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第四章
第四章-04-
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白瀬聖は、八年前に死んだ――。
分かっているのに、彼によく似た姿を目にした瞬間、自然と体が動いていた。
(別人かもしれない……。でも、あの日――聖の死体は見つからなかった)
攻撃が苛烈すぎて跡形もなく消し飛んでしまったのだ、と誰もが口にしていた。
聖の遺品は、寮に残っていた私物以外に奇跡的に見つかったアミュレットのラピスラズリの欠片しか残っていない。その石は輝斗が引き取り、今も大切に保管している。
聖は幼い頃に家族を交通事故で失い、天涯孤独の身だった。奨学金を受けながら勉学に励んでいたので、成績上位を常にキープしなければならないプレッシャーもあっただろう。
しかし、彼の実力は本物で、入学して早々に学年主席に上り詰めた。
それなのに――あれだけ周囲から将来を期待されていたのに、彼の未来を奪ってしまった。
(もし……さっき見かけた男が、聖だったら?)
この八年間、聖が実はどこかで生きているのではないかと、心の奥底で願っていた。
(聖なのか、この目で確かめたい!)
入り組んだ細道を、直感で進み続ける。
「――っ!」
右の角を曲がると、先ほど見かけた白いインバネスの後ろ姿が見えた。
追いついた、と輝斗の表情が明るくなる。
「聖!」
声に出して名前を叫ぶ。けれども、男の耳に届いていないのか立ち止まる様子はない。そのまま男は次の角を左に曲がったので、輝斗も遅れて追いかけるが……。
「行き止まりか……」
コンクリートの壁を見つめ、輝斗は乱れた呼吸を整える。左右のビルの隙間は狭く、とてもじゃないが人が通り抜けられそうにない。
男はどこに消えたのだろう――。
「やっぱり、気のせいだったのか……」
聖によく似た容姿をしていたから、過剰反応したのかもしれない。
「バカみたいだ……」
自嘲し、輝斗は髪をくしゃりと掴んで項垂れる。
「……そうだ、忍」
不機嫌そうに眉を寄せた忍が脳裏に浮かぶ。彼を置いてきてしまった。今頃、相当頭にきているだろう。早く引き返さなければ、と輝斗は体の向きを反転させた。
「!!」
不意に、頭上から殺気を感じ取る。輝斗は反射的に真横に飛んだ。
刹那、タンッとアスファルトの地面を叩く音が響いた。
「チッ、外したか」
輝斗が立っていた場所に着地したのは小柄な青年だ。落下する速度の勢いのまま、かかと落としを食らわせようとしていたらしい。部分的に編み込まれた若葉色の長い髪がなびいている。
「……っ!?」
顔を上げたその容貌に、輝斗は大きく見開いた。
透き通るような白い肌に右目は橙色、左目は灰色と左右の瞳の色が異なるオッドアイだ。中華街でよく見かける異国風の服を纏い、ダブルベルトの両サイドには小ぶりのナイフが納められている。
「何者だ!?」
攻撃してきたことからも、相手は敵意を放っている。
「っ!?」
輝斗はホルスターから拳銃を引き抜こうと手を伸ばすが、それよりも青年の方が速かった。一足飛びで距離を詰め、鋭い蹴りを放ってくる。腕を交差させて攻撃を防ぐが、すぐに姿を見失った。
「どこに……っ!」
気配を探ろうとした刹那、足に衝撃が走る。
「痛っ……」
体勢を低くし、地面に手を付けて輝斗の足を払ったのだ。その場に倒れた輝斗は、寝転がりながら連続攻撃をかわす。
(動きが速すぎて、目で追うことが出来ない!)
なんとか体勢を立て直した輝斗の目に飛び込んだのは、青年の手に握られた拳銃だ。安全装置がないそれは連射速度が速い。おまけに防弾チョッキも貫通する代物だ。
(不味い!)
――パンッ、パンッ!
強烈な破裂音が響き渡る。一発ではなく、何発も続いた。
「……しぶといな」
青年は顔を渋面にさせ、舌打ちした。
「はあはあ……」
輝斗は意識を集中し、身につけていたアミュレットの力で銃弾を防いだ。足元には炎に熱せられて溶けかけている弾が転がっている。
(危なかった……。反応が遅れていたら死んでいた)
まさに間一髪だ。緊張から冷や汗が頬を伝って流れ落ちる。
だが、輝斗もやられてばかりではない。反撃に出ようと、輝斗も加速を使ってスピードを上げた。接近戦で必ずしも拳銃が勝るわけではない。
輝斗は銃ではなく、敢えてナイフを手にした。青年の首を狙ってフォアハンドで切り払うが、余裕の表情でかわされてしまう。ならば、と胴体を切りつけようとするが、これも避けられた。
「はっ!」
連続攻撃を繰り出すも、左右に首を傾けて全て避けられる。輝斗は左利きのため、右利きよりも攻撃の予測がしにくいとされる。それなのに目の前の青年は攻撃を全て見切っていた。
(嵐が持つような予測感知を持っているのか? それと加速も同時に使っている)
同時に二つのクラフトを発揮するにしても、この戦闘力の高さは異常だ。あまりにも反応が良すぎる。
(まさか……)
頭によぎったあることに、輝斗はゴクリと唾を飲み込む。
(左右に色違いの瞳……。その特徴を持つ人間は極めて珍しい。確か人間と妖の混血か妖の先祖返りが、その特徴を持つとか千景さんが言ってたような……)
そうだとしたら、厄介なんてものではない。
「遅い」
青年は輝斗の手に触れ、一瞬のうちに背後に回り込んだ。
「なっ!?」
ナイフを振り上げて突き刺せないようにすると、今度は輝斗の頭を掴んで引っ張った。
「ぐっ……」
バランスを崩し、後ろに倒れそうになる。左手がガラ空きなのに気づき、輝斗は横目で青年を見た。彼の手にもナイフが握られている。それは輝斗の背中――肝臓がある箇所を狙って突こうとしていた。
「させるか!」
ナイフを包むように炎が出現する。
「――っ!!」
驚いた青年は、咄嗟に手を離して距離を取った。
「はあっ!」
輝斗は振り向き様、空中に火の玉を生み出す。しかし、当たる直前で青年の姿が掻き消えた。
「なにっ!?」
更に速く動けるのかと愕然する。
「ぐはっ」
真横から強烈な蹴りが放たれた。防ぐ暇もなく、輝斗はコンクリートの壁に叩きつけられる。
「かはっ……」
呼吸が出来ず咳込む。打ち所が悪かったのか、背中だけでなく頭がクラクラする。何とか立ち上がろうとするも身体が言うことを聞かず、だんだん意識が遠のいていく。
青年がナイフを投げようと構えている。
(避けないと……)
「マオ、止めろ」
不意に、別の男の声がした。
「邪魔する気?」
「もう充分だ」
ひらり、と白いインバネスが動きに合わせて翻らせ、こちらへゆっくりと近づいてくる。
顔を確かめようと、輝斗は目だけを動かす。けれども帽子を被っているため、よく見えない。
(もう……)
確かめたいのに目を開けていられない。ぷつりと糸が切れたように視界が暗転する。
そして、輝斗は意識を失った。
分かっているのに、彼によく似た姿を目にした瞬間、自然と体が動いていた。
(別人かもしれない……。でも、あの日――聖の死体は見つからなかった)
攻撃が苛烈すぎて跡形もなく消し飛んでしまったのだ、と誰もが口にしていた。
聖の遺品は、寮に残っていた私物以外に奇跡的に見つかったアミュレットのラピスラズリの欠片しか残っていない。その石は輝斗が引き取り、今も大切に保管している。
聖は幼い頃に家族を交通事故で失い、天涯孤独の身だった。奨学金を受けながら勉学に励んでいたので、成績上位を常にキープしなければならないプレッシャーもあっただろう。
しかし、彼の実力は本物で、入学して早々に学年主席に上り詰めた。
それなのに――あれだけ周囲から将来を期待されていたのに、彼の未来を奪ってしまった。
(もし……さっき見かけた男が、聖だったら?)
この八年間、聖が実はどこかで生きているのではないかと、心の奥底で願っていた。
(聖なのか、この目で確かめたい!)
入り組んだ細道を、直感で進み続ける。
「――っ!」
右の角を曲がると、先ほど見かけた白いインバネスの後ろ姿が見えた。
追いついた、と輝斗の表情が明るくなる。
「聖!」
声に出して名前を叫ぶ。けれども、男の耳に届いていないのか立ち止まる様子はない。そのまま男は次の角を左に曲がったので、輝斗も遅れて追いかけるが……。
「行き止まりか……」
コンクリートの壁を見つめ、輝斗は乱れた呼吸を整える。左右のビルの隙間は狭く、とてもじゃないが人が通り抜けられそうにない。
男はどこに消えたのだろう――。
「やっぱり、気のせいだったのか……」
聖によく似た容姿をしていたから、過剰反応したのかもしれない。
「バカみたいだ……」
自嘲し、輝斗は髪をくしゃりと掴んで項垂れる。
「……そうだ、忍」
不機嫌そうに眉を寄せた忍が脳裏に浮かぶ。彼を置いてきてしまった。今頃、相当頭にきているだろう。早く引き返さなければ、と輝斗は体の向きを反転させた。
「!!」
不意に、頭上から殺気を感じ取る。輝斗は反射的に真横に飛んだ。
刹那、タンッとアスファルトの地面を叩く音が響いた。
「チッ、外したか」
輝斗が立っていた場所に着地したのは小柄な青年だ。落下する速度の勢いのまま、かかと落としを食らわせようとしていたらしい。部分的に編み込まれた若葉色の長い髪がなびいている。
「……っ!?」
顔を上げたその容貌に、輝斗は大きく見開いた。
透き通るような白い肌に右目は橙色、左目は灰色と左右の瞳の色が異なるオッドアイだ。中華街でよく見かける異国風の服を纏い、ダブルベルトの両サイドには小ぶりのナイフが納められている。
「何者だ!?」
攻撃してきたことからも、相手は敵意を放っている。
「っ!?」
輝斗はホルスターから拳銃を引き抜こうと手を伸ばすが、それよりも青年の方が速かった。一足飛びで距離を詰め、鋭い蹴りを放ってくる。腕を交差させて攻撃を防ぐが、すぐに姿を見失った。
「どこに……っ!」
気配を探ろうとした刹那、足に衝撃が走る。
「痛っ……」
体勢を低くし、地面に手を付けて輝斗の足を払ったのだ。その場に倒れた輝斗は、寝転がりながら連続攻撃をかわす。
(動きが速すぎて、目で追うことが出来ない!)
なんとか体勢を立て直した輝斗の目に飛び込んだのは、青年の手に握られた拳銃だ。安全装置がないそれは連射速度が速い。おまけに防弾チョッキも貫通する代物だ。
(不味い!)
――パンッ、パンッ!
強烈な破裂音が響き渡る。一発ではなく、何発も続いた。
「……しぶといな」
青年は顔を渋面にさせ、舌打ちした。
「はあはあ……」
輝斗は意識を集中し、身につけていたアミュレットの力で銃弾を防いだ。足元には炎に熱せられて溶けかけている弾が転がっている。
(危なかった……。反応が遅れていたら死んでいた)
まさに間一髪だ。緊張から冷や汗が頬を伝って流れ落ちる。
だが、輝斗もやられてばかりではない。反撃に出ようと、輝斗も加速を使ってスピードを上げた。接近戦で必ずしも拳銃が勝るわけではない。
輝斗は銃ではなく、敢えてナイフを手にした。青年の首を狙ってフォアハンドで切り払うが、余裕の表情でかわされてしまう。ならば、と胴体を切りつけようとするが、これも避けられた。
「はっ!」
連続攻撃を繰り出すも、左右に首を傾けて全て避けられる。輝斗は左利きのため、右利きよりも攻撃の予測がしにくいとされる。それなのに目の前の青年は攻撃を全て見切っていた。
(嵐が持つような予測感知を持っているのか? それと加速も同時に使っている)
同時に二つのクラフトを発揮するにしても、この戦闘力の高さは異常だ。あまりにも反応が良すぎる。
(まさか……)
頭によぎったあることに、輝斗はゴクリと唾を飲み込む。
(左右に色違いの瞳……。その特徴を持つ人間は極めて珍しい。確か人間と妖の混血か妖の先祖返りが、その特徴を持つとか千景さんが言ってたような……)
そうだとしたら、厄介なんてものではない。
「遅い」
青年は輝斗の手に触れ、一瞬のうちに背後に回り込んだ。
「なっ!?」
ナイフを振り上げて突き刺せないようにすると、今度は輝斗の頭を掴んで引っ張った。
「ぐっ……」
バランスを崩し、後ろに倒れそうになる。左手がガラ空きなのに気づき、輝斗は横目で青年を見た。彼の手にもナイフが握られている。それは輝斗の背中――肝臓がある箇所を狙って突こうとしていた。
「させるか!」
ナイフを包むように炎が出現する。
「――っ!!」
驚いた青年は、咄嗟に手を離して距離を取った。
「はあっ!」
輝斗は振り向き様、空中に火の玉を生み出す。しかし、当たる直前で青年の姿が掻き消えた。
「なにっ!?」
更に速く動けるのかと愕然する。
「ぐはっ」
真横から強烈な蹴りが放たれた。防ぐ暇もなく、輝斗はコンクリートの壁に叩きつけられる。
「かはっ……」
呼吸が出来ず咳込む。打ち所が悪かったのか、背中だけでなく頭がクラクラする。何とか立ち上がろうとするも身体が言うことを聞かず、だんだん意識が遠のいていく。
青年がナイフを投げようと構えている。
(避けないと……)
「マオ、止めろ」
不意に、別の男の声がした。
「邪魔する気?」
「もう充分だ」
ひらり、と白いインバネスが動きに合わせて翻らせ、こちらへゆっくりと近づいてくる。
顔を確かめようと、輝斗は目だけを動かす。けれども帽子を被っているため、よく見えない。
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