林檎の蕾

八木反芻

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さん『エンマ様が判決を下す日はお気に入りの傘を逆さにさして降ってきたキャンディを集めよう』

9 白いプロペラが回ってる◇②

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 このまま帰るはずだった。なのに車は街を離れ山道を走る。
「あの、駅は……」
「駅? どうして?」
「小山さんは、ドライブしたりお食事したりしたら終わりって……」
「……ああ。そうだね。でも、サキちゃんともっとお話がしたいなって。俺、一人暮らしだからさ、いつも話し相手がいないから寂しくて」
 ふとベランダでタバコを吸うハルの背中を思い出した。
 断りきれずウダウダしていると、車はペンション風の家へ到着。少しならと、サキは男と一緒に車を降りた。
「ありがとう、嬉しいよ。さあ入って」
 解放感たっぷりの吹き抜けの天井を見上げると、白いプロペラが回っている。
(あれが落ちてきたら怖いなぁ……)
 サキは言われるがままソファに腰かけた。
「はい、美味しいよ」
 出されたオレンジジュースの色がやけに毒々しく感じて、サキは手をつけるのに躊躇した。
「どうしたの? 飲まないの? あ、他のがよかった? 変えてくるね」
 男は流し台にジュースを捨てた。サキはそれを見ていた。男は冷蔵庫からあらゆるジュースを取り出すと、ラベルが見えるように置いた。サイダー、ぶどう、桃、メロン、それにりんごもある。
「どれがいいかな」
「……やっぱり帰ります! 親も心配してると思うので」
 サキは鞄を抱え逃げようとしたが、男は止める。
「待ってよ。せっかくだから、ジュースだけでも飲んでいきなよ」
 やたらジュースをすすめてくる男が、サキは怖くなった。
「あの、ほんとに結構です。すみません……」
 玄関へ急ごうと足を走らせたが力強く肩を掴まれ壁に押し付けられた。
「帰らせないよ。ほら、飲んで」
 コップには淡い黄色の液体。顔を押さえ嫌がる口へ無理矢理流し入れる。
「ケホッ」
「あぁ、こぼれちゃった。君が暴れるからだよ。染みになるといけないから脱ごうね」
 苦しそうに咳をするサキの服を強引にまくり上げた。
「すごい……」
 腹部のアザを見た谷崎は、思わず発してしまった言葉を塗り潰すように「これはひどいな」と続けた。
「……なにがひどいんですか」
「え?」
 サキは谷崎の緩んだ手を払い、まくられた裾を引っ張って睨むように見つめた。
「この体ですか、これをつけた人ですか、それとも、あなた自身のことですか?」
 少女の言葉に怯んだのか、谷崎はなにも返さなかった。
「失礼します」
 サキは玄関へかけた。が、すぐに追い付かれた。
「ごめん、そんなつもりはなかったんだ。だから逃げないで」
 腕を掴まれたサキは玄関のドアノブを凝視していた。
「そうだ! 泊まって行きなよ。本当は帰りたくないんじゃないかな? ね、そうなんだろう?」
「それは……私がかわいそうだから、ですか」
「そうだよ。だってひどいじゃないか。こんなことをするなんて、人として許せないな」
「……あなたは、あなたはひどいことをしませんか」
「しないさ」
「エンマ様に誓えますか」
「は? ……エンマ?」
 サキが床に転がったコップに目をやると、谷崎もつられてコップを見た。
「なにをしようとしていたんですか」
「……ただのジュースだよ。なにも入れちゃいないさ」
「わたしはなにを入れたのか聞いていません」
 谷崎は半笑いでおでこに手を当てた。
「そんな風に聞こえるじゃないか。家にあげるなら一杯ぐらいご馳走するのが礼儀ってもんだろう?」
「嘘をつかないでください!」
 睨み付けるサキに、谷崎はため息をついて苛立つように頭をかく。
「まったく……」
「子どもだからって、なめないでください」
「……ごめん。本当にそんなつもりはなかったんだよ。あまりにも君が、俺が求めていた理想的な被写体だったから、どうしても引き止めたかったんだ」
「どういうことですか……」
「仁花から聞いてないかい? 俺、こうみえてカメラマンなんだ」
 少女の疑いの眼差しは晴れない。
「あー……口で言って信じてもらうより、俺の作品を見てもらった方が早いか。こっちに来て」
 谷崎はクッと手を引いたがサキの足は玄関を向いたまま動かない。
「警戒心強いなー。大丈夫だよ、ほんっとうになにもしない! ……えーとー、エンマ様だっけ? エンマ様に誓って、サキちゃんにひどいことは、ゼッタイにしません!」

 谷崎はノートパソコンにUSBメモリを差し込むと、手早く4桁のパスワードを打ち込みロックを解除する。名前のつけられたファイルを開くと数ある中の一枚を選びクリックした。
「これなんてどうだい? 結構リアルだろう?」
 その画面に映っていたものはサキが想像していたものと全く違う、健全な写真。大胆な構図、切り取った空間の使い方に、ピントの合わせ方、それに配色まで。写真に詳しくはないが、とても上手いと感じる。
「こっちは結構気に入ってるんだけど、ここにサキちゃんのファイルが入れば即一番のお気に入りだよ」
 女の子たちの躍動感、生き生きとした表情がよく撮れている。だからこそなのか、
(なんだろう、この違和感……)
「小山さんのもあるんですか?」
「気に入ったものがないからあまり見せたくはないんだけど……」
 “オヤマ ニカ”のファイルを開いた。
「好きなの見ていいよ」と画面が見えやすいようにサキへパソコンを向ける。
 サキは手を伸ばしおそるおそる触れた。初めて触るものだから壊さないようにと、見えている範囲の写真を慎重に押した。
(わ……仁花ちゃん、キレイ……)
 谷崎はため息をつき首を振った。
「……やっぱり、仁花はダメだ。全くリアリティがない」
「その、リアリティ、ってなんですか……?」
「仁花はモデル並みに美人だし、いかにもって感じだろう?」
 谷崎はパソコンを自分へ戻し、なにかを探しはじめ 「男受けするような、言わばあざとい……ほら、」と、また画面をサキへ向けた。
「こんな風に狙った顔をする。その点君は良い。リアルで……ちょうどいい……」
 サキには谷崎の言っている意味がよくわからず、少し首をかしげた。
「話はこれくらいにして、撮影に入ろうか」
「なにをすれば……」
「そのままでいいんだよ。ただ……服は着替えようか」
 撮影が終わればきっと帰れると、このときのサキはそう信じていた。

 谷崎の後について階段を下りる。
「ここが撮影スタジオだよ」
 無機質なコンクリートの壁。撮影に使われる機材やら道具がたくさんある。
 隣の衣装部屋から数着選び出し、サキは渡された洋服を持ってカーテンで仕切られた更衣室へ入った。
(かわいい……)
 それは不覚だった。洒落た洋服など着たこともないサキは、撮影の不安を感じながらも眠っていた心の乙女が小躍りをはじめてしまった。
 カーテンが開くと、セッティング中の谷崎は手を止めてサキへ目を向けた。
「うん、似合ってる」
 サキは椅子に座って準備が終わるのを待ち、数分後、谷崎は腰をあげた。
「さぁて、撮影を始めようか」
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