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第三章

第三章-02-

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 午前中に出勤した輝斗と幸弘は、自主的に射撃訓練を行っていた。射撃場は地下にあり、防音もしっかりしている。何度も連射しているため空の薬莢が床に散らばり、室内は硝煙の臭いが充満していた。
「ふぅ……」
 ひとしきり撃った後、輝斗は愛用の銃を下ろして一息つく。
「さすがだね。急所を的確に狙ってる」
「そういう東さんだって、神条さん並みの命中率じゃないですか」
 ふたりの射撃を見学していた侑李は不機嫌そうに眉を寄せている。
「そんなことないよ」
「僕よりスコアがいいくせに謙遜しないでください。実動隊コマンドの神条さんはともかく、まさか東さんに負けるなんて……」
 言葉の端々に棘がある。幸弘が自分より銃の腕が上だったことが悔しいのだ。
「今でこそ諜報スピオンですが、八年前まで東さんは狙撃手スナイパーだったんですよね? それも訓練生時の成績は、全学年でも五本の指に入る凄腕だったとか……」
「……昔の話だよ」
 半眼で睨む侑李に、幸弘は困ったように笑う。
「ええ、昔の話です。今はハンドガンは持てるのに、何故かスナイパーライフルのスコープを覗くことが出来ないんですよね。だから諜報スピオンに移ったんでしょう。つまり、トップから落ちこぼれになったんだ」
「…………」
 侑李の嫌味を黙って聞いている。
「それくらいにしろ。昔の話を、今更蒸し返して何になる」
 見かねて輝斗が間に入ると、侑李はふいっと顔を背けた。
「別に……。ただ、元スナイパーのくせに情けないと思っただけです」
「侑李!」
 珍しく輝斗が声を荒げ、一歩足を踏み出した。侑李は逃れるように身体の向きを反転させる。
「僕だけじゃなくて、みんな思ってるはずですよ。それじゃあ、お先に失礼します」
「待て、まだ話は……」
 呼ぶ止める輝斗を無視して、侑李は後片付けを済ませると足早に立ち去った。
「幸弘にスコア負けしたからって、あんな風に言わなくても……」
「……いいんだ」
 緩く頭を振り、幸弘は後片付けを始めた。視線は銃に向けたまま言葉を続ける。
「侑李の言ったことは正しい。ハンドガンを扱えても、オレは狙撃銃を持てない中途半端な奴だから。諜報スピオンになれただけ運が良かった」
「幸弘……」
 自嘲する幸弘に、輝斗は眉根を下げる。狙撃手として活躍していた昔の幸弘も知っているが、今も充分に任務遂行している。千景と幸弘がサポートしてくれるから、前線に立つ自分は安心して行動できるのだ。そんな風に己を卑下せず、誇りを持ってほしい。
 輝斗が何を考えているのか察している幸弘は、安心させるように淡い笑みを浮かべた。
「そんな顔しないで。オレは大丈夫だから。こうして、輝斗と同じ部隊にいられるだけで、オレは今の立場に満足してる」
「俺も、お前と同じ部隊に配属できて良かったと、心から思ってる」
「ありがとう。さてと、もうすぐお昼だし、早く片付けよう」
「……ああ」
 本人も大丈夫だと言っているので、侑李の言葉は気にしない方がいいのだろう。
(幸弘は諜報スピオンの仕事も問題なくこなしている。ハンドガンの扱いも悪くない。現に侑李よりスコアは上だ。ただ……狙撃銃が扱えなくなっただけだ……!)
 ぐっと拳を握り締め、輝斗は俯く。侑李は負けず嫌いだから悔しかったのだろうが、あの態度は大人げない。しかし、輝斗自身もバディの忍と口論を頻繁にしているので人のことは言えない。
 それぞれ譲れないものがあり、意志を貫いたこともあれば諦めたこともある。いくら同じ部隊でも、全員が心の内をさらけ出しているわけでもない。輝斗自身も話せないことがある。
(同じチームなのに、上手くいかないものだな)
 心の中で呟き、輝斗は小さくため息を零した。

     × × ×

 午前中、まだ出勤していなかった者たちも正午過ぎになると全員集まっていた。
「いっただきま~す」
 威は両手を合わせ、満面の笑顔で同棲している彼女お手製の弁当を食べ始める。
「凄いボリューム。おかずの種類もだけど、ご飯もぎっしり詰まってるね」
 みっちみちに詰まった大きな弁当箱を見て、羽鳥は目を丸くした。
「えへへ、タケルスペシャルだから特別なんだ」
 彼女の愛情たっぷり弁当だ。大食漢の威のことを想って、栄養バランスもしっかり考えられている。
「彼氏のために弁当を作るだけじゃなく、このボリュームでしょ。彼女は偉いね」
「でしょ~。自慢の彼女です!」
 誇らしげに胸を張る威に、羽鳥は穏やかな微笑を浮かべた。
「威は弁当持参だから別として、他の者たちは俺が昼食をご馳走しよう」
 下に用がある、と席を外していた政宗が戻ってきた。
「いいんですか?」
「もちろんだ」
 驚いた表情を浮かべる幸弘に、政宗は笑みを浮かべ首を縦に振る。
「隊長、ありがとうございます」
 真顔でお礼を言う輝斗は、心なしかそわそわしていた。
「飯代が浮くんで助かりますけど、店は何処にするんです?」
「フッ、忍よ。誰が食べに行くと言った?」
 人差し指を左右に軽く振ってから、政宗はニヤリと笑う。
「まさか……」
 嫌な予感がした忍は頬を引きつらせた。
你好ニーハオ、出前持ってきたよ!」
 タイミング良く、おかもちを持って美華メイファが現れた。
「冷めないうちに食べるよろし」
 遅れて小鉄も登場すると、テーブルの上にテキパキとお皿を並べていく。
「お題はマサムネからもらってるね。空の皿は下に持ってくるよーに」
「ミンナ、残さず食べてね」
 早口で言うと、小鉄と美華はミーティングルームを後にした。急に現れたと想えば、あっという間にいなくなってしまう。その勢いに政宗を除いた全員が、ぽかんと口を開けていた。
「小鉄さんと美華も、ああ言っている。さあ、冷めないうちに食べよう」
「そうは言っても、メニューはバラバラだし、誰がどれなのか……」
 困惑した様子で、侑李はテーブルに並ぶ料理を見つめる。
「一つだけ、絶対選びたくないのが混ざってるんだけど……」
 じと目で睨む嵐に、政宗はにっこり笑う。
「もちろん、わざとに決まってるだろう」
「はあっ!?」
 テーブルの上にならぶ料理は、天々来で一番人気の炒飯が三皿。まあまあ美味しいと言われているあんかけ焼きそばが二皿。餃子とライスセットが一皿。店で一番高いフカヒレスープと明らかに罰ゲームとしか思えないラーメンが一皿だ。
「じゃんけんで勝った者から好きなものを選ぶように。俺も勝負に参加するぞ」
「マジかよ……」
 額に手を当てて項垂れる忍に続き、参加する全員が沈痛な面持ちでため息を吐いた。『生か死か』と壁に掛かっている政宗の書にある通り、まさに今がその時だ。
「食べ物で遊んではいけませんって、親に教わらなかったんですか!?」
「はっはっは、侑李は真面目だな。この頃、隊内の空気が重いから明るくしたいという、ちょっとした俺なりの気遣いだ」
「楽しんでいるの間違いでしょう!」
「まあまあ、ここはスリルを味わおうじゃないか」
「千景さん、何気に楽しんでませんか?」
 遠慮がちに尋ねる幸弘に、千景は笑みを讃えたまま振り返る。
「そんなことないよ」
「……そうですか」
 あまりに綺麗な笑顔だったので、何も言えなくなってしまう。
「腹減った」
「この通り、輝斗もお腹が空いている。肝心の料理も冷めてしまうから始めるぞ。最初はグー、じゃんけん……」
 こうして、真剣勝負が幕を開けた――。
 何度か繰り返した後、全員に料理が行き届いたのだが……。
「いや~、小鉄さんの炒飯は美味しいな」
「はあ……炒飯で良かった」
「本当に……」
 爽やかな笑顔の政宗と心底安堵している嵐、そして幸弘は炒飯だ。
「まあ、無難ですよね」
「そうだね」
 あんかけ焼きそばを選んだのは侑李と羽鳥である。
「つーか、最初のじゃんけんで一人勝ちって、どんだけ運がいいんだよ」
 餃子とライスセットを獲得した忍は、フカヒレスープを口にしている千景をまじまじと見つめる。
「今まで、じゃんけんで一度も負けたことがないんだ」
 強運の持ち主だ――と、全員が思った。
「千景さんとじゃんけんしたくないな」
「ねえ、忍さん。忘年会の時、ビンゴ大会やったの覚えてる? あれも千景さん、特賞当ててなかったっけ」
 ふたりは顔を見合わせ、改めて千景へ視線を移す。
「……どんだけ運がいいんだよ。勝てる気がしねぇ」
「こういう勝負系は、千景さん抜きでやった方がいいね」
「…………」
 輝斗は無言でラーメンを啜っている。
「無理しないでね? なんなら、オレの炒飯をわけてあげるから。本当に無理だけはしないで」
 ハラハラしながら、幸弘はしきりに話しかけていた。
「どんなに不味くても、食べ物を粗末に出来ない」
 見た目は一般的な中華そばと変わらないが、なんとも言えない微妙な味で、はっきり言って不味い。正直、食べ続けるのが苦痛だ。それでも残すのはもったいない、と輝斗は黙々と食べ続けていた。
「でも、顔色悪いよ?」
「大丈夫……」
 最初の一口は、しばらく硬直した。それでも懸命に麺を啜り続けているが、だんだん顔色が青から土気色に変化していく。そして……。
「……っ」
「輝斗!?」
 箸を持ったまま身体が真横に傾いたので、幸弘が慌てて抱き起こす。
「気絶してる」
 健闘虚しく、小鉄のラーメンを最後まで完食することは出来なかった。
「ごちそうさま。はあ~、弁当持参で良かった」
 不参加の威は最後に大好きな卵焼きを食べ終え、両手を合わせて微笑んだ。
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