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番外編
第四章-番外編:少年と狼男-
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悪夢のような夜だった。
お金を払わない男たちに乱暴に犯され、ボロ雑巾のように捨てられた。
「はっ、ガキに払う金なんかねえよ」
「じゃあな~」
「待って……」
引き留めようと手を伸ばそうとするが、人差し指を上げるのが精一杯だ。その間も無視され、男たちの姿が遠のいていく。
「う……ぅっ」
――また……お金を払って貰えなかった。
フェイは顔を歪め、目にいっぱいの涙を溜める。
どうして、自分はいつもこうなのだろう。
まとめ役であるマフィアには役立たずと唾を吐かれ、同じような境遇の娼婦や男娼たちからも愚図だと笑われる。
自分がバカだから悪いのだろうか。他の人たちのように上手くいかないことばかりだ。騙されて、笑われて、傷つけられて……。
変わりたい。
けれども、変われるわけがない。
この暮らしから抜け出すことなんて出来るわけがないのだから。
学もなければお金もない。
助けてくれる人などいやしない。
死ぬまで、このような生活が続くのだと諦めるしかなかった。
「う……」
涙を流した所で、腹が膨れるわけでもない。そんなこと分かりきっているが、やるせない想いをひとりで抱えきれるほど、フェイは大人ではなかった。
「う、ぁ……」
声を殺して泣いていると……。
「ぎゃあっ」
「ひぎゃあっ」
ぼやけた視界の中で、男たちの首が飛んだ。切断面から赤い血しぶきが勢いよく噴き出し、飛んだ首がボールのようにコロコロと地面に転がる。
「え……?」
――何が起きたのだろう?
目を凝らすと、黒い大きな影が佇んでいる。足元には、フェイを嬲った男たちの首から下の肉体が力なく横たわっていた。
「あなたは……誰?」
ふたつの頭を大きな足が踏み潰した。黒い影は自身の足が汚れるのも気にせず、また潰したそれを気にも留めず、フェイの元へゆっくりと近づいてくる。
刹那、青白い満月が雲の隙間から顔を覗かせた。柔らかい銀色の光が、建物の隙間を縫って差し込む。
「あ……」
月明かりに照らされ、おぼろげながら姿を映し出す。
それは奇妙な姿をしていた――。
全身を銀色の毛に覆われ、鋭い爪には殺した男たちの血がべったりとこびりついている。大きな口から覗く牙もまた鋭く、フェイの細い骨など簡単に噛み砕いてしまうだろう。長い耳と尻尾に突き出した鼻……直立しているが、人間とはかけ離れた異形だ。
そう、まるで――。
「……狼みたい」
フェイの呟きに、その生き物は灰色の瞳を細めた。
これがフェイと銀色の狼男・レナートとの出会いだった――。
× × ×
その銀色の狼は人のように二本足で立っていた。フェイの身長をはるかに超える長身で、先ほどまでフェイを犯していた男たちを切り裂き踏み潰した手足はどす黒く染まっている。飛び散った肉片が周囲にも散らばっているが、フェイは悲鳴を上げなかった。
「…………」
狼はフェイから視線を逸らすと、くるりと背中を向けた。
「あ、待って……」
よろめきながらも、懸命に力を込めて上体を起こす。
「助けてくれて、ありがとう……」
「…………」
狼は答えない。振り向いてもくれないが言葉を続ける。
「えっと、狼さん……?」
壁に手を突き、フェイはなんとか立ち上がる。動いた拍子に窄まりから白濁が流れ落ちた。
「あ……汚くて、ごめんなさい。僕……」
全身に刻まれた暴力の痕は痛々しく、青痣や擦り傷もたくさんある。さらに男たちの吐き出したもので汚れた状態だ。見るに堪えない姿をしている。
「こんなんじゃ、顔を背けたくなるよね」
「……違う」
「え?」
まさか人の言葉を話すと思わなかったので、フェイは目を丸くした。
首だけを動かし、狼はフェイを見た。
「オレが、こんな姿だから怖いだろう」
「あ……」
そうだったのか、とフェイの唇が弧を描く。
「ううん、全然怖くないよ」
「なんだと……?」
今度は狼の方が驚いた。疑っているのか探るような眼差しを注いでいる。
「目の前で人間を殺したんだぞ?」
「人が死ぬのは、スラムでは日常茶飯事だもの。僕だって、その人たちに殺されてもおかしくなかった。でも、あなたが助けてくれた」
スラムで生きているから、フェイもスラムの暮らしに麻痺した人間だ。犯罪が横行し、マフィアの抗争に巻き込まれて命を落とす者もいる。ドラッグ中毒で死ぬ者もいた。食べるものに困り、飢え死にする者も大勢いる。ただ歩いているだけで身ぐるみを剥がされて殺されることもあるくらいだ。
ここでは一日を生きられただけで、運が良かったと思う者がたくさんいる。
死が、あまりにも身近すぎた。
「お前は悪魔を知らないのか……?」
「知ってるよ。悪魔は裕福な人を誘惑するものでしょ? 僕みたいな貧乏人を騙したって何も得しない。昔、ボスに言われたんだ」
――お前みたいな貧相なガキは、股を開いてケツ振って客に媚びを売ってるくらいがちょうどいい。男のもんをしゃぶって、ケツにでっけぇのくわえこんで喜んでんだ。そんな堕落した身体で天国に行けると思うなよ。
「――って。魂も汚れているから天使も手を差しのばしてくれないし、悪魔も魂を持っていこうなんて思わない」
「…………」
どれだけ侮辱されているのかフェイ自身は理解していない。そうなんだ、と受け入れた。
「それとも、あなたは僕の魂を食べてくれるの?」
澄んだ眼差しを向けるフェイに、狼は目を眇めた。
「だったら嬉しいな」
「は?」
満面の笑顔を見せたフェイに、狼は間の抜けた声をあげる。
「こんな汚い僕でも、あなたが食べたいと思ってくれるのなら、ほんのちょっとでも綺麗な部分があったってことだよね。だったら嬉しい……」
心から喜んでいるのだと、その屈託のない笑顔を見れば分かる。
「……ぐっ」
不意に、狼が自身の胸を押さえて呻いた。
「どうしたの?」
「来るな……!」
苦しそうにしている狼の元に近寄ろうとすると、吠えて威嚇された。
押さえている大きな手の隙間から、じわじわと何かが染みだしている。
「もしかして……怪我しているの?」
「…………」
死体から漂う血の臭いに満たされていたため、今まで気づかなかった。目の前の狼は怪我をしているようだ。傷の具合を確かめようと、フェイはふらつきながら狼の元へ近づく。
「おいっ」
「痛そう……」
狼の腰に手を添え、フェイは隣に立つと傷口を確認した。大きな手でも隠しきれない深い傷だ。それも刀でバッサリ切られたのだろう。ざっくりと左から斜めに傷が刻まれている。
「それを言うなら、お前もだろう」
狼はフェイの顔を見て、ぼそっと言う。
「あはは……僕たちボロボロだね」
人のこと言えないか、と苦笑を漏らし、フェイは銀色の毛をキュッと掴む。
「ねえ、僕ん家に来ない? 一緒に傷の手当てをしよう」
「…………」
「あ、もしかして僕を食べれば傷が治ったりする? だったら、どーぞ」
「お前……命が惜しくないのか?」
命乞いどころか、召し上がれと言われ、明らかに狼は困惑している。
「あなたは僕を助けてくれたから。僕にできる恩返しは身体しかないもの。あなたさえ良ければ、僕を抱いてもいいけど……」
言いながら、フェイは自分の下半身を見て顔を歪める。
「今の僕とっても汚いでしょ? こんな身体で抱いても気持ち良くないだろうし。だったら食べてくれた方がマシかなって」
「…………」
どうぞ、と目を閉じるフェイに狼は大きな口をぱかっと開けた。
顔を近づけると……。
――ペロッ。
「っ!?」
長い舌がフェイの頬を舐めた。
「どうして……?」
食べないのか、と不思議そうにしているフェイに狼はぼそりと呟く。
「腹は減ってない」
「そっか。じゃあ……」
「減っても、お前を食わない」
その答えに、フェイはしょんぼりと肩を落とす。
「僕の魂は美味しくないんだ」
「違う」
ふるふると狼は首を横に振る。
「お前は汚れてない」
「嘘だ」
「オレが食べたくないからだ」
狼は静かに言った。
きょとんとした表情で狼を見つめるフェイは、その言葉の意味がよく分からなかった。もしかしたら、狼にも好みの味があるのかもしれない。フェイを抱く男もいれば、趣味じゃないと突っぱねる者もいる。そういう違いなのだろう、と納得すると、コクンと頷いた。
「僕は、あなたの好みの味じゃないんだ。じゃあ、あなた好みの味になれそうな時に僕を食べて」
「そういう意味じゃ……ああ、もういい」
説明した所で伝わらないと、狼は諦めた。
「くしゅんっ」
鼻がむず痒くなり、フェイはくしゃみをした。ずっと裸でいたため、すっかり身体が冷えてしまったらしい。両手をさすり、服を着ようと背後を振り返る。
すると――。
「わっ!?」
ひょいっと担がれ、狼が大股で歩きだす。そして、散らばった服を摘まんだ。
「家まで案内しろ」
「……うん!」
銀色の毛で覆われた狼に抱きつくと温かい。
「あのね、僕の名前はフェイって言うんだ。ねえ、あなたの名前を教えて?」
「レナートだ」
「よろしくね、レナート」
こうしてフェイとレナートは傷が治るまでの間、一つ屋根の下で暮らすようになった。
× × ×
傷の手当てをするため、ベッドに腰を下ろしたレナートが銀色の狼から人間の姿にみるみる変化していく。
夜空に浮かぶ月を連想させるような銀色の長い髪を腰まで伸ばし、灰色の鋭い双眸に高い鼻筋の整った顔立ちをしている。
「レナートなの……?」
「そうだ」
まさか人間の姿になれると思わなかったので、人間の姿になったレナートにびっくりしてぽかんと口を開けたまま固まっているが、フェイは悲鳴は上げなかった。
「オレは狼男だからな。獣の姿にもなれるし、人の姿にも変身できる。どちらもオレには変わりない」
「…………」
「どうだ? 今度こそ恐ろしいと思ったか?」
確認するようにレナートが問うと、フェイの顔がみるみる赤く染まっていく。
「かっこいい……」
「は?」
フェイは恥ずかしそうに両手で自身の顔を挟むと、ギュッと目を瞑った。
「狼もかっこよかったけど、人の姿もかっこいい。こんな汚い僕じゃ食べたくないって思うの当然だよね。恥ずかしい……」
怯えるどころか恥ずかしがっているので、レナートは吹き出してしまう。
「ふっ……ははっ」
「え? 僕、変なこと言った?」
「はははっ。どこまでも、お前はオレを受け入れるんだな。そうか……お前みたいな人間もいるのか」
両手を伸ばし、レナートはフェイを抱きしめた。
「レナート?」
「ほんと、変な奴だよ」
この出会いは運命だったのだろうか――。
傷だらけの少年と傷を負った狼男。
青白い満月が照らす中、ふたりは出会った。
お金を払わない男たちに乱暴に犯され、ボロ雑巾のように捨てられた。
「はっ、ガキに払う金なんかねえよ」
「じゃあな~」
「待って……」
引き留めようと手を伸ばそうとするが、人差し指を上げるのが精一杯だ。その間も無視され、男たちの姿が遠のいていく。
「う……ぅっ」
――また……お金を払って貰えなかった。
フェイは顔を歪め、目にいっぱいの涙を溜める。
どうして、自分はいつもこうなのだろう。
まとめ役であるマフィアには役立たずと唾を吐かれ、同じような境遇の娼婦や男娼たちからも愚図だと笑われる。
自分がバカだから悪いのだろうか。他の人たちのように上手くいかないことばかりだ。騙されて、笑われて、傷つけられて……。
変わりたい。
けれども、変われるわけがない。
この暮らしから抜け出すことなんて出来るわけがないのだから。
学もなければお金もない。
助けてくれる人などいやしない。
死ぬまで、このような生活が続くのだと諦めるしかなかった。
「う……」
涙を流した所で、腹が膨れるわけでもない。そんなこと分かりきっているが、やるせない想いをひとりで抱えきれるほど、フェイは大人ではなかった。
「う、ぁ……」
声を殺して泣いていると……。
「ぎゃあっ」
「ひぎゃあっ」
ぼやけた視界の中で、男たちの首が飛んだ。切断面から赤い血しぶきが勢いよく噴き出し、飛んだ首がボールのようにコロコロと地面に転がる。
「え……?」
――何が起きたのだろう?
目を凝らすと、黒い大きな影が佇んでいる。足元には、フェイを嬲った男たちの首から下の肉体が力なく横たわっていた。
「あなたは……誰?」
ふたつの頭を大きな足が踏み潰した。黒い影は自身の足が汚れるのも気にせず、また潰したそれを気にも留めず、フェイの元へゆっくりと近づいてくる。
刹那、青白い満月が雲の隙間から顔を覗かせた。柔らかい銀色の光が、建物の隙間を縫って差し込む。
「あ……」
月明かりに照らされ、おぼろげながら姿を映し出す。
それは奇妙な姿をしていた――。
全身を銀色の毛に覆われ、鋭い爪には殺した男たちの血がべったりとこびりついている。大きな口から覗く牙もまた鋭く、フェイの細い骨など簡単に噛み砕いてしまうだろう。長い耳と尻尾に突き出した鼻……直立しているが、人間とはかけ離れた異形だ。
そう、まるで――。
「……狼みたい」
フェイの呟きに、その生き物は灰色の瞳を細めた。
これがフェイと銀色の狼男・レナートとの出会いだった――。
× × ×
その銀色の狼は人のように二本足で立っていた。フェイの身長をはるかに超える長身で、先ほどまでフェイを犯していた男たちを切り裂き踏み潰した手足はどす黒く染まっている。飛び散った肉片が周囲にも散らばっているが、フェイは悲鳴を上げなかった。
「…………」
狼はフェイから視線を逸らすと、くるりと背中を向けた。
「あ、待って……」
よろめきながらも、懸命に力を込めて上体を起こす。
「助けてくれて、ありがとう……」
「…………」
狼は答えない。振り向いてもくれないが言葉を続ける。
「えっと、狼さん……?」
壁に手を突き、フェイはなんとか立ち上がる。動いた拍子に窄まりから白濁が流れ落ちた。
「あ……汚くて、ごめんなさい。僕……」
全身に刻まれた暴力の痕は痛々しく、青痣や擦り傷もたくさんある。さらに男たちの吐き出したもので汚れた状態だ。見るに堪えない姿をしている。
「こんなんじゃ、顔を背けたくなるよね」
「……違う」
「え?」
まさか人の言葉を話すと思わなかったので、フェイは目を丸くした。
首だけを動かし、狼はフェイを見た。
「オレが、こんな姿だから怖いだろう」
「あ……」
そうだったのか、とフェイの唇が弧を描く。
「ううん、全然怖くないよ」
「なんだと……?」
今度は狼の方が驚いた。疑っているのか探るような眼差しを注いでいる。
「目の前で人間を殺したんだぞ?」
「人が死ぬのは、スラムでは日常茶飯事だもの。僕だって、その人たちに殺されてもおかしくなかった。でも、あなたが助けてくれた」
スラムで生きているから、フェイもスラムの暮らしに麻痺した人間だ。犯罪が横行し、マフィアの抗争に巻き込まれて命を落とす者もいる。ドラッグ中毒で死ぬ者もいた。食べるものに困り、飢え死にする者も大勢いる。ただ歩いているだけで身ぐるみを剥がされて殺されることもあるくらいだ。
ここでは一日を生きられただけで、運が良かったと思う者がたくさんいる。
死が、あまりにも身近すぎた。
「お前は悪魔を知らないのか……?」
「知ってるよ。悪魔は裕福な人を誘惑するものでしょ? 僕みたいな貧乏人を騙したって何も得しない。昔、ボスに言われたんだ」
――お前みたいな貧相なガキは、股を開いてケツ振って客に媚びを売ってるくらいがちょうどいい。男のもんをしゃぶって、ケツにでっけぇのくわえこんで喜んでんだ。そんな堕落した身体で天国に行けると思うなよ。
「――って。魂も汚れているから天使も手を差しのばしてくれないし、悪魔も魂を持っていこうなんて思わない」
「…………」
どれだけ侮辱されているのかフェイ自身は理解していない。そうなんだ、と受け入れた。
「それとも、あなたは僕の魂を食べてくれるの?」
澄んだ眼差しを向けるフェイに、狼は目を眇めた。
「だったら嬉しいな」
「は?」
満面の笑顔を見せたフェイに、狼は間の抜けた声をあげる。
「こんな汚い僕でも、あなたが食べたいと思ってくれるのなら、ほんのちょっとでも綺麗な部分があったってことだよね。だったら嬉しい……」
心から喜んでいるのだと、その屈託のない笑顔を見れば分かる。
「……ぐっ」
不意に、狼が自身の胸を押さえて呻いた。
「どうしたの?」
「来るな……!」
苦しそうにしている狼の元に近寄ろうとすると、吠えて威嚇された。
押さえている大きな手の隙間から、じわじわと何かが染みだしている。
「もしかして……怪我しているの?」
「…………」
死体から漂う血の臭いに満たされていたため、今まで気づかなかった。目の前の狼は怪我をしているようだ。傷の具合を確かめようと、フェイはふらつきながら狼の元へ近づく。
「おいっ」
「痛そう……」
狼の腰に手を添え、フェイは隣に立つと傷口を確認した。大きな手でも隠しきれない深い傷だ。それも刀でバッサリ切られたのだろう。ざっくりと左から斜めに傷が刻まれている。
「それを言うなら、お前もだろう」
狼はフェイの顔を見て、ぼそっと言う。
「あはは……僕たちボロボロだね」
人のこと言えないか、と苦笑を漏らし、フェイは銀色の毛をキュッと掴む。
「ねえ、僕ん家に来ない? 一緒に傷の手当てをしよう」
「…………」
「あ、もしかして僕を食べれば傷が治ったりする? だったら、どーぞ」
「お前……命が惜しくないのか?」
命乞いどころか、召し上がれと言われ、明らかに狼は困惑している。
「あなたは僕を助けてくれたから。僕にできる恩返しは身体しかないもの。あなたさえ良ければ、僕を抱いてもいいけど……」
言いながら、フェイは自分の下半身を見て顔を歪める。
「今の僕とっても汚いでしょ? こんな身体で抱いても気持ち良くないだろうし。だったら食べてくれた方がマシかなって」
「…………」
どうぞ、と目を閉じるフェイに狼は大きな口をぱかっと開けた。
顔を近づけると……。
――ペロッ。
「っ!?」
長い舌がフェイの頬を舐めた。
「どうして……?」
食べないのか、と不思議そうにしているフェイに狼はぼそりと呟く。
「腹は減ってない」
「そっか。じゃあ……」
「減っても、お前を食わない」
その答えに、フェイはしょんぼりと肩を落とす。
「僕の魂は美味しくないんだ」
「違う」
ふるふると狼は首を横に振る。
「お前は汚れてない」
「嘘だ」
「オレが食べたくないからだ」
狼は静かに言った。
きょとんとした表情で狼を見つめるフェイは、その言葉の意味がよく分からなかった。もしかしたら、狼にも好みの味があるのかもしれない。フェイを抱く男もいれば、趣味じゃないと突っぱねる者もいる。そういう違いなのだろう、と納得すると、コクンと頷いた。
「僕は、あなたの好みの味じゃないんだ。じゃあ、あなた好みの味になれそうな時に僕を食べて」
「そういう意味じゃ……ああ、もういい」
説明した所で伝わらないと、狼は諦めた。
「くしゅんっ」
鼻がむず痒くなり、フェイはくしゃみをした。ずっと裸でいたため、すっかり身体が冷えてしまったらしい。両手をさすり、服を着ようと背後を振り返る。
すると――。
「わっ!?」
ひょいっと担がれ、狼が大股で歩きだす。そして、散らばった服を摘まんだ。
「家まで案内しろ」
「……うん!」
銀色の毛で覆われた狼に抱きつくと温かい。
「あのね、僕の名前はフェイって言うんだ。ねえ、あなたの名前を教えて?」
「レナートだ」
「よろしくね、レナート」
こうしてフェイとレナートは傷が治るまでの間、一つ屋根の下で暮らすようになった。
× × ×
傷の手当てをするため、ベッドに腰を下ろしたレナートが銀色の狼から人間の姿にみるみる変化していく。
夜空に浮かぶ月を連想させるような銀色の長い髪を腰まで伸ばし、灰色の鋭い双眸に高い鼻筋の整った顔立ちをしている。
「レナートなの……?」
「そうだ」
まさか人間の姿になれると思わなかったので、人間の姿になったレナートにびっくりしてぽかんと口を開けたまま固まっているが、フェイは悲鳴は上げなかった。
「オレは狼男だからな。獣の姿にもなれるし、人の姿にも変身できる。どちらもオレには変わりない」
「…………」
「どうだ? 今度こそ恐ろしいと思ったか?」
確認するようにレナートが問うと、フェイの顔がみるみる赤く染まっていく。
「かっこいい……」
「は?」
フェイは恥ずかしそうに両手で自身の顔を挟むと、ギュッと目を瞑った。
「狼もかっこよかったけど、人の姿もかっこいい。こんな汚い僕じゃ食べたくないって思うの当然だよね。恥ずかしい……」
怯えるどころか恥ずかしがっているので、レナートは吹き出してしまう。
「ふっ……ははっ」
「え? 僕、変なこと言った?」
「はははっ。どこまでも、お前はオレを受け入れるんだな。そうか……お前みたいな人間もいるのか」
両手を伸ばし、レナートはフェイを抱きしめた。
「レナート?」
「ほんと、変な奴だよ」
この出会いは運命だったのだろうか――。
傷だらけの少年と傷を負った狼男。
青白い満月が照らす中、ふたりは出会った。
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