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第一章
第一章-03-
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日が沈むなり、暗くなった公園内を外灯が照らした。展望台から見える港や橋の明かりがキラキラと輝いていて綺麗だ。普段ならば、眼下に広がる夜景を恋人達が寄り添って眺めていただろう。
「何が悲しくて、野郎ふたりで夜景を眺めてるんだか。虚しすぎる……」
「俺は大桟橋から観る夜景の方が好きだ」
「誰もお前の好みなんか聞いてねぇよ!」
真顔で答える輝斗に、忍がすかさずツッコミを入れる。
「ったく……」
夜になったので忍はサングラスを外し、胸ポケットにしまった。それから他の配置にいる仲間に話しかける。
「あー、こちらNr.2。こっちは異常なしだ。あんたらはどうだ?」
『はいはい、こちらNr.5。異常なしだよ』
穏やかな声音で羽鳥が答えた。彼は嵐と威の三人で噴水広場を担当している。
『この辺のカフェで、彼女とお茶したことあるんだよね』
『あっ、もしかしてローズティーの美味しいとこ?』
『そうそう!』
『オレも、あの店お気に入りなんだ』
イヤホン越しに嵐と威の楽しそうな会話が聞こえてくる。
「……おい。後ろのバカふたりは女子の会話か?」
こめかみに青筋を立てながら、忍は怒鳴るのを必死に我慢していた。それでも声の調子で苛立っているのを察した羽鳥がフォローを入れる。
『あはは、この通り何も起きていないよ』
『そうそう』
『暇だよねー』
「……もういい」
相づちを打つふたりの声を、これ以上聞きたくなくて通信を切る。それから、忍は舌打ちをした。
「あークソッ。本当に悪魔はいるのかよ」
「そのはずだ」
「今日は出てこないかもしんねーぞ?」
「確証はない」
その時、千景から通信が入る。
『北側の林間広場付近にて、他部隊はマンティコアと交戦中!』
「ようやく、おいでなすった」
「行こう」
輝斗と忍は駆け出した。そのスピードは常人の域を超えている。ふたりは風のように走り抜けた。
加速と呼ばれる特殊能力だ。
特殊能力を一つ以上持っていることが、部隊の入隊規定にある。霊力が高い者ほどクラフト数は多く、力も強い。
輝斗と忍が使った加速のクラフトは、常人よりも速く移動できる能力だ。
「目標発見。あれがマンティコアか」
「図体がデカいくせに、今まで何処に隠れていたんだ」
「――ッ!」
目的地に到着したふたりに気づいた悪魔が、その異様な姿とは裏腹に美しい声を上げた。フルートのような声をあげる悪魔に相応しい。
鳴き声を聞いた忍は、感心したように口笛を吹く。
「ヒュウ~♪ 千景さんの言った通り、見た目に似合わず綺麗な声じゃねぇか」
マンティコアは闇の中で赤い目をぎらつかせている。中年男性を連想させる顔をしているが、胴体は獅子だ。長く伸びた尾の先端にサソリのような針を持つ。鋭い三列の牙は、まるでノコギリのようだ。あれに噛まれたら、胴体は真っ二つになるだろう。
――カアアアアッ!
突然、大地が震動した。七色の光を発しながら、薄い膜が公園全体を覆う。
『マンティコアを外に出さないように結界を張ったよ。あとは君たちに任せる』
千景の結界術は、全部隊の中でトップクラスだ。この強固な結界を、いくらマンティコアでも破れはしない。
結界内に閉じ込めている今が好機だと、他部隊が一斉にマンティコアに向かって銀の弾丸を撃ち込んだ。
人間相手ならば通常の鈍り弾を使用するが、悪魔には効果がない。そのため銀の弾を用いる。
霊力に応じて弾倉の所持数は決まっていた。使用者の霊力を銀弾に込めるため、弾倉を多く所持する者ほど有利になっている。
また鉛と違って銀は比重が軽い。その分、発射速度は増すが鉛以上に偏流の影響も大きく殺傷能力の低くなるため、人間相手には向かなかった。
「行くぞ、忍」
「俺に命令するな」
右側に回った輝斗が、マンティコアの胴体に銀弾を撃ち込む。反対側に回った忍が、鞘から刀を抜いて斬りかかった。
「ギャッ」
「ははっ、そっちの方が気味悪い姿に似合う声だぞ」
忍の笑い声が気に触ったのか、マンティコアはお返しとばかりに長い尾から大量の針を飛ばしてきた。容赦なく輝斗たちの頭上に降り注ぐ。
「くっ」
避けることは不可能だと判断し、輝斗は腕を交差させる。胸元の赤い石が輝き、針が当たる寸前で溶けて蒸発した。
針から身を守ったのは、アミュレットと呼ばれる石だ。
隊員は、それぞれ自分の霊力にあった石を身につけている。それは戦闘時、敵の攻撃をある程度防ぐ効果があった。
「ちぃっ」
懐から数枚の護符を取り出した忍は、短い呪文を唱えて頭上に放った。全身を包むように青い光が、次々と針を弾いていく。千景ほどではないが、忍も護符を操って結界を張れた。
「来る!」
マンティコアが輝斗に向かって突進してきた。すかさず加速で横に回避する。刹那、先ほどまで佇んでいた所を、地面ごとマンティコアが食らいついた。
(あの牙は厄介だな)
抉れた地面を横目に、輝斗は装填されている弾を使いきる勢いで撃ち込む。空になった弾倉を投げ捨て、走りながら新しい弾倉を装填する。すぐさま牙を狙って引き金を引いた。数本の牙が砕け、他の部隊も輝斗に続けと同じように牙を狙って撃ち続けた。
「そらよ!」
こちらに気を引いている間、マンティコアの背後に回った忍が高々と跳躍した。そのまま刀を大きく振り下ろし、マンティコアの尾を斬り落とす。
「ギャッ」
痛みに悶えている隙に、輝斗が正面に回って両眼を撃ち抜く。
「これで終わりだ」
手の平から赤い炎が立ち上る。やがて渦を巻きながら、マンティコアの全身を包み込んだ。
「ギャアアアアアアッ」
肉の焼ける臭いが立ち込め、マンティコアの絶叫が響き渡る。炎の勢いは衰えず、灰になるまで焼き尽くした。
発火能力と呼ばれるクラフトだ。輝斗は自由自在に火を操ることが出来、悪魔を浄化の炎で焼き尽くせる。
「凄い……。あっという間に、あの巨大な悪魔を片付けた」
他部隊の隊員たちが呆然としている中、輝斗と忍は涼しい顔を浮かべていた。
「楽勝だな」
「広大な敷地とはいえ、あんなに巨大な悪魔が今まで見つからなかったなんて変だ」
「確かに。誰かが任意に召喚したに違いねぇ」
輝斗の疑問に頷き、忍は血で汚れた刀を開始で拭ってから鞘に納めた。
『輝斗、御堂さん。大変だ!』
幸弘から通信が入った。
「どうした?」
『南側の資料館で、新たなマンティコアが出現した!』
「えっ!?」
「もう一体いるのかよ」
予想外の展開に、輝斗と忍は目を丸くする。
『それだけじゃない。今報告が入ったんだけど、東側と西側でも、それぞれ出現を確認した』
つまり、先ほど倒したものを含めて合計四体のマンティコアが公園に出現していることになる。
「どういうことだ?」
輝斗達がパトロールをしていた時は、マンティコアの姿は微塵もなかった。
『隊長命令だ。速やかにすべてのマンティコアを殲滅してほしい』
「了解」
『羽鳥さんたちは東に向かってる。他部隊は西へ。ふたりは南を任せたいんだけど、行ける?』
北から南へ向かうのは、いくら加速能力でも時間が掛かる。端から端へ移動するためには、輝斗の能力では無理がある。しかし――。
「忍、飛べるか?」
輝斗は忍へ向き直る。彼のもう一つの能力があれば不可能ではない。
「しゃーねぇな。ほらよ……」
だるそうに忍は右手を差し出した。輝斗はその上に、自身の手を重ねる。
「すぐ南へ向かう」
『気をつけて』
「そんじゃ行くぞ」
輝斗が通信を終えたのを確認した後、忍は軽くジャンプをした。瞬間、ふたりの姿が消える。次に姿を現した時には、数百メートル先の地点にいた。
「あと一回能力を使う。できるだけ距離を短縮するぞ」
「分かった」
地面を蹴り上げると、再びふたりの姿が消えた。
忍が使ったクラフトは瞬間移動だ。離れた場所へ移動することが可能だが、能力者の身体的負担が大きい。そのため、忍は一日三回までしか使用できない。距離も最大一キロメートルが限界だった。
北から南へ瞬間移動で一気に距離を短縮したふたりは、資料館の屋上に降り立つ。
「あいつか……」
駐車場に一体のマンティコアがいる。公園の外へ出ようと、千景の張った結界に体当たりをしていた。
「まだ俺たちに気づいていない」
輝斗は空いている左手でフックショットを取り出すと、屋上から飛び出した。マンティコアの背中に先端を打ち込み、ワイヤーを巻いて急接近する。
「ギャッ」
首の付け根に銀弾を撃ち込むと、マンティコアが激しく暴れ出した。
「くっ……」
振り落とされないようにフックショットをしっかり握る。
「神条、前を見ろ!」
「!!」
忍の呼びかけにハッとして顔を上げる。鋭い尾針が、輝斗めがけて襲いかかってきた。
――当たる!
輝斗に当たるすんでの所で、忍が放った護符の結界によって間一髪防がれる。
「アホ! 前に出すぎんな!」
「助かった」
「礼はいい。どけっ!」
忍の刀が白く輝いている。輝斗はフックショットの先端を引き抜き、マンティコアから離れた。再び資料館の屋上へ戻るのと同時に、忍が勢いよく刀を振りかざす。
「はあっ!」
白刃から放たれた閃光が、マンティコアに直撃した。
「ギャアアアアアアッ!」
絶叫が轟く。背中から胴体にかけて、ざっくりと切り裂かれ、マンティコアは真横にどうっと倒れた。僅かにもがく気配だけが感じられる。
「さっさと焼き払え」
顎をしゃくり、忍はマンティコアに背を向けた。
「ああ」
輝斗はホルスターに銃を仕舞い、手の平に意識を集中する。ほどなくして赤い炎が生まれ、マンティコアに向けて手をかざす。炎の飛礫が注がれ、灰になるまで焼き尽くした。
「臭ぇ……」
辺りに肉の焦げた臭いが立ちこめ、忍は自身の鼻を覆うように手を当てて顔をしかめる。
「任務完了。本部へ戻ろう」
「はあ~。やっと終わった」
フックショットを使って屋上から降りようとした時だった――。
「あーあ、死んじゃったか。ふふっ」
この場に不釣り合いな笑い声が、闇の中で響いた。
「新手の敵か」
「まだいんのかよ」
すぐに輝斗は銃を構え、忍も身体の向きを変え抜刀態勢に入る。
警戒するふたりの前で、空間の一部がぐにゃりと歪み、それは姿を現した。
「困った、困った」
中肉中背の人間の若い男だ。くたびれたスーツ姿に虚ろな目をしている。人間の姿をしているが、放つ気配は禍々しい。
「お前、榊原尚人だな?」
「正解」
輝斗の問いに、男は唇を歪めた。
「いや……正しくは榊原尚人だった」
「その通り。榊原は、オレを召喚したその日に死んだ」
やはり榊原尚人は、悪魔召喚を行ったその日に魂を食われていた。空っぽの器に悪魔が憑依し、マンティコアを召喚して公園を訪れた人間たちを次々と襲わせたのだ。
「何故ミナト公園にマンティコアを召喚した?」
銃口を悪魔に向けたまま、輝斗は質問を続ける。
「東都市だったら、何処でも良かった。まあ、オレを召喚した榊原の願いは、元カノを殺すことだったしな」
のんびりとした口調で悪魔は語る。
「女は公園近くのカフェで働いてたし、ちょうど良かった。それだけだ」
言い終わると、ますます顔を歪めた。闇の中で両眼が不気味に赤く光る。
――来る!
反射的に輝斗と忍は左右に動いた。数秒後、ふたりが立っていた所に蠢く影を視界の端で捉える。漆黒の職種がコンクリートを貫いていた。
「……っ」
「うげぇ、気色悪い」
まるで蜘蛛の足――いや、蛸の足だ。
「水属性の悪魔か」
嫌悪感をむき出しにして、忍は伸びてくる蛸足を斬り落とす。
「おっと、地上では動き難いのに容赦ないな。酷いことをするもんだ」
そうは言いながらも、すぐに足を再生させる。
「ふっ!」
「よっと……」
輝斗の撃った弾を避けて後退した。あと一歩、後ろに下がったら建物から真っ逆さまという所で立ち止まり、八本足を轟かせている。
「この都市を血の汚れで満たさないといけないのに、悪魔狩りに邪魔されるなんて……。まったくもって不愉快だ」
ため息混じりに呟き、悪魔は禍々しい気配を色濃くする。
「何を企んでいる?」
「さてね……」
答えるつもりがないのか闇色の瘴気が発せられ、悪魔の姿を覆い隠す。
「逃がすか!」
輝斗は連射しながら距離を詰める。
「バカッ、相手は水属性の悪魔だ。むやみに突っ込むな!」
輝斗は火属性の能力者だ。火は水に弱く、水属性の忍の方がまだ分がある。それなのに、輝斗は悪魔を倒すことにしか頭になく、真正面から突っ込もうとしていた。
「かかった♪」
「なっ!?」
水の波動が、輝斗を取り巻いた。黒い水が網目状に広がり、あっという間に輝斗を拘束する。
「神条!」
そのまま、悪魔と共に輝斗は屋上から姿を消した。
駆け寄った忍は地上に目を凝らす。猛スピードで海へ移動している黒い影が見えた。
「俺は止めたのに、あのバカ!」
追いかけようと、忍は加速能力を使った。
「何が悲しくて、野郎ふたりで夜景を眺めてるんだか。虚しすぎる……」
「俺は大桟橋から観る夜景の方が好きだ」
「誰もお前の好みなんか聞いてねぇよ!」
真顔で答える輝斗に、忍がすかさずツッコミを入れる。
「ったく……」
夜になったので忍はサングラスを外し、胸ポケットにしまった。それから他の配置にいる仲間に話しかける。
「あー、こちらNr.2。こっちは異常なしだ。あんたらはどうだ?」
『はいはい、こちらNr.5。異常なしだよ』
穏やかな声音で羽鳥が答えた。彼は嵐と威の三人で噴水広場を担当している。
『この辺のカフェで、彼女とお茶したことあるんだよね』
『あっ、もしかしてローズティーの美味しいとこ?』
『そうそう!』
『オレも、あの店お気に入りなんだ』
イヤホン越しに嵐と威の楽しそうな会話が聞こえてくる。
「……おい。後ろのバカふたりは女子の会話か?」
こめかみに青筋を立てながら、忍は怒鳴るのを必死に我慢していた。それでも声の調子で苛立っているのを察した羽鳥がフォローを入れる。
『あはは、この通り何も起きていないよ』
『そうそう』
『暇だよねー』
「……もういい」
相づちを打つふたりの声を、これ以上聞きたくなくて通信を切る。それから、忍は舌打ちをした。
「あークソッ。本当に悪魔はいるのかよ」
「そのはずだ」
「今日は出てこないかもしんねーぞ?」
「確証はない」
その時、千景から通信が入る。
『北側の林間広場付近にて、他部隊はマンティコアと交戦中!』
「ようやく、おいでなすった」
「行こう」
輝斗と忍は駆け出した。そのスピードは常人の域を超えている。ふたりは風のように走り抜けた。
加速と呼ばれる特殊能力だ。
特殊能力を一つ以上持っていることが、部隊の入隊規定にある。霊力が高い者ほどクラフト数は多く、力も強い。
輝斗と忍が使った加速のクラフトは、常人よりも速く移動できる能力だ。
「目標発見。あれがマンティコアか」
「図体がデカいくせに、今まで何処に隠れていたんだ」
「――ッ!」
目的地に到着したふたりに気づいた悪魔が、その異様な姿とは裏腹に美しい声を上げた。フルートのような声をあげる悪魔に相応しい。
鳴き声を聞いた忍は、感心したように口笛を吹く。
「ヒュウ~♪ 千景さんの言った通り、見た目に似合わず綺麗な声じゃねぇか」
マンティコアは闇の中で赤い目をぎらつかせている。中年男性を連想させる顔をしているが、胴体は獅子だ。長く伸びた尾の先端にサソリのような針を持つ。鋭い三列の牙は、まるでノコギリのようだ。あれに噛まれたら、胴体は真っ二つになるだろう。
――カアアアアッ!
突然、大地が震動した。七色の光を発しながら、薄い膜が公園全体を覆う。
『マンティコアを外に出さないように結界を張ったよ。あとは君たちに任せる』
千景の結界術は、全部隊の中でトップクラスだ。この強固な結界を、いくらマンティコアでも破れはしない。
結界内に閉じ込めている今が好機だと、他部隊が一斉にマンティコアに向かって銀の弾丸を撃ち込んだ。
人間相手ならば通常の鈍り弾を使用するが、悪魔には効果がない。そのため銀の弾を用いる。
霊力に応じて弾倉の所持数は決まっていた。使用者の霊力を銀弾に込めるため、弾倉を多く所持する者ほど有利になっている。
また鉛と違って銀は比重が軽い。その分、発射速度は増すが鉛以上に偏流の影響も大きく殺傷能力の低くなるため、人間相手には向かなかった。
「行くぞ、忍」
「俺に命令するな」
右側に回った輝斗が、マンティコアの胴体に銀弾を撃ち込む。反対側に回った忍が、鞘から刀を抜いて斬りかかった。
「ギャッ」
「ははっ、そっちの方が気味悪い姿に似合う声だぞ」
忍の笑い声が気に触ったのか、マンティコアはお返しとばかりに長い尾から大量の針を飛ばしてきた。容赦なく輝斗たちの頭上に降り注ぐ。
「くっ」
避けることは不可能だと判断し、輝斗は腕を交差させる。胸元の赤い石が輝き、針が当たる寸前で溶けて蒸発した。
針から身を守ったのは、アミュレットと呼ばれる石だ。
隊員は、それぞれ自分の霊力にあった石を身につけている。それは戦闘時、敵の攻撃をある程度防ぐ効果があった。
「ちぃっ」
懐から数枚の護符を取り出した忍は、短い呪文を唱えて頭上に放った。全身を包むように青い光が、次々と針を弾いていく。千景ほどではないが、忍も護符を操って結界を張れた。
「来る!」
マンティコアが輝斗に向かって突進してきた。すかさず加速で横に回避する。刹那、先ほどまで佇んでいた所を、地面ごとマンティコアが食らいついた。
(あの牙は厄介だな)
抉れた地面を横目に、輝斗は装填されている弾を使いきる勢いで撃ち込む。空になった弾倉を投げ捨て、走りながら新しい弾倉を装填する。すぐさま牙を狙って引き金を引いた。数本の牙が砕け、他の部隊も輝斗に続けと同じように牙を狙って撃ち続けた。
「そらよ!」
こちらに気を引いている間、マンティコアの背後に回った忍が高々と跳躍した。そのまま刀を大きく振り下ろし、マンティコアの尾を斬り落とす。
「ギャッ」
痛みに悶えている隙に、輝斗が正面に回って両眼を撃ち抜く。
「これで終わりだ」
手の平から赤い炎が立ち上る。やがて渦を巻きながら、マンティコアの全身を包み込んだ。
「ギャアアアアアアッ」
肉の焼ける臭いが立ち込め、マンティコアの絶叫が響き渡る。炎の勢いは衰えず、灰になるまで焼き尽くした。
発火能力と呼ばれるクラフトだ。輝斗は自由自在に火を操ることが出来、悪魔を浄化の炎で焼き尽くせる。
「凄い……。あっという間に、あの巨大な悪魔を片付けた」
他部隊の隊員たちが呆然としている中、輝斗と忍は涼しい顔を浮かべていた。
「楽勝だな」
「広大な敷地とはいえ、あんなに巨大な悪魔が今まで見つからなかったなんて変だ」
「確かに。誰かが任意に召喚したに違いねぇ」
輝斗の疑問に頷き、忍は血で汚れた刀を開始で拭ってから鞘に納めた。
『輝斗、御堂さん。大変だ!』
幸弘から通信が入った。
「どうした?」
『南側の資料館で、新たなマンティコアが出現した!』
「えっ!?」
「もう一体いるのかよ」
予想外の展開に、輝斗と忍は目を丸くする。
『それだけじゃない。今報告が入ったんだけど、東側と西側でも、それぞれ出現を確認した』
つまり、先ほど倒したものを含めて合計四体のマンティコアが公園に出現していることになる。
「どういうことだ?」
輝斗達がパトロールをしていた時は、マンティコアの姿は微塵もなかった。
『隊長命令だ。速やかにすべてのマンティコアを殲滅してほしい』
「了解」
『羽鳥さんたちは東に向かってる。他部隊は西へ。ふたりは南を任せたいんだけど、行ける?』
北から南へ向かうのは、いくら加速能力でも時間が掛かる。端から端へ移動するためには、輝斗の能力では無理がある。しかし――。
「忍、飛べるか?」
輝斗は忍へ向き直る。彼のもう一つの能力があれば不可能ではない。
「しゃーねぇな。ほらよ……」
だるそうに忍は右手を差し出した。輝斗はその上に、自身の手を重ねる。
「すぐ南へ向かう」
『気をつけて』
「そんじゃ行くぞ」
輝斗が通信を終えたのを確認した後、忍は軽くジャンプをした。瞬間、ふたりの姿が消える。次に姿を現した時には、数百メートル先の地点にいた。
「あと一回能力を使う。できるだけ距離を短縮するぞ」
「分かった」
地面を蹴り上げると、再びふたりの姿が消えた。
忍が使ったクラフトは瞬間移動だ。離れた場所へ移動することが可能だが、能力者の身体的負担が大きい。そのため、忍は一日三回までしか使用できない。距離も最大一キロメートルが限界だった。
北から南へ瞬間移動で一気に距離を短縮したふたりは、資料館の屋上に降り立つ。
「あいつか……」
駐車場に一体のマンティコアがいる。公園の外へ出ようと、千景の張った結界に体当たりをしていた。
「まだ俺たちに気づいていない」
輝斗は空いている左手でフックショットを取り出すと、屋上から飛び出した。マンティコアの背中に先端を打ち込み、ワイヤーを巻いて急接近する。
「ギャッ」
首の付け根に銀弾を撃ち込むと、マンティコアが激しく暴れ出した。
「くっ……」
振り落とされないようにフックショットをしっかり握る。
「神条、前を見ろ!」
「!!」
忍の呼びかけにハッとして顔を上げる。鋭い尾針が、輝斗めがけて襲いかかってきた。
――当たる!
輝斗に当たるすんでの所で、忍が放った護符の結界によって間一髪防がれる。
「アホ! 前に出すぎんな!」
「助かった」
「礼はいい。どけっ!」
忍の刀が白く輝いている。輝斗はフックショットの先端を引き抜き、マンティコアから離れた。再び資料館の屋上へ戻るのと同時に、忍が勢いよく刀を振りかざす。
「はあっ!」
白刃から放たれた閃光が、マンティコアに直撃した。
「ギャアアアアアアッ!」
絶叫が轟く。背中から胴体にかけて、ざっくりと切り裂かれ、マンティコアは真横にどうっと倒れた。僅かにもがく気配だけが感じられる。
「さっさと焼き払え」
顎をしゃくり、忍はマンティコアに背を向けた。
「ああ」
輝斗はホルスターに銃を仕舞い、手の平に意識を集中する。ほどなくして赤い炎が生まれ、マンティコアに向けて手をかざす。炎の飛礫が注がれ、灰になるまで焼き尽くした。
「臭ぇ……」
辺りに肉の焦げた臭いが立ちこめ、忍は自身の鼻を覆うように手を当てて顔をしかめる。
「任務完了。本部へ戻ろう」
「はあ~。やっと終わった」
フックショットを使って屋上から降りようとした時だった――。
「あーあ、死んじゃったか。ふふっ」
この場に不釣り合いな笑い声が、闇の中で響いた。
「新手の敵か」
「まだいんのかよ」
すぐに輝斗は銃を構え、忍も身体の向きを変え抜刀態勢に入る。
警戒するふたりの前で、空間の一部がぐにゃりと歪み、それは姿を現した。
「困った、困った」
中肉中背の人間の若い男だ。くたびれたスーツ姿に虚ろな目をしている。人間の姿をしているが、放つ気配は禍々しい。
「お前、榊原尚人だな?」
「正解」
輝斗の問いに、男は唇を歪めた。
「いや……正しくは榊原尚人だった」
「その通り。榊原は、オレを召喚したその日に死んだ」
やはり榊原尚人は、悪魔召喚を行ったその日に魂を食われていた。空っぽの器に悪魔が憑依し、マンティコアを召喚して公園を訪れた人間たちを次々と襲わせたのだ。
「何故ミナト公園にマンティコアを召喚した?」
銃口を悪魔に向けたまま、輝斗は質問を続ける。
「東都市だったら、何処でも良かった。まあ、オレを召喚した榊原の願いは、元カノを殺すことだったしな」
のんびりとした口調で悪魔は語る。
「女は公園近くのカフェで働いてたし、ちょうど良かった。それだけだ」
言い終わると、ますます顔を歪めた。闇の中で両眼が不気味に赤く光る。
――来る!
反射的に輝斗と忍は左右に動いた。数秒後、ふたりが立っていた所に蠢く影を視界の端で捉える。漆黒の職種がコンクリートを貫いていた。
「……っ」
「うげぇ、気色悪い」
まるで蜘蛛の足――いや、蛸の足だ。
「水属性の悪魔か」
嫌悪感をむき出しにして、忍は伸びてくる蛸足を斬り落とす。
「おっと、地上では動き難いのに容赦ないな。酷いことをするもんだ」
そうは言いながらも、すぐに足を再生させる。
「ふっ!」
「よっと……」
輝斗の撃った弾を避けて後退した。あと一歩、後ろに下がったら建物から真っ逆さまという所で立ち止まり、八本足を轟かせている。
「この都市を血の汚れで満たさないといけないのに、悪魔狩りに邪魔されるなんて……。まったくもって不愉快だ」
ため息混じりに呟き、悪魔は禍々しい気配を色濃くする。
「何を企んでいる?」
「さてね……」
答えるつもりがないのか闇色の瘴気が発せられ、悪魔の姿を覆い隠す。
「逃がすか!」
輝斗は連射しながら距離を詰める。
「バカッ、相手は水属性の悪魔だ。むやみに突っ込むな!」
輝斗は火属性の能力者だ。火は水に弱く、水属性の忍の方がまだ分がある。それなのに、輝斗は悪魔を倒すことにしか頭になく、真正面から突っ込もうとしていた。
「かかった♪」
「なっ!?」
水の波動が、輝斗を取り巻いた。黒い水が網目状に広がり、あっという間に輝斗を拘束する。
「神条!」
そのまま、悪魔と共に輝斗は屋上から姿を消した。
駆け寄った忍は地上に目を凝らす。猛スピードで海へ移動している黒い影が見えた。
「俺は止めたのに、あのバカ!」
追いかけようと、忍は加速能力を使った。
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