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3部 王のピアノと風見鶏
第39話 コンクール当日
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コンクール当日。ノアが迎えに来てくれた時、あまりの彼の変わりように俺は目を見開き絶句した。きっちり髪を後ろでまとめて、ジャケットを羽織るノアは、貴族の子息といった佇まいだった。
「か、かっこいいかな……?」
ノアは顔を真っ赤にして、俺に同意を求める。俺はすごく格好が良いとブンブン首を縦に振って答えると、ノアは目を潤ませ口をキュッと結んだ。その素敵な紳士の振る舞いに、俺は感嘆し、隣のバーンスタイン卿はなぜか爆笑をする。
「さあ、リアム。ノア先生にお洒落をならって準備をしよう。不安もあったから女中も別室に連れてきている。ご婦人方に……くくっ……失礼のない格好にしなくてはな……」
バーンスタイン卿は笑いを堪えながら俺とノアを別室に案内した。そしてそこで用意された燕尾服に着替えると、バーンスタイン家の女中2人が髪の毛を整えてくれた。俺が女中に囲まれている間中、ノア先生は余念がなかった。服の隅々までチェックをし、女中に意見を求められれば、的確に指示をしている。その奥でバーンスタイン卿はずっと笑っていた。
ノア先生の眉間のシワが段々と薄れて、ようやく終わりが近づいてきたその時に、勢いよく扉が開かれる音がする。
「陛下。女中がいるのです。別室でお待ちください」
慌てふためくバーンスタイン卿の肩を押しやって、王は部屋に乱入する。
「お前の屋敷の使用人は全員、顔馴染みだ。前にも屋敷に行っただろう」
「し、しかし……ノア先生のチェックがまだ……」
バーンスタイン卿から顔を逸らした王と目が合う。俺は自分がどんな状態かわからないから曖昧に笑うと、王は息を漏らした。
「ヤギのセンスなど信用していなかったが……素晴らしいな。ここに閉じ込めて誰にも見せたくないほどだ。リアム……」
王の気配に女中たちが静かに下がり、膝をついた。
「これは王様のための衣装ではないのですよ! ご婦人方にお披露目しなければ意味がございません」
「お前も見違えるほど格好が良いな。お洒落にメーメーうるさいだけある」
ノア先生は急に放り込まれた王の賛辞に、顔を真っ赤にして紳士の顔を作った。
「美しい。リアムにはやはり黒が似合うな」
王が俺に近づき、頬を撫でようとした瞬間、ノア先生が間に割って入り、プンスカ怒り出した。まだ途中なのだから別室で待つように、と怒られる王は、とても嬉しそうに笑う。その笑顔に見惚れていたら、王は目配せをして部屋を出た。
これがコンクールの舞台に立つまでに、王に会える最後のチャンスだったということを、後になって知った。
俺はそのままバーンスタイン家の馬車に揺られ、王都最大のコンサートホールまで赴いた。馬車の扉が開くと、ノアが俺をエスコートしてくれる。その紳士然としたノアの振る舞いと、目の前に現れた豪華な建物に、胃がスッと浮いた。
「凄いよね! この建物! リアムのおかげで入れるんだもの。すごく感謝してるんだよ」
「では、受付やらなにやらはノアと一緒にできるよう手配をしてあるから……リアム。失敗したっていい。心残りのないようにな」
バーンスタイン卿の唐突な励ましに、ノアの肩に乗せた手に力が入る。
「俺は会場から見ている。後でルークやジル、テオにルイスまで駆けつけるぞ」
「アシュレイ。王様も後から来ます」
「そうだ。1番大切な人を忘れていたな。終わったらホールで待っている。ルイスとは初めてになるか」
バーンスタイン卿もここで別れると知ると、急に耳の近くで心臓が鳴り出し、慌てふためいて彼の胸にしがみついた。
「リアム。大丈夫だ。初めてを経験しない者などいない。上手くやろうなんて考えなくていい。今日のこの日を迎えられただけで、俺もノアもお前のことを誇りに思っている」
バーンスタイン卿は俺の頭を撫でて、祝福のキスを落としてくれる。振り返ると、ノアは眩しそうな顔で俺を見つめていた。
「じゃあ、リアム。行こう?」
伸ばされたノアの小さな手を、こんなにも大きく感じたことはなかった。俺はこの手に言葉を与えられ、ピアノという希望を取り戻したのだ。
その手を握り返したら、もう振り返らなかった。石造りのレリーフが彩るホールの扉を、ノアとともにくぐった。
「か、かっこいいかな……?」
ノアは顔を真っ赤にして、俺に同意を求める。俺はすごく格好が良いとブンブン首を縦に振って答えると、ノアは目を潤ませ口をキュッと結んだ。その素敵な紳士の振る舞いに、俺は感嘆し、隣のバーンスタイン卿はなぜか爆笑をする。
「さあ、リアム。ノア先生にお洒落をならって準備をしよう。不安もあったから女中も別室に連れてきている。ご婦人方に……くくっ……失礼のない格好にしなくてはな……」
バーンスタイン卿は笑いを堪えながら俺とノアを別室に案内した。そしてそこで用意された燕尾服に着替えると、バーンスタイン家の女中2人が髪の毛を整えてくれた。俺が女中に囲まれている間中、ノア先生は余念がなかった。服の隅々までチェックをし、女中に意見を求められれば、的確に指示をしている。その奥でバーンスタイン卿はずっと笑っていた。
ノア先生の眉間のシワが段々と薄れて、ようやく終わりが近づいてきたその時に、勢いよく扉が開かれる音がする。
「陛下。女中がいるのです。別室でお待ちください」
慌てふためくバーンスタイン卿の肩を押しやって、王は部屋に乱入する。
「お前の屋敷の使用人は全員、顔馴染みだ。前にも屋敷に行っただろう」
「し、しかし……ノア先生のチェックがまだ……」
バーンスタイン卿から顔を逸らした王と目が合う。俺は自分がどんな状態かわからないから曖昧に笑うと、王は息を漏らした。
「ヤギのセンスなど信用していなかったが……素晴らしいな。ここに閉じ込めて誰にも見せたくないほどだ。リアム……」
王の気配に女中たちが静かに下がり、膝をついた。
「これは王様のための衣装ではないのですよ! ご婦人方にお披露目しなければ意味がございません」
「お前も見違えるほど格好が良いな。お洒落にメーメーうるさいだけある」
ノア先生は急に放り込まれた王の賛辞に、顔を真っ赤にして紳士の顔を作った。
「美しい。リアムにはやはり黒が似合うな」
王が俺に近づき、頬を撫でようとした瞬間、ノア先生が間に割って入り、プンスカ怒り出した。まだ途中なのだから別室で待つように、と怒られる王は、とても嬉しそうに笑う。その笑顔に見惚れていたら、王は目配せをして部屋を出た。
これがコンクールの舞台に立つまでに、王に会える最後のチャンスだったということを、後になって知った。
俺はそのままバーンスタイン家の馬車に揺られ、王都最大のコンサートホールまで赴いた。馬車の扉が開くと、ノアが俺をエスコートしてくれる。その紳士然としたノアの振る舞いと、目の前に現れた豪華な建物に、胃がスッと浮いた。
「凄いよね! この建物! リアムのおかげで入れるんだもの。すごく感謝してるんだよ」
「では、受付やらなにやらはノアと一緒にできるよう手配をしてあるから……リアム。失敗したっていい。心残りのないようにな」
バーンスタイン卿の唐突な励ましに、ノアの肩に乗せた手に力が入る。
「俺は会場から見ている。後でルークやジル、テオにルイスまで駆けつけるぞ」
「アシュレイ。王様も後から来ます」
「そうだ。1番大切な人を忘れていたな。終わったらホールで待っている。ルイスとは初めてになるか」
バーンスタイン卿もここで別れると知ると、急に耳の近くで心臓が鳴り出し、慌てふためいて彼の胸にしがみついた。
「リアム。大丈夫だ。初めてを経験しない者などいない。上手くやろうなんて考えなくていい。今日のこの日を迎えられただけで、俺もノアもお前のことを誇りに思っている」
バーンスタイン卿は俺の頭を撫でて、祝福のキスを落としてくれる。振り返ると、ノアは眩しそうな顔で俺を見つめていた。
「じゃあ、リアム。行こう?」
伸ばされたノアの小さな手を、こんなにも大きく感じたことはなかった。俺はこの手に言葉を与えられ、ピアノという希望を取り戻したのだ。
その手を握り返したら、もう振り返らなかった。石造りのレリーフが彩るホールの扉を、ノアとともにくぐった。
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