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番外編
第五章-番外編:君の隣にいることを前編-
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――失敗した。
「全員、照準を美華に集中しろ。迷うな――がはっ」
――失敗した。失敗した。
「ダメです! こちらの攻撃は全て鉄扇と結界術で防がれてしまいます。今すぐ撤退を――ギャッ!?」
「しまった! すぐに結界を……ぐはぁっ」
――失敗した。失敗した。失敗した。
「やったぞ、傷を負わせた! って、嘘だろ!? みるみる傷が塞がってくぞ!」
「忘れたのか? あの女は治癒能力を操る。まして遠方感知――念を飛ばしたり予測感知どころじゃない。あいつは正真正銘、相手の心を読む。俺たちの考えなどお見通しなんだよ!」
「致命傷を避けたのもそれか……。くそっ、隊長もやられた。仕留めることも、撤退することも不可能だなんて万事休すじゃないか!」
――失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。
「よりにもよって、最も精神感応力の高い女に憑依するなんてツイてない……俺たちはここで死ぬんだ」
「誰だよ囮にしろって言ったやつ! ……ああ、隊長だったな。クソッタレ!」
鉄扇を一振りする度に血しぶきが迸る。
すべての攻撃は結界術で防いだ。
どの方向から攻撃してくるのか、何を思い、どうしようとも無駄である。
何故なら――。
「くすくす……。ああ、滑稽! 女だからと甘くみた結果、最も有能な能力者を生け贄に差し出した。アハハハハ、真是个笨蛋!」
「それはどうかな?」
「なっ!?」
いつの間にか足元に魔方陣が描かれている。
「縛!」
声の主が印を結び言葉を紡いだ瞬間、無数の光の鎖が飛び出して全身に絡みついた。
「こんなもの鉄扇で……ああ、くそっ!」
拘束された際、右手から鉄扇が離れ地面に落ちてしまった。拾おうにも腕を伸ばすこともできない。
「離せぇぇぇっ!」
鎖から逃れようともがくがビクともしない。先ほど始末した小隊の連中とは桁違いの能力者だ。
「精神に干渉する悪魔相手に甘くみた我々に非がある。作戦の失敗は認めよう。まして、この部隊の隊長は選民思想の持ち主でね。スラム出身の彼女を軽んじていたことは、上層部の耳にも入っていたのだ」
ゆったりとした足取りで近づきながら、術をかけた声の主は拘束されている悪魔の元へ姿を現す。
漆黒のロングコートは袖を通さず肩に提げている。右手には数枚の札を挟んでいた。それらは既に術を施し済みで文字は琥珀色の光を放っている。
「血筋は確かに尊ばれるべきだろう。それについては私も同意する。しかし、お前が憑依している者が優秀な能力者であることには変わらない。その証拠に、彼女はお前の居場所を突き止め追い詰めることに成功した。問題は、小隊の練度の低さと彼女の精神感応力が高すぎたことだ」
紅茶にミルクを注いだような明るい灰みを帯びた茶髪に翡翠色の瞳の中年の男だ。隊服の襟に本部付きを示す天使の翼と喇叭の徽章が輝いている。
「そして、お前の敗因は私が本部へ戻る前に事態に気づいたことだ。運が悪かったな」
「――!!」
男は手にしていた札を放った。刹那、琥珀色の光の柱が立ち上り悪魔は絶叫をあげた。
「ギャアアアアアアアアアア!」
浄化の光にもがき苦しむ姿を、男は無表情で眺めている。やがて光が収束すると、糸の切れた操り人形のように力なくその場に倒れた。足元に倒れたのは悪魔ではなく、憑依されたTJ部隊の隊員・美華である。
「……無様だな」
その言葉は美華ではなく、物言わぬ骸となった九人の死体に向けて放たれたものだ。
「高千穂審議官、ご無事ですか!?」
車の送迎をしていた部下が息を切らせながら駆けつける。
首だけ動かして背後を顧みた男はスッと目を細めた。
「見ての通りだ」
「車を降りて現場に向かわれるので驚きました。って、なんですかこの死体!?」
ぎょっとした顔で部下は数歩後ずさった。本部務めだからか、現場の悲惨さに慣れていないようだ。彼もまた選民思想に染まった温室育ちの家柄出身である。本来ならば、現場で経験を積むべきなのだが、上層部の息子の多くは部隊勤務もそこそこに本部へ異動になるため戦闘経験は浅い。
(皆が草薙家の次男のような優れた能力者ではない。家柄とて血が薄まり、平凡な能力者も増えた。嘆かわしいことだがな……)
心の中で呟き、眉間に皺を刻む。
(むしろ、凡人から才ある者を見出す方が良いのか……。それを認めてしまえば、我が一族の血を否定することに繋がる)
認めることは出来ないが、すべてを否定はしない。合理的に判断し、利用価値があれば評価する。選民思想には違いないが、上層部の腐った考えに染まりきっているわけではない。割り切る頭が男にはあった。
改めて死体を見回し、最後に美華を見やる。
「この地区を担当していた部隊だ。見ての通り、生存者は彼女だけだが」
「ひえぇ……」
南都市との境にある地区で起きたとある事件――夜な夜な男女問わず悪夢に取り憑かれ、飛び降り自殺するという出来事が発生していた。
悪魔の正体を突き止めるためTJ部隊が調査を開始し、悪魔を追い詰めようと部隊内で精神感応力の高い隊員・美華に索敵をさせた。
彼女のクラフトの一つ遠方感知は非常に優れており、人の心を読むだけでなく悪魔の察知にも優れていた。
否、あまりにも優れていたため、索敵中に精神干渉を受けて憑依されてしまったのである。
美華もろとも悪魔の無力化を試みたが、彼女自身の潜在能力の高さもあって部隊は壊滅。
悪魔は大笑し、次の獲物を求めてその場を去ろうをしていた所を、この地区に出張で訪れていた高千穂審議官によって浄化された。
元より無茶な索敵を敷いたのは部隊の隊長で、仲間たちも美華を犠牲にするのを止めなかったのは明白で、この事件は本部管轄として内々に処理されることとなる。
悪魔に憑依された美華は、浄化の際に生じた光に焼かれた後遺症で胸に大きな傷を負った。体力も著しく低下し、長時間の戦闘を続けることは不可能と診断される。また本人に落ち度があったわけではないが、精神感応力が高すぎることからも諜報を続けるのは危険であると判断された。
こうして、美華はコードネームを剥奪され『数字なし』としての烙印を押されることとなる――。
× × ×
――アタシは“いらない子”なの?
不思議な力に目覚めたのは、五歳を迎えた誕生日だった。
「妈妈、アタシの好きなイチゴのケーキ作ってくれたの?」
「え!? あ……痛っ」
誕生日のご馳走を準備している母親の心を読んだことだ。驚いた母親が包丁で指を切ってしまった時、泣きながら美華は治癒した。
同時に二つの能力に目覚めた彼女自身、驚き戸惑い涙を流していたが、母親は気味悪がらずに傷を治してくれたことに感謝し、娘に大丈夫と笑いかけて優しく抱きしめた。特別な力を宿していることを知った父親もまた美華を恐れなかった。
「その力は、きっと神様がくれた礼物だよ」
「礼物?」
「ええ、素敵なことよ」
両親の愛情に恵まれ、幼い美華は健やかに過ごせるはずだった――。
彼女の暮らす集落に悪魔が襲来し、両親を目の前で殺されてしまう。
命からがら逃げた美華はスラムに行き着き、そこで暮らす孤児と共に日銭を稼ぐようになる。
特別優れた遠方感知は大人の心を読み、それを仲間に知らせることで盗みに役立った。警察が来ることも察知するので、特別勘のいい娘と周囲から観られていたが、治癒能力も使えることがわかると、周囲は気味悪い目を見るようになった。
そして、特別な力を持つのならば裏の組織に売れば金になる――と卑しい大人に狙われるようになり、彼女はスラムの中でも追われることになる。
死に物狂いで逃げ回る中、警察や裏組織ではなくTJ部隊に保護された。
美華のように身寄りのない者で能力者が義務教育まで面倒を見てもらえる特別施設で読み書きを覚え、その後はTJ候補生になるべく猛勉強をして一発合格した。
生きるために勉強を頑張った。
他に行く当てがないからTJ部隊を目指した。
何よりも、必要とされたかったのだ。
――アタシは“いらない子”じゃないよね?
TJ部隊に配属されてからも任務遂行のために能力を駆使し、隊員を補佐してきた。
女だから、スラム育ちだからと蔑まれることは何度もあったが、美華は笑って受け流していた。
本当のことだから、と言い聞かせていたのだ。
それなのに……。
――失敗した。
悪魔の居場所を特定し、仲間に居場所を伝えるだけで良かった。
それが近づきすぎた。悪魔の奥底を覗きすぎたのだ。
手が伸びたと思った瞬間、意識は闇の中に引きずり込まれていた――。
――失敗した。失敗した。
「そう……アタシはいつも失敗する。大切な人はいなくなる。居場所もなくなる。笑っていればいいと思ったのに、いっぱい傷つく。いらないって、みんなが言う」
――アタシは“いらない子”なんだ。
× × ×
「う……」
目を開けると、暗闇に包まれていた。
「ヒッ!?」
まだ悪魔に呑み込まれたままなのかと、美華は恐怖で小さな悲鳴を上げる。ピン、と何か引っ張られる感覚がして視線を横に移す。だんだんと夜目に慣れてきて、それが何か分かってきた。点滴のチューブだ。
「え……?」
ぼんやりと輪郭が見てとれるようになり、美華は辺りを見回す。自分が横になっているベッド、すぐ傍にサイドテーブルがあり、コンセントの入っていない液晶テレビが上に置かれている。点滴チューブは美華の腕に針が刺さっていた。自身の衣服も普段着ではなく入院着であるが、気を失っている間に看護師が着替えさせたのだろうか。
そう――ここは病院だ。
「あ……そっか」
思い出してきた――。
外国人墓地で悪霊に憑依され、助けに来てくれた侑李に攻撃をしたこと。ずっと心の奥底に仕舞っていた闇の部分を暴かれ、消えてしまいたい衝動に駆られていた自分を侑李が救い出してくれた。
輝斗たちも悪魔と激しい戦闘で傷ついており、政宗の命令で全員病院へ直行したのだ。
「ユーリは……?」
個室の病室には自分ひとりしかいない。美華は心細くなった。何より侑李にはひどい言葉を浴びせ、力をぶつけて傷つけた。彼は無事だろうか。
「メイファ!」
引き戸を開けて顔を出したのは小鉄だ。目を覚ました美華に気づくと、小鉄は両手を広げて抱きついてきた。
「ああ、良かった。目を覚ましたね!」
「コテツさん、心配をかけてごめんなさい」
「いいんだよ。美華が無事で良かった!」
涙目で小鉄は言うと、再び美華をきつく抱きしめた。
「あの、ユーリは? みんなどうしたの?」
「全員、傷は大したことないよ。念のため一日入院することになってるが、明日にはミンナ退院するね」
「そう……良かった」
安堵のため息を零し、美華は目を伏せる。
「メイファも悪霊に憑依されたね。しばらく入院するよろし。明日また精密検査あるよ」
「うん……」
この虚脱感は憑依された後遺症だろう。美華が憑依されるのは二度目だ。最初は悪魔だったが、今回は悪霊だ。前線に立てないほど肉体は弱くなっている。普通の人よりも回復が遅い自覚はあった。
「アタシ、みんなに迷惑をいっぱいかけちゃった。天々来にもいられなくなっちゃうのかな」
じわりと視界が滲む。やっと見つけた居場所だと思ったのに、また足を引っ張ってしまった。今度こそ除隊させられるかもしれない。
「そんなことないね! メイファはマサムネの部隊にずっといられるよ!」
「ほんとに?」
「そうね! だから心配しないで、今夜はゆっくり休むよろし!」
優しい声音で言うと、小鉄は美華をベッドに横たえさせる。肩まで布団をかけてやるとポンポンと軽く叩いた。
「明日また様子を見に来るね。おやすみ、メイファ」
「うん……おやすみなさい」
柔らかい笑みを浮かべ、小鉄は軽く手を振ると病室を後にした。
「ふう……」
短い時間だったのに、上体を起こしているだけですごく疲れた。深いため息を吐き、美華は目を閉じる。
眠るのが怖い――。
悪夢を見るのではないかと不安に駆られる。
そして、目を覚ましたら“いらない子”だと宣告されるのではないか。
「アタシ、ここにいたいよ……」
美華の目尻から涙が一筋こぼれ落ちた。
「全員、照準を美華に集中しろ。迷うな――がはっ」
――失敗した。失敗した。
「ダメです! こちらの攻撃は全て鉄扇と結界術で防がれてしまいます。今すぐ撤退を――ギャッ!?」
「しまった! すぐに結界を……ぐはぁっ」
――失敗した。失敗した。失敗した。
「やったぞ、傷を負わせた! って、嘘だろ!? みるみる傷が塞がってくぞ!」
「忘れたのか? あの女は治癒能力を操る。まして遠方感知――念を飛ばしたり予測感知どころじゃない。あいつは正真正銘、相手の心を読む。俺たちの考えなどお見通しなんだよ!」
「致命傷を避けたのもそれか……。くそっ、隊長もやられた。仕留めることも、撤退することも不可能だなんて万事休すじゃないか!」
――失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。
「よりにもよって、最も精神感応力の高い女に憑依するなんてツイてない……俺たちはここで死ぬんだ」
「誰だよ囮にしろって言ったやつ! ……ああ、隊長だったな。クソッタレ!」
鉄扇を一振りする度に血しぶきが迸る。
すべての攻撃は結界術で防いだ。
どの方向から攻撃してくるのか、何を思い、どうしようとも無駄である。
何故なら――。
「くすくす……。ああ、滑稽! 女だからと甘くみた結果、最も有能な能力者を生け贄に差し出した。アハハハハ、真是个笨蛋!」
「それはどうかな?」
「なっ!?」
いつの間にか足元に魔方陣が描かれている。
「縛!」
声の主が印を結び言葉を紡いだ瞬間、無数の光の鎖が飛び出して全身に絡みついた。
「こんなもの鉄扇で……ああ、くそっ!」
拘束された際、右手から鉄扇が離れ地面に落ちてしまった。拾おうにも腕を伸ばすこともできない。
「離せぇぇぇっ!」
鎖から逃れようともがくがビクともしない。先ほど始末した小隊の連中とは桁違いの能力者だ。
「精神に干渉する悪魔相手に甘くみた我々に非がある。作戦の失敗は認めよう。まして、この部隊の隊長は選民思想の持ち主でね。スラム出身の彼女を軽んじていたことは、上層部の耳にも入っていたのだ」
ゆったりとした足取りで近づきながら、術をかけた声の主は拘束されている悪魔の元へ姿を現す。
漆黒のロングコートは袖を通さず肩に提げている。右手には数枚の札を挟んでいた。それらは既に術を施し済みで文字は琥珀色の光を放っている。
「血筋は確かに尊ばれるべきだろう。それについては私も同意する。しかし、お前が憑依している者が優秀な能力者であることには変わらない。その証拠に、彼女はお前の居場所を突き止め追い詰めることに成功した。問題は、小隊の練度の低さと彼女の精神感応力が高すぎたことだ」
紅茶にミルクを注いだような明るい灰みを帯びた茶髪に翡翠色の瞳の中年の男だ。隊服の襟に本部付きを示す天使の翼と喇叭の徽章が輝いている。
「そして、お前の敗因は私が本部へ戻る前に事態に気づいたことだ。運が悪かったな」
「――!!」
男は手にしていた札を放った。刹那、琥珀色の光の柱が立ち上り悪魔は絶叫をあげた。
「ギャアアアアアアアアアア!」
浄化の光にもがき苦しむ姿を、男は無表情で眺めている。やがて光が収束すると、糸の切れた操り人形のように力なくその場に倒れた。足元に倒れたのは悪魔ではなく、憑依されたTJ部隊の隊員・美華である。
「……無様だな」
その言葉は美華ではなく、物言わぬ骸となった九人の死体に向けて放たれたものだ。
「高千穂審議官、ご無事ですか!?」
車の送迎をしていた部下が息を切らせながら駆けつける。
首だけ動かして背後を顧みた男はスッと目を細めた。
「見ての通りだ」
「車を降りて現場に向かわれるので驚きました。って、なんですかこの死体!?」
ぎょっとした顔で部下は数歩後ずさった。本部務めだからか、現場の悲惨さに慣れていないようだ。彼もまた選民思想に染まった温室育ちの家柄出身である。本来ならば、現場で経験を積むべきなのだが、上層部の息子の多くは部隊勤務もそこそこに本部へ異動になるため戦闘経験は浅い。
(皆が草薙家の次男のような優れた能力者ではない。家柄とて血が薄まり、平凡な能力者も増えた。嘆かわしいことだがな……)
心の中で呟き、眉間に皺を刻む。
(むしろ、凡人から才ある者を見出す方が良いのか……。それを認めてしまえば、我が一族の血を否定することに繋がる)
認めることは出来ないが、すべてを否定はしない。合理的に判断し、利用価値があれば評価する。選民思想には違いないが、上層部の腐った考えに染まりきっているわけではない。割り切る頭が男にはあった。
改めて死体を見回し、最後に美華を見やる。
「この地区を担当していた部隊だ。見ての通り、生存者は彼女だけだが」
「ひえぇ……」
南都市との境にある地区で起きたとある事件――夜な夜な男女問わず悪夢に取り憑かれ、飛び降り自殺するという出来事が発生していた。
悪魔の正体を突き止めるためTJ部隊が調査を開始し、悪魔を追い詰めようと部隊内で精神感応力の高い隊員・美華に索敵をさせた。
彼女のクラフトの一つ遠方感知は非常に優れており、人の心を読むだけでなく悪魔の察知にも優れていた。
否、あまりにも優れていたため、索敵中に精神干渉を受けて憑依されてしまったのである。
美華もろとも悪魔の無力化を試みたが、彼女自身の潜在能力の高さもあって部隊は壊滅。
悪魔は大笑し、次の獲物を求めてその場を去ろうをしていた所を、この地区に出張で訪れていた高千穂審議官によって浄化された。
元より無茶な索敵を敷いたのは部隊の隊長で、仲間たちも美華を犠牲にするのを止めなかったのは明白で、この事件は本部管轄として内々に処理されることとなる。
悪魔に憑依された美華は、浄化の際に生じた光に焼かれた後遺症で胸に大きな傷を負った。体力も著しく低下し、長時間の戦闘を続けることは不可能と診断される。また本人に落ち度があったわけではないが、精神感応力が高すぎることからも諜報を続けるのは危険であると判断された。
こうして、美華はコードネームを剥奪され『数字なし』としての烙印を押されることとなる――。
× × ×
――アタシは“いらない子”なの?
不思議な力に目覚めたのは、五歳を迎えた誕生日だった。
「妈妈、アタシの好きなイチゴのケーキ作ってくれたの?」
「え!? あ……痛っ」
誕生日のご馳走を準備している母親の心を読んだことだ。驚いた母親が包丁で指を切ってしまった時、泣きながら美華は治癒した。
同時に二つの能力に目覚めた彼女自身、驚き戸惑い涙を流していたが、母親は気味悪がらずに傷を治してくれたことに感謝し、娘に大丈夫と笑いかけて優しく抱きしめた。特別な力を宿していることを知った父親もまた美華を恐れなかった。
「その力は、きっと神様がくれた礼物だよ」
「礼物?」
「ええ、素敵なことよ」
両親の愛情に恵まれ、幼い美華は健やかに過ごせるはずだった――。
彼女の暮らす集落に悪魔が襲来し、両親を目の前で殺されてしまう。
命からがら逃げた美華はスラムに行き着き、そこで暮らす孤児と共に日銭を稼ぐようになる。
特別優れた遠方感知は大人の心を読み、それを仲間に知らせることで盗みに役立った。警察が来ることも察知するので、特別勘のいい娘と周囲から観られていたが、治癒能力も使えることがわかると、周囲は気味悪い目を見るようになった。
そして、特別な力を持つのならば裏の組織に売れば金になる――と卑しい大人に狙われるようになり、彼女はスラムの中でも追われることになる。
死に物狂いで逃げ回る中、警察や裏組織ではなくTJ部隊に保護された。
美華のように身寄りのない者で能力者が義務教育まで面倒を見てもらえる特別施設で読み書きを覚え、その後はTJ候補生になるべく猛勉強をして一発合格した。
生きるために勉強を頑張った。
他に行く当てがないからTJ部隊を目指した。
何よりも、必要とされたかったのだ。
――アタシは“いらない子”じゃないよね?
TJ部隊に配属されてからも任務遂行のために能力を駆使し、隊員を補佐してきた。
女だから、スラム育ちだからと蔑まれることは何度もあったが、美華は笑って受け流していた。
本当のことだから、と言い聞かせていたのだ。
それなのに……。
――失敗した。
悪魔の居場所を特定し、仲間に居場所を伝えるだけで良かった。
それが近づきすぎた。悪魔の奥底を覗きすぎたのだ。
手が伸びたと思った瞬間、意識は闇の中に引きずり込まれていた――。
――失敗した。失敗した。
「そう……アタシはいつも失敗する。大切な人はいなくなる。居場所もなくなる。笑っていればいいと思ったのに、いっぱい傷つく。いらないって、みんなが言う」
――アタシは“いらない子”なんだ。
× × ×
「う……」
目を開けると、暗闇に包まれていた。
「ヒッ!?」
まだ悪魔に呑み込まれたままなのかと、美華は恐怖で小さな悲鳴を上げる。ピン、と何か引っ張られる感覚がして視線を横に移す。だんだんと夜目に慣れてきて、それが何か分かってきた。点滴のチューブだ。
「え……?」
ぼんやりと輪郭が見てとれるようになり、美華は辺りを見回す。自分が横になっているベッド、すぐ傍にサイドテーブルがあり、コンセントの入っていない液晶テレビが上に置かれている。点滴チューブは美華の腕に針が刺さっていた。自身の衣服も普段着ではなく入院着であるが、気を失っている間に看護師が着替えさせたのだろうか。
そう――ここは病院だ。
「あ……そっか」
思い出してきた――。
外国人墓地で悪霊に憑依され、助けに来てくれた侑李に攻撃をしたこと。ずっと心の奥底に仕舞っていた闇の部分を暴かれ、消えてしまいたい衝動に駆られていた自分を侑李が救い出してくれた。
輝斗たちも悪魔と激しい戦闘で傷ついており、政宗の命令で全員病院へ直行したのだ。
「ユーリは……?」
個室の病室には自分ひとりしかいない。美華は心細くなった。何より侑李にはひどい言葉を浴びせ、力をぶつけて傷つけた。彼は無事だろうか。
「メイファ!」
引き戸を開けて顔を出したのは小鉄だ。目を覚ました美華に気づくと、小鉄は両手を広げて抱きついてきた。
「ああ、良かった。目を覚ましたね!」
「コテツさん、心配をかけてごめんなさい」
「いいんだよ。美華が無事で良かった!」
涙目で小鉄は言うと、再び美華をきつく抱きしめた。
「あの、ユーリは? みんなどうしたの?」
「全員、傷は大したことないよ。念のため一日入院することになってるが、明日にはミンナ退院するね」
「そう……良かった」
安堵のため息を零し、美華は目を伏せる。
「メイファも悪霊に憑依されたね。しばらく入院するよろし。明日また精密検査あるよ」
「うん……」
この虚脱感は憑依された後遺症だろう。美華が憑依されるのは二度目だ。最初は悪魔だったが、今回は悪霊だ。前線に立てないほど肉体は弱くなっている。普通の人よりも回復が遅い自覚はあった。
「アタシ、みんなに迷惑をいっぱいかけちゃった。天々来にもいられなくなっちゃうのかな」
じわりと視界が滲む。やっと見つけた居場所だと思ったのに、また足を引っ張ってしまった。今度こそ除隊させられるかもしれない。
「そんなことないね! メイファはマサムネの部隊にずっといられるよ!」
「ほんとに?」
「そうね! だから心配しないで、今夜はゆっくり休むよろし!」
優しい声音で言うと、小鉄は美華をベッドに横たえさせる。肩まで布団をかけてやるとポンポンと軽く叩いた。
「明日また様子を見に来るね。おやすみ、メイファ」
「うん……おやすみなさい」
柔らかい笑みを浮かべ、小鉄は軽く手を振ると病室を後にした。
「ふう……」
短い時間だったのに、上体を起こしているだけですごく疲れた。深いため息を吐き、美華は目を閉じる。
眠るのが怖い――。
悪夢を見るのではないかと不安に駆られる。
そして、目を覚ましたら“いらない子”だと宣告されるのではないか。
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美華の目尻から涙が一筋こぼれ落ちた。
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