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第四十一話
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「ご機嫌よう、史郎様」
「こんにちは、百合」
花柄の赤い華やかな着物を身に纏った少女――八尾百合が頬を染めて史郎の元へやってきた。
史郎は軽く挨拶をする。
美しい黒く長い髪の毛はサイドテールにして結んでおり、白く滑らかな肌に大きな黒い瞳が特徴的なとても可愛らしい少女だった。
百合は史郎の腕を絡めてうっとりとした表情で見つめる。
「史郎様また背が伸びましたか?十一歳の男の子にしてはとても身長が高いですね」
「そうか?」
「ええ。私と結婚する時にはどれくらいの身長になっているのでしょう。今からとても楽しみです」
「……ふーん。そうか」
史郎は適当に返事をする。彼は百合に対して何の感情も持っていなかった。
そのことに対して百合は気づいているようだが全く気にしていない様子だった。
史郎へ熱の籠った視線を送り続けて腕を絡みとるが胸を押し付けているみたいに見える。
幼いながらも百合は自分の魅力を知っていた。
その魅力を使えば史郎はそのうち自分のことを好きになるだろうと百合は確信していた。
「史郎様。会合が終わりましたら一緒にお茶をしましょう?」
「時間的に無理じゃないか?今日の会合はかなり長くなりそうだぞ。何せ安倍晴明の話で持ちきりだ」
史郎が表情ひとつ変えることなく事実を伝えると百合はとても不満げな顔をした。
「安倍晴明が女だという話でしょう?くだらない。ありえない話ですわ」
「……葛の葉姫が嘘をついてるとでも言いたいのか?」
「だってあの方、かなりのお年でしょう?きっと虚言癖が出ているのです」
そう冷たく百合は葛の葉姫がいる方向を向いて言った。
もちろん、彼女の言うことは事実無根である。
葛の葉姫は虚言癖などないしありのままの事実を伝えているだけだ。
「年上に向かってのその物言いは感心しないな」
史郎が百合のアプローチに対して無関心なのは彼女のこういう本性を見抜いているからだ。
本人は気がついていないのだが、出会ったときから百合は人を見下す性格の持ち主なのである。
婚約者である史郎を見下すことはなかったが、特に周囲の女子に対して百合はよく見下す発言をしていた。
自分は普通の女子より可愛いと言う自覚が彼女の中にあった。
彼が恋愛に積極的ではないというのも事実だが、十一歳ながらにしてその人物の本性を見抜く観察眼の持ち主だった。
子供の頃から将来の総大将としての器を持っていたのだ。
「え?私は思ったことを言ったまでですよ?何がいけないのです?」
「思っても口にして良いことと悪いことがある。それがわからないならお前は人間で言う幼稚園児のままだな」
「なっ……史郎様!ひどいです!」
百合は子供らしく顔を赤くして大声で怒鳴る。
対して史郎は子供らしからぬ冷静な視線で慌てることなく百合に目を向けていた。
「先に失礼なこと言ったのはどっちだ?俺は事実を述べているだけだ」
碧眼が冷たく細まった。
当時、葛の葉姫と史郎に直接の交流はなかったが父親からよく話を聞いていた。
稀代の陰陽師・安倍晴明の実母であり、あやかしでありながら陰陽道を扱える達人であると。
安倍晴明に陰陽道の基礎を教えたのは葛の葉姫だったらしい。
平安時代はただの一介の妖狐に過ぎなかったが、天狐まで自身の存在を昇華させた伝説のあやかし。
交流はなくとも話を聞いていて史郎は一人のあやかしとして尊敬していた。
そんな尊敬する人物のこと侮辱されたのだ。
同じ子供であろうとも史郎には見過ごすことができなかった。
百合は史郎に正論を叩きつけられ言葉を返すことができずにいる。
悔しそうに彼女は可愛らしい顔を歪めた。
「言葉遣いにはよくよく気をつけろ。子供であっても許されないことは存在する」
史郎はこの頃からとても大人の思考に近い考えを持った子供だった。
どんな立場であっても目上に値する人物には礼儀を尽くす。
それは礼儀にうるさい父親を持ったせいであり、今では史郎の当たり前となっている。
あやかし達をまとめるにあたり必要な処世術でもあったのだ。
「……はい」
どうにか史郎の言葉に返事をする。
ごめんなさいと言わなかったのは百合の中にあるちっぽけなプライドのせいだった。
幼いながらも大層甘やかされて育った彼女には高いプライドがあった。
(ここで謝らないところがよくないよな……まぁ、返事しただけいいか)
史郎は長いため息をついた。
理解しているつもりでいたが、自分の婚約者は少々厄介だと思ったのだ。
百合と史郎がそう話をしているうちに今月の会合は終わりを迎えた。
「こんにちは、百合」
花柄の赤い華やかな着物を身に纏った少女――八尾百合が頬を染めて史郎の元へやってきた。
史郎は軽く挨拶をする。
美しい黒く長い髪の毛はサイドテールにして結んでおり、白く滑らかな肌に大きな黒い瞳が特徴的なとても可愛らしい少女だった。
百合は史郎の腕を絡めてうっとりとした表情で見つめる。
「史郎様また背が伸びましたか?十一歳の男の子にしてはとても身長が高いですね」
「そうか?」
「ええ。私と結婚する時にはどれくらいの身長になっているのでしょう。今からとても楽しみです」
「……ふーん。そうか」
史郎は適当に返事をする。彼は百合に対して何の感情も持っていなかった。
そのことに対して百合は気づいているようだが全く気にしていない様子だった。
史郎へ熱の籠った視線を送り続けて腕を絡みとるが胸を押し付けているみたいに見える。
幼いながらも百合は自分の魅力を知っていた。
その魅力を使えば史郎はそのうち自分のことを好きになるだろうと百合は確信していた。
「史郎様。会合が終わりましたら一緒にお茶をしましょう?」
「時間的に無理じゃないか?今日の会合はかなり長くなりそうだぞ。何せ安倍晴明の話で持ちきりだ」
史郎が表情ひとつ変えることなく事実を伝えると百合はとても不満げな顔をした。
「安倍晴明が女だという話でしょう?くだらない。ありえない話ですわ」
「……葛の葉姫が嘘をついてるとでも言いたいのか?」
「だってあの方、かなりのお年でしょう?きっと虚言癖が出ているのです」
そう冷たく百合は葛の葉姫がいる方向を向いて言った。
もちろん、彼女の言うことは事実無根である。
葛の葉姫は虚言癖などないしありのままの事実を伝えているだけだ。
「年上に向かってのその物言いは感心しないな」
史郎が百合のアプローチに対して無関心なのは彼女のこういう本性を見抜いているからだ。
本人は気がついていないのだが、出会ったときから百合は人を見下す性格の持ち主なのである。
婚約者である史郎を見下すことはなかったが、特に周囲の女子に対して百合はよく見下す発言をしていた。
自分は普通の女子より可愛いと言う自覚が彼女の中にあった。
彼が恋愛に積極的ではないというのも事実だが、十一歳ながらにしてその人物の本性を見抜く観察眼の持ち主だった。
子供の頃から将来の総大将としての器を持っていたのだ。
「え?私は思ったことを言ったまでですよ?何がいけないのです?」
「思っても口にして良いことと悪いことがある。それがわからないならお前は人間で言う幼稚園児のままだな」
「なっ……史郎様!ひどいです!」
百合は子供らしく顔を赤くして大声で怒鳴る。
対して史郎は子供らしからぬ冷静な視線で慌てることなく百合に目を向けていた。
「先に失礼なこと言ったのはどっちだ?俺は事実を述べているだけだ」
碧眼が冷たく細まった。
当時、葛の葉姫と史郎に直接の交流はなかったが父親からよく話を聞いていた。
稀代の陰陽師・安倍晴明の実母であり、あやかしでありながら陰陽道を扱える達人であると。
安倍晴明に陰陽道の基礎を教えたのは葛の葉姫だったらしい。
平安時代はただの一介の妖狐に過ぎなかったが、天狐まで自身の存在を昇華させた伝説のあやかし。
交流はなくとも話を聞いていて史郎は一人のあやかしとして尊敬していた。
そんな尊敬する人物のこと侮辱されたのだ。
同じ子供であろうとも史郎には見過ごすことができなかった。
百合は史郎に正論を叩きつけられ言葉を返すことができずにいる。
悔しそうに彼女は可愛らしい顔を歪めた。
「言葉遣いにはよくよく気をつけろ。子供であっても許されないことは存在する」
史郎はこの頃からとても大人の思考に近い考えを持った子供だった。
どんな立場であっても目上に値する人物には礼儀を尽くす。
それは礼儀にうるさい父親を持ったせいであり、今では史郎の当たり前となっている。
あやかし達をまとめるにあたり必要な処世術でもあったのだ。
「……はい」
どうにか史郎の言葉に返事をする。
ごめんなさいと言わなかったのは百合の中にあるちっぽけなプライドのせいだった。
幼いながらも大層甘やかされて育った彼女には高いプライドがあった。
(ここで謝らないところがよくないよな……まぁ、返事しただけいいか)
史郎は長いため息をついた。
理解しているつもりでいたが、自分の婚約者は少々厄介だと思ったのだ。
百合と史郎がそう話をしているうちに今月の会合は終わりを迎えた。
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