皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー

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第39話 愛や忠義や

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 ミオ達の隊列を見送ったのは丁度太陽が頭上にある正午過ぎ。そこからアデルと謁見の間に戻る際に、不毛の大地と呼ばれる大陸の話をなぞらえ、国はどうあるべきなのかということを説いた。

 強き者しか生き残れない大地には国など必要がないこと。弱き者の救済のために国があること。騎士団長や側近は与えられた役割であり、それによって人の価値は左右されないこと。

 自分自身さえも不毛の大地に降り立たなければ言葉にすることができなかったことばかりだった。

「アデル。陛下やリベリオについて、まだ疑念を抱いているか?」

 アデルは少し俯いた。それが答えだった。

「もし疑念が少しでもあるのであれば、それを晴らせるまで職務を離れた方がいい。俺が忠義なんて言うのもおこがましいが、しかし皇帝というのも単なる役割なのだ。そこに寄せるものは、友や兄弟といった親しい人間に抱く信頼となんら変わりがない」

「レジーは、その信頼が無くなったからこの国を飛び出したの?」

「いいや、恥ずかしい話だがな。寄せられる信頼を特別な好意だと勘違いしていたのだ。だから……裏切られたと思ってしまった……」

「レジーはなぜこんなことをされたのに、リベリオを許せるの?」

 アデルは穏やかに、しかしその真意を知りたいとまっすぐな視線を向ける。

「一言では言い表せないが、彼の方がよっぽど国のために尽くしていた。忠義という意味を混同している俺よりもよっぽど。それが俺が選ばれなかった理由だと嫉妬してしまうほどに。俺も皇帝を暗殺するなんて、とずっと思っていた。しかしリベリオに向けた激しい憎悪を考えるとあながち間違いではなかったと、今だったら思う。うまく説明できているかな?」

 アデルは首を横に振る。

「俺もわからなかったのだ。今は話半分で聞いてくれて構わない。アデルも疑念が解消するまでちゃんと向き合ってくれ。ただ、覚えていて欲しい。今から皇帝陛下に提言することも、兄のことも」

「レジー、また不毛の大地に帰るの?」

「そうだ。船の定期便が無くなってしまったのだ。帝国が安定したらまた船を出してくれないか?」

「うん、そうしたら、また会いに行っていい?」

「もちろんだ。来れる時に何度でも来てくれ。どうせ伴侶を見つけたら来なくなるんだろうからな」

 アデルは笑った。その笑顔は俺がこの大陸を去る前のアデルの笑顔そのものだった。

「レジーの伴侶は、なんだかこどもっぽい」

「竜神か? ああ見えて200年生きているのだぞ。それに……」

「それに?」

「よく、俺の方がこどもだと笑われるよ」

 そっか、とアデルは嬉しそうに笑う。そうして謁見の間で放心していた皇帝に今後の提言をした。




「レージィー!」

 謁見の間で臣下任命と税の配分などの提言が終わったのは、日が暮れてだいぶ経った頃だった。皇紀リベリオの質問責めに遭っている時に、窓の外にミオが張り付き俺を呼んだ。

「はは、申し訳ない。陛下、皇紀リベリオ。そしてアデル。私の憂いは多分これで解消できましょう。その時々で困難があるかと存じますが、この大筋が守られれば大抵のことは乗り越えられるかと」

「レジー、もう少しだけ、せめて最初の招集をする時までいてくれないかな?」

 アデルの憂いを帯びた目が、1年前のあの日のようで心が揺らぐ。しかしもう兄弟を引き裂くものなどなにもないのだ。

「アデルに言い忘れていたな。帝国を去ってみてわかったこと。それは俺がやらなければ立ち行かないという驕りだ。アデルがするように頼られたならば、頼った者がやり遂げるまで忍耐強く待つんだ。謙虚と尊重で権力は分散できる。しかしそれに奢れば、今回のことのようになるのだ」

 これは少しの意識のズレで臣下を排斥し続けた陛下にも言えることだった。俺は全て引き受けることで、陛下は全て排斥することで、相手への謙虚や尊重を失っていったのだ。

「アデル、わからなかったら何度でも来ていいんだぞ」

 どうせ頻繁に来るのなんて最初だけだろう、そう呟くと、アデルは笑った。

「どれだけ来て欲しいのですか」

「兄弟だからな」

 アデルの両頬にキスをする。すると、保管していた俺の腕を返上してくれた。俺はそれを受け取ると、別れを述べるため陛下の前にかしずく。

 その時、陛下の寝室の空気が流れてきたような気がした。それは自分の被っていたシーツの匂いに似ているのか、部屋の匂いがそう錯覚させるのかわからない。もしかしたら最敬礼の格好がそう誤認させているのかもしれない。

「陛下。寛容に裁量を与えていただき感謝の念に堪えません。どうか……」

 アデルをと言いかけたが、うまく言葉にできない。いつもの悪い癖だった。本当に自分が願うことを言えない。

 どうにもならなくなって顔を上げると、ミオが心配そうに俺を見ていた。そして恐れ多くも陛下の顔を見る。たった1年しか離れていないのに、驚くほど他人の顔となった陛下。その理由は俺自身がよくわかっていた。

「末永く、お幸せに」

 心からこの言葉を言えたことに、自分自身が幸福に包まれた。感動に震える胸に、取り戻した腕を抱えて立ち上がる。

 ミオにバルコニーの方を指差し、部屋を後にする。廊下に出たら走り出していた。この胸の感動をミオに伝えたかった。あの胸にもらった分だけの愛をはやく届けたかったのだ。
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