魔法使いの大曲線

大田ネクロマンサー

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第7話 久遠家の父親

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円華が部屋を出ててからも、しばらく要は真下を睨みつけていた。真下は要の顔を嘲るように見て笑いを堪えている。

「もう円華は部屋に戻ったんじゃない?」

「円華になんてことさせてるんだ!」

「俺にはしてくれないってのに?」

「キスは16歳からだ!」

堪え切れず真下は笑い出す。一頻り笑った後、真顔になって要に問う。

「父親役はそんなに楽しいか? 雑食だったお前が、手も出さないなんてなぁ。今どんな気分だ? 自分のような男に円華が食い散らかされたらどう思う?」

要は睨みつけて真下にこれ以上の発言を牽制する。真下は俯きニヤリと笑う。

「今日は何の用だ」

「いつものだよ。お前はこれが好きなんだろ?」

「変な言い方はやめろ……」

「こっちへ来い」




円華はこのやりとりを閉めたドアの外で聞いていたが、これ以上はもう必要ないと感じそっと歩き出した。

いつも通りのやり取りだった。真下は定期的に訪問しては要に魔法の演習の話を持ってくる。演習といっても真下と行うものではない。より実戦に近いようにと、要や円華の知らない相手をマッチングする。

昔は自分の魔力向上のために真下が用意してくれていると思って大いに励んでいた円華だったが、最近疑問を持つようになっていた。何故毎回違う相手とでなければならないのかがわからなかったのだ。

円華は従者契約の時に自分の総魔力量が従者に影響することは理解していた。円華は両親を不慮の事故で亡くした。しかし亡くなるずっと前に自分が血の繋がらない養子ということと共に、自分が従者として迎え入れられたことを教わっていた。

両親は円華に従者契約を強制してはいなかった。ただ血の繋がらない自分を本当の娘のように育ててくれた両親に感謝をしていたし、自分もそういったこどもを受け入れたいといつしか思うようになっていた。

要の件についてもそうだった。まるで両親が自分の死期を予見していたかのように、亡くなる一年前に要を従者として受け入れた。身寄りのない未成年の円華にとって、両親の死に際し要がいるのといなかったのでは大きな違いがあった。円華にとって従者とは家族そのものであり、そのために自分ができる準備はしておきたかった。


円華は自分の部屋に戻り、先程の負った怪我の宝具を解除して消毒をする。そしていつも無意味に巻いている包帯を巻いた。

「お父さん……」

円華は腕を撫でながら呟いてみるが、そんなことをしても無意味だということはわかっていた。本当に寂しい時にそばにいてくれたのは後にも先にもただの一度だけだった。

両親が死んだその日、半狂乱になった円華を一晩中抱いて背中を撫で続けてくれたあの日以外、要は必要以上に触れなかった。

背中を撫でたその一度のせいで、要に追わなくてもいい責任、円華の父親役という人生の浪費を負わせていると円華はいつも自責の念にかられていた。

度重なる真下の訪問により、表面上はいい父親を演じながらも、親しいものには汚い言葉で軽口を叩くことを知っていた。そして下半身がだらしがなかったこと、それを円華に隠していることを知っていた。いい父親を演じ、円華に触れないということは、これ以上の責任を負えないということなのだと、円華は理解をしていた。

円華は要と約束をしていた。18歳になるまでは父親でいて欲しい、その代わりに財産を受け取って欲しい、と。

両親が亡くなった時、要は従者契約はしていたが養子には入っていなかった。両親の遺言で、両親の死後も要は養子縁組は有効である意向、円華の後見人になることも明記されていたが、それでも要は家を出ると、きかなかった。1年住っただけで財産を分与することなどおこがましいという要の言い分も円華には理解ができた。しかしそんな問題ではなく一緒にいて欲しいということが言えなかった。拒絶を恐れ、
一緒にいて欲しいだけなのだという気持ちをうまく表現できなかったのだ。

18歳まで父親としていて欲しい、それは円華の捻り出した苦肉の策だった。

真下が要の旧知の仲だからこそ、円華は疑問を持ってもなお、断ることをできないまま演習に参加していた。それは自分のためであり、同時に要の顔を立てるためでもあった。しかし最近は自分のためと思うには心情的に無理が生じてきていた。

円華は恐れていた。真下を。
要がいつか真下を迎え入れるために、円華との接点を増やしているのではないかと勘繰っていた。

もしくは、もう円華の立ち入る話ではなくなっているのかもしれない。そう考えると一層、演習に参加することに意味を見出せなくなっていた。
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