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第48話 アレンという人生の続き
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死とはどういう状態なのか。それは生まれる前は何者だったのか、という問いと似ている。私は自分の命をまるで、自身の所有物のように思っていたが、よく考えれば産まれることも死ぬことも、誰かと約束を交わしたわけもなければ、望んで挙手をしたわけでもない。
気づけば、見覚えのない石造の部屋に、ゆらめく蝋燭の炎。不安定な火が、石造の壁をゆらゆらと照らしていた。
そこに響く研磨の音とわずかな息づかい。目の前には甲冑。布を持つ手はアカギレでガサガサだった。死後の世界は、現実の延長なのだろうか。だが、私の意思では指ひとつ動かせない。
これは私の人生の続きなのだろうか。
ガサガサの手は淡々と甲冑を磨くが、後ろの気配を察して振り向く。そこにいたのは──。
「グレンドローズ大将……! なぜこのような場所に?」
ランダ・グレンドローズ。忘れもしないローズ姫の正式名。ランダの登場に驚いたのは私のようでいて、私ではない。聞き覚えのない声だが、私が発言しているようでもある。
「随分と熱心に磨いている者がいるなと思ってな。それは誰の甲冑だ?」
「あ……いえ……その……」
「名をなんという?」
「アレン・ファジオと申します……この甲冑は……グレアの物です……」
私、もとい私と思しき人間は勝手に話を進めていく。
「グレア? ああ、そういえば明日、昇進すると聞いたな。それでグレアの甲冑を磨いていると。 同郷か?」
「いえ……」
アレンと名乗った男の手は、研磨していた布を握りしめて黙った。そこにカツカツと金属音を響かせランダが近づいてくる。
「なかなかの腕前だな。あまりの美しさに、明日グレアは自分の甲冑とは気づかず大騒ぎするぞ。鍛冶でも生業にしていたのか?」
「私の父が……鍛冶職人です……」
「ほう? それでは無事に退役して家業を継がなければな」
「父の工房ではありません。父は隣国からの出稼ぎで移住しました。私は移住者の二世です。グレアとは面識はありません。しかし私と同じ平民階級での昇進と聞いて……」
アレンは俯き、細い指をモジモジとさせた。
「アレンもいつかは昇進できるさ」
「私は……こんな女のように細い体で……鍛冶場でも役に立たないと父から言われて育ちました……。士官学校さえ出れば体もおのずと出来上がると思っていましたが……」
「鍛え方によって違うのは当たり前だ。戦況に強い騎士が皆、筋骨隆々というわけではない。現にアレンは少しの力で甲冑を輝かせる腕を持っているではないか」
聞き覚えのある台詞。この言葉がランダの口から発せられた時、直感的に思った。今、私が見ている光景は、ランダが愛した男の記憶だ。
「同じ平民階級出身の昇進が嬉しくて、黙って磨いてやっているのか?」
心臓に悪いランダの笑顔。でも私にはもう心臓がない。私はこのまま見たくもない記憶を見続けなければならないのだろうか。
「このことは……」
「ああ、内密にしておく。しかしその腕のことは黙ってはいないぞ。もしよければ俺の甲冑もお願いしたい。平民階級ではないし、昇進もしていないけどな」
ランダの大きな手が頭に乗っかり、視界が揺れる。
気づけば、見覚えのない石造の部屋に、ゆらめく蝋燭の炎。不安定な火が、石造の壁をゆらゆらと照らしていた。
そこに響く研磨の音とわずかな息づかい。目の前には甲冑。布を持つ手はアカギレでガサガサだった。死後の世界は、現実の延長なのだろうか。だが、私の意思では指ひとつ動かせない。
これは私の人生の続きなのだろうか。
ガサガサの手は淡々と甲冑を磨くが、後ろの気配を察して振り向く。そこにいたのは──。
「グレンドローズ大将……! なぜこのような場所に?」
ランダ・グレンドローズ。忘れもしないローズ姫の正式名。ランダの登場に驚いたのは私のようでいて、私ではない。聞き覚えのない声だが、私が発言しているようでもある。
「随分と熱心に磨いている者がいるなと思ってな。それは誰の甲冑だ?」
「あ……いえ……その……」
「名をなんという?」
「アレン・ファジオと申します……この甲冑は……グレアの物です……」
私、もとい私と思しき人間は勝手に話を進めていく。
「グレア? ああ、そういえば明日、昇進すると聞いたな。それでグレアの甲冑を磨いていると。 同郷か?」
「いえ……」
アレンと名乗った男の手は、研磨していた布を握りしめて黙った。そこにカツカツと金属音を響かせランダが近づいてくる。
「なかなかの腕前だな。あまりの美しさに、明日グレアは自分の甲冑とは気づかず大騒ぎするぞ。鍛冶でも生業にしていたのか?」
「私の父が……鍛冶職人です……」
「ほう? それでは無事に退役して家業を継がなければな」
「父の工房ではありません。父は隣国からの出稼ぎで移住しました。私は移住者の二世です。グレアとは面識はありません。しかし私と同じ平民階級での昇進と聞いて……」
アレンは俯き、細い指をモジモジとさせた。
「アレンもいつかは昇進できるさ」
「私は……こんな女のように細い体で……鍛冶場でも役に立たないと父から言われて育ちました……。士官学校さえ出れば体もおのずと出来上がると思っていましたが……」
「鍛え方によって違うのは当たり前だ。戦況に強い騎士が皆、筋骨隆々というわけではない。現にアレンは少しの力で甲冑を輝かせる腕を持っているではないか」
聞き覚えのある台詞。この言葉がランダの口から発せられた時、直感的に思った。今、私が見ている光景は、ランダが愛した男の記憶だ。
「同じ平民階級出身の昇進が嬉しくて、黙って磨いてやっているのか?」
心臓に悪いランダの笑顔。でも私にはもう心臓がない。私はこのまま見たくもない記憶を見続けなければならないのだろうか。
「このことは……」
「ああ、内密にしておく。しかしその腕のことは黙ってはいないぞ。もしよければ俺の甲冑もお願いしたい。平民階級ではないし、昇進もしていないけどな」
ランダの大きな手が頭に乗っかり、視界が揺れる。
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