魔法使いの大曲線

大田ネクロマンサー

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第30話 魔女の恋人

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「お父さん、昨日のやり直ししたい」

バリタチとはなんなのかググって安心したのか、円華はいつも通り朝ごはんを作っていた時にそんなことを言い出した。

「うん、今日学校から帰ってくるの楽しみに待ってる」

朝ごはんを作る手を止めて、円華は要の座っているダイニングテーブルまできた。

「久遠要さんは昨日の誕生日で何歳になりましたかーー?」

昨日の幻術の中の声よりも明かに小さい円華の声で、円華も恥ずかしがっているんだと思い、要はおかしな音量で答える。

「27歳です!」

「いいお返事ですね……じゃ、じゃあ円華からとっておきのプレゼントです!」

円華は要に小さな箱を手渡した。要は昨日の地獄がプレゼントだと思っていて、あれ以外に用意されているとは思っていなかった。

「あ……あけていい……?」

円華は恥ずかしそうに頷く。箱を開けてみると、ネックレスが入っていた。ペンダントトップに扇のモチーフで要部分が魔石で出来ていた。

「こ……これ……」

「ペンダントトップは私が作ったのよ! 東洋の漆黒悪鬼様が監修してくれたんだから、法具としての品質は保証されてわよ!」

気恥ずかしさから早口で言い、言い終わるや否やそっぽ向く円華が涙で霞んで見えなかった。要は恥ずかしいくらいにボタボタ涙を零し、円華が駆け寄ってくるのも見えなかった。円華がまた服の袖で拭ってくれる。

「円華……ありがとぉ……大切にするぅ……」

円華は涙を浮かべて困り果てていた。

「うぐっ……つけてほしいですぅ……」

「もう、今日は大サービスなんだからね」

そう言って、円華はネックレスを箱から取り出し、首に手を回した。しばらく要の首の後ろで手がコソコソ動いていたが、肩を掴まれてネックレスが首にかかったことを知る。

「うぐっ……ふっ……似合う?」

円華はしばらく要の胸元を見ていた。要は心配になってネックレスを見ようと思った瞬間、唇に柔らかいものが触れた。円華のまつ毛が目の前にある。咄嗟に円華の肩を掴んで離そうとするが、要はその手を円華の腰に回した。

円華が唇をそっと離してお父さん、そう言いかけた時に、要は自分の舌を滑り込ませ、円華の口を内側から犯した。円華は唇の間から吐息を漏らし、初めての感覚で立っていられないのか膝をガクガクさせる。要は腰に回した手で円華を引き寄せ、自分の膝に円華を座らせた。

唇を離して、要は円華を抱きしめる。

「お父さんはクズ野郎なんだ。円華と違って自制心がないんだ! だから、お父さんのために、もうこういうことはやめて!」

円華は要の背中を撫でる。

「だから……今まで私に触らなかったの……?」

要は円華の肩に顔を埋めて頷く。

「もうお父さんをこれ以上クズ野郎にさせないで……!」

「うん、16歳までキスしない。お父さんが初めてがよかったの……ごめんなさい……」

その言葉に要は円華から離れ難くなる。

「でもお父さん、こういうのはダメ?」

「1日……1回までなら……」

「じゃあ、もうこのまま離れたくない」

「じゃあ2回……」

「もう一声!」

「ええい! じゃあ3回でどうだ!?」

「やったー! お父さん大好き!」

「今のは1日何回でも言っていいよ」

「キスもしてくれないくせに……」

要は急激に悲しくなりしょんぼりする。体が弛緩し、だらりと円華にもたれかかる。

「お父さん、もう学校行かないと。朝ごはんキッチンにあるから適当に食べてね」

「円華、朝ごはん食べないの?」

「魔女は時間を守る」

円華が真下みたいなことを言い出した、と要は思った。

「帰ってきたらケーキ食べようね」

はーい、そう返事をしながら円華は学校へ向かった。

「お前が納得できたならよかったよ。そういう小さなわだかまりが人生の道筋を作っていくんだ。もういい加減観念しろ」

要は急に真下に言われたことを思い出した。今までも疑わしい人物を、演習と称し拷問してきたが、要と円華の両親の死の真相を知る人間はいなかった。今回はたまたま両親の貿易会社に属する人間だったが、横領というどうでもいい接点しか持ち合わせていなかった。

そして藤堂家に演習を頼みに行った時、美佳子に言われたことを思い出す。

あの日、円華を藤堂家に置いて美佳子を連れ出した。カフェでは気が散ると配慮し、要がよく使うカフェに併設されたコワーキングスペースの会議室に美佳子を招待した。

円華の両親の死に不審な点があること、円華は交通事故死だと信じていること、真下という旧友の探偵の力を借りて演習と称し真相究明していること。それらを話した時に美佳子はあまりいい顔をしなかった。

「久遠さんは、真相究明してどうしたいんですか?」

要はこの問いに答えられなかった。両親が死んだ日、半狂乱になった円華をなだめながら、円華から奪ったものを取り返す、今よりも若かった自分はそう決意した。しかし何を取り返すかなんて具体的なことを考えていなかった。

「玲音の件、私もあれからずっと……今でもあれでよかったのか悩むことがあるんです」

美佳子の唐突な話題に要は顔をあげる。

「もし、久遠さんがその殺人犯を野放しにすることが許せないとか、他の被害を食い止めたいと考えているなら、円華ちゃんには話すべきだと思います。でもそうじゃないなら……」

玲音を凌辱した義父の罪を問わず、義父の娘と、なにより玲音を優先したことを、美佳子は今でもあれで正解だったのか悩んでいることを要は知る。無神経な依頼をしたことに要は恥入り視線を再びコーヒーに落とした。そして幸せそうな玲音を思い出し、美佳子の選択は間違っていなかったと感じる。美佳子はまっすぐ玲音だけを見つめていたのだ。自分は何から目を背けたくて真相究明に奔走していたのかと考え込んでしまう。

「玲音の件で……もし気にされているのであればと思って念のため言うんですけど」

それからしばらく間があった。その間に失礼がないよう要が顔を上げたところで、美佳子は少し困った顔で、ゆっくり吐き出すように言った。

「お互いがそう決めたなら、別に親子じゃなくてもいいんですよ?」
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