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第四章

第四章-05-

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 輝斗を見失った忍は、スラム街の中を走り回っていた。
「あのバカ、どこ行きやがった!」
「御堂さん!」
 反対側の道から幸弘が走ってきた。探索系のクラフトを持っていない忍だけでは輝斗を見つけるのは困難だと判断した政宗が、幸弘を応援に向かわせたのだ。
「遅いぞ、東!」
「すみません。オレの能力でも、ここは道が入り組んでて合流するのに手間取っちゃって……」
 慣れない土地もあるが、このスラム街はとにかく道幅が狭い。拡張に拡張を重ねた結果、狭い土地に建物がひしめき合っていた。しかも似たような色と形をしているため、土地勘のない者は確実に迷ってしまう。
「早く輝斗を見つけないと……」
 幸弘はアミュレットを使って輝斗の居場所を探り始めた。青い石が淡く輝き出し、ゆらゆらと揺れ始める。
「御堂さんが見失った場所から随分と離れた所まで移動しているみたいだ。確か、誰かを見つけて追いかけたって……」
「そうだ」
「狼男じゃなくて?」
「ああ」
 忍は眉間に皺を刻む。狼男ならば、あんな表情をしないはずだ。驚きと喜びの入り交じったような顔で、普段の人形のような無表情でもなければ、自分と衝突している時の怒った顔でもない。
(あんな神条、初めて見たぞ)
 幸弘が先頭に立ち、アミュレットの導くまま右、左、また右……と角を曲がる。やがて行き止まりに到着した。
「ここで反応が途絶えてる。近くにいるはずなんだけど……」
 キョロキョロと周囲を見回すが、輝斗らしい姿は見当たらない。
「まさか、この隙間に挟まってたりしないよな?」
 建物の間の狭い隙間を覗き込む忍に、幸弘は苦笑を漏らす。
「いくら輝斗でも、そこを通り抜けるのは無理あるんじゃないかな」
「チッ、分かってるよ」
 舌打ちし、忍は幸弘を睨んだ。

「誰かと思ったら、ユッキーと忍ちゃんじゃない」

「えっ、ユッキー?」
「誰が忍ちゃんだ!」
 突然あだ名で呼ばれ幸弘は目を丸くし、忍はこめかみに青筋が浮かぶ。
 ばさり、と頭上で鳥が羽ばたくような音がした。
 漆黒の翼を広げた人影が、ふわりと地面に降り立つ。地に足がついた瞬間、翼は黒い羽根となって四散し、それらも塵となって消失する。
「ハーイ、久しぶりね♪」
 高く盛られた髪と濃い目の化粧。そして煌びやかなアクセサリーを身につけている。丈の長い細身のドレスに十センチ近いヒールを履いている迫力美人だ。
「んだよ。お前ら、こんな所まで出張か」
 同じように降り立った男は坊主頭で、両サイドに金メッシュが入っている。両耳にたくさんのピアスをしていた。こちらはカジュアルな格好でゴーグルを首から提げ、派手なブーツを履いている。
「アスモデウスとマモン……」
 以前、要人警護で対峙した七つの大罪を司る最上級の悪魔だ。
「どうして、お前たちがここに?」
 警戒する幸弘に、カオルは軽い調子で答える。
「それはこっちの台詞よ。まさか、あなたたちに会えるなんて思わなかったわ」
「てめぇらがいるっつーことは、魂狩りか?」
 真っ直ぐ見据えたまま忍は鯉口を切り、いつでも抜刀出来るように身構えている。
「まあな。そこそこ魂が集まったんで引き上げようとしたら、お前らが現れたってわけだ」
「ふざけやがって。人間の魂は、てめぇらの餌じゃねぇぞ」
「んもう~、怖い顔しないの。忍ちゃんは短気ね」
 カオルは忍に向かってウィンクをする。
「うっせぇ、その変なあだ名で呼ぶの止めろ!」
 歓楽街では娼婦たちに絡まれ、今度はカオルとヤマトの登場だ。忍の苛立ちもピークに達している。今にも斬りかかりそうな忍に、カオルは片手を挙げて制した。
「物騒なものはしまってちょうだい。あなたたちとやり合う気はないわ」
「てめぇらになくても、こっちは……」
「カオル、ヤマト」
 忍の言葉を遮るように頭上から声がした。
「レディを待たせるなんて酷い男ね」
「遅ぇよって、そいつ……!」
 カオルたちの傍に降り立ったのはソフト帽を被り、白いインバネスをまとった赤紫の髪の男だ。そして、もうひとりは若葉色の長い髪を部分的に編み込んだ小柄な青年である。
 ヤマトの視線が集中しているのは赤紫髪の男の方で、彼の腕の中には気を失った輝斗がいた。
「神条!」
 姿が見えなかったのは、敵の手に落ちていたからだ。
「嘘だ……」
 幸弘は、輝斗を横抱きにしている男を凝視している。身体も小刻みに震えていた。
「東?」
 驚愕の表情の幸弘を、忍は怪訝そうに横目で見る。
「だって……死んだはずじゃ……」
 その呟きに、男は幸弘へ視線を移した。
「あっ……」
 目が合った幸弘は震える手で拳銃を構える。照準が定まらず、それどころか安全装置も外していない。
「輝斗を離せ……」
 あまりに覇気のない声に、男は唇を歪める。
「またここを狙うのか?」
「――っ!!」
 ヒュッと喉が鳴る。震えが一層激しくなった。
「なに怖じ気づいてんだ!」
 幸弘の横を通り過ぎ、忍が抜刀した。だが男は動きを先読みしており、数歩後退して切っ先が当たらないように距離を取る。
「チィッ」
 続けて切り込むが、どれもかわされてしまう。輝斗を抱えているのに、その動きは滑らかだ。
「無駄のない動きだ。俺の動きを止めようと的確に狙っている」
「冷静に分析してんじゃねぇ!」
 胴を狙うが、男は身体の向きを反転させ、いつの間にか背後に回っていた。
「なんだと!?」
「刀を振り回すな。輝斗に当たる」
 そう言うと、男は刀を握る手を狙って蹴り上げた。
「んなっ!?」
 刀が宙を舞い、アスファルトの上に転がる。
「くっ……」
 忍は加速ヘイストを使って刀が落ちた場所へ移動し、左手で拾う。視線を蹴られた右手へ移すと赤くなっていた。手が痺れていて、力を込めて柄を握るのは難しそうだ。
(オカマの仲間だから、こいつも悪魔だろう。それも最上級だ。……にしても、攻撃の仕方に既視感がある)
 奇妙な感覚だ。無駄のない動きに相手の隙を狙って攻撃をしてくる所が忍自身と似ている。
(まるで特殊部隊の訓練を受けたような……)
「ねえ、こいつら全員倒していい?」
 それまで黙っていた青年が口を開いた。
「ああ」
「やった!」
 男が頷くと、青年は跳躍した。
(こいつも速い!)
 否、男以上に速い。一瞬のうちに忍の間合いに入って蹴りを放ってくる。
 アミュレットの力でかろうじて攻撃を防いだが、もう次の攻撃に切り替えて襲いかかってくるため、忍は防戦するしかない。
「おい、東。ぼさっとしてないで援護しろ!」
「…………」
 しかし、幸弘は動かない。瞳が不安定に揺れ、唇が小刻みに震えている。完全に戦意喪失していた。
(おいおい、大悪魔が四人だぞ? 俺ひとりで、どうにか出来る相手じゃねぇだろ!)
 最適解は速やかにこの場を離れ、態勢を立て直すことだ。忍の瞬間移動テレポーテーションがあれば可能だが、輝斗が敵の手中にある。
「くそったれ!」
 忍は力の入りにくい右手で柄を握って乱撃を繰り返すが、攻撃は当たらない。おまけに忍が動きを止めた隙を狙って投擲ナイフを投げてくるので質が悪い。忍は左手に鞘を握り、素早く刀印を作ると右手で握る刀で袈裟懸けに振り下ろした。
「!!」
 白銀の爆発が二度起こる。術をもろに受けた青年は吹き飛んだ。
「これでどうだ……」
 ニヤリと笑ってから忍は大きく息を吐いた。
「残念だったな」
 すぐ近くでヤマトの声がした。
「しまっ――」
 ヤマトの三節棍の先端が刀を弾いた。くるくると回転して、幸弘のいる所まで飛んでしまう。
「こっちの数の方が多い。お前の負けだ」
 脳天目がけて三節棍が振り下ろされる。
「チィッ……」
 万事休すかと、忍は心の中で毒づく。

 ――パンッ!

 銃声が轟き、ヤマトの動きが止まった。
「いってぇ……」
 ヤマトの右肩に風穴が開く。
『援護しますから、早く神条さんを回収してください』
 イヤホンから聞き覚えのある声がした。
「その声、小猿か!」
『小猿言うな!』
「うっせぇ」
 怒声で耳が痛い。
「おまたせ」
 フックショットを使って忍の隣に降り立った羽鳥が、ヤマトに向かって銃弾を撃ち込む。
「チッ」
 ヤマトは左手をかざし、見えない衝撃で攻撃を防いだ。
「向こうも援軍が来たわよ」
「なあ、そろそろずらかろうぜ。これ以上、無駄な時間を費やしたくねぇ」
「嫌だ。オレを吹き飛ばした奴をぶっ倒す!」
 カオルとヤマトが男に投げかけるのに対し、まなじりをつり上げた青年が忍を威嚇している。
「マオ。忍ちゃんへの仕返しは、また今度になさい」
「ええ~」
 マオと呼ばれた青年は不満そうに唇を尖らせている。
「輝斗を助けないと……」
 羽鳥の呟きに、幸弘が反応した。
「輝斗……」
 のろのろと顔を上げると、気を失っている輝斗を視界に捉えた。

 ――彼から奪い返さないと!

 瞬間、感情が爆発して身体が動いていた。
「うおおおおおおおおおっ!」
 先ほどまでと打って変わって震えは止まっていた。輝斗を抱き上げている男に向かってトリガーを引こうとするが――。
「……っ!」
 ドクン、と心臓の鼓動が跳ね上がる。全身の汗が噴き出し、呼吸が荒くなる。視界が揺らぎ、過去の出来事と重なる。
(輝斗を助けなくちゃ……!)
 ぐっと力を込め、幸弘は声を張り上げる。
「輝斗を返せ!」
 男に向かって突進し、引き金と引く代わりにこめかみを狙ってグリップを叩きつけた。当たる寸前で避けられたが、それも予測済みだ。幸弘はアミュレットを使い、手に己の得意元素である木気もくきを集約して渾身の一撃を放った。
「なっ……!?」
 まさか至近距離で術を纏った拳をぶつけてくるとは思っていなかったのか、男の頬にヒットする。
「つぅっ……」
 頬を打った衝撃に男はよろめく。その隙に、幸弘は輝斗を強引に奪い返した。そして、遠くから様子を窺っているであろう仲間に向かって叫ぶ。
「侑李!」
『分かってるんで、いちいち呼ばないでください』
「マオ!」
 狙撃がくると察した男が声を大にする。
「世話の焼ける奴」
 ふわりと宙に浮かんだマオは、男の手を掴むと一気に上昇した。遅れてコンクリートの壁に弾痕が刻まれる。
『外した!?』
 イヤホン越しに、動揺した侑李の声が聞こえる。
「輝斗……良かった」
 幸弘は輝斗を抱きしめ、安堵のため息を吐いた。
「うっ……」
 瞼が微かに震え、輝斗が目を覚ます。
「幸弘……?」
 視界に飛び込んできた幸弘に、輝斗は不思議そうに名前を呼んだ。それから状況を確かめようと視線を彷徨わせる。
「ここは……?」
 輝斗を抱きしめる幸弘。そして、自分たちを守るように忍と羽鳥が前に立っている。誰と対峙しているのか確かめようと、輝斗は身を乗り出す。
「あ……」
 狙撃から逃れた後、再び降り立った男を見て、輝斗は緋色の瞳が大きく開く。
 ソフト帽から覗く赤紫色の髪に金色の瞳。昔よりも大人びているが――。
「聖……!」
 見間違いではなかった。親友の白瀬聖だ。
「生きてたんだな」
「輝斗!」
 飛びだそうとする輝斗を幸弘が押さえる。
「離してくれ!」
「ダメだよ。輝斗、周りをよく見るんだ」
「周り……?」
 言われた通り、聖から視線を移す。
 気を失う前に輝斗と対峙していた青年が聖の隣にいる。そして、カオルとヤマトもいる。
「どうして、あのふたりもいるんだ?」
 大悪魔であるふたりが、ここにいる違和感。
 頭の中で警鐘が鳴り響く。

 ――まさか……。そんなはずがない。でも……。

「聖、何故そいつらと一緒にいるんだ? 危ないからこっちへ……」
「それは出来ない」
「えっ?」
 輝斗の表情が凍りつく。
「悪魔狩りは、俺たちの敵だ」
 それは輝斗自身も敵ということだ。

 ――違う……。

「お前は……本当に俺の知っている聖なのか?」
「ああ」

 ――違う。
 ――違わない。

「じゃあ、どうして敵だなんて……」
 聖は口元を緩め、静かに言葉を紡ぐ。
「俺たちは七つの大罪を司る悪魔と契約した者――『破壊者フェアニヒター』だからだ」

 ――悪魔と契約した? 聖が……?

北都市バラトシティに封印されていた四凶・檮杌とうこつを復活させたのは、他ならぬ俺たちだ」
「そんな……」
 雷に打たれたような衝撃を受け、愕然とする。
「嘘だ……。聖は、そいつらの仲間じゃない……」
「事実だよ。お前の知っている白瀬聖は、八年前に死んだ」
「――っ!」

 ――じゃあ、目の前にいる男は誰なんだ!?

「お前ら、一旦退却するぞ!」
 忍の鋭い声が響き、輝斗の元へ駆けよってきた。
「東、神条を離すなよ。羽鳥さん、俺に掴まれ!」
「分かった!」
「了解!」
「いくぞ!」
 忍は右手で幸弘の肩に触れ、羽鳥が上着の裾を掴んだのを確認すると瞬間移動を使った。
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