奥様は安倍晴明

天羽ヒフミ

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第三十一話

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「お腹は空いてるか?」

腕時計を見ればちょうど昼頃。
晴明はお腹が鳴ってしまいそうだなと思いながら史郎の言葉に静かにうなづいた。

「レストラン予約してるから行こうぜ」
「おぉ。モテる男は違う。準備がいいね」
「当たり前だろ。今日はお前の誕生日なんだから」
「あっ…そうだった。お腹へっちゃって忘れてたよ」

晴明にとっては人生で二回目の十六歳。
一回目の十六歳の頃には既に陰陽師として朝廷に起用されており、働いていた。
あっという間にこの年齢になったなと感慨深く晴明は思う。
平安時代と違って両親に愛されることはなかったけれど別に悲しいと思うことはない。
全てはかつて生きた時代のまま生まれ変わってしまった自分が悪いと晴明は考えている。

(あぁ……でも。雫姉ちゃん以外にもいたな。私が半妖でも忌避しなかったやつ……まぁ、現在私の隣を歩いてる男なんだけど……)

鯰尾史郎は晴明が半妖と分かっても忌避しなかったあやかしの一人だ。
昔からの知己のあやかしが忌避しないのは珍しいことではなかったが、今代のあやかしが忌避しないのはとても珍しいことだった。
そんなことを考えながらしばらく他愛のない話で時間を潰していると、史郎が足を止める。
そこはいかにも高そうな雰囲気のレストランだった。

「着いた。ここだよ」
「……ここ高くね?私、そんなに現金持ってないぞ?」
「今日は誕生日なんだから大人しく奢られておけ」
「えぇ……坊ちゃんぇ……」
「ほら、行くぞ」

史郎は晴明の手首を軽く掴み、レストランの中に入った。
レストランの中は豪勢な作りだけどとても静かだ。個室も作られており、店員さんが二人を数ある個室の中の一室に案内した。

「おぉ……」
「昨日、店員さんと協力して俺と咲でこれをやったんだ」

個室の中は晴明の誕生日を祝う飾りが付けられていた。『十六歳の誕生日おめでとう』と飾り付けられている。
素直に嬉しいと彼女は思った。
人生で一回目の十六歳の誕生日は晴明が仕事で忙しく祝ってもらうことが出来なかったのだ。

「嬉しいよ。ありがとう」
「そっか。……ちなみに咲は俺のことを考えて今日は一緒に来ることを遠慮してくれたんだ。ちゃんと咲からプレゼントは預かってきてるからな」
「今更咲が史郎に何を遠慮するの?」
「……それは後でな。まずは座って食おうぜ」

史郎の言っている意味が晴明にはイマイチ分からず思わず首を傾げた。
二人が座ってから出された料理は高そうなお店ということもあり、どれも綺麗に美味しくいただくことができた。
晴明は幸せそうに食後のデザートを食べている。皿にはチョコレーケーキが誕生日仕様で盛り付けられていた。
その様子を愛しいものを見る温かな目つきで史郎は見つめている。
視線に気がついた晴明は、

「史郎。もうお腹いっぱいになったの?」

とケーキをつつくフォークを止めて尋ねた。
史郎は首をゆっくり振りながら頬を染めて言葉を紡ぐ。

「いいや。食べるよ。……晴明が可愛くて見てただけ」
「……私の事情を母上から全て聞いておきながらも可愛いなんて言うの、あんただけよ」

呆れたように呟きながら晴明はケーキを口に放り込む。
ケーキはとても美味しいので思わず口角が上がってしまう。
晴明は結婚する前から知っていたことがあった。
それは彼女の母親――葛の葉姫から自分のことを史郎に話したということだ。
葛の葉姫は妖狐の神となって今でも生きている。
母親は晴明の過去を話したというより、彼女の特殊な家系のことについて主に話したらしい。
普通なら引かれる家系のはずなのだ。積極的に関わりたいと思わないはずだ。
なのに――こうして史郎は晴明と関わろうとする。晴明にはその理由が理解できずにいた。

「そうか?晴明のことを聞くことができて俺は満足したけどな」
「あんたまだそんなこと言って…」
「もう食い終わったか?」

晴明の言葉を遮って史郎は尋ねる。
滅多にそんなことをする男ではないので晴明は少し戸惑った。
鯰尾史郎という男は人の話をよく聞くあやかしだからだ。
食べ終わってはいるものの、正直に言っていいものかどうか晴明は考えた。
史郎の態度が僅かばかり変わったことがわかってしまったからだ。
彼がとても緊張していて、何か大きなことをしようとしている。
長い付き合いだからこそ気づいてしまったことだった。

「……食い終わってるな。よし、じゃあまずは咲からのプレゼントを渡すな」

史郎は晴明の返事を聞くことなく、持ってきたカバンから黒い小さな箱を取り出した。
テーブルに置いて晴明に渡す。

「開けてみろよ」
「え?いいの」
「俺、晴明の感想聞いてこいって咲に頼まれてるからさ」
「……あら、そうなの。わかった」

静かに晴明は箱を開けた。
そこに嵌められていたのは一組のイヤリング。
ピンク色のガラス細工を桜の形に催したものだった。

(私が桜が好きなこと……あの子覚えていたのね……)

晴明はそっと手に取り、イヤリングを耳に付けてみる。
耳元がピンク色に揺れて輝いた。
今は冬だけれどそこだけ桜が咲いているような美しさだった。

「咲の奴さすがだな。よく似合ってる。すごく可愛いよ」
「言っておいて。流石私の式神って。気に入っちゃったよ」
「わかったよ」

そんな晴明の様子をまるで眩しいものを見るような目つきで史郎は言った。
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