皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー

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第38話 捨て身の抗議

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 外に出るとあいもかわらずなにかが壊される音がする。そして宮殿入り口の堀の近くに行けば行くほど、兵の数が多くなって来た。

「ミゼル卿!?」

「金獅子の双腕が……2人……!?」

 兵は称号と名を口にし、俺たちの進路を避け道ができた。その時頭上から投げ出された石が降ってくる。メアがそれにいち早く気づき、頭上まで飛び上がり大剣で割った。落下で速度のついた、人の頭分程度の石を割った屈強な女性に兵たちは驚き、彼女の周りにスペースができる。投石を割る女性など確かに初めて見た。

「やはり刺されたくらいでは死なないのではないか?」

「それは死ぬな。私は降ってくる石を割っていればいいのか? 戦争というものがよくわかってなくてな」

「ああ、そうだな。それで怪我人も減る」

 何気なくアデルの方を見ると、緊張からか、青い顔をしていた。

「アデルは戦線に立ったことはないか?」

 アデルはガクガクと頷く。

「アデル、俺もこんな局地戦は経験がない。殆どが出征であり、大抵の場合が不正を隠しきれなくなった領主が領民を盾に反旗を翻すといったものが多かった。しかし今回は違う。なにが違うかわかるか?」

 今度は首を横に振る。

「守るべき国民が武器を持って帝都に攻め込んできているのだ。これは攻撃ではない。抗議だ。メア! あの塀の上でも石を砕けるか?」

「大丈夫だ! ユキ、念のためレジーの補佐にまわんな!」

「はい、姉様!」

「レジー、俺は?」

「ミオ、少し上空を飛んでいてくれないか。多分飛び道具は投石くらいだと思うが、矢が飛んだら雨を頼む」

「雨なんかで矢を止められないよ!」

「矢が重くなって狙いが定まらなくなる。普段は農耕に勤しむ善良な国民だ。矢など放ったこともないだろう」

「わかった……レジー……」

「大丈夫だ。メアとユキ、そしてアデルがいる」

 ミオは頷き、一気に浮上する。周りの兵たちの驚愕の声の中、4人塀の上に登った。

 塀の上に登ると、一同静まりかえっていた。それはミオが飛び立ち上を旋回していたからに他ならない。竜神を見たことがない者が見れば、吉兆か凶兆か、いずれにせよ人が介在することのできないなにかを感じるのであろう。

「グスタ卿! グスタ卿を前に出せ!」

 俺の声に群衆が一気に視線を向ける。そして、チグハグな鎧を着た領民たちがざわつきはじめた。

「アデル、アデルが攻撃しないよう命令するんだ」

 アデルは頷き息を目一杯吸った。

「帝国軍並びに帝国の衛兵、それに準ずる傭兵は直ちに武器を収め一切の攻撃をやめろ! 武器をしまい、領主を通せ!」

 しかしその声が通る寸前で動き出した領民に、帝国兵が剣を突きつけそこから小競り合いに発展してしまう。

「ユキ!」

 メアの呼びかけにユキは返事をしながら塀を飛び降りる。領民兵と帝国兵の間に降り立ち、双剣を抜いた。僅か3手で2人の帝国兵の喉元に剣を突きつける。

 ユキの双剣に緊張感が広がる中、奥から領民をかき分け領主が歩いて来た。そして俺に姿を見るなり駆け寄って来た。

「金獅子の双腕! ミゼル卿!」

「グスタ卿! そのまま門をくぐってください!」

「いいえ、いいえ! ミゼル卿、もう領民は決死の覚悟できたのです! この命に代えても皇帝を討つ!」

「領地はどうするのだ!」

「長らく続いた干ばつで税を納められません。周りの貴族も宮殿を追い出され、自身の領地のことで手一杯で相手にもされません……ここで領地に帰ったところで全員野垂れ死ぬだけです……!」

「貯水池はどうしたのだ! 一緒に水を引き入れただろう!」

「山は隣の領地です。もう……後戻りができないのです! 母の乳も出ずこどもが泣き喚いて……死んでいくのです……私の力だけではもう……」

 領主は泣き崩れんばかりに顔を覆う。

「グスタ卿、事情はわかった! ミオ! 降りてこれるか?」

 ミオは俺に声に反応して急降下してくる。塀を壊さんばかりに着地して、兵達の恐怖を誘う。

「ミオ、ミオの言っていた貧乏人の1人だ。彼について行き、領地に雨を降らせてくれ。設えた貯水池があるのだ。そこに水を溜めるくらい造作もないだろう」

「うん、レジーは一緒に行く?」

「いいや、アデルに教えなければならないことがある。メアとユキと領民兵を守りながら、領地に送っていってくれ」

 ミオは黙り、一点を見つめる。

「大陸を離れる前に、兄弟水入らずの時間をくれないか?」

 ミオは項垂れ、わかったと呟く。

「ミオ、さっきの皇紀リベリオの話。俺が皇帝を暗殺した後、どこかに消えたと言っていたのを覚えているか?」

「うん、さっき言ってたね」

「俺はどこに行ったと思う?」

 ミオは不思議そうに首を捻って、俺の顔を覗き込む。

「ミオが迎えに来てくれたのだろう? 俺にはそうとしか思えなかった。きっと違う未来でも傷つき絶望した俺を、ミオが連れ去ってくれたのだ。あの自由な大地に」

 ミオの美しい目に光が入り込む。

「だから心配するな。そういう運命なのだ」

 ミオは以前言っていた。皇帝と結ばれたとしても決して離れないと。たかだか何十年、大したことはないから帝国の山で暮らすと。凱旋の隊列は随分昔のことだった。それはつまり、皇帝とどうなろうと、ミオとあの大地で暮らす運命だったのだ。

「レ、レジー……俺……」

 ミオがおずおずと腕を伸ばす。

「ミオ、今はダメだ。帰ってきたら……」

「なんで! なんで!? レジーはさ、自分がしたい時にしかしてくれないの!?」

 俺がミオの腕を必死に押さえていると、後ろからメアの笑い声が聞こえた。

「ミオ、嫌われる前に行くぞ」

「レジー、俺のこと嫌いになっちゃうの? レジーはなんで……!」

 喚くミオの首根っこを掴んで、メアは塀を飛び降りた。

「グスタ卿! 後日宮殿に召集をかける。新しい双腕を支えてやってくれ!」

 俺はアデルの腕を掴み、振り上げた。

「ミゼル卿! 片腕はどうしたのです!?」

 グスタ卿の問いに俺は笑って答えた。

「我が自慢の弟、アデルに託した!」
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