奥様は安倍晴明

天羽ヒフミ

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第二十話

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「あ、あの……」

紫苑と名乗った鬼女はしどろもどろとなっている。今にも泣いてしまいそうだ。
その表情に晴明は覚悟を決めたように、けれどなるべく優しい口調で口を開いた。

「単刀直入に聞くね。何故、私の正体を知っているの?」
「え?」
「職員以外知らないはずなんだよね。生徒を不安がらせるわけにもいかないし」
「……そんなこと、あの方は」
「誰なのかな。行動の強制は一度切りにしたいから貴女自身の口から聞きたい」

少し目を彷徨わせていたが、紫苑も覚悟を決めたのか恐る恐るその問いかけの答えを告げた。



「――蘆屋道満あしやどうまん様」



紫苑が震える声でそう言った。

咲は先ほどよりもずっと大きく目を見開いていた。

――蘆屋道満。

安倍晴明と同じくらい有名な平安時代を代表する陰陽師の一人。
だがこの世界においては――

「平安最凶の呪詛師……ですよね」

咲も紫苑のように声を震わせながら言った。
口にした彼女はいつも無表情だというのに恐怖に表情が恐怖に歪む。
――そう。
この世界において蘆屋道満は正真正銘、陰陽師でもあるのだが平安最凶の呪詛師でもある。
呪詛師とは陰陽師でありながら悪行を働く者のことだ。現代では呪詛師はいないとされている。
蘆屋道満の名は口にするのは禁句と言われているほどで、あやかしの間でも人間の間でも口にされるのは拒まれるほどだ。

「うわー。あいつも生まれ変わってたのね。めんどくさいなぁ」

恐怖で震えている咲の肩を優しく晴明は抱いた。
晴明の気遣いに、式神としての役目を果たせていないと咲は自分の無力さを悔やむ。
かつての知己の名前を出された彼女の主人は別段恐れることもなく、緊張感のない声でそう言いのけた。
この場で一人だけ、恐怖に支配されていなかった。

「貴女が私のことを知っているということは……私が女ってことも知っているということか。あの野郎、昔っからめんどくさいことばかり起こすな~」

日常茶飯事とでもいうような雰囲気で晴明はため息をついた。
そんな彼女の態度に咲は弱々しく尋ねる。

「晴明様……知り合いなのは伝説で知っております。同じ陰陽師であることも。――ですが怖くないのですか?呪詛師なんですよ?」

いつも冷静な彼女らしくない一面を見せていた。
そんな咲の様子に晴明は驚いたように見つめると、美しい顔を不敵に笑ってみせた。

「怖くなんかないさ。知らないの?咲。私はね、あの男に負けたことなんかないんだよ?」

――その瞳に映るのは自分か、はたまたは遠い過去か。

そのどちらなのかは咲には分からなかった。
けれど晴明のその表情と言葉で彼女はどうにか平静さを取り戻していた。
式神である自分が守ってもらうなんて情けない話だが、己の主人はそんなことで見限らない優しい人だと知ってる。
晴明の優しさを誰よりも咲はわかっていた。

「芦屋の野郎なのは分かった。それで君は一族を人質に取られ脅されていると見た。あいつから何を頼まれて何を聞いてたんだい?話せるなら話してほしい」

晴明は紫苑に再び問いかけた。
裏で操っているのが蘆屋道満であることは判明したが、判明したのはそれだけで紫苑の役割が分からない。
内容をもし話せるのであれば聞きたいと晴明は思っていた。

「えっと、あの方がおっしゃった通りに音楽室に術式の展開と……そして貴女の監視です。写真、渡されてたから。私ほどの妖力なら変装してても見破れるだろうって……」
「ふーん。あいつ、やることがやんちゃじゃなくなったね。ま、眼鏡だけの変装なら見破られるかぁ」
「……は?」

説明した紫苑は晴明の言葉に驚いたように口を惚けさせいてた。
咲も同じように驚いている。
晴明は相変わらずどこまでも言葉にも態度にもまるで緊張感がない。
緊迫している二人の雰囲気がおかしいのではないのかというほどだ。

「ん?どうしたの2人して」

首を傾げる晴明。二人の態度がまるで理解できないらしい。
この場で一人だけ取り残されている。
そんな彼女に咲がしっかりとした口調で口を開いた。

「晴明様。この方は人質に取られているのですよ?それに彼女の役割も人間を脅かすものです。どうして平然としていられるのですか」
「だってあいつ、昔は何も考えずに人やあやかしを見境なしに殺してたもん。あやかしを人質に取るという考えを持てるようになっただけ、少しはマシになった」
「そんな……でもそれでも充分驚異です」
「そうかな。人殺ししていないだけ充分マシだと思うけれど」
「……」
「昔、あの男を捕らえるのはとても苦労したねぇ。逃げ足だけは速かったから」
「その男が生きているのですよ!」

咲が必死な表情と声で晴明に訴えかける。
その言葉を放った瞬間、彼女は晴明の表情を見て言わなければ良かったかもしれないと青ざめた。
自分が今朝方見た、能面の表情をしていたからだった。
それよりもどうしてなのか、空虚な目で何処かを見つめていた。

「――今も昔も変わらぬか。あやかしと人間があの男で騒ぐのは。ほんに難儀なことやな」

まるで自分は関係ないと言わんばかりの発言だった。
晴明らしくない発言に咲は戸惑う。

「おっと……つい昔の話し方になってた。ごめんよ」

いつもの表情に戻ると少し照れくさそうに晴明は言った。
咲は我慢できずに思わず尋ねてしまう。それでもなるべく冷静に。

「晴明様……なぜそのような事を仰るのですか」
「だって呪われるのは人とあやかしだけだから。私には関係ないんだよ。――どっちでもないハグレ者だから私には呪いは効かないんだ」

晴明のその言葉に咲は泣きそうになるのを必死に堪えた。

――安倍晴明が平安時代から抱えている心の傷に気がついたからだった。


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