、安倍晴明を手玉に取るということは無理な話であった。
彼女を甘く見過ぎていたのである。
「それではこちらも巡回を強化しておきます。そちらも掲示板の監視の強化を何卒よろしくお願い申し上げます」
立場は上だというのに、晴明は頭を軽く下げて永倉にそうお願いをした。
──下手に出るやり方というものをこの少女は熟知している。
本当にあの、平安時代に居た安倍晴明なのだと嫌でも思い知らされた。
永倉の方が年上であるが、精神面でいえば安倍晴明の方が遥かに上だ。
敵わないというのは道理だった。
話し合いは表面上、穏やかに終わり晴明たちは警視庁を後にした。
永倉は終始、心の中で舌打ちをせざるを得なかった。
「課長はすごいですね」
陰陽省に戻る道のりで運転する部下に晴明はそう言われた。
言われた本人は何のことだろうと思案するが、分からない。
「あの本部長、女好きで有名なんです。課長はお忙しくてご存知ないかと思うのですが。簡単にあしらっていらっしゃったから流石だと思いまして」
「あら。そうだったの。…小娘は範疇じゃなかったんじゃない」
「課長は大人っぽいですからそんなことはないと思いますが」
興味がなさげに晴明は窓の外の景色を眺める。
平安時代とはまるで違う景色。ビル街が並んでいる。
乗り物だって違う。牛車ではない。自動車である。
何もかもが違う。それを悲しいとは思わない。
ただ、時代は進歩したのだと晴明は思うだけである。
懐かしく思うのは悪いことではない。むしろいいことである。
だが、それに囚われてしまっては今を見ることが出来ない。
今が見ることが出来ない者に明日を見ることは出来るだろうか。
否。難しいことだろう。
晴明はその部類に入る人間ではなかった。
晴明は帰宅するなり驚愕することになる。
いつものように咲と共に屋敷に帰宅したのだが、
「ただい」
「おかえり。ちょっと失礼」
いきなり史郎にグイっと彼女の腕を引っ張り、強く抱きしめた。
いつもの彼ならこんな強引なことをすることはない。
晴明はそのことをよく分かっているので驚いたのである。
何かあったのだろうか。
何かしてしまったのだろうか。
そんな一抹な不安に彼女は囚われる。
咲はと言うと、その一部始終を静かに見守るだけであった。
どうやら彼女には史郎がこの行動をした理由が分かっているらしい。
理由が分からない晴明はどうすることもできず、ただ史郎の腕の中に収まるだけであった。
「し、史郎?」
「お前に責任がないことはよく分かっているんだがな。どうしても男としてはムカつくんだよ」
「えっと、何が?」
「永倉だよ。警視庁の本部長。今日、打ち合わせに行ったんだろ?」
「確かに行ったけど…なんで史郎がそのことを知っているわけ?」
「俺はあやかしの総大将だぞ。あやかし達から聞いたんだよ」
史郎の声色には怒りが含まれていることに晴明はまた驚いた。
彼は基本的に温厚な性格故にあまり怒るということはない。
その温厚な彼が怒っているのだ。
晴明は理由を必死に探るがさっぱり分からずにいた。
「アイツが女好きなのは部下から聞いてないのか?」
「…あぁ。聞いたよ。そういうこと。…だって十六の餓鬼だよ?女としてなんて見てないって。証拠に何もされなかったし」
「ほうほう。永倉を上手くあしらってたと聞いたがな」
「それは陰陽省を軽んじていたからだよ。それをあしらっていただけ。史郎が心配するようなことは全くなかったよ」
理由が分かった晴明は史郎をなだめるように静かに話した。
要するに、女好きの男と関わったことに史郎は嫉妬しているのだ。
内心、呆れるのと少し嬉しいと思う彼女が居た。
呆れるのは弟分としての気持ち、嬉しいと思うのは妻としての気持ちだ。
両方の気持ちを持ち合わせいる晴明の心の中は若干忙しかった。
「私はあんな奴にやられたりしないし、目移りもしないよ?」
自分の気持ちは心に秘めたまま、満面の笑顔でそう史郎に晴明は言った。
その笑顔が効いたのか、彼は頬を真っ赤にした。
そんな彼の表情を見て晴明は笑った。
──まだまだお子様だなぁ。
出会った時のことを少し思い出す。
ほんの少しの喜びと共に。
陰陽省とは省というだけあり、警視庁よりも上の権限を持っている。
だが警視庁は陰陽省のことを軽視している部分があった。
例えば今のようなことである。
本来なら課長である晴明へ真っ先に連絡を寄越すというのが筋というものだ。
しかし、安倍晴明が十六歳ということで軽視しており晴明の部下にわざと連絡をするということが度々あった。
晴明はその件について、またかと思うだけに心に留めていた。
感情的になってはこちらの負けである。そのことを彼女はよく承知していた。
「分かった。それは今日中の話?」
「はい。警視庁の本部長が今日中に相談したいとの話でした。…ご予定に問題ありますか?」
「いいえ。問題ないわ」
部下からの話に短く返事をする。
咲のおかげで綺麗に掛けられていたスーツの上着を咲から受け取り、礼を言ってからきちんと着こなす。
その仕草を見る限り、男のふりをして生きていたというのは嘘ではないかと思われる程であった。
本人は気がついていないが、女性独特の色気というものが備わっているのだ。
一つ一つの仕草に見ていた部下が頬を赤らめてしまう程のものであった。
流石に式神を出すということはせず、部下が運転する車で咲と共に警視庁へ向かった。
警視庁の本部長・永倉は安倍晴明のことを軽視していた。
未成年で陰陽省に抜擢され、課長職に就いている天才陰陽師。
陰陽師がどれほど難しい職種であるかは知っている。
しかし、所詮は子供。陰陽省にはつくづく手を焼かされることが多い。
この機会に安倍晴明だけでも手のひらの上に乗っけてまおうと永倉は考えていた。
──そんな目論見は見事壊されるとは知らずに。
警視庁の受付付近が騒めいている。二階から見ることが出来た。
二人の女と一人の男が受付で何かを話していた。
女の二人が特徴的だった。一人は男物のようなスーツを着こなしている。
もう一人は美しい着物を着こなしていた。
男は女二人と比べれば、どちらかといえば地味な方であった。
永倉はその風景を見て何事かと考える。彼はその女二人が誰なのかを知らずにいた。
「本部長。陰陽省から例の件でいらっしゃったようです」
部下が永倉に声をかけた。
彼は短く返事をすると、出迎えるために一階へと向かった。
曲なりにも陰陽省は警視庁よりも立場は上である。
永倉が下手に出るというのは最低限の礼儀であった。
「初めまして。陰陽省、総務課課長・安倍晴明と申します」
──永倉は息を呑んだ。
それは先ほどまで騒ぎになっていた人物の二人の女のうちの一人であったからだった。
安倍晴明と名乗ったのはスーツ姿を着た方である。
吊り目の目ゆげに目元、雪のような白い肌。
薔薇色の唇。黒曜石を思わせる瞳。腰下程まである長く黒い美しい髪。
騒ぎになった理由がよくわかる。それほどまでの美少女であったのだ。
彼女に控えるようにして静かに佇む着物姿の女もなかなかの美女であった。
「こちらは私の式神の咲と申します。以後お見知り置きを」
玲瓏と、安倍晴明と名乗った陰陽師は永倉に対してそう言った。
「ご足労頂き申し訳ない」
「いいえ。丁度、幾つかの業務が終わった頃でしたので問題ありません。それでお話しとは」
「それがですね…」
微笑を浮かべる晴明。
しかし、永倉が隙いる程の隙がない少女であった。
会話を交わしていてとてもではないが十六歳の少女には思えなかった。
年相応に削ぐわない話し方に仕草。
ここは陰陽省でなくとも日本を守る重要機関の一つ、警視庁なのだ。
そうだというのに全く緊張の色を見せることはない。
まるで自分の家で話をしているかのような余裕たっぷりの雰囲気であった。
一方、隣に座る式神の咲は主人を守るべく警戒の色を解くことはない。
咲も息を呑む程の美人ということもあり、美人の凄みというものに永倉は圧倒されていた。
とてもじゃないが、安倍晴明を手玉に取るということは無理な話であった。
彼女を甘く見過ぎていたのである。
「それではこちらも巡回を強化しておきます。そちらも掲示板の監視の強化を何卒よろしくお願い申し上げます」
立場は上だというのに、晴明は頭を軽く下げて永倉にそうお願いをした。
──下手に出るやり方というものをこの少女は熟知している。
本当にあの、平安時代に居た安倍晴明なのだと嫌でも思い知らされた。
永倉の方が年上であるが、精神面でいえば安倍晴明の方が遥かに上だ。
敵わないというのは道理だった。
話し合いは表面上、穏やかに終わり晴明たちは警視庁を後にした。
永倉は終始、心の中で舌打ちをせざるを得なかった。
「課長はすごいですね」
陰陽省に戻る道のりで運転する部下に晴明はそう言われた。
言われた本人は何のことだろうと思案するが、分からない。
「あの本部長、女好きで有名なんです。課長はお忙しくてご存知ないかと思うのですが。簡単にあしらっていらっしゃったから流石だと思いまして」
「あら。そうだったの。…小娘は範疇じゃなかったんじゃない」
「課長は大人っぽいですからそんなことはないと思いますが」
興味がなさげに晴明は窓の外の景色を眺める。
平安時代とはまるで違う景色。ビル街が並んでいる。
乗り物だって違う。牛車ではない。自動車である。
何もかもが違う。それを悲しいとは思わない。
ただ、時代は進歩したのだと晴明は思うだけである。
懐かしく思うのは悪いことではない。むしろいいことである。
だが、それに囚われてしまっては今を見ることが出来ない。
今が見ることが出来ない者に明日を見ることは出来るだろうか。
否。難しいことだろう。
晴明はその部類に入る人間ではなかった。
晴明は帰宅するなり驚愕することになる。
いつものように咲と共に屋敷に帰宅したのだが、
「ただい」
「おかえり。ちょっと失礼」
いきなり史郎にグイっと彼女の腕を引っ張り、強く抱きしめた。
いつもの彼ならこんな強引なことをすることはない。
晴明はそのことをよく分かっているので驚いたのである。
何かあったのだろうか。
何かしてしまったのだろうか。
そんな一抹な不安に彼女は囚われる。
咲はと言うと、その一部始終を静かに見守るだけであった。
どうやら彼女には史郎がこの行動をした理由が分かっているらしい。
理由が分からない晴明はどうすることもできず、ただ史郎の腕の中に収まるだけであった。
「し、史郎?」
「お前に責任がないことはよく分かっているんだがな。どうしても男としてはムカつくんだよ」
「えっと、何が?」
「永倉だよ。警視庁の本部長。今日、打ち合わせに行ったんだろ?」
「確かに行ったけど…なんで史郎がそのことを知っているわけ?」
「俺はあやかしの総大将だぞ。あやかし達から聞いたんだよ」
史郎の声色には怒りが含まれていることに晴明はまた驚いた。
彼は基本的に温厚な性格故にあまり怒るということはない。
その温厚な彼が怒っているのだ。
晴明は理由を必死に探るがさっぱり分からずにいた。
「アイツが女好きなのは部下から聞いてないのか?」
「…あぁ。聞いたよ。そういうこと。…だって十六の餓鬼だよ?女としてなんて見てないって。証拠に何もされなかったし」
「ほうほう。永倉を上手くあしらってたと聞いたがな」
「それは陰陽省を軽んじていたからだよ。それをあしらっていただけ。史郎が心配するようなことは全くなかったよ」
理由が分かった晴明は史郎をなだめるように静かに話した。
要するに、女好きの男と関わったことに史郎は嫉妬しているのだ。
内心、呆れるのと少し嬉しいと思う彼女が居た。
呆れるのは弟分としての気持ち、嬉しいと思うのは妻としての気持ちだ。
両方の気持ちを持ち合わせいる晴明の心の中は若干忙しかった。
「私はあんな奴にやられたりしないし、目移りもしないよ?」
自分の気持ちは心に秘めたまま、満面の笑顔でそう史郎に晴明は言った。
その笑顔が効いたのか、彼は頬を真っ赤にした。
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