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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木
第29話 朝廷の赤絨毯(アシュレイ視点)
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宮殿の回廊を突っ切ろうとした時に、見知った顔に出くわし足を止めた。
「ルイス! 大変なことになった!」
「出征が早まったの?」
ルイスは近寄り小声でうかがう。
「なぜそれを……」
「今まで兄様に頼まれて衛兵や文官から情報を集めてた」
俺は呻き声を上げてしまう。
「出征の件はさっき決まったのだぞ……どこまで筒抜けなんだ……」
「違うよアシュレイ。ちょっとここでは話しにくいから……」
「駐屯地に戻り出征の準備を指示しなければならない。駐屯地までの行きすがらで話せるか?」
「うん、兄様にも少し会える?」
「いや……すまん、独立旅団の駐屯地には一般人は入れない。こんなことになってすまないが、伝言なら預かることができる」
「そっか……じゃあ兄様たちはこのまま出征か……。でも! アシュレイと一緒なら大丈夫だよね!」
一瞬顔色が燻んだが、すぐに取り戻していつものルイスになった。俺は周りを確認し、ルイスの背を少し押して回廊を突っ切る。
「今日、宮中の衛兵たちが、7賢者の鎮魂祭の警護で分配されるって。衛兵が教えてくれたんだ。普通領土が攻め込まれている時に宮殿をこんなに手薄にすることはないって」
「鎮魂祭?」
7賢者のことをよく知らないので祭事というのもよくわからなかった。
「毎年この時期になると、国の設立時からの戦没者や功労者の鎮魂祭を行うって言ってた。遺族の方達の圧力で日付をずらすことは難しいから強行するみたいなんだけど……衛兵の人もなんかおかしいって」
確かにおかしいことはいくらでもある。なぜ科学の権威たちが鎮魂祭を取り仕切るのかまったくもってよくわからない。俺の表情を読み取りルイスは続ける。
「本当は王が出向くはずなんだって。でも戦争状態で勅命を下せる最高責任者が王都から出るのはまずかろうと、今回に限り7賢者が祭事を取り仕切るって。気を悪くしないで欲しいんだけど……」
「なんだ、もう十分気分は最悪だぞ」
「鎮魂祭は一般魔人の中では唯一王との接点がある行事なんだ。戦死者がいる家族にとってはこれが国からの忠義を確認する祭事だから。僕の家は代々文官だから縁がないけど……」
なるほど、元庸人の孤児である俺には無縁の話である。庸人の兵もいるが、基本庸人は傭兵としてしか雇われない。義勇兵と同じ給与制ではあるが、名誉や待遇に格差があり、それは単純に体格差や魔法の能力差というには説明がつかないほどの乖離がある。そのためか庸人の兵は少ないのだ。元軍人のオットーもそれで使用人になったと聞いていた。純粋なる魔人のための祭事であれば無下にできないことはわかるが……。
「故人を偲ぶのはわかるが、国の有事に国王を出せなどと喚く貴族もおらんだろうに。なぜ延期にしないのか……遺族側も7賢者が来たところで嬉しくもなかろう……」
「衛兵もそう言ってたよ……だからなんだかおかしいんだ。7賢者は宮中でも知っているのは王とその周りの近しい人間だけで、顔はおろか年齢だってわからない。一体宮中のどこにいるかすら知らされていないのに……なんでこんな祭事に出向くのか全くわからないって……」
駐屯地は宮中の一区画を塀で囲った場所にある。正確には隣接しているといった方がいいほど中は広い。塀は堅牢で魔法感知を兼ね備えており、魔人ですら中に入れない。それは有事の際に宮中の人々の避難所としての役目も担っているからだ。
ルイスとこの塀の前に立った時に今日朝から聞き込みをしてくれたことを労った。朝早くに出勤して昼支度を終えたら、そのまま宮殿に向かったとノアから聞いていた。時刻はもう昼過ぎだが、この短い間にこんな有益な情報をかき集めてきてくれたのだ。
「ルイス、今回ばかりはお前に借りを作ってしまったようだな。ルークとジルに伝言はあるか?」
「ルークに……」
ルイスが言いかけて俯いた。そういえばルークはあの顔のせいで屋敷に軟禁されていた、と言っていた。ルイスは昨日からルークに会っていないのだ。
「僕は大丈夫。兄様たちにさっきの情報を伝えて。アシュレイこそ、ノアに伝言はない?」
「ノアにというより、ルイスに頼みがある。今日の情報をノアにも話して見解を求めてくれ。もうこうなってしまった以上塔に寄ることは難しいが、もしノアになにか考えがあるようだったら、ルイス、お前が遣いガラスを出してくれ」
「遣いガラスを!? どうやって? 僕の家に遣いガラスなんていないよ」
「俺の屋敷にオットーという使用人がいただろう。我が家にも遣いガラスはいないが、彼を頼ればなんとかしてくれる。元軍人だ。口うるさいが話のわからない人間ではない。口も固いから何か聞かれたら知りうる限りのことを話して構わない」
オットーは王と繋がっている。もし、自身で危険だと判断したら行動に移すであろう。遣いガラスにしてもそうだ。本当に危機を感じたならばどんな手段を使ってでも俺に知らせるだろう。
「それと?」
宮中が危険な状態になる。それは宮中にあるあの塔も例外ではなかった。しかしルイスは武術に覚えもなければこの体格である。ノアを守って欲しいというのはあまりに無責任に感じた。
「やはりノアに伝言を頼む。なにかあればなんとしてでも俺に知らせてくれ、と」
「遣いガラスでね! じゃあ一旦、アシュレイの屋敷でカラスを手配してもらいに行ってくる。ダメだったらなんとかするよ」
「ああ、ルイス……本当に何から何まで……この恩は必ず」
「兄様たちはアシュレイに救われたんだ。それに僕も……ノアの友達だから……頼りないかもしれないけど、ノアは僕が絶対に守るよ」
さっき言い出せなかったことをルイスに宣言され、驚き思わず抱き寄せてしまった。
「えへへ……アシュレイにも頼ってもらえてなんだか嬉しい。昨日もね、ジルが頼ってくれて、すごく嬉しかったんだ」
「本当に伝言はいいのか?」
「じゃあ、ちゃんと帰ってきておやすみのキスをしてくださいって伝えて」
ルイスは俺の腕をすり抜け、そのまま走り出す。俺の胸に冷たい空気が入り込み、嫌な予感が暴れだした。
秋までは葉が生い茂る宮中も、冬になれば木は裸になる。それまで見えていなかった奥の景色が見えるようになるのだ。俺は踵を返し駐屯地の門をくぐる。ブラウアー兄弟に早く知らせなければ。
「ルイス! 大変なことになった!」
「出征が早まったの?」
ルイスは近寄り小声でうかがう。
「なぜそれを……」
「今まで兄様に頼まれて衛兵や文官から情報を集めてた」
俺は呻き声を上げてしまう。
「出征の件はさっき決まったのだぞ……どこまで筒抜けなんだ……」
「違うよアシュレイ。ちょっとここでは話しにくいから……」
「駐屯地に戻り出征の準備を指示しなければならない。駐屯地までの行きすがらで話せるか?」
「うん、兄様にも少し会える?」
「いや……すまん、独立旅団の駐屯地には一般人は入れない。こんなことになってすまないが、伝言なら預かることができる」
「そっか……じゃあ兄様たちはこのまま出征か……。でも! アシュレイと一緒なら大丈夫だよね!」
一瞬顔色が燻んだが、すぐに取り戻していつものルイスになった。俺は周りを確認し、ルイスの背を少し押して回廊を突っ切る。
「今日、宮中の衛兵たちが、7賢者の鎮魂祭の警護で分配されるって。衛兵が教えてくれたんだ。普通領土が攻め込まれている時に宮殿をこんなに手薄にすることはないって」
「鎮魂祭?」
7賢者のことをよく知らないので祭事というのもよくわからなかった。
「毎年この時期になると、国の設立時からの戦没者や功労者の鎮魂祭を行うって言ってた。遺族の方達の圧力で日付をずらすことは難しいから強行するみたいなんだけど……衛兵の人もなんかおかしいって」
確かにおかしいことはいくらでもある。なぜ科学の権威たちが鎮魂祭を取り仕切るのかまったくもってよくわからない。俺の表情を読み取りルイスは続ける。
「本当は王が出向くはずなんだって。でも戦争状態で勅命を下せる最高責任者が王都から出るのはまずかろうと、今回に限り7賢者が祭事を取り仕切るって。気を悪くしないで欲しいんだけど……」
「なんだ、もう十分気分は最悪だぞ」
「鎮魂祭は一般魔人の中では唯一王との接点がある行事なんだ。戦死者がいる家族にとってはこれが国からの忠義を確認する祭事だから。僕の家は代々文官だから縁がないけど……」
なるほど、元庸人の孤児である俺には無縁の話である。庸人の兵もいるが、基本庸人は傭兵としてしか雇われない。義勇兵と同じ給与制ではあるが、名誉や待遇に格差があり、それは単純に体格差や魔法の能力差というには説明がつかないほどの乖離がある。そのためか庸人の兵は少ないのだ。元軍人のオットーもそれで使用人になったと聞いていた。純粋なる魔人のための祭事であれば無下にできないことはわかるが……。
「故人を偲ぶのはわかるが、国の有事に国王を出せなどと喚く貴族もおらんだろうに。なぜ延期にしないのか……遺族側も7賢者が来たところで嬉しくもなかろう……」
「衛兵もそう言ってたよ……だからなんだかおかしいんだ。7賢者は宮中でも知っているのは王とその周りの近しい人間だけで、顔はおろか年齢だってわからない。一体宮中のどこにいるかすら知らされていないのに……なんでこんな祭事に出向くのか全くわからないって……」
駐屯地は宮中の一区画を塀で囲った場所にある。正確には隣接しているといった方がいいほど中は広い。塀は堅牢で魔法感知を兼ね備えており、魔人ですら中に入れない。それは有事の際に宮中の人々の避難所としての役目も担っているからだ。
ルイスとこの塀の前に立った時に今日朝から聞き込みをしてくれたことを労った。朝早くに出勤して昼支度を終えたら、そのまま宮殿に向かったとノアから聞いていた。時刻はもう昼過ぎだが、この短い間にこんな有益な情報をかき集めてきてくれたのだ。
「ルイス、今回ばかりはお前に借りを作ってしまったようだな。ルークとジルに伝言はあるか?」
「ルークに……」
ルイスが言いかけて俯いた。そういえばルークはあの顔のせいで屋敷に軟禁されていた、と言っていた。ルイスは昨日からルークに会っていないのだ。
「僕は大丈夫。兄様たちにさっきの情報を伝えて。アシュレイこそ、ノアに伝言はない?」
「ノアにというより、ルイスに頼みがある。今日の情報をノアにも話して見解を求めてくれ。もうこうなってしまった以上塔に寄ることは難しいが、もしノアになにか考えがあるようだったら、ルイス、お前が遣いガラスを出してくれ」
「遣いガラスを!? どうやって? 僕の家に遣いガラスなんていないよ」
「俺の屋敷にオットーという使用人がいただろう。我が家にも遣いガラスはいないが、彼を頼ればなんとかしてくれる。元軍人だ。口うるさいが話のわからない人間ではない。口も固いから何か聞かれたら知りうる限りのことを話して構わない」
オットーは王と繋がっている。もし、自身で危険だと判断したら行動に移すであろう。遣いガラスにしてもそうだ。本当に危機を感じたならばどんな手段を使ってでも俺に知らせるだろう。
「それと?」
宮中が危険な状態になる。それは宮中にあるあの塔も例外ではなかった。しかしルイスは武術に覚えもなければこの体格である。ノアを守って欲しいというのはあまりに無責任に感じた。
「やはりノアに伝言を頼む。なにかあればなんとしてでも俺に知らせてくれ、と」
「遣いガラスでね! じゃあ一旦、アシュレイの屋敷でカラスを手配してもらいに行ってくる。ダメだったらなんとかするよ」
「ああ、ルイス……本当に何から何まで……この恩は必ず」
「兄様たちはアシュレイに救われたんだ。それに僕も……ノアの友達だから……頼りないかもしれないけど、ノアは僕が絶対に守るよ」
さっき言い出せなかったことをルイスに宣言され、驚き思わず抱き寄せてしまった。
「えへへ……アシュレイにも頼ってもらえてなんだか嬉しい。昨日もね、ジルが頼ってくれて、すごく嬉しかったんだ」
「本当に伝言はいいのか?」
「じゃあ、ちゃんと帰ってきておやすみのキスをしてくださいって伝えて」
ルイスは俺の腕をすり抜け、そのまま走り出す。俺の胸に冷たい空気が入り込み、嫌な予感が暴れだした。
秋までは葉が生い茂る宮中も、冬になれば木は裸になる。それまで見えていなかった奥の景色が見えるようになるのだ。俺は踵を返し駐屯地の門をくぐる。ブラウアー兄弟に早く知らせなければ。
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