奥様は安倍晴明

天羽ヒフミ

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第三十話

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「マジありえん」

当時、安倍晴明十五歳。十六歳の誕生日間近のこと。
平安時代を生きたかの陰陽師は若者言葉でこの世を嘆いていた。
手には何枚かの書類が握りしめられている。

「あら、どうしたの?せいちゃん」

同じ児童養護施設に住む一歳年上の佐藤雫に声をかけられた。晴明のことを昔から晴ちゃんとあだ名で呼んでいる。
黒髪のショートカットが特徴的な少女だった。
晴明にとって雫は実の姉のような存在である。
この頃はまだ史郎のプロポーズを承諾していなかったので晴明は児童養護施設でお世話になっていた。
咲はあやかしということもあり、晴明のそばではなく史郎の家の離れに住んでいた。

「雫姉ちゃん。私、高校生になれないらしい」
「あれ?受験勉強してるよね?なんで?」
「……雫姉ちゃんならいいや。これ、読んで。ムカつくから説明はしたくない」
「どれどれ……」

晴明は雑な動作で雫に一枚の書類を渡す。
書類を受け取った雫はそこに書かれている文字に目を通す。
しばらくすると書類をぐしゃりと握り潰した。表情は般若のようだ。
晴明はその様子を見てこの人を怒らせてはいけないと心に決めた。
滅多に怒ることのない温厚な雫が怒っているのだ。
恐怖心はないものの、直感でそう晴明は感じた。

「晴ちゃん!何よこれ!人権無視してるじゃない!」
「だよね……十六歳になったらフルタイムで働けとか何様~。お願いという名の強制かよ~。つーか自分たちの無能さを私に押し付けるな~」

バイトして貯めたお金で大学を卒業して、やりたいことが特に見つからなかったら陰陽省に入ろうと晴明は考えていた。
元々、陰陽師として働いていたし、仕事で困ることはないだとうと順序立てて将来をきちんと考えていたのだ。
けれど、大学どころか高校にも行けないらしい。
書類にはあくまで丁寧に助けてほしいとしか書かれていない。
安倍晴明というかつて陰陽師だった少女に人質や脅しは全く通用しないことをよく理解しているのだろう。
そんなもの、晴明がその気になればすぐに解決してしまう。
だからこそ晴明にしか出来ないことを挙げていき、成人になる前から助けてほしいと書いた。
少しでも早く国を脅かすかもしれない半妖を国の味方取り込むためにだ。

(まぁ、私が女ってバレた後に続いて半妖だともバレたし……驚異に思うのは仕方ないことか)

別に国を脅かすつもりはないのだけれど、と晴明は心の中で否定しておいた。
晴明は自分にメリットがないことはしない主義だ。
だから多分、国を滅ぼすということはないだろうと他人事のように晴明は自身を分析していた。

「晴ちゃん……どうするつもり?」
「うーん。勤務開始の四月までに時間はあるし……考えてみるよ。予想外ではなかったから」
「私の方がお姉さんなのになんか変に達観してるよねぇ。晴ちゃんって」
「そりゃあ、平安時代の記憶もあるし。かなり長生きしたからね。余裕で百歳以上生きたし」
「……そっか。何か愚痴りたくなったらいつでも頼ってね」
「うん。雫姉ちゃんありがとう」

雫の言葉に晴明は微笑む。
晴明は優しい雫のことが昔から大好きだった。
雫は半妖だと分かっても忌避しなかった唯一の人間だからだ。
だからこそ誰よりも守りたいと思うし、彼女の幸せを1番に願っていた。

(そーいえば、史郎の奴に誕生日デートしようぜって言われてたな……すっかり忘れてた)

一週間後の十月二十四日に晴明は結婚ができる年齢――十六歳になる。
その日は史郎が是非ともデートがしたいと強く主張してきたのだ。

(アイツ、まだ私と結婚したいとか思ってんのかなぁ……うーむ。あやかしの坊ちゃんが考えることは分からない)

陰陽省から届いた書類を机に仕舞い込みながらぼんやりと晴明は思った。




一週間後、十月二十四日。安倍晴明――十六歳の誕生日。
午前中から晴明は史郎との待ち合わせである駅前に向かっていた。
雫にコーディネートを手伝ってもらい、普通の十六歳の少女よりも大人っぽい格好をしている。
今日は風が強く寒い日なので厚着をした。
ヒールのある黒いブーツにベージュのコート。
黒いロングスカートに白いセーターをコートの下に着ていた。
肩からは小さめのシンプルなデザインのバックを掲げている。
コツンコツンとリズムよくヒールを鳴らし、待ち合わせに遅れないように歩いている。
駅前が見えてくると、待ち合わせ場所には既に史郎がスマホを見て待っていた。
早足で晴明は史郎の元へ急ぐ。

「史郎。お待たせ」
「おう……可愛い格好してるじゃねぇか」
「雫姉ちゃんにコーディネートしてもらったの」
「あぁ。あの子か。……よく似合ってるよ。惚れ直した」

慈愛に満ちた目で史郎は晴明に言う。
あまりにも優しい目つきをするものだからほんの少しだけ晴明の胸は高鳴った。

(史郎のくせに生意気だ……)

晴明は胸の高鳴りを隠したくてそう誤魔化した。
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