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第四十二話
しおりを挟むしばらくの間、あやかしの間では安倍晴明の話題で持ちきりだった。
半妖であることも話題となり、差別の歴史は過ちであったと皆が認めて反省した。
それでも半妖という存在が忌避すべき存在であることには変わりない。
何故ならば世界に一人だけであり、人間でもあやかしでもどちらでもない者なのだから。
時間が解決することを待つほかなかった。
葛の葉姫の元へ訪問する者も増えて、まともに隠居生活が出来ていないことを史郎は父親から聞いた。
どうやら彼女を訪ねて安倍晴明を紹介するように要求されているらしい。
「なんで葛の葉姫は安倍晴明を紹介するように言われてるんだ?父さん」
息子の言葉に緑郎はひどく疲れた表情で答えた。
「……あやかし達はどうやら婚約関係を結びたいと思ってるらしくてな。確かにかつての伝説の陰陽師と婚姻関係を結べば将来は安泰だろうけど……前世の記憶があったとしても仮にも六歳の子供に何人も婚約を迫るのはどうかと思うんだよね。彼女がお世話になってる施設の方にも迷惑がかかるし。父さんはきちんと皆にそう通達したんだけどなぁ」
「父さんの通達を無視するなんて珍しいな」
「あの安倍晴明が女性だって判明しちゃったからだろうなぁ。……おそらく、女ならば好きなように出来るって勘違いしてるんだと思う」
緑郎は史郎の頭を撫でる。
それは息子を愛でる為でもあったが、自分の精神的な疲れを癒すための行為でもあった。
そのことをよく理解している史郎は黙って受け入れていた。
「葛の葉姫が平安時代に性別を隠させた理由のひとつだろうね。現代社会では女性の立場が強くなりつつあるけど、まだ弱かった頃の名残もある。だから女性は弱いというイメージがあるのだろうけど……」
「けど?何?父さん」
息子の頬を優しい手つきで触って緑郎は不適な笑みを浮かべてこう言った。
「安倍晴明っていう女性は俺たちが考えているよりもずっとすごい陰陽師だと思うんだよね。……葛の葉姫があんなに誇らしく現代まで語る陰陽師っていうのもあるし、つい先日に長い間隠してきた事実をあっさり明かしたのもきっとそれが理由だと父さんは考えているよ」
史郎は平安時代に安倍晴明が残した伝説をほとんど知らない。
知らなくともあやかしは生きていけるからこそ知る必要がなかった。
父親の言葉を聞いて史郎は少し興味を持った。
平安時代から現代まで親がずっと誇れる伝説の陰陽師とは一体どんな女の子なのだろうか――と。
その話題から一ヶ月後。再び会合が開かれることになった。
会合場所は史郎の家から少し離れた場所にある洋風の屋敷だ。
未来の総大将として史郎も両親から出席するように言われていた。
史郎は父親と一緒に洋館に向かった。
(今月も葛の葉姫は来ているかな)
もし来ているのならば挨拶くらい交わしておきたいと考えいていた。
安倍晴明の話題が出るようになってから一ヶ月が経つが、今でもその話題で持ちきりだ。
その証拠に会合に出席する人数がいつもより多い。
恐らく、葛の葉姫と会うために来たのだろう。
あわよくば安倍晴明を紹介してほしいとお願いをしに来たに違いない。
史郎から見てもあやかし達の魂胆が丸見えだった。
(小さいのに安倍晴明も大変だな)
他人事のように史郎はそう考える。
それから少し経つと会合が始まり、洋館の大広間であやかし達が情報交換を交わし始めた。
いつもの光景が目の前に広がり始めて史郎はぼんやりとした心地で周囲を観察する。
今日は先月のように百合がいないのため集中して会話を聞くことができる。
史郎にとってあやかし達が会合で交わす会話は将来の勉強だった。
――父親がほんの少し、史郎から目を離したその瞬間。
史郎の目の前は暗闇に包まれた。
「うっ……」
史郎はゆっくりと目を覚ました。
視界が霞む。まだピントは合っていないものの、自分が洋館に居ないということだけは分かった。
目の前に広がる景色がまるで違ったからだ。
灰色の風景が目に入り、どこかの地下室ではないかと思考する。
身体の節々が痛んだ。特に頭が痛い。痛みからしておそらく殴られたのだろう。
どうにか動けないかと考えたがどうやら拘束されているらしい。
ぼやけていた徐々に視界がクリアになっていき、自分の姿が見えるようになると磔にされていることが分かる。
以上のことから史郎は誘拐されたのだと自分の状況を理解した。
(一体……何が……)
何故誘拐されているのか史郎にはわからなかった。
誰かに恨みを買った覚えはないし、何か特別に悪いことをしたわけでもない。
将来、総大将を任されるために真面目に生きているつもりだ。
「おや。呑気に寝ていたというのに起きたか」
史郎と同い年くらいだろうか。見覚えのない少年が目の前に立っていた。
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