幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
206 / 240
3部 王のピアノと風見鶏

最終話 王のピアノ

しおりを挟む
 翌朝、ノアが迎えに来てくれてからの記憶があまりない。バーンスタイン卿やブラウアー家の面々にお礼をして自宅に帰ったら、ラルフが大型の仕事を請け負っていたのだ。

 歌劇全編の作曲という大仕事だった。ラルフ曰く、俺の曲でインスピレーションを得た劇作家が発注したとのことだ。曲がおおよそ20曲前後に対して納期がやけに短く、公演は1ヶ月後。しかし劇の練習期間を鑑み、できたものから譜面を納品しろという。俺1人では到底作れる量ではなかったので、ラルフと手分けして作曲することとなった。

 量もそうだが俺には作曲にあたり大きな問題があった。劇が難解で場面の意味するところがわからなかったのだ。ラルフもリナもそれぞれに仕事があり頼れる人もいなかったことから、偶然市場で鉢合わせたルイスに拝み倒して、夜に劇の内容を読み聞かせてもらった。

 昼に作曲とピアノの音出し、夜に劇の読み聞かせに作曲。そうこうしているうちにあっという間に3週間が過ぎ去った。最後の1曲を完成し終えた今日。ラルフの担当分が1曲残っていたが、あまりの疲労にピアノ近くの床に突っ伏して寝てしまった。昼に差し掛かる日差しが心地よく、時々吹く風が俺の頬を撫でていた。

 懐かしい固さに俺は少しだけ目をあける。薄ぼんやりと王の輪郭が見えた。

「ギード……? ああ、俺はここで……死ぬのか……」

「仕事は大変そうだな。ヤギのように紙を散らかして……。最後になにか言い残すことはあるか?」

「愛してる……寂しかったら死体を抱いてくれ……」

 風見鶏の風景が急に俺を覚醒させる。そしてガバッと起き上がった。

「買い物!」

 大急ぎで隣の部屋に雪崩れ込む。その先に何故かバーンスタイン卿がいた。リナはバーンスタイン卿と話しているようだった。

「買い物に、まだ! まだ間に合うか!?」

 俺はこの状況で譜面を破られることを本気で恐れていた。しかしリナは優しく笑って、首を横に振る。悪寒が背中を走り抜けた。

「今日は私が行ってくるから。部屋に戻ってゆっくりして。リアムの分は終わったんでしょ?」

 リナはそう言うと、奥のピアノで頭を抱えているラルフの方をチラッと見た。

「ラルフ……俺も……」

「大丈夫だから。はやく部屋に戻って」

 リナの強い口調で、バーンスタイン卿への挨拶もそこそこに、部屋に戻る。そこに、俺が散らかした譜面を拾う王がいた。

「夢じゃ……ない……」

「すぐに曲を献上すると言っていたのに、お前のすぐとは何年なのだ?」

「ギード……」

 王はいつもの部屋着ではなく、対外用の正装だった。催し物の帰りに寄ってくれたのだろうか。そう考えればバーンスタイン卿が隣の部屋にいるのも頷けた。

「なにか、曲を弾いてくれないか?」

 王の銀髪が昼の光に透けて美しかった。思えば日中、外で王を見かけたことなど宮殿の天井に張り付いていた時しかないのだ。その荘厳な佇まいに、迂闊に抱きつくこともできず、俺は言われた通りピアノの椅子に座る。

 なにを弾こうか悩む。最初に王に聴かせた、ラルフの望郷がいいだろうか。しかしあれはラルフの愛の形だった。

 なんとなく今の気持ちを和音に置く。そうしたら、ギードへの気持ちが止まらなくなった。

 俺は即興で演奏をし始める。弾き直すことはできないという事実が、コンクールの時のような緊張感をもたらした。それが俺の真の心に迫るのだ。

 俺は王ではない1人の男としてギードを愛している。しかし国を愛する国王の、その孤独も愛している。国民もきっとそうだ。今日嫌なことがあったとしても、明日はいいことがあるはずと思える、この国を愛しているはずだ。絶望の淵に佇むことは忘れられても、明日への期待は忘れられない。

 全部の気持ちを部屋中に響かせたら、最後の音を置く。最後はラルフの望郷のような終わり方になってしまった。でもこの気持ちがずっと続いて欲しかったから、いいのだ。

 指を離して見渡すと、王はいつのまにか俺の後ろにいたようで、その表情を窺い知ることはできない。視線の先に開けっ放しの窓が飛び込んできて、俺は慌ててそれを閉めに立ち上がった。

 この家は王都の中心部で、俺の部屋は2階に位置する。普段は騒音を考えて窓を閉めて演奏するのに、今日は忘れてしまっていた。開戸の窓枠を掴むため体をのりだしたら、市場から拍手が沸き起こった。

「リアム! 新曲か!? なんて曲なんだ?」

 よく行く市場の店主がヤジを飛ばす。

「この曲じゃないけど、今度劇で俺の曲が使われるから、見に来てください!」

 拍手が鳴り止まなかったので、手を振り、適当なところで窓を閉めた。その時、王が窓のカーテンを後ろから閉めた。

 王はそのまま俺を抱く。俺は正面から抱いて欲しくて、垂れ下がった髪を掴む。

「曲名はギード」

 王はなにも答えず、俺を抱いたままだった。しかし隣からすごい物音と共にラルフが部屋に乱入してきたら、パッと体が離れた。

「リアム! 今の曲はなんだ! それを劇のメインテーマにするぞ! 譜面を起こせ!」

「あれは! 王への献上品だ!」

「な……! あんないい曲を王に献上していたら……」

 ラルフは俺の後ろに立つ巨体を見上げて、崩れるように最敬礼で床にかしづき、震えて黙った。

「リアム、彼も限界そうだから、曲は劇のメインテーマにしてやってはどうだ。また、その時々に、ギードという曲を作ってくれるのだろう?」

 王は俺の肩を掴みながら、優しい声を出す。

「ギードがそう言うなら……」

「ラルフ=ハーマン。その曲を渡す代わりに、時々リアムに休みをくれないか。王宮が無音で寂しくてな」

 ラルフは少し震えていた。

「こんな発注はそうないんです……今度からはきちんと休ませるようにします……申し訳ございませんでした……」

「お前たち2人の取り組みは面白い。人数を増やし芸術の礎を築いたのなら、お前にも称号をやろう」

「も、もったいないお言葉……ありがたく拝命いたします」

 ラルフは顔を一度も上げず、そのまま下がった。

「この調子で彼に迫れば、リアムを王宮に囲えそうだな」

「バーンスタイン卿に殺されるぞ」

 俺が振り返ると、その巨体がスッと半分になった。王が跪き、そして俺に指輪を嵌める。

「本気だ」

 驚きのあまり、また声を失ってしまったのかと思った。なにか言いたいのに、なにも言えず、ただただ、驚きで目が閉じられない。

「寂しい。たまには来てくれ。婚約者ならば宮廷も入りやすいだろう」

「俺は男だぞ」

「次期国王も男と番う。前例があった方がいいだろう」

「ギード……」

「イエスだな?」

 俺は王の髪の束を掴んだ。
 王は俺が髪を手繰り寄せる前に、唇を奪い、声を奪う。

 さっき弾かなかった、ラルフの「望郷」が心の中に反響する。あの狂おしいほどの幸福に飛び込み、それがずっと続いていく予感に、胸が高鳴った。

<了>
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...