【完結】世界を滅ぼしてでも勇者を独占したい魔王は、狂おしく愛を囁く

アガタ

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10話 魔王の誕生

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 黒い水晶のようなそれは、滑る肌をテラテラと輝かせながら、禍々しい気を放ってゲニアスの手の中に納まっている。
 ちらりと、マーテルを振り返る。彼は正体なく眠っていて、起き上がる気配はない。
 哀れなマーテル。好きでもない王女と添わされ、背負いたくも無い王国を背負わされる勇者。

「……待っていろ、お前のこのしがらみから解放してやる」

 そう言うと、ゲニアスは黒い心臓の欠片を一気に飲み干した。
 瞬間、劫火に巻かれているような熱さがゲニアスの胸の奥から湧き上がって来る。

「うぐ……ッ!……ああああああッッ!!」


 汗が噴き出して、全身を濡らした。肌が黒く変色して行く。唇の下の歯が牙のように尖って飛び出した。

「ああああああッ!!」

 頭が割れんばかりの痛みがゲニアスを貫く。激しい痛みに悶えながら、彼はよろよろと一歩進んだ。

 (マーテル)

 もう一歩前へ出る。その頬に黒い変わり果てた指先で触れようとした瞬間だった。

「うああああああああッッ!!!」

 背中がボコボコと蠢き、肉を裂いて一対の翼が飛び出した。
 ゲニアスが驚愕の顔つきで自身の背を見つめる。それから、マーテルに振り返り、ゆっくりと破顔した。

「はは、はははは!ははははははは!」

 笑い声が、高らかに客間に響く。ゲニアスの身体が膨らみ始める。血に濡れた翼を広げ、彼はより禍々しく、巨大になっていった。


 〇


 凄まじい崩落音が舞踏会の会場に響き、カルードとウェスタは会場を飛び出して中庭に出た。
 東棟の客間が崩壊し、中から巨大な腕がぬっと飛び出ている。腕は何かを探るように動いた後、一度引っ込んだ。
 次の瞬間、東棟全体の屋根がひび割れ、真ん中が膨らんで崩壊していく。低い音を立てて天井を突き破り、巨大な何かが身を擡げる。

「あれは……何……!?」

 ウェスタがふるえる声で言った。カルードが剣を構える。
 姿を現したのは、城ほどもあろうかと言う巨大な黒い怪物だった。
 怪物は3つのねじくれた角を冠のように頭上に抱き、生まれ落ちばかりの赤子のように身を屈めている。その片手は大切そうに何かを握りしめていた。

「……!マーテル!」

 手の中に居たのは、マーテルだった。カルードが駆けだす。ウェスタも、ドレスの裾を引き裂いて走り出した。
 怪物の胸には、大きな黒い水晶がはめ込まれている。彼はそっとマーテルの身体を水晶に添わせた。彼の身体が、ズブズブと水晶の中へと取り込まれて行く。

「コカトリス!来い!」

 カルードが巨鳥を召喚し、空高く舞い上がる。コカトリスは瞬く間に怪物の頭上まで飛翔すると、その上を旋回した。

「マーテルを返せ、怪物!」

 カルードの絶叫が空に響く。コカトリスが急降下し、その鋭い爪が怪物の肩口を抉ろうと迫る。カルード自身も剣を構え、渾身の闘気を刃に込めた。

「喰らいやがれええッ!」

 しかし、怪物の動きは、カルードの予測を遥かに超えていた。
 天を衝くほどの巨体にはそぐわない、神速。怪物の腕が鞭のようにしなり、コカトリスの翼を軽々と掴み取る。巨鳥が悲鳴を上げ、カルードの体は遠心力で空中に投げ出された。

「しまっ……!」

 体勢を立て直す暇もなかった。怪物のもう片方の腕が、空中で無防備になったカルードを蝿でも払うかのように薙ぐ。肉が引き裂かれる鈍い音と、骨が砕ける甲高い音が同時に響き渡った。

「カルードッ!」

 地上から、ウェスタの悲痛な叫びが上がる。
 八つ裂きにされたカルードの体は、赤い飛沫となって中庭の石畳に叩きつけられた。最後までその瞳は、水晶に囚われた友の姿を映していた。

 怪物は、かつての仲間の亡骸を一瞥もせず、興味を失ったように空を見上げた。その巨大な口が、ゆっくりと開かれていく。それは詠唱だった。もはや人間の声ではない、地鳴りのような、世界の理そのものを書き換える禁断の呪文。あれは。

「ゲニアスさん!」

 ウェスタは絶叫した。あの怪物はゲニアスだ。何が起きたかわからないが、怪物をなり果てた彼はこの世界を蹂躙しようとしている。

「やめてください!ゲニアスさん!」

 ウェスタは、震える手で弓を構えた。聖なる光の矢を放つが、それは怪物の黒い皮膚に届く前に、その身から立ち上る邪悪なオーラに阻まれて霧散した。
 絶望に、ウェスタの膝が折れる。もう、自分たちにできることは何もなかった。

 怪物の詠唱に呼応し、空が赤黒く染まっていく。暗雲が渦を巻き、その中心が不気味に裂けた。空に、無数の亀裂が走る。

「あ……」

 ウェスタは、天を見上げたまま動けなかった。
 空の裂け目から、燃え盛る黒い星々が、地上を目指して降り注いでくる。
 一つ、また一つと、絶望の雨が降り始めた。遠く王都の街並みに着弾し、巨大な火柱が上がるのが見えた。人々の悲鳴すら、もう聞こえない。

(ああ……私たちの旅は……ここで……)

 ウェスタの脳裏に、仲間たちと笑い合った旅の日々が蘇る。マーテルの屈託のない笑顔。陽気で、優しいカルード。そして、いつも一人で本を読んでいた、孤独な魔導士の横顔。

(どうして、こんなことに……)

 降り注ぐ隕石が視界を白く染め上げる。轟音と熱波が彼女の体を包み込んだ。痛みはなかった。ただ、深い哀しみが彼女の意識を飲み込み、その全てを無に帰していった。

 世界が、終わる。
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