42 / 64
第五章
第五章-11-
しおりを挟む
数分後――千景の手に、侑李の狙撃銃が転送されてきた。
「観測手は僕が務める」
サングラスがないので、マズルフラッシュで目がやられるかもしれない。方角を定めたら、透視能力に切り替えて撃つことになりそうだ。
幸弘は銃を構え、狙いを定めようとスコープを覗き込む。
「――っ、がはっ」
刹那、身体の奥底からこみ上げる吐き気に襲われた。
「幸弘!?」
すぐに千景が背中をさすってくれたが、その間も嘔吐し続けている。
「……大丈夫です。耐えなくちゃ……。時間もないでしょう?」
顔面蒼白で唇の色も真っ青だ。
「きみに無理強いさせることになって、ごめん……」
「いえ……これはオレの弱さです。ちゃんと向き合わなくちゃ……」
口元を手の甲で拭い、幸弘はふらつきながらも片膝を突いて上体を起こした。
僅かなミスが失敗を招く。敵に気づかれず、静かに獲物を狙い、確実に仕留める。そのためには何日も身を隠して潜伏することも厭わない。それが狙撃手に求められるスキルだ。
「すーはー……」
何度か深呼吸をした後、幸弘は再びスコープを覗き込む。
「ぐっ……」
吐き気に耐えながら手の震えが収まるまで、その場を動かない。
(輝斗……)
心の中で名前を呼び、ゆっくりと目を閉じる。
幸弘のアミュレットが輝き、クラフトが発動する。目を開けると瞳が淡く光っていた。
「……千景さん、お願いします」
「ああ」
千景が方角と距離を伝え、風向きと湿度を考慮した情報を伝える。
「いけそうかい?」
「侑李の銃なので、多少の誤差は出るかもしれませんが許容範囲内です」
スコープの中で目標を捉え、幸弘の人差し指が動いた。
――パァンッ!
銃声が響き、弾丸が飛び出した。
× × ×
金属音がぶつかり合う音がした――。
「なっ……!?」
驚愕の表情で、アレクセイは一点を見つめている。
「あ……」
輝斗も驚いた表情を浮かべていた。
胸の上には真っ二つになった弾丸が転がっている。視線を動かせば、ローザの大鎌の先端が、ふたりの間に割って入っていた。
「ありがとうございます、ローザ」
予想外からの狙撃に、アレクセイも油断していたようだ。
この隙を輝斗も見逃さなかった。意識を集中し、火の玉を出現させるとアレクセイに向かって放つ。
「おっと……」
素早く立ち上がったアレクセイはステッキを回転させて炎を拡散させた。
――パァンッ!
しかし、そのステッキも二発目の狙撃によって砕かれてしまう。
「おやおや、大した腕ですね」
砕けたステッキを見下ろし、感心している。
「お気に入りのステッキを壊されてしまいました。……それに、キミの仲間も来たようです」
「輝斗くん!」
威の声がした。
続いて嵐と羽鳥も現れ、銃を構えている。
「アスモデウスとマモンも退却したようですね。ああ、悪霊たちも浄化されてしまいましたか」
残念そうに呟いているが笑みを称えている。余裕が窺えるアレクセイに、輝斗たちは警戒を解かずに睨み据えていた。
「今宵のパーティーは、ここまでですね。それではみなさん、さようなら」
優雅な動作で一礼した後、アレクセイとローザの姿は闇に解けるように掻き消えた。
「……終わったのか?」
茨の拘束も解かれ、自由になった輝斗は立ち上がる。
「らしいな……」
右手を押さえながら忍が頷く。その首筋には、うっすらと赤い血が滲んでいた。
「侑李の方は……?」
「美華を救出しました」
羽鳥の呟きに答えるように、侑李が美華に支えられながら歩いてくる。
「みんな、ボロボロだね」
威は苦笑を漏らし、一同を見回した。
× × ×
輝斗の危機を救った銃弾は、幸弘が撃ったものだと知って全員が驚いた。
「幸弘、体調は大丈夫なのか?」
「まだ吐き気があるんだけど、なんとか……」
力なく微笑み、幸弘は人差し指で自身の頬を掻いた。
「完全に乗り越えたわけじゃないんだ。でも……ずっと、輝斗の力になりたかったから。昔のように、狙撃銃を自由に扱えたらって……思ってた。それなのに情けないままで……悔しかったんだ」
ぽつぽつと呟くと、幸弘は視線を落とした。自嘲の笑いを浮かべ、悲しそうな声で続ける。
「輝斗にとって一番は聖だって分かってる。それでも……オレは一番に必要とされたかった。輝斗を救えて良かった……」
「本気で言ってるのか?」
柳眉をつり上げ、輝斗は低い声で言うと幸弘の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「お前たちを比べたことなんて一度もない。聖も幸弘も大切だ!」
緋色の瞳が色濃く染まっている。輝斗は本気で怒っていた。
「八年間、幸弘が傍にいてくれたから今の俺がいる」
言い終わると、輝斗は笑みを深めた。
「俺にはお前が必要だ」
「輝斗……ありがとう」
幸弘は顔をくしゃくしゃにした。泣いているのか、瞳から雫がこぼれ落ちる。
そんな彼を、輝斗は両手を伸ばして抱きしめた。
「もっと早く輝斗に聞けば良かった。ひとりでずっと悩んでたなんてバカだな。オレ……」
「まったくだ」
ぽんぽん、と背中を軽く叩きながら、輝斗は淡い笑みを浮かべた。
聖を討つ覚悟はあるのか――。
そう問われた時、輝斗は答えることが出来なかった。
「決めたよ」
輝斗は決然とした面持ちで、口を開く。
「俺は……聖の身体からサタンを切り離し、救いたい」
大悪魔――それも七つの大罪と契約した人間の肉体を救うことができるのか分からない。けれども、可能性はゼロではないと信じている。
「幸弘、力を貸してくれないか」
「もちろん……っ、喜んで力になるよ」
泣きじゃくりながら、幸弘は何度も頷いてくれた。
「でも……聖はオレを恨んでるかもしれない」
「そんなことない。もともと俺がヘマをしなければ、あんなことにならなかった」
輝斗は幸弘から身体を離し、仲間たちの方へ向き直る。
「過去に囚われたままじゃ、前に進めない。そのためにも俺と幸弘、聖の三人で、ちゃんと話したいんだ」
「上層部の言いつけもあるし、白瀬と話すのは難しいと思う」
ふたりの前にやって来た千景は困ったように笑った。言った所で、輝斗が納得しないと分かっているからだ。
「いずれにせよ『破壊者』との戦いは、今まで以上に苛烈になっていくだろうね」
言い終わると、千景は天を仰いだ。
輝斗と幸弘は無言で頷く。
本当の戦いは、これからだ――。
「観測手は僕が務める」
サングラスがないので、マズルフラッシュで目がやられるかもしれない。方角を定めたら、透視能力に切り替えて撃つことになりそうだ。
幸弘は銃を構え、狙いを定めようとスコープを覗き込む。
「――っ、がはっ」
刹那、身体の奥底からこみ上げる吐き気に襲われた。
「幸弘!?」
すぐに千景が背中をさすってくれたが、その間も嘔吐し続けている。
「……大丈夫です。耐えなくちゃ……。時間もないでしょう?」
顔面蒼白で唇の色も真っ青だ。
「きみに無理強いさせることになって、ごめん……」
「いえ……これはオレの弱さです。ちゃんと向き合わなくちゃ……」
口元を手の甲で拭い、幸弘はふらつきながらも片膝を突いて上体を起こした。
僅かなミスが失敗を招く。敵に気づかれず、静かに獲物を狙い、確実に仕留める。そのためには何日も身を隠して潜伏することも厭わない。それが狙撃手に求められるスキルだ。
「すーはー……」
何度か深呼吸をした後、幸弘は再びスコープを覗き込む。
「ぐっ……」
吐き気に耐えながら手の震えが収まるまで、その場を動かない。
(輝斗……)
心の中で名前を呼び、ゆっくりと目を閉じる。
幸弘のアミュレットが輝き、クラフトが発動する。目を開けると瞳が淡く光っていた。
「……千景さん、お願いします」
「ああ」
千景が方角と距離を伝え、風向きと湿度を考慮した情報を伝える。
「いけそうかい?」
「侑李の銃なので、多少の誤差は出るかもしれませんが許容範囲内です」
スコープの中で目標を捉え、幸弘の人差し指が動いた。
――パァンッ!
銃声が響き、弾丸が飛び出した。
× × ×
金属音がぶつかり合う音がした――。
「なっ……!?」
驚愕の表情で、アレクセイは一点を見つめている。
「あ……」
輝斗も驚いた表情を浮かべていた。
胸の上には真っ二つになった弾丸が転がっている。視線を動かせば、ローザの大鎌の先端が、ふたりの間に割って入っていた。
「ありがとうございます、ローザ」
予想外からの狙撃に、アレクセイも油断していたようだ。
この隙を輝斗も見逃さなかった。意識を集中し、火の玉を出現させるとアレクセイに向かって放つ。
「おっと……」
素早く立ち上がったアレクセイはステッキを回転させて炎を拡散させた。
――パァンッ!
しかし、そのステッキも二発目の狙撃によって砕かれてしまう。
「おやおや、大した腕ですね」
砕けたステッキを見下ろし、感心している。
「お気に入りのステッキを壊されてしまいました。……それに、キミの仲間も来たようです」
「輝斗くん!」
威の声がした。
続いて嵐と羽鳥も現れ、銃を構えている。
「アスモデウスとマモンも退却したようですね。ああ、悪霊たちも浄化されてしまいましたか」
残念そうに呟いているが笑みを称えている。余裕が窺えるアレクセイに、輝斗たちは警戒を解かずに睨み据えていた。
「今宵のパーティーは、ここまでですね。それではみなさん、さようなら」
優雅な動作で一礼した後、アレクセイとローザの姿は闇に解けるように掻き消えた。
「……終わったのか?」
茨の拘束も解かれ、自由になった輝斗は立ち上がる。
「らしいな……」
右手を押さえながら忍が頷く。その首筋には、うっすらと赤い血が滲んでいた。
「侑李の方は……?」
「美華を救出しました」
羽鳥の呟きに答えるように、侑李が美華に支えられながら歩いてくる。
「みんな、ボロボロだね」
威は苦笑を漏らし、一同を見回した。
× × ×
輝斗の危機を救った銃弾は、幸弘が撃ったものだと知って全員が驚いた。
「幸弘、体調は大丈夫なのか?」
「まだ吐き気があるんだけど、なんとか……」
力なく微笑み、幸弘は人差し指で自身の頬を掻いた。
「完全に乗り越えたわけじゃないんだ。でも……ずっと、輝斗の力になりたかったから。昔のように、狙撃銃を自由に扱えたらって……思ってた。それなのに情けないままで……悔しかったんだ」
ぽつぽつと呟くと、幸弘は視線を落とした。自嘲の笑いを浮かべ、悲しそうな声で続ける。
「輝斗にとって一番は聖だって分かってる。それでも……オレは一番に必要とされたかった。輝斗を救えて良かった……」
「本気で言ってるのか?」
柳眉をつり上げ、輝斗は低い声で言うと幸弘の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「お前たちを比べたことなんて一度もない。聖も幸弘も大切だ!」
緋色の瞳が色濃く染まっている。輝斗は本気で怒っていた。
「八年間、幸弘が傍にいてくれたから今の俺がいる」
言い終わると、輝斗は笑みを深めた。
「俺にはお前が必要だ」
「輝斗……ありがとう」
幸弘は顔をくしゃくしゃにした。泣いているのか、瞳から雫がこぼれ落ちる。
そんな彼を、輝斗は両手を伸ばして抱きしめた。
「もっと早く輝斗に聞けば良かった。ひとりでずっと悩んでたなんてバカだな。オレ……」
「まったくだ」
ぽんぽん、と背中を軽く叩きながら、輝斗は淡い笑みを浮かべた。
聖を討つ覚悟はあるのか――。
そう問われた時、輝斗は答えることが出来なかった。
「決めたよ」
輝斗は決然とした面持ちで、口を開く。
「俺は……聖の身体からサタンを切り離し、救いたい」
大悪魔――それも七つの大罪と契約した人間の肉体を救うことができるのか分からない。けれども、可能性はゼロではないと信じている。
「幸弘、力を貸してくれないか」
「もちろん……っ、喜んで力になるよ」
泣きじゃくりながら、幸弘は何度も頷いてくれた。
「でも……聖はオレを恨んでるかもしれない」
「そんなことない。もともと俺がヘマをしなければ、あんなことにならなかった」
輝斗は幸弘から身体を離し、仲間たちの方へ向き直る。
「過去に囚われたままじゃ、前に進めない。そのためにも俺と幸弘、聖の三人で、ちゃんと話したいんだ」
「上層部の言いつけもあるし、白瀬と話すのは難しいと思う」
ふたりの前にやって来た千景は困ったように笑った。言った所で、輝斗が納得しないと分かっているからだ。
「いずれにせよ『破壊者』との戦いは、今まで以上に苛烈になっていくだろうね」
言い終わると、千景は天を仰いだ。
輝斗と幸弘は無言で頷く。
本当の戦いは、これからだ――。
10
あなたにおすすめの小説
ふたなり治験棟 企画12月31公開
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる