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第六章
第六章-序-
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少し前まで大通りにある銀杏が黄色く染まり、秋も深まってきたと思っていたが、気付けば乾いた風は肌を刺すほど冷たく、吐く息も白くなる冬になっている。
日に日に寒さがしみる頃、輝斗たちTJ部隊内でも変化が訪れていた。
外国人墓地で起きた悪霊事件をきっかけに、侑李と美華が付き合い始めたのだ。
あの時、ふたりの間に何があったのか仲間たちは知らないが、お互いに何か惹かれるものがあったのだろう。事件後から、ふたりは出かけるようになったらしい。
そして、つい最近、侑李の方から告白した。
「好きです。僕と付き合ってください」
「はい、よろしくお願いします」
頬を赤く染め、真剣な眼差しで想いを伝えた侑李に、美華もまたはにかんだ笑みを浮かべて頷いた。
こうして晴れてふたりは恋人同士になり、仲間たちに報告することになったのだが……。
(この状況は何だ?)
天々来のカウンター席に座っていた侑李は緊張から額に汗を滲ませていた。彼の隣に座る美華は、にこにこと笑顔を浮かべている。
カウンターの前にある厨房からシャーシャーと包丁を研ぐ音が聞こえた。先ほどから、小鉄が無言で愛用の中華包丁を研いでいる。
(さっきから一言も喋ってないし気まずい。そもそも、なんで小鉄さんは包丁を研いでるんだ?)
侑李はゴクリと唾を飲み込んだ。気のせいじゃなければ、小鉄から殺気が放たれている。
美華と付き合うことになったと報告した途端、何故か小鉄は包丁を研ぎ始めた。背中を向けているので表情は見えないが、彼から発せられる気配に恐れを成した侑李は全身が金縛りにあったように痺れている。
(小鉄さんは、僕が美華と付き合うことに反対なのかもしれない。あの包丁は、僕を切り刻むために準備しているのか?)
考えれば考えるほどマイナスの方向にいってしまう。
(美華のことを実の娘のように大切に想っている小鉄さんのことだ。僕じゃあ彼女を任せられないと思っているに違いない!)
膝の上に載せていた手の指に力を込め、グッと折り曲げる。
(彼女を好きな気持ちは変わらない。小鉄さんに僕の気持ちが本気だと分かってもらうためにも、絶対に逃げないぞ!)
覚悟を決めたその時だった――。
「ユウリ」
「は、はい!」
小鉄が名前を呼んだので慌てて返事をする。
包丁を研ぎ終えた小鉄が、ゆっくりと振り返った。その手には鈍く光る中華包丁が、しっかりと握られている。
息が詰まる思いで、侑李は小鉄の次の行動を待った。
厨房からカウンターの方へと、徐々に近づいてくる。やがて侑李の前にやってくると、おもむろに包丁を振り上げた。
「っ!」
咄嗟に腕を交差させて防御の構えをとる。
しかし、風を切る音がするだけで痛みはなかった。
「……?」
恐る恐る目を開けると、腕の隙間から覗くのは小鉄の顔のどアップだ。
「うわっ!?」
厨房から身を乗り出している小鉄は、侑李に向けて中華包丁を突きつけていた。
「ユウリ、こっち見るよろし」
「な、なんでしょうか……?」
攻撃してくる様子はないので、侑李は腕を下ろした。すると、更に小鉄が顔を近づけてきたので、反射的に身を引く。視界いっぱいに小鉄の顔は圧がありすぎる。
「メイファを泣かせたら許さないよ。この子を悲しませないと誓えるか?」
「もちろんです。彼女を大切に想う気持ちは誰にも負けません!」
小鉄の迫力に押されながらも、はっきりと侑李は答えた。
その言葉を聞いて小鉄の表情が和らいだ。隣の美華の方を向くと、優しい声音で話しかける。
「メイファ、ユウリに泣かされたらすぐに報告するね。この中華包丁で叩き切ってやるよ」
さらりと恐ろしいことを口にした小鉄に、侑李の顔が蒼白になる。
「大丈夫、ユーリはアタシのことを大切にしてくれてる。それに、アタシはユーリのことが大好きね。きっと、これからも色々あると思うし、喧嘩もするかもしれない。でも、ふたりで話し合って解決していきたいね」
笑顔を絶やさずに答える美華は自身の胸に手を当てた。
「ホント、オマエはいい子ね」
涙が滲んだのか小鉄は目元に人差し指を当て、鼻をすすった。
「ユウリ、メイファのことをよろしく頼むよ!」
「はい!」
侑李に突きつけられていた包丁が、ようやく離れる。交際を認めてくれたことに安堵のため息を零した。
「よし、ふたりのお祝いをするね。ワタシ特製ラーメンをご馳走するよ。今日は気分がいいから味玉もおまけするね!」
「えっ!? それはちょっと……」
「良かったね、ユーリ」
「あ……うん……」
いそいそと調理を始めた小鉄は鼻歌を歌っている。笑顔の美華も嬉しそうだ。断れる空気ではないと悟った侑李は引きつった笑みを浮かべていた。
「見せつけてくれちゃって。リア充め」
テーブル席について様子を窺っていた嵐は胡乱な目を向けている。
「まあまあ、そんなにむくれないで。侑李くんと美華ちゃんのことを祝福しようよ」
向かいの席に座っていた威は苦笑を漏らした。
肘をついて頬杖をついていた嵐は、あたふたしている侑李を眺めながらニヤリと口角を上げる。
「ふふっ。侑李の奴、ラーメンを完食するまで逃げられないな」
「こーら、人の不幸を楽しむのは良くないよ」
威が窘めると、嵐は拗ねた様子でそっぽを向いた。
「だって、侑李だけ幸せそうで面白くない」
「そんなこと言って、ほんとは羨ましいんでしょ?」
「べっつにぃ~。そんなんじゃないし」
口ではそう言いながらも羨ましがっているのは明白だ。
威は席を立つと、嵐の肩にぽんと手を置いて促す。
「上に戻ろう。みんなに報告しなくちゃ」
「そうだね。ここにいたら、オレたちまでラーメンの巻き添えを食いそうだし」
嵐も立ち上がり、音を立てないように気を配りながら、そっと店を後にした。
日に日に寒さがしみる頃、輝斗たちTJ部隊内でも変化が訪れていた。
外国人墓地で起きた悪霊事件をきっかけに、侑李と美華が付き合い始めたのだ。
あの時、ふたりの間に何があったのか仲間たちは知らないが、お互いに何か惹かれるものがあったのだろう。事件後から、ふたりは出かけるようになったらしい。
そして、つい最近、侑李の方から告白した。
「好きです。僕と付き合ってください」
「はい、よろしくお願いします」
頬を赤く染め、真剣な眼差しで想いを伝えた侑李に、美華もまたはにかんだ笑みを浮かべて頷いた。
こうして晴れてふたりは恋人同士になり、仲間たちに報告することになったのだが……。
(この状況は何だ?)
天々来のカウンター席に座っていた侑李は緊張から額に汗を滲ませていた。彼の隣に座る美華は、にこにこと笑顔を浮かべている。
カウンターの前にある厨房からシャーシャーと包丁を研ぐ音が聞こえた。先ほどから、小鉄が無言で愛用の中華包丁を研いでいる。
(さっきから一言も喋ってないし気まずい。そもそも、なんで小鉄さんは包丁を研いでるんだ?)
侑李はゴクリと唾を飲み込んだ。気のせいじゃなければ、小鉄から殺気が放たれている。
美華と付き合うことになったと報告した途端、何故か小鉄は包丁を研ぎ始めた。背中を向けているので表情は見えないが、彼から発せられる気配に恐れを成した侑李は全身が金縛りにあったように痺れている。
(小鉄さんは、僕が美華と付き合うことに反対なのかもしれない。あの包丁は、僕を切り刻むために準備しているのか?)
考えれば考えるほどマイナスの方向にいってしまう。
(美華のことを実の娘のように大切に想っている小鉄さんのことだ。僕じゃあ彼女を任せられないと思っているに違いない!)
膝の上に載せていた手の指に力を込め、グッと折り曲げる。
(彼女を好きな気持ちは変わらない。小鉄さんに僕の気持ちが本気だと分かってもらうためにも、絶対に逃げないぞ!)
覚悟を決めたその時だった――。
「ユウリ」
「は、はい!」
小鉄が名前を呼んだので慌てて返事をする。
包丁を研ぎ終えた小鉄が、ゆっくりと振り返った。その手には鈍く光る中華包丁が、しっかりと握られている。
息が詰まる思いで、侑李は小鉄の次の行動を待った。
厨房からカウンターの方へと、徐々に近づいてくる。やがて侑李の前にやってくると、おもむろに包丁を振り上げた。
「っ!」
咄嗟に腕を交差させて防御の構えをとる。
しかし、風を切る音がするだけで痛みはなかった。
「……?」
恐る恐る目を開けると、腕の隙間から覗くのは小鉄の顔のどアップだ。
「うわっ!?」
厨房から身を乗り出している小鉄は、侑李に向けて中華包丁を突きつけていた。
「ユウリ、こっち見るよろし」
「な、なんでしょうか……?」
攻撃してくる様子はないので、侑李は腕を下ろした。すると、更に小鉄が顔を近づけてきたので、反射的に身を引く。視界いっぱいに小鉄の顔は圧がありすぎる。
「メイファを泣かせたら許さないよ。この子を悲しませないと誓えるか?」
「もちろんです。彼女を大切に想う気持ちは誰にも負けません!」
小鉄の迫力に押されながらも、はっきりと侑李は答えた。
その言葉を聞いて小鉄の表情が和らいだ。隣の美華の方を向くと、優しい声音で話しかける。
「メイファ、ユウリに泣かされたらすぐに報告するね。この中華包丁で叩き切ってやるよ」
さらりと恐ろしいことを口にした小鉄に、侑李の顔が蒼白になる。
「大丈夫、ユーリはアタシのことを大切にしてくれてる。それに、アタシはユーリのことが大好きね。きっと、これからも色々あると思うし、喧嘩もするかもしれない。でも、ふたりで話し合って解決していきたいね」
笑顔を絶やさずに答える美華は自身の胸に手を当てた。
「ホント、オマエはいい子ね」
涙が滲んだのか小鉄は目元に人差し指を当て、鼻をすすった。
「ユウリ、メイファのことをよろしく頼むよ!」
「はい!」
侑李に突きつけられていた包丁が、ようやく離れる。交際を認めてくれたことに安堵のため息を零した。
「よし、ふたりのお祝いをするね。ワタシ特製ラーメンをご馳走するよ。今日は気分がいいから味玉もおまけするね!」
「えっ!? それはちょっと……」
「良かったね、ユーリ」
「あ……うん……」
いそいそと調理を始めた小鉄は鼻歌を歌っている。笑顔の美華も嬉しそうだ。断れる空気ではないと悟った侑李は引きつった笑みを浮かべていた。
「見せつけてくれちゃって。リア充め」
テーブル席について様子を窺っていた嵐は胡乱な目を向けている。
「まあまあ、そんなにむくれないで。侑李くんと美華ちゃんのことを祝福しようよ」
向かいの席に座っていた威は苦笑を漏らした。
肘をついて頬杖をついていた嵐は、あたふたしている侑李を眺めながらニヤリと口角を上げる。
「ふふっ。侑李の奴、ラーメンを完食するまで逃げられないな」
「こーら、人の不幸を楽しむのは良くないよ」
威が窘めると、嵐は拗ねた様子でそっぽを向いた。
「だって、侑李だけ幸せそうで面白くない」
「そんなこと言って、ほんとは羨ましいんでしょ?」
「べっつにぃ~。そんなんじゃないし」
口ではそう言いながらも羨ましがっているのは明白だ。
威は席を立つと、嵐の肩にぽんと手を置いて促す。
「上に戻ろう。みんなに報告しなくちゃ」
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嵐も立ち上がり、音を立てないように気を配りながら、そっと店を後にした。
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