林檎の蕾

八木反芻

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さん『エンマ様が判決を下す日はお気に入りの傘を逆さにさして降ってきたキャンディを集めよう』

10 彼女の欲求◆③

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 しばらくして、ハルは携帯電話の画面から洗面所のドアへ目を向ける。ドアをノックする音がし、画面へ戻した。
「なにか用か?」
「入ってもいい?」
「どうぞ」
 ブラウスを脱いだ仁花は、服を着たままのハルを見て、
「あれ? まだだったんだ」
「どうした」
「やっぱり一緒に入りたいなぁって」
「断る」
「そんなこと言わないでよー」
 腕に絡んでじゃれてみてもハルは携帯電話に視線を落としたままで、
「なに見てるの?」
 気になった仁花が携帯電話を覗き込もうとすると、ハルはそっと閉じた。
「あんたのことだよ」
「……え、あたし……?」
「他に用がないなら出ていってくれるか?」
「待って! シャワーがまだなら、あたしは……このままでもいいよ……?」
 そう言うと仁花はハルの胸に手を当て、ゆっくり下へ滑らせた。ベルトのバックルに手が触れると仁花はしゃがんだ。
 ベルトを引き、外そうとする手を掴んで行為を止めさせた。
「結構だ」
「……あたし、褒められるんだから」
 ムキになる仁花を見下ろすハルは掴んだ手を徐に離した。
 ベルトをバックルから外し、ためらうことなく全て下ろす。
(あ……初めてみたかも……これが普通なんだ……ん……?)
 この後のことを考えた瞬間、仁花の頬が一気に赤くなった。
 だれたソレを軽く持ち上げ先端をくわえ、仁花はいつも通りの手順で事を進めたが、
(……あれ? おかしいな……全然反応しない)
 仁花は上目でハルの顔色をうかがった。だが、こっちを見下ろしたまま表情もナニも変化しない。
(どうしよう、自信あったんだけど……)
 口を離した仁花はうつむき、対象物から視線をそらした。
「もう終わりか?」
「……だって、全然たたないんだもん。やる気なくなっちゃう」
「わかった。今度は俺の番だ」
 ハルは落ちたズボンを引き上げ、座り込む仁花の手を引いてバスルームを出ると、そのままベッドの上へ座らせた。ハルは仁花の背中に回ると、背後から胸元へ手を回し、慣れた手付きで服を脱がしていく。
「優しくしてね?」
「俺にはできない注文だな」
 仁花は笑った。
「じゃあ結構激しいタイプ?」
「……嫌ならやめる」
「イヤじゃないよっ……!」
 下着姿になった仁花の腕を押さえるように掴む。その手をゆるめ、触れるか触れないかの軽い力で肌の上を滑らせる。
「んふふ、くすぐったいってぇ……」
 はじめは笑っていた仁花だったが、徐々に余裕がなくなっていく。とくになにかしてくるわけでもないのに。
「ねぇ、」
 手つきがじれったい……。
「……もっと触れていいよ……?」
 仁花はハルの手に自分の手を重ね、パンツの中へ誘導した。
「こことか……触ってほしいな……」
「まだ早い」と、引き抜いた指先は濡れていて、ハルは親指と擦り合わせて拭った。
 ムゥッと頬を膨らます仁花は、挑発するように言う。
「満足しないよ……?」
「なにをするかは俺が決める」
 ふてくされる少女の頭に手を置く。背中の真ん中辺りまで伸びている長い髪を前へ流し、うなじをさらけ出させると、首筋に噛みつくようにガッと手をかけた。突然のことに驚く仁花を前屈みにさせるよう首を押さえる。
「やっ!」
「嫌か」
 ハルの唇が仁花の腰元にそっと触れた。
「いっ、イヤじゃない……」
 少し開けた口から舌先を覗かせ、腰元から上へ、背骨にそって舐める。反り返ろうとする背中。ハルは仁花の腕を引くと後ろ手に掴んだ。
(あ……)
 反応を確かめるようにじっくりと動かれては恥ずかしくてたまらない。なのに、
(あたし……変だ……)
 このままもっと触れてほしいと思ってしまう。その気持ちを隠すように仁花はせがんだ。
「……もう、いいってばぁ……はやくっ……」
「まだだ」
(ぜんぜん激しいタイプじゃないじゃん……!)
 何度頼んでも断られ、断られ続け我慢できなくなった仁花はハルに気づかれないようゆっくりと下へ手を伸ばし……、
 仁花はキュッと目をつぶった。
(こんなの……やっぱ変……!)
 ハルの目を盗み仁花はひとり続けていると、その手をグイと掴みあげられた。
「我慢しなさい」
「もう、ムリだよぉ……」
「だったらやめる」
「なんでっ……!?」
「俺がいなくてもできるだろ?」
「だって!」
「言うことが聞けないなら終わりだ」
(あぁ……)
 もっと乱暴に扱われたら何も考えなくてすむのに。
(新妻さんにもこんな感じなのかな……いつも……)
 他の男の人みたいに自分自身のことで頭がいっぱいならとても楽なのに。
「……我慢、する」
 悔しくてふと流れそうになる目尻の感情を悟られまいと、仁花は笑顔を作って堪える。
 何度も言葉を飲み込んで、頑張って我慢し続けたけど、やはり仁花はどうしてもほしくなった。
「……ねぇ、チュウ、してくれないの?」
「しているだろ」
「くちびるにっ……!」
「なぜ?」
「……してほしいから」
「答えになっていない」
「……キスしてほしいって気持ちに、理由って必要あるの……?」
「……そういうものか」
「じゃ、してくれる?」
「しない」
「なんでぇ?」
「キスしたい気持ちがないからだ」
「……じゃあ、新妻さんは? 新妻さんとはしてるんでしょ?」
「していない」
「ウソつかないでよ!」
「嘘はついていない」
「そんなはずない! あたしともキスして? お願いっ」
「断る」
 眉間にシワを寄せる仁花は、不服そうに口をとがらせた。
(我慢してるのはそっちでしょ?)
 それを確認しようと、仁花はハルの体にもたれ掛かり、お尻を密着させグッと押しつけてみるも、ハルはなおも無反応だった。
(どういうこと? あたしじゃダメだってこと? あいつの方がそんなにいいの?)
「……春彦さんは、新妻さんのどこが好きなの?」
「別にない」
「だったらなんで新妻さんと付き合ってるの?」
「付き合っているつもりはない」
(意味わかんない)
「……あたしのことは、好き? 嫌い?」
「好きでも嫌いでもない」
「じゃあ春彦さん、あたしのこと好きになってくれる?」
「ならない」
 ずっと背中越しだった仁花はハルの腕の中で体をひねり向き直った。
「あたしを好きになってください」
「無理だ」
「ムリじゃないよ。あたしの方が新妻さんより、春彦さんを満足させてあげられるもん」
「……あんたがなにを言っているのかわからないが、俺は誰も好きにはならないし、嫌いにもならない」
「だったら、あたしが春彦さんの心を動かしてあげる」
「すごい自信だな」
 仁花はハルの首に腕を回しジッと見つめた。
「だから、ちょっとでもあたしのこと、いいなって思ったら……」
 見返すハルの頬に手をあて、
「新妻さんより、あたしを選んで……?」
 薄く開いた唇を近づける……。
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