39 / 47
第38話 捨て身の抗議
しおりを挟む
外に出るとあいもかわらずなにかが壊される音がする。そして宮殿入り口の堀の近くに行けば行くほど、兵の数が多くなって来た。
「ミゼル卿!?」
「金獅子の双腕が……2人……!?」
兵は称号と名を口にし、俺たちの進路を避け道ができた。その時頭上から投げ出された石が降ってくる。メアがそれにいち早く気づき、頭上まで飛び上がり大剣で割った。落下で速度のついた、人の頭分程度の石を割った屈強な女性に兵たちは驚き、彼女の周りにスペースができる。投石を割る女性など確かに初めて見た。
「やはり刺されたくらいでは死なないのではないか?」
「それは死ぬな。私は降ってくる石を割っていればいいのか? 戦争というものがよくわかってなくてな」
「ああ、そうだな。それで怪我人も減る」
何気なくアデルの方を見ると、緊張からか、青い顔をしていた。
「アデルは戦線に立ったことはないか?」
アデルはガクガクと頷く。
「アデル、俺もこんな局地戦は経験がない。殆どが出征であり、大抵の場合が不正を隠しきれなくなった領主が領民を盾に反旗を翻すといったものが多かった。しかし今回は違う。なにが違うかわかるか?」
今度は首を横に振る。
「守るべき国民が武器を持って帝都に攻め込んできているのだ。これは攻撃ではない。抗議だ。メア! あの塀の上でも石を砕けるか?」
「大丈夫だ! ユキ、念のためレジーの補佐にまわんな!」
「はい、姉様!」
「レジー、俺は?」
「ミオ、少し上空を飛んでいてくれないか。多分飛び道具は投石くらいだと思うが、矢が飛んだら雨を頼む」
「雨なんかで矢を止められないよ!」
「矢が重くなって狙いが定まらなくなる。普段は農耕に勤しむ善良な国民だ。矢など放ったこともないだろう」
「わかった……レジー……」
「大丈夫だ。メアとユキ、そしてアデルがいる」
ミオは頷き、一気に浮上する。周りの兵たちの驚愕の声の中、4人塀の上に登った。
塀の上に登ると、一同静まりかえっていた。それはミオが飛び立ち上を旋回していたからに他ならない。竜神を見たことがない者が見れば、吉兆か凶兆か、いずれにせよ人が介在することのできないなにかを感じるのであろう。
「グスタ卿! グスタ卿を前に出せ!」
俺の声に群衆が一気に視線を向ける。そして、チグハグな鎧を着た領民たちがざわつきはじめた。
「アデル、アデルが攻撃しないよう命令するんだ」
アデルは頷き息を目一杯吸った。
「帝国軍並びに帝国の衛兵、それに準ずる傭兵は直ちに武器を収め一切の攻撃をやめろ! 武器をしまい、領主を通せ!」
しかしその声が通る寸前で動き出した領民に、帝国兵が剣を突きつけそこから小競り合いに発展してしまう。
「ユキ!」
メアの呼びかけにユキは返事をしながら塀を飛び降りる。領民兵と帝国兵の間に降り立ち、双剣を抜いた。僅か3手で2人の帝国兵の喉元に剣を突きつける。
ユキの双剣に緊張感が広がる中、奥から領民をかき分け領主が歩いて来た。そして俺に姿を見るなり駆け寄って来た。
「金獅子の双腕! ミゼル卿!」
「グスタ卿! そのまま門をくぐってください!」
「いいえ、いいえ! ミゼル卿、もう領民は決死の覚悟できたのです! この命に代えても皇帝を討つ!」
「領地はどうするのだ!」
「長らく続いた干ばつで税を納められません。周りの貴族も宮殿を追い出され、自身の領地のことで手一杯で相手にもされません……ここで領地に帰ったところで全員野垂れ死ぬだけです……!」
「貯水池はどうしたのだ! 一緒に水を引き入れただろう!」
「山は隣の領地です。もう……後戻りができないのです! 母の乳も出ずこどもが泣き喚いて……死んでいくのです……私の力だけではもう……」
領主は泣き崩れんばかりに顔を覆う。
「グスタ卿、事情はわかった! ミオ! 降りてこれるか?」
ミオは俺に声に反応して急降下してくる。塀を壊さんばかりに着地して、兵達の恐怖を誘う。
「ミオ、ミオの言っていた貧乏人の1人だ。彼について行き、領地に雨を降らせてくれ。設えた貯水池があるのだ。そこに水を溜めるくらい造作もないだろう」
「うん、レジーは一緒に行く?」
「いいや、アデルに教えなければならないことがある。メアとユキと領民兵を守りながら、領地に送っていってくれ」
ミオは黙り、一点を見つめる。
「大陸を離れる前に、兄弟水入らずの時間をくれないか?」
ミオは項垂れ、わかったと呟く。
「ミオ、さっきの皇紀リベリオの話。俺が皇帝を暗殺した後、どこかに消えたと言っていたのを覚えているか?」
「うん、さっき言ってたね」
「俺はどこに行ったと思う?」
ミオは不思議そうに首を捻って、俺の顔を覗き込む。
「ミオが迎えに来てくれたのだろう? 俺にはそうとしか思えなかった。きっと違う未来でも傷つき絶望した俺を、ミオが連れ去ってくれたのだ。あの自由な大地に」
ミオの美しい目に光が入り込む。
「だから心配するな。そういう運命なのだ」
ミオは以前言っていた。皇帝と結ばれたとしても決して離れないと。たかだか何十年、大したことはないから帝国の山で暮らすと。凱旋の隊列は随分昔のことだった。それはつまり、皇帝とどうなろうと、ミオとあの大地で暮らす運命だったのだ。
「レ、レジー……俺……」
ミオがおずおずと腕を伸ばす。
「ミオ、今はダメだ。帰ってきたら……」
「なんで! なんで!? レジーはさ、自分がしたい時にしかしてくれないの!?」
俺がミオの腕を必死に押さえていると、後ろからメアの笑い声が聞こえた。
「ミオ、嫌われる前に行くぞ」
「レジー、俺のこと嫌いになっちゃうの? レジーはなんで……!」
喚くミオの首根っこを掴んで、メアは塀を飛び降りた。
「グスタ卿! 後日宮殿に召集をかける。新しい双腕を支えてやってくれ!」
俺はアデルの腕を掴み、振り上げた。
「ミゼル卿! 片腕はどうしたのです!?」
グスタ卿の問いに俺は笑って答えた。
「我が自慢の弟、アデルに託した!」
「ミゼル卿!?」
「金獅子の双腕が……2人……!?」
兵は称号と名を口にし、俺たちの進路を避け道ができた。その時頭上から投げ出された石が降ってくる。メアがそれにいち早く気づき、頭上まで飛び上がり大剣で割った。落下で速度のついた、人の頭分程度の石を割った屈強な女性に兵たちは驚き、彼女の周りにスペースができる。投石を割る女性など確かに初めて見た。
「やはり刺されたくらいでは死なないのではないか?」
「それは死ぬな。私は降ってくる石を割っていればいいのか? 戦争というものがよくわかってなくてな」
「ああ、そうだな。それで怪我人も減る」
何気なくアデルの方を見ると、緊張からか、青い顔をしていた。
「アデルは戦線に立ったことはないか?」
アデルはガクガクと頷く。
「アデル、俺もこんな局地戦は経験がない。殆どが出征であり、大抵の場合が不正を隠しきれなくなった領主が領民を盾に反旗を翻すといったものが多かった。しかし今回は違う。なにが違うかわかるか?」
今度は首を横に振る。
「守るべき国民が武器を持って帝都に攻め込んできているのだ。これは攻撃ではない。抗議だ。メア! あの塀の上でも石を砕けるか?」
「大丈夫だ! ユキ、念のためレジーの補佐にまわんな!」
「はい、姉様!」
「レジー、俺は?」
「ミオ、少し上空を飛んでいてくれないか。多分飛び道具は投石くらいだと思うが、矢が飛んだら雨を頼む」
「雨なんかで矢を止められないよ!」
「矢が重くなって狙いが定まらなくなる。普段は農耕に勤しむ善良な国民だ。矢など放ったこともないだろう」
「わかった……レジー……」
「大丈夫だ。メアとユキ、そしてアデルがいる」
ミオは頷き、一気に浮上する。周りの兵たちの驚愕の声の中、4人塀の上に登った。
塀の上に登ると、一同静まりかえっていた。それはミオが飛び立ち上を旋回していたからに他ならない。竜神を見たことがない者が見れば、吉兆か凶兆か、いずれにせよ人が介在することのできないなにかを感じるのであろう。
「グスタ卿! グスタ卿を前に出せ!」
俺の声に群衆が一気に視線を向ける。そして、チグハグな鎧を着た領民たちがざわつきはじめた。
「アデル、アデルが攻撃しないよう命令するんだ」
アデルは頷き息を目一杯吸った。
「帝国軍並びに帝国の衛兵、それに準ずる傭兵は直ちに武器を収め一切の攻撃をやめろ! 武器をしまい、領主を通せ!」
しかしその声が通る寸前で動き出した領民に、帝国兵が剣を突きつけそこから小競り合いに発展してしまう。
「ユキ!」
メアの呼びかけにユキは返事をしながら塀を飛び降りる。領民兵と帝国兵の間に降り立ち、双剣を抜いた。僅か3手で2人の帝国兵の喉元に剣を突きつける。
ユキの双剣に緊張感が広がる中、奥から領民をかき分け領主が歩いて来た。そして俺に姿を見るなり駆け寄って来た。
「金獅子の双腕! ミゼル卿!」
「グスタ卿! そのまま門をくぐってください!」
「いいえ、いいえ! ミゼル卿、もう領民は決死の覚悟できたのです! この命に代えても皇帝を討つ!」
「領地はどうするのだ!」
「長らく続いた干ばつで税を納められません。周りの貴族も宮殿を追い出され、自身の領地のことで手一杯で相手にもされません……ここで領地に帰ったところで全員野垂れ死ぬだけです……!」
「貯水池はどうしたのだ! 一緒に水を引き入れただろう!」
「山は隣の領地です。もう……後戻りができないのです! 母の乳も出ずこどもが泣き喚いて……死んでいくのです……私の力だけではもう……」
領主は泣き崩れんばかりに顔を覆う。
「グスタ卿、事情はわかった! ミオ! 降りてこれるか?」
ミオは俺に声に反応して急降下してくる。塀を壊さんばかりに着地して、兵達の恐怖を誘う。
「ミオ、ミオの言っていた貧乏人の1人だ。彼について行き、領地に雨を降らせてくれ。設えた貯水池があるのだ。そこに水を溜めるくらい造作もないだろう」
「うん、レジーは一緒に行く?」
「いいや、アデルに教えなければならないことがある。メアとユキと領民兵を守りながら、領地に送っていってくれ」
ミオは黙り、一点を見つめる。
「大陸を離れる前に、兄弟水入らずの時間をくれないか?」
ミオは項垂れ、わかったと呟く。
「ミオ、さっきの皇紀リベリオの話。俺が皇帝を暗殺した後、どこかに消えたと言っていたのを覚えているか?」
「うん、さっき言ってたね」
「俺はどこに行ったと思う?」
ミオは不思議そうに首を捻って、俺の顔を覗き込む。
「ミオが迎えに来てくれたのだろう? 俺にはそうとしか思えなかった。きっと違う未来でも傷つき絶望した俺を、ミオが連れ去ってくれたのだ。あの自由な大地に」
ミオの美しい目に光が入り込む。
「だから心配するな。そういう運命なのだ」
ミオは以前言っていた。皇帝と結ばれたとしても決して離れないと。たかだか何十年、大したことはないから帝国の山で暮らすと。凱旋の隊列は随分昔のことだった。それはつまり、皇帝とどうなろうと、ミオとあの大地で暮らす運命だったのだ。
「レ、レジー……俺……」
ミオがおずおずと腕を伸ばす。
「ミオ、今はダメだ。帰ってきたら……」
「なんで! なんで!? レジーはさ、自分がしたい時にしかしてくれないの!?」
俺がミオの腕を必死に押さえていると、後ろからメアの笑い声が聞こえた。
「ミオ、嫌われる前に行くぞ」
「レジー、俺のこと嫌いになっちゃうの? レジーはなんで……!」
喚くミオの首根っこを掴んで、メアは塀を飛び降りた。
「グスタ卿! 後日宮殿に召集をかける。新しい双腕を支えてやってくれ!」
俺はアデルの腕を掴み、振り上げた。
「ミゼル卿! 片腕はどうしたのです!?」
グスタ卿の問いに俺は笑って答えた。
「我が自慢の弟、アデルに託した!」
21
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい
一花みえる
BL
ベルリアンの次期当主、ノア・セシル・キャンベルの従者ジョシュアは頭を抱えていた。自堕落でわがままだったノアがいきなり有能になってしまった。なんでも「この世界を繰り返している」らしい。ついに気が狂ったかと思ったけど、なぜか事態はノアの言葉通りに進んでいって……?
転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった
angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。
『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。
生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。
「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め
現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。
完結しました。
婚約破棄された俺の農業異世界生活
深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」
冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生!
庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。
そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。
皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。
(ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中)
(第四回fujossy小説大賞エントリー中)
本日のディナーは勇者さんです。
木樫
BL
〈12/8 完結〉
純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。
【あらすじ】
異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。
死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。
「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」
「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」
「か、噛むのか!?」
※ただいまレイアウト修正中!
途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される
水ノ瀬 あおい
BL
若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。
昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。
年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。
リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる