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第三章
第三章-序-
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スラムにある廃ビル屋上に、何者かが佇んでいる。手足の長いすらりとした体型をしており、もともと長身だが十センチ近いヒールを履いていた。高く盛られた髪型と濃い目の化粧、そして煌びやかなアクセサリーを身につけているところから夜の世界で働いていそうな雰囲気だ。
「風に混じって血と硝煙の臭いがする……。ふふっ、興奮してきちゃう♪」
女性にしては低めの声だが、逆にミステリアスな雰囲気を一層引き立てている。動くたびに丈の長い細身のドレスが、まるで蝶がヒラヒラと舞うように揺れた。
おもむろに彼女は肘を曲げた。ストーンがちりばめられた美しいネイルで彩られた長い指を丁寧に折り曲げ、また広げる。一呼吸置いて、野球ボールくらいの大きさの青白い炎が灯った。彼女は冷ややかに一瞥すると、あろうことかそれを握りつぶした。
「快楽に溺れたいという欲求を叶えてあげたのだから、アキラも満足でしょう」
ゆっくりと広げられた手の平は、熱くなかったのか火傷の痕もない。赤いルージュが引かれた唇をペロリと舐めると、満足そうに熱い吐息を漏らした。
「魂、ごちそうさま」
極上の笑顔を浮かべ、彼女は腕を下ろした。青白い炎は輝斗たちが捕らえた男、アキラの魂だ。
「さあ、次の魂狩りを始めましょう」
ドレスを翻し、くるりと身体の向きを反転させる。コツコツとヒールの歩く音を響かせながら進む先には、呆れた眼差しで彼女を見ている小柄な青年とソフト帽を被った長身の青年が佇んでいた。
小柄な青年は、若葉色の長い髪を部分的に編み込んでいる。透き通るような白い肌に右目は橙色、左目は灰色と左右で異なる特徴的な容姿をしていた。
「たったひとりの魂に、どんだけ時間を掛けるわけ?」
「あたしは愛と欲望に忠実な人間の味方よ。構ってあげてる間は気長に見守る主義なの。時間をかけた分、魂の熟成も増すと思わない?」
「オレは、のんびりしてる暇はないって言いたいの!」
軽い調子で答えるので、青年は口調を強めた。
「もう、マオはせっかちね。そんなんじゃモテないわよ?」
マオと呼ばれた青年は、額に手を当てて嘆息した。それから、キッと目を釣り上げて声を荒げる。
「別にモテたくないし! てか、おまけで変な奴らまで引き寄せてんじゃん。はあ……面倒臭い」
「ああ、TJ部隊ね。それなら足がつく前にアキラを始末したんだし、いいじゃない」
「お気楽すぎ。前の都市で、あいつらが散々オレたちの邪魔をしてきたのを忘れたわけじゃないよな?」
「もちろん、覚えてるわよ」
楽しそうに笑った後、瞳が怪しく光る。
「あたしたちの邪魔をするなら、殺せばいいだけでしょ」
「そうだけど……」
「……ということで快楽を求める人間を、どんどん貶めなさい。闘争と快楽の悪魔侯爵レライエ」
背後で黒い影が蠢く。やがて人の形になり、緑の衣を纏った老人が姿を現した。手には大きな弓を携えている。
「仰せのままに」
恭しく頭を下げると、闇の中に溶け込んだ。
「ソロモン七十二柱のひとり、序列二十七番目の悪魔侯爵。弓と矢筒を持つ緑の射手レライエか……」
これまで無言を貫いていた男が口を開いた。ソフト帽を被った赤紫色の髪は猫っ毛で、切れ長な金色の瞳が印象的だ。白いインバネスコートを纏う姿も様になっている。
「レライエって普段はアスタロスの従者をしてるけど、お願いして特別に連れてきちゃった♪ アキラの後片付けも見事だったでしょう?」
「まあな……」
さして興味ないのか適当な返事だ。
彼らがいる場所から少し離れた廃ビルから、黒いマントを羽織ったTJ部隊の隊員らしき男がふたり出てきた。仲間を呼んでいるのか何か話している。
「…………」
男の視線は、黒髪の青年に注がれている。
「あの黒髪の子が気になるの?」
「別に」
「はぐらかさなくてもいいじゃない」
「……見知った男だと思っただけだ」
少し間を置いてから男は答えた。
「あら、意味深な発言ね」
詳しく聞かせてちょうだい、と興味津々の女性を無視して男はきびすを返す。
「長居をすると奴らに気づかれる」
「あっ、待てよ!」
マオは一度TJ部隊の方を見てから、男の後を追う。
「つれないわね。そんな所も好きだけど♪」
肩をすくませ、女性はのんびりと歩き出した。
三人が建物の影に入ると、そのまま闇の中に溶けて消える。
さあ、災いの種を蒔こう。
もっともっと、人間の魂を狩ろう。
怒りと悲しみを……絶望と恐怖を広めよう。
やがて、この都市全てを飲み込むくらいに――。
「風に混じって血と硝煙の臭いがする……。ふふっ、興奮してきちゃう♪」
女性にしては低めの声だが、逆にミステリアスな雰囲気を一層引き立てている。動くたびに丈の長い細身のドレスが、まるで蝶がヒラヒラと舞うように揺れた。
おもむろに彼女は肘を曲げた。ストーンがちりばめられた美しいネイルで彩られた長い指を丁寧に折り曲げ、また広げる。一呼吸置いて、野球ボールくらいの大きさの青白い炎が灯った。彼女は冷ややかに一瞥すると、あろうことかそれを握りつぶした。
「快楽に溺れたいという欲求を叶えてあげたのだから、アキラも満足でしょう」
ゆっくりと広げられた手の平は、熱くなかったのか火傷の痕もない。赤いルージュが引かれた唇をペロリと舐めると、満足そうに熱い吐息を漏らした。
「魂、ごちそうさま」
極上の笑顔を浮かべ、彼女は腕を下ろした。青白い炎は輝斗たちが捕らえた男、アキラの魂だ。
「さあ、次の魂狩りを始めましょう」
ドレスを翻し、くるりと身体の向きを反転させる。コツコツとヒールの歩く音を響かせながら進む先には、呆れた眼差しで彼女を見ている小柄な青年とソフト帽を被った長身の青年が佇んでいた。
小柄な青年は、若葉色の長い髪を部分的に編み込んでいる。透き通るような白い肌に右目は橙色、左目は灰色と左右で異なる特徴的な容姿をしていた。
「たったひとりの魂に、どんだけ時間を掛けるわけ?」
「あたしは愛と欲望に忠実な人間の味方よ。構ってあげてる間は気長に見守る主義なの。時間をかけた分、魂の熟成も増すと思わない?」
「オレは、のんびりしてる暇はないって言いたいの!」
軽い調子で答えるので、青年は口調を強めた。
「もう、マオはせっかちね。そんなんじゃモテないわよ?」
マオと呼ばれた青年は、額に手を当てて嘆息した。それから、キッと目を釣り上げて声を荒げる。
「別にモテたくないし! てか、おまけで変な奴らまで引き寄せてんじゃん。はあ……面倒臭い」
「ああ、TJ部隊ね。それなら足がつく前にアキラを始末したんだし、いいじゃない」
「お気楽すぎ。前の都市で、あいつらが散々オレたちの邪魔をしてきたのを忘れたわけじゃないよな?」
「もちろん、覚えてるわよ」
楽しそうに笑った後、瞳が怪しく光る。
「あたしたちの邪魔をするなら、殺せばいいだけでしょ」
「そうだけど……」
「……ということで快楽を求める人間を、どんどん貶めなさい。闘争と快楽の悪魔侯爵レライエ」
背後で黒い影が蠢く。やがて人の形になり、緑の衣を纏った老人が姿を現した。手には大きな弓を携えている。
「仰せのままに」
恭しく頭を下げると、闇の中に溶け込んだ。
「ソロモン七十二柱のひとり、序列二十七番目の悪魔侯爵。弓と矢筒を持つ緑の射手レライエか……」
これまで無言を貫いていた男が口を開いた。ソフト帽を被った赤紫色の髪は猫っ毛で、切れ長な金色の瞳が印象的だ。白いインバネスコートを纏う姿も様になっている。
「レライエって普段はアスタロスの従者をしてるけど、お願いして特別に連れてきちゃった♪ アキラの後片付けも見事だったでしょう?」
「まあな……」
さして興味ないのか適当な返事だ。
彼らがいる場所から少し離れた廃ビルから、黒いマントを羽織ったTJ部隊の隊員らしき男がふたり出てきた。仲間を呼んでいるのか何か話している。
「…………」
男の視線は、黒髪の青年に注がれている。
「あの黒髪の子が気になるの?」
「別に」
「はぐらかさなくてもいいじゃない」
「……見知った男だと思っただけだ」
少し間を置いてから男は答えた。
「あら、意味深な発言ね」
詳しく聞かせてちょうだい、と興味津々の女性を無視して男はきびすを返す。
「長居をすると奴らに気づかれる」
「あっ、待てよ!」
マオは一度TJ部隊の方を見てから、男の後を追う。
「つれないわね。そんな所も好きだけど♪」
肩をすくませ、女性はのんびりと歩き出した。
三人が建物の影に入ると、そのまま闇の中に溶けて消える。
さあ、災いの種を蒔こう。
もっともっと、人間の魂を狩ろう。
怒りと悲しみを……絶望と恐怖を広めよう。
やがて、この都市全てを飲み込むくらいに――。
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