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第六章
第六章-02-
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行方不明になった八人は、輝斗たちが管轄する地域の住人のため、捜索範囲はそれほど広くない。輝斗と忍、侑李と羽鳥、嵐と威の三組に別れ、現場検証を始めることにした。隊長の政宗、諜報の幸弘と千景はワゴン車の中で待機している。指示や連絡は無線を利用し、イヤモニから伝わるので距離があっても支障はない。
「ここにロバの人形が落ちていたのか」
輝斗と忍は、担当する箇所で悪魔反応がないか住宅街の中を歩き回っていた。千景の術が施された札を手にし、輝斗は八人目の女性が消えた場所に立って辺りを見回す。
「札は何も反応しないな」
周囲はマンションが建ち並ぶ閑静な住宅街だ。大通りから少し離れているとはいえ街灯もあり、日が暮れても真っ暗になることはない。一本挟んだ道は、小学校の通学路になっている。そもそも女性が消えた場所はコンビニの前だ。人通りが全くないわけではない。
「人形以外にも手がかりになるようなものがあれば……」
その時、札が淡い光を発した。
「! 悪魔反応だ」
輝斗は光が強く反応する方角を探ろうと、ぐるりと首を巡らせる。
「一体どこから……っ!?」
街灯の下に、TJ候補生の制服を纏った少女が佇んでいる。
すらりとした長い手足で背が高く、細身の体型だ。艶やかな長い濃紺の髪を一本に縛っているが、それでも腰まである。金色の瞳で左目の下に泣き黒子が印象的で、かなり目を引く美しい顔立ちをしていた。
しかし、輝斗が気になったのは容姿ではない。
「変だな。外出届を出さないと候補生は自由に出歩けないはずだ」
対悪魔殲滅部隊になるためにはTJ機関学校を卒業しなければならない。学校は四大陸の中心になる島の一つにあり、四つの国が共同で運営している。東都市港からフェリーに乗った先の離島にあった。全寮制のため決められた休日以外、敷地内から出ることはない。
かつて輝斗自身も候補生だったからこそ、平日の昼間に遭遇するのはあり得ないのだが、目の前にいる少女は身内の不幸で特別に外出許可をもらったのだろうか。
「マジかよ……」
疑問の花が脳裏に咲く輝斗の隣で、忍は驚愕の表情で少女を凝視している。
「どうした?」
「なんで……」
明らかに動揺しているが、顔見知りなのだろうか。確かに髪や目の色は忍と同じだ。もしかしたら同郷なのかもしれない。
「…………」
少女は輝斗たちから視線を逸らすと、背を向けて歩き出した。本来、この態度もあり得ないことだ。己が目指す隊員に敬礼もない。
「待て!」
忍が呼び止めるが、少女は無視して過度を曲がって姿が見えなくなる。
「おい!」
「忍!?」
少女が消えた方へ駆け出したので、輝斗も見失わないようにと後に続く。
「彼女と知り合いなのか……っ!」
言い止して、輝斗は背後から視線を感じて足を留める。僅かに身体の向きを変えると、少し離れた所に赤紫の髪の青年が佇んでいた。
「聖……なのか?」
だが現在の聖ではない。ソフト帽を被り、白のインバネス姿ではなく、八年前の候補生時代の制服姿だ。
(昔の聖が、どうしてここにいる?)
もう一度会って話しがしたい――。
そう思っていただけに、輝斗は動揺を隠せなかった。
「……っ」
一歩、足を踏み出した所で輝斗は動きを止める。
本部から聖と接触したら戦線を離脱するように、と忠告されていた。上からの命令は絶対だ。けれども頭では理解しているが、感情がついていかない。
なにより、目の前の彼は昔の姿をしている。輝斗と聖、そして幸弘の三人で仲良くつるんでいた頃の姿をしているのが違和感すぎて輝斗は混乱していた。
(俺は夢を見ているのか?)
それを確かめるためにも聖の元へ向かおう。
更に一歩足を踏み出すと、どこからか笛の音は聞こえてきた。フルートのような緩やかな旋律は耳に心地良い。
不意に、ぐらりと身体が傾いた。
(なんだ、急に眠気が……)
頭がぼんやりして視界も霞む。足元がふらつき、真っ直ぐ立っていられない。アスファルトの上に立っているはずなのに、柔らかい毛足の長い絨毯の上にいるような感覚だ。
「…………」
先ほどの少女のように、聖も無言で背を向けて歩き出した。
――行ってしまう……!
「待ってくれ……」
追いかけなければ――と手を伸ばすと、前のめりに倒れそうになった。
笛の音が一際大きくなったような気がする。
「くっ……」
平衡感覚を失った輝斗は、それでも必死に手を伸ばし続けた。
「行くな……。行かないでくれ……」
だが、聖は立ち止まってくれない。どんどん距離が開いていく。
――また彼を見失ってしまう!
「輝斗!」
すぐ近くで、名前を呼ぶ声がした。
「あ……?」
ハッとして顔を上げると、視界いっぱいに幸弘の顔があった。いつの間にか身体を支えられている。
「輝斗、オレのことが分かる?」
「……幸弘」
名前を口にすると、幸弘は瞳に安堵の色を滲ませた。
いつの間にかぐらついていた視界も元に戻っている。うるさいくらいに響いていた笛の音も聞こえない。それどころか聖の姿も消えていた。
「悪魔反応があったから飛び出してきたんだけど……。輝斗がふらついてるから、びっくりしたよ」
「心配かけてすまない」
片手で前髪を掻き上げ、輝斗は息をつく。
「さっきまで、そこに聖がいたんだ」
「えっ!?」
幸弘は、輝斗の視線の先を追うように目を凝らす。胸元のアミュレットが淡く光ると同時に、幸弘の瞳を淡く光を帯びる。能力を使って探っているようだ。
「誰もいないみたいだけど?」
周辺の索敵を行ったが自分たちしかいないと分かると、幸弘は一度目を閉じた。再び目を開けると光は消え、まぶたをぱちぱちさせている。
「あれは八年前の聖だった。現実のあいつじゃない。俺は幻を見たんだと思う」
「会いたい人の幻を見せるのが、悪魔の手口なのかも」
「もし、あのまま幻と笛の音に誘われていたら危なかった。ありがとう。お前のおかげで助かった」
お礼を伝えると、幸弘は緩く頭を振った。
「ううん、輝斗が無事で良かった」
支えていた手が離れたので、輝斗も身体を離して真っ直ぐ立つ。
「ところで、御堂さんは?」
「あっ!」
そうだ、忍を追いかけていたのだ。
輝斗は身体の向きを反転させ、忍が走って行った方へ歩を進める。
「聖の幻に遭遇する前に、女のTJ候補生に会ったんだ。忍は彼女の後を追ったんだが……。忍、聞こえるか? 応答してくれ」
イヤモニに手を当て、忍に呼び掛けるが返事はない。
「御堂さん、聞こえてたら返事して」
幸弘も呼び掛けるが、やはり無反応だ。
角を曲がるも、そこには忍も少女の姿もなかった。
「忍、何処だ!?」
名前を呼びながら歩いていると、コツンとつま先に何か当たった。
視線を落とすと、人差し指くらいの小さな人形が落ちている。
「熊の人形だ」
「消えた八人と同じだね」
輝斗が拾った人形を見て、幸弘の表情が険しくなる。
「忍は悪魔に攫われたのか?」
「可能性は高い。すぐに千景さんに知らせよう。輝斗は他の仲間にこのことを伝えて」
「分かった」
すぐに行動に移した。輝斗が仲間たちに忍が消えたことを知らせ、幸弘はワゴン車に待機している千景に連絡を取っている。
「――はい、分かりました。輝斗、ワゴン車に戻ろう」
「ああ」
政宗が残りのメンバーを集め、千景のクラフトで忍を捜すよう命じたので、輝斗と幸弘は彼の無事を祈りながら引き返した。
「ここにロバの人形が落ちていたのか」
輝斗と忍は、担当する箇所で悪魔反応がないか住宅街の中を歩き回っていた。千景の術が施された札を手にし、輝斗は八人目の女性が消えた場所に立って辺りを見回す。
「札は何も反応しないな」
周囲はマンションが建ち並ぶ閑静な住宅街だ。大通りから少し離れているとはいえ街灯もあり、日が暮れても真っ暗になることはない。一本挟んだ道は、小学校の通学路になっている。そもそも女性が消えた場所はコンビニの前だ。人通りが全くないわけではない。
「人形以外にも手がかりになるようなものがあれば……」
その時、札が淡い光を発した。
「! 悪魔反応だ」
輝斗は光が強く反応する方角を探ろうと、ぐるりと首を巡らせる。
「一体どこから……っ!?」
街灯の下に、TJ候補生の制服を纏った少女が佇んでいる。
すらりとした長い手足で背が高く、細身の体型だ。艶やかな長い濃紺の髪を一本に縛っているが、それでも腰まである。金色の瞳で左目の下に泣き黒子が印象的で、かなり目を引く美しい顔立ちをしていた。
しかし、輝斗が気になったのは容姿ではない。
「変だな。外出届を出さないと候補生は自由に出歩けないはずだ」
対悪魔殲滅部隊になるためにはTJ機関学校を卒業しなければならない。学校は四大陸の中心になる島の一つにあり、四つの国が共同で運営している。東都市港からフェリーに乗った先の離島にあった。全寮制のため決められた休日以外、敷地内から出ることはない。
かつて輝斗自身も候補生だったからこそ、平日の昼間に遭遇するのはあり得ないのだが、目の前にいる少女は身内の不幸で特別に外出許可をもらったのだろうか。
「マジかよ……」
疑問の花が脳裏に咲く輝斗の隣で、忍は驚愕の表情で少女を凝視している。
「どうした?」
「なんで……」
明らかに動揺しているが、顔見知りなのだろうか。確かに髪や目の色は忍と同じだ。もしかしたら同郷なのかもしれない。
「…………」
少女は輝斗たちから視線を逸らすと、背を向けて歩き出した。本来、この態度もあり得ないことだ。己が目指す隊員に敬礼もない。
「待て!」
忍が呼び止めるが、少女は無視して過度を曲がって姿が見えなくなる。
「おい!」
「忍!?」
少女が消えた方へ駆け出したので、輝斗も見失わないようにと後に続く。
「彼女と知り合いなのか……っ!」
言い止して、輝斗は背後から視線を感じて足を留める。僅かに身体の向きを変えると、少し離れた所に赤紫の髪の青年が佇んでいた。
「聖……なのか?」
だが現在の聖ではない。ソフト帽を被り、白のインバネス姿ではなく、八年前の候補生時代の制服姿だ。
(昔の聖が、どうしてここにいる?)
もう一度会って話しがしたい――。
そう思っていただけに、輝斗は動揺を隠せなかった。
「……っ」
一歩、足を踏み出した所で輝斗は動きを止める。
本部から聖と接触したら戦線を離脱するように、と忠告されていた。上からの命令は絶対だ。けれども頭では理解しているが、感情がついていかない。
なにより、目の前の彼は昔の姿をしている。輝斗と聖、そして幸弘の三人で仲良くつるんでいた頃の姿をしているのが違和感すぎて輝斗は混乱していた。
(俺は夢を見ているのか?)
それを確かめるためにも聖の元へ向かおう。
更に一歩足を踏み出すと、どこからか笛の音は聞こえてきた。フルートのような緩やかな旋律は耳に心地良い。
不意に、ぐらりと身体が傾いた。
(なんだ、急に眠気が……)
頭がぼんやりして視界も霞む。足元がふらつき、真っ直ぐ立っていられない。アスファルトの上に立っているはずなのに、柔らかい毛足の長い絨毯の上にいるような感覚だ。
「…………」
先ほどの少女のように、聖も無言で背を向けて歩き出した。
――行ってしまう……!
「待ってくれ……」
追いかけなければ――と手を伸ばすと、前のめりに倒れそうになった。
笛の音が一際大きくなったような気がする。
「くっ……」
平衡感覚を失った輝斗は、それでも必死に手を伸ばし続けた。
「行くな……。行かないでくれ……」
だが、聖は立ち止まってくれない。どんどん距離が開いていく。
――また彼を見失ってしまう!
「輝斗!」
すぐ近くで、名前を呼ぶ声がした。
「あ……?」
ハッとして顔を上げると、視界いっぱいに幸弘の顔があった。いつの間にか身体を支えられている。
「輝斗、オレのことが分かる?」
「……幸弘」
名前を口にすると、幸弘は瞳に安堵の色を滲ませた。
いつの間にかぐらついていた視界も元に戻っている。うるさいくらいに響いていた笛の音も聞こえない。それどころか聖の姿も消えていた。
「悪魔反応があったから飛び出してきたんだけど……。輝斗がふらついてるから、びっくりしたよ」
「心配かけてすまない」
片手で前髪を掻き上げ、輝斗は息をつく。
「さっきまで、そこに聖がいたんだ」
「えっ!?」
幸弘は、輝斗の視線の先を追うように目を凝らす。胸元のアミュレットが淡く光ると同時に、幸弘の瞳を淡く光を帯びる。能力を使って探っているようだ。
「誰もいないみたいだけど?」
周辺の索敵を行ったが自分たちしかいないと分かると、幸弘は一度目を閉じた。再び目を開けると光は消え、まぶたをぱちぱちさせている。
「あれは八年前の聖だった。現実のあいつじゃない。俺は幻を見たんだと思う」
「会いたい人の幻を見せるのが、悪魔の手口なのかも」
「もし、あのまま幻と笛の音に誘われていたら危なかった。ありがとう。お前のおかげで助かった」
お礼を伝えると、幸弘は緩く頭を振った。
「ううん、輝斗が無事で良かった」
支えていた手が離れたので、輝斗も身体を離して真っ直ぐ立つ。
「ところで、御堂さんは?」
「あっ!」
そうだ、忍を追いかけていたのだ。
輝斗は身体の向きを反転させ、忍が走って行った方へ歩を進める。
「聖の幻に遭遇する前に、女のTJ候補生に会ったんだ。忍は彼女の後を追ったんだが……。忍、聞こえるか? 応答してくれ」
イヤモニに手を当て、忍に呼び掛けるが返事はない。
「御堂さん、聞こえてたら返事して」
幸弘も呼び掛けるが、やはり無反応だ。
角を曲がるも、そこには忍も少女の姿もなかった。
「忍、何処だ!?」
名前を呼びながら歩いていると、コツンとつま先に何か当たった。
視線を落とすと、人差し指くらいの小さな人形が落ちている。
「熊の人形だ」
「消えた八人と同じだね」
輝斗が拾った人形を見て、幸弘の表情が険しくなる。
「忍は悪魔に攫われたのか?」
「可能性は高い。すぐに千景さんに知らせよう。輝斗は他の仲間にこのことを伝えて」
「分かった」
すぐに行動に移した。輝斗が仲間たちに忍が消えたことを知らせ、幸弘はワゴン車に待機している千景に連絡を取っている。
「――はい、分かりました。輝斗、ワゴン車に戻ろう」
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