林檎の蕾

八木反芻

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さん『エンマ様が判決を下す日はお気に入りの傘を逆さにさして降ってきたキャンディを集めよう』

7 不穏なドライブ◇①

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(どんな人だろう……)
 緊張と不安と少しの好奇心が混じるサキは、携帯電話で時刻を確認した。
(あと10分……)
 ため息をつくと携帯電話が鳴った。
「……はい」
『こんばんは! 今待ち合わせの場所の近くまで来たんだけど、わかるかな?』
 辺りを見渡すと、携帯電話を耳に当てた一人の男性がこちらを見て、笑顔で手を振っている。サキはその男性に向かって軽く頭を下げた。
「俺が谷崎新次です。よろしく!」
「あ、はじめまして。新妻……サキです。よろしくお願いします、谷崎さん……」
「これから仲良くするんだし、新次でいいよ、ね? サキちゃん」
「はぁ、はい……」
「よし! 無事に会えたことだし、行こっか」
 背を向け歩きだす谷崎。何気なく見ると、谷崎の後ろ髪は少し長めなのか、チョコンと小さく結ばれていた。
 案内された場所には赤色のスポーティーな車が止まっている。
 車に乗り込むと、女子受けを狙うような最近流行りの洋楽がかかってる。女性が歌っている曲。何度か聞いたことはあるんだけど、名前がわからない。そういうところにサキは疎かった。
「その服、かわいいね」
「え? あ、ありがとうございます……」
 お世辞とわかっていてもサキは頬を赤らめた。
(そういえば、ハルさんはなにも言ってくれないなぁ……。言うようなタイプじゃないか!) なんて考えるサキの口元がちょっとほころぶ。
「着てる子がかわいいから、かな?」
 サキは照れながら苦笑する。
 スピードに乗って走る谷崎の車は安全装置が備わった最新型。エンジン音がしない快適な乗り心地。ハルの運転する車種との違いに、近代的未来を感じる。
「サキちゃんは彼氏いるの?」
「いえっ、いません……!」
「ぇえー? もったいないなぁ。俺が立候補しちゃおうかなぁ、なーんて」と冗談っぽく笑った。
「仁花もいいけど、俺は君みたいな子がタイプだなぁ」
 よく笑いかけてくれるし、会話が途切れないように話題も振ってくれて、エアコンの温度や車の揺れ、体調の気づかいもしてくれる。とても親切なのだけど……、
「えーとっ……付き合ったことはないです」
「一度も?」
「はい……」
「かわいいね」
 それが少しうっとうしくも感じてしまって、
「好きな人とかは? クラスに好きな子、いる?」
「……いないです」
 ありがたいけど、気が休まらない。
「そうなんだ。じゃあ、俺のこと好きになってもらえるように、今日は頑張っちゃおう」
 笑顔を向ける谷崎。悪い人ではなさそうと思うのに、心のざわつきがおさまらない。サキも応えるように笑顔を返したが、その顔はおそらくひきつっていただろう。
「サキちゃんって、仁花と同じ学校なんだよね?」
「はい」
「ふぅん、それなら何回かサキちゃんを見かけていたかもなぁ。でも、一度見たら忘れないだろうなぁ。こんなに可愛いコ、一目見たら忘れられないよ」
「えへへ……」
 谷崎の姿を視界から遠ざけるように、サキは窓の外を眺めた。
 沈む夕日がそびえ立つビル群を輝かせ、目が眩むほどの光が和らぐと、街灯がチラホラとつきはじめた。それを皮切りに、ずらりと並んだ飲食店の看板、ビルやホテルの各室の明かりが灯り、徐々に夜の街へと変貌をとげる。
 景色を見ていたサキは、初めてハルの車に乗った時のことを思い返し、ドライブしている気分に浸っていた。
(そういえば、ハルさん。あのぬいぐるみどうするんだろう)
 サキが電話をかけたあと、今度はハルから電話がかかってきて『その前に、少しばかりお付き合い願いたい』と、二人で百貨店へ向かった。ハルはなぜか『ぬいぐるみを買いたい』と言い、そのぬいぐるみをサキに選ばせた。サキは肌触りのいいクタクタ系のネコを選んだが『できれば自立するものがいい』と言われ、座っている形のわりとしっかりめのシロクマを選んだ。はじめに選んだネコを名残惜しそうにサキが撫でていたら『買ってあげようか』と言われ、サキは丁重にお断りした。
(小山さんへのプレゼントかな……だとしたら、シロクマでよかったのかなぁ……。小山さんって、なにが好きなんだろう。友達なんだし、小山さんのこと、もっと知りたいなぁ……)
「そうだ。サキちゃん、誕生日いつ?」
「誕生日、ですか……えぇっと……」
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