39 / 66
第38話 失う記憶
しおりを挟む既視感のある閃光。
微睡から浮上する少しの不愉快さと幸福。
いつもの目覚めだ。そう思っていたから、目の前の光景を見るなり悲鳴をあげてしまった。
「なななななんで!!」
私の大声で馬車が急停車する。わからないことだらけだった。百歩譲って、ランダの膝の上に乗っているのはいい。そんなことより、なぜいつのまにか馬車に乗っているのだ!
「なんでだ! 私は宿から今まで寝ていたのか!?」
「ミカ、急にどうしたんだ!」
ランダが私の肩を抱き竦め、正気を取り戻そうと体を揺さぶる。
「陛下! どうかされましたか!?」
運転席を降りたダグラスとリディアが、馬車の簡易的な扉を開け放った。
「ダグラス! 昨日は! 昨日はあの後どうしたのだ!? 夕食を! 夕食はどうしたのだ!」
我ながら支離滅裂だった。しかし慌てるのも当然、昨日ランダと先に宿に向かい、ベッドで話した後の記憶が一切ない。
慌てて馬車を降り、太陽の位置を確かめる。天心に輝くそれを見れば昼だということは理解できた。
「陛下……夕食がどうされたのです?」
「昨日、私はあのまま夕食も食べず寝てしまったのか? それで今日眠ったままの私を馬車に詰め込んで、ランダの膝に乗せたのか!?」
「ミカ、そんなに俺の膝の上が座り心地が悪いのか?」
「ダグラス! 質問に答えろ!」
私の剣幕に圧倒され、好き勝手言う二人は黙った。
「陛下……質問が……申し訳ございません。もう一度、質問をお願いいたします」
「昨日、宿でお前の夕食を待っていた! それはどうしたのだ!」
「お部屋に届けに上がりました。リディアとともに」
「私はその時に起きていたのか!?」
「はい、ランダと二人で食べると仰ったので、私とリディアは陛下に包みをお渡しして、部屋を後にしました」
急に寒気が足元から這い上がってきたから、腕で自分の体を抱いた。
ダグラスが困惑しながら話す光景に心当たりがないからだ。まだ眠っていた方がよかった。彼が昨日夕食を渡したという私は一体どんな状態だったのだ。
「ミカ……?」
「ランダ、食事中、私はなにか話していたか……? 昨日私は酒を飲んでいたのか!? それに朝も! 女装には手間ひまが必要なのに! それなのに! どうして私はこの格好で!」
酒を飲んだというなら少々記憶がないのも頷ける。しかし酒はおろか、こんな事態に陥る心当たりがない。私の預かり知らない場所で、私が勝手に行動している。それに戦慄を禁じ得なかった。
「今、ミカが騒ぎはじめるまで、普通だった。記憶がないのか……?」
カッと頭に血がのぼる。しかしランダの困惑した表情を見た瞬間、自分自身の狼狽っぷりを省みた。
「ぁ……あぁ……」
呻き声とも、同意ともとれない私の返事で、辺りに無音が訪れる。
0
あなたにおすすめの小説
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
藤吉めぐみ
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される
水ノ瀬 あおい
BL
若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。
昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。
年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。
リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる