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第四十話
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史郎の中で時が止まる。
――嬉しくて叫びたくなる気持ちを抑え込んだ。
結婚して共に生活を送るようになってから以前よりも心の距離が縮まっているとは感じていた。
けれどもずっと男として意識されたことはないと史郎は考えていたのだ。
自分は晴明にとってただの弟分に過ぎないと。
そう自分勝手に思い込んでいた。
晴明は結婚をしてきちんと男として史郎のことを見ていてくれていたというのに――
「な……晴明殿。この男から脅されているのでしょう?そう言わなければ家族を殺すだとか」
「……土御門さん。貴方は少々、私のことを舐めているようですね。自分のことを強いだとかそう思ったことはありませんが――どうして指先一つであやかしを滅ぼせるのに脅されなくてはならないんです?」
――あぁ、知っている。知っているとも。お前と出会った時から知っている。
史郎は思い出す。その少女と出会った日を、その少女を生涯愛すると決めてしまった日を――。
それは史郎が十一歳の頃の話だ。
狐の神様――天狐と呼ばれる存在に昇華した葛の葉姫が自分の娘を偶然、現代で見つけたことがきっかけだった。
「私の可愛らしい娘が現代に生まれ変わっているみたい。きっとお義父様のおかげね」
毎月開催されるあやかしの会合で暇つぶしと言って参加した葛の葉姫はそう発言した。
絶世の美女のその言葉に先代の総大将、史郎の父親である緑郎は疑問を抱く。
「葛の葉姫。貴女に娘なんていましたっけ?」
「あらぁ。いるわよ。私の自慢の娘は現代まで名を残している稀代の陰陽師よ。天才で最強なの」
「稀代の陰陽師?現代まで名を残していると言えば、安倍晴明くらいでは?でも男ですよね……伝説では人間だし…違うか」
「何を言ってるの。――安倍晴明は私の娘よ。人間の父親との間に生まれた半妖で、間違いなく女よ」
「……は?」
その場にいた全員が愕然とした。誰もが驚かずにはいられなかった。
あの安倍晴明が、半妖で女?しかも現代に生まれ変わっている?
平安時代から語り継がれてきた伝説の陰陽師の衝撃的事実だった。
「私には先見の眼があるからお前たちが半妖を差別するのはわかってた。娘がそのせいで孤独になることもね。だから半妖を隠すためにまず女であることを隠させたの。そうすればあの子は正体を隠すことに全力を注ぐ。……辛い選択だったけれど、それは正解だったと改めて思うわ。あの時代にはもう男尊女卑が始まっていたもの」
「……そうだったんですね」
「そうよ。半妖を差別していた歴史はあやかしと人間の過ちよ」
「俺もそれは昔からそう思ってましたよ」
緑郎は葛の葉姫が語る事実に衝撃を受けたものの、どうにか返事をした。
言葉通り、半妖を差別していた歴史が過ちであるということは事実だと緑郎は感じていた。
総大将である彼は幼い頃から半妖を差別することを良いことだとは思っていなかったのだ。
存在するかもわからない大変貴重な存在を想像だけで決めつけて差別するのはどうなのだろうかと考えていたのだ。
半妖が何か悪いことをしたわけではない。存在したところで自分達に不利益になるわけでもない。
ただ、どちらにもなれない者なだけ。
それだけの理由で差別をするのはおかしいとずっと感じていた。
「六歳になった晴明は今、施設でお世話になってるみたい。あの子、実の親に容赦無く捨てられたらしいのよ。全く似てないし、あまりにも大人っぽいからって理由で。本人は私がいるから気にしてないって言っていたけれど腹立たしいわね。私の可愛い娘になんてことをしてくれたのかしら」
葛の葉姫は苛立ちを隠すことなく出された湯呑みを口にする。
そんな彼女の様子を見ながら緑郎は尋ねた。
「それなら葛の葉姫が引き取ればよかったのでは?」
「同じことを晴明に言ったわ。そしたらあの子にしては珍しいことを言ったのよ」
「珍しい?」
「施設で一緒に居たい子がいるんですって。確か雫姉ちゃんって言ってたわね。その子と一緒に過ごしたいそうよ。……わがまま言ったことがない娘だったのに、成長したわ」
「とても可愛らしいんですね、安倍晴明は」
「当たり前じゃない。私の娘はとても美人だし、陰陽師としても最強格なんだから」
――そうとても誇らしげに葛の葉姫は言うのだった。
一連の会話を父親の近くで聞いていた史郎はふぅんと思った。
確かに興味深い話ではあるが自分にはあまり関係のない話と感じたのだ。
史郎には当時、両親に決められた婚約者がいた。
八咫烏の一族である八尾百合という名前の少女だった。
将来は百合と結婚するものだと史郎は考えいていた。
けれど彼女に対して特別な恋愛感情は一切、持っていなかったのだ。
(俺が誰かを本気で愛することなんてできる日が来るのかな)
そんなことを史郎は子供ながらに考えていた。
――嬉しくて叫びたくなる気持ちを抑え込んだ。
結婚して共に生活を送るようになってから以前よりも心の距離が縮まっているとは感じていた。
けれどもずっと男として意識されたことはないと史郎は考えていたのだ。
自分は晴明にとってただの弟分に過ぎないと。
そう自分勝手に思い込んでいた。
晴明は結婚をしてきちんと男として史郎のことを見ていてくれていたというのに――
「な……晴明殿。この男から脅されているのでしょう?そう言わなければ家族を殺すだとか」
「……土御門さん。貴方は少々、私のことを舐めているようですね。自分のことを強いだとかそう思ったことはありませんが――どうして指先一つであやかしを滅ぼせるのに脅されなくてはならないんです?」
――あぁ、知っている。知っているとも。お前と出会った時から知っている。
史郎は思い出す。その少女と出会った日を、その少女を生涯愛すると決めてしまった日を――。
それは史郎が十一歳の頃の話だ。
狐の神様――天狐と呼ばれる存在に昇華した葛の葉姫が自分の娘を偶然、現代で見つけたことがきっかけだった。
「私の可愛らしい娘が現代に生まれ変わっているみたい。きっとお義父様のおかげね」
毎月開催されるあやかしの会合で暇つぶしと言って参加した葛の葉姫はそう発言した。
絶世の美女のその言葉に先代の総大将、史郎の父親である緑郎は疑問を抱く。
「葛の葉姫。貴女に娘なんていましたっけ?」
「あらぁ。いるわよ。私の自慢の娘は現代まで名を残している稀代の陰陽師よ。天才で最強なの」
「稀代の陰陽師?現代まで名を残していると言えば、安倍晴明くらいでは?でも男ですよね……伝説では人間だし…違うか」
「何を言ってるの。――安倍晴明は私の娘よ。人間の父親との間に生まれた半妖で、間違いなく女よ」
「……は?」
その場にいた全員が愕然とした。誰もが驚かずにはいられなかった。
あの安倍晴明が、半妖で女?しかも現代に生まれ変わっている?
平安時代から語り継がれてきた伝説の陰陽師の衝撃的事実だった。
「私には先見の眼があるからお前たちが半妖を差別するのはわかってた。娘がそのせいで孤独になることもね。だから半妖を隠すためにまず女であることを隠させたの。そうすればあの子は正体を隠すことに全力を注ぐ。……辛い選択だったけれど、それは正解だったと改めて思うわ。あの時代にはもう男尊女卑が始まっていたもの」
「……そうだったんですね」
「そうよ。半妖を差別していた歴史はあやかしと人間の過ちよ」
「俺もそれは昔からそう思ってましたよ」
緑郎は葛の葉姫が語る事実に衝撃を受けたものの、どうにか返事をした。
言葉通り、半妖を差別していた歴史が過ちであるということは事実だと緑郎は感じていた。
総大将である彼は幼い頃から半妖を差別することを良いことだとは思っていなかったのだ。
存在するかもわからない大変貴重な存在を想像だけで決めつけて差別するのはどうなのだろうかと考えていたのだ。
半妖が何か悪いことをしたわけではない。存在したところで自分達に不利益になるわけでもない。
ただ、どちらにもなれない者なだけ。
それだけの理由で差別をするのはおかしいとずっと感じていた。
「六歳になった晴明は今、施設でお世話になってるみたい。あの子、実の親に容赦無く捨てられたらしいのよ。全く似てないし、あまりにも大人っぽいからって理由で。本人は私がいるから気にしてないって言っていたけれど腹立たしいわね。私の可愛い娘になんてことをしてくれたのかしら」
葛の葉姫は苛立ちを隠すことなく出された湯呑みを口にする。
そんな彼女の様子を見ながら緑郎は尋ねた。
「それなら葛の葉姫が引き取ればよかったのでは?」
「同じことを晴明に言ったわ。そしたらあの子にしては珍しいことを言ったのよ」
「珍しい?」
「施設で一緒に居たい子がいるんですって。確か雫姉ちゃんって言ってたわね。その子と一緒に過ごしたいそうよ。……わがまま言ったことがない娘だったのに、成長したわ」
「とても可愛らしいんですね、安倍晴明は」
「当たり前じゃない。私の娘はとても美人だし、陰陽師としても最強格なんだから」
――そうとても誇らしげに葛の葉姫は言うのだった。
一連の会話を父親の近くで聞いていた史郎はふぅんと思った。
確かに興味深い話ではあるが自分にはあまり関係のない話と感じたのだ。
史郎には当時、両親に決められた婚約者がいた。
八咫烏の一族である八尾百合という名前の少女だった。
将来は百合と結婚するものだと史郎は考えいていた。
けれど彼女に対して特別な恋愛感情は一切、持っていなかったのだ。
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そんなことを史郎は子供ながらに考えていた。
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