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第4部 手負いの獣に蝶と花
第4話 勝手知ったる駐屯地
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駐屯地に着くまで話題を逸らすうちに、カミルの経歴を知ることになった。軍に在籍していたのは2年前まで。ブラウアー兄弟と同じ旅団に所属し、ゴルザ帝国の侵攻を防いだ出征を最後に退役。出征から戻った時には当主である父君が亡くなられていたとのことだった。
「カミルはおいくつなのですか?」
「今年で27になります。ルークよりひとつ上です」
ルークとはルーカス=ブラウアー。ブラウアー兄弟の長男坊だ。
「2年前とはいっても随分長い間軍に所属しておられたのですね」
退役に至るまでの動機が不明瞭だったが僕はここで言葉を飲み込んだ。家名の継承権があるのであればそもそも軍になど入らないだろうし、もし家名のために軍に入ったのならば、当主の死亡で退役などしないからだ。しかし当主が亡くなられたのが原因の一つだろうと考えると、これ以上のことを聞くことが憚られる。
「テオは聡明でお優しい。テオは兄弟はいらっしゃいますか?」
「はい、兄が2人。でもブラウアー兄弟のように優しい兄ではありませんでした」
「ほう?」
「フューラー家は辺境ではございますが領地を持っており、継承権をめぐり未だに兄たちは争っています。僕はだいぶ幼い頃に見切りをつけられていたので」
「生まれ落ちた土地に縛られるのはなかなか面倒事が多いですね」
クスクスと笑い声が降ってきたので顔を見上げると、カミルのはるか頭上に遣いガラスが通過した。きっと陛下が駐屯地に許可証を持たせたのだ。
「駐屯地に入られるのは2年ぶりになりますね。僕は丁度2年前からこの中の宿舎に身を寄せていますが、あまり綺麗になったと印象もありません」
「テオをダシに懐かしみたいわけではありませんよ。宿舎に入る前に医者に診てもらわないと」
大袈裟に驚くカミルの顔がおかしくて、笑い出したら、彼も困ったように笑った。カミルは7つ年上だというのに、僕に敬意を払い接してくれる。それが退役した気楽さからくるものなのか、怪我をさせた気遣いからなのかはわからない。でもそれに僕は心を救われていた気がする。
駐屯地にカミルはすぐに医者の在籍する建物に寄って、僕をベッドに座らせた。そして医者に指示されるまま、さっき縛ったハンカチを解き、僕の上着に手をかけた。
自分でできる、と喉元まで迫り上がった言葉を僕は飲み込んだ。贖罪の機会を奪ってはならないと表向きは考えたが、僕自身、彼に触れてもらいたかったのだ。彼の熱い手が恐る恐る僕の諸肌に寄せられる。
「テオは着痩せするタイプですね」
カミルは僕の劣等感までも見抜いているのだ。だから僕を喜ばそうとこんなことを言う。そうわかっているはずなのに、一縷の望みをかけて僕は彼の手を握った。自分自身の欲望に堪えが効かなくなっていたのだ。
彼の顔をチラリと見ると、伏せられたまつ毛がわずかに揺れていた。それを見た時我にかえる。
こんな年下の兵卒に言い寄られたところで、迷惑にしかならないのに。彼の罪悪感を利用して僕はなんてことをしようとしているんだ。
「テオ=フューラーさん、念のため傷口を診察して縫合が必要か確認させてください」
医者の声にびっくりして、カミルは僕の手を振り解き、立ち上がる。
「テオ、私は宮殿に戻りますので」
さっきまでの甘い雰囲気から一転、用件のみの事務的な声に今度は僕がビックリして、お礼の言葉すら出なかった。彼は振り返りもせず颯爽と病室を後にする。
元軍人であるカミルに、駐屯地出口まで送っていくという言葉すら投げかけられず、僕は呆然と眺めることしかできなかった。
ふと視線を落とすと、自分の腕を縛っていたカミルのハンカチが目に入る。蝶の刺繍の施された上品で紳士らしいハンカチだった。
元軍人らしい屈強な体躯にあの甘いマスク。カミルはきっと辺境といえど領地を治めるため軍を退役して当主となったのだ。
彼は親切で僕に話しかけてくれただけなのに、こんな浅ましい期待をして……。
ハンカチを握りしめて医者の治療をやり過ごす。そうでもしなければ、惨めさで狂ってしまいそうだった。
「カミルはおいくつなのですか?」
「今年で27になります。ルークよりひとつ上です」
ルークとはルーカス=ブラウアー。ブラウアー兄弟の長男坊だ。
「2年前とはいっても随分長い間軍に所属しておられたのですね」
退役に至るまでの動機が不明瞭だったが僕はここで言葉を飲み込んだ。家名の継承権があるのであればそもそも軍になど入らないだろうし、もし家名のために軍に入ったのならば、当主の死亡で退役などしないからだ。しかし当主が亡くなられたのが原因の一つだろうと考えると、これ以上のことを聞くことが憚られる。
「テオは聡明でお優しい。テオは兄弟はいらっしゃいますか?」
「はい、兄が2人。でもブラウアー兄弟のように優しい兄ではありませんでした」
「ほう?」
「フューラー家は辺境ではございますが領地を持っており、継承権をめぐり未だに兄たちは争っています。僕はだいぶ幼い頃に見切りをつけられていたので」
「生まれ落ちた土地に縛られるのはなかなか面倒事が多いですね」
クスクスと笑い声が降ってきたので顔を見上げると、カミルのはるか頭上に遣いガラスが通過した。きっと陛下が駐屯地に許可証を持たせたのだ。
「駐屯地に入られるのは2年ぶりになりますね。僕は丁度2年前からこの中の宿舎に身を寄せていますが、あまり綺麗になったと印象もありません」
「テオをダシに懐かしみたいわけではありませんよ。宿舎に入る前に医者に診てもらわないと」
大袈裟に驚くカミルの顔がおかしくて、笑い出したら、彼も困ったように笑った。カミルは7つ年上だというのに、僕に敬意を払い接してくれる。それが退役した気楽さからくるものなのか、怪我をさせた気遣いからなのかはわからない。でもそれに僕は心を救われていた気がする。
駐屯地にカミルはすぐに医者の在籍する建物に寄って、僕をベッドに座らせた。そして医者に指示されるまま、さっき縛ったハンカチを解き、僕の上着に手をかけた。
自分でできる、と喉元まで迫り上がった言葉を僕は飲み込んだ。贖罪の機会を奪ってはならないと表向きは考えたが、僕自身、彼に触れてもらいたかったのだ。彼の熱い手が恐る恐る僕の諸肌に寄せられる。
「テオは着痩せするタイプですね」
カミルは僕の劣等感までも見抜いているのだ。だから僕を喜ばそうとこんなことを言う。そうわかっているはずなのに、一縷の望みをかけて僕は彼の手を握った。自分自身の欲望に堪えが効かなくなっていたのだ。
彼の顔をチラリと見ると、伏せられたまつ毛がわずかに揺れていた。それを見た時我にかえる。
こんな年下の兵卒に言い寄られたところで、迷惑にしかならないのに。彼の罪悪感を利用して僕はなんてことをしようとしているんだ。
「テオ=フューラーさん、念のため傷口を診察して縫合が必要か確認させてください」
医者の声にびっくりして、カミルは僕の手を振り解き、立ち上がる。
「テオ、私は宮殿に戻りますので」
さっきまでの甘い雰囲気から一転、用件のみの事務的な声に今度は僕がビックリして、お礼の言葉すら出なかった。彼は振り返りもせず颯爽と病室を後にする。
元軍人であるカミルに、駐屯地出口まで送っていくという言葉すら投げかけられず、僕は呆然と眺めることしかできなかった。
ふと視線を落とすと、自分の腕を縛っていたカミルのハンカチが目に入る。蝶の刺繍の施された上品で紳士らしいハンカチだった。
元軍人らしい屈強な体躯にあの甘いマスク。カミルはきっと辺境といえど領地を治めるため軍を退役して当主となったのだ。
彼は親切で僕に話しかけてくれただけなのに、こんな浅ましい期待をして……。
ハンカチを握りしめて医者の治療をやり過ごす。そうでもしなければ、惨めさで狂ってしまいそうだった。
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